カテゴリー「聖なる言葉」の465件の記事

2020年1月 4日 (土)

謹賀新年2020!&2019年12月のページビュー(PV)数ベスト10記事一覧

謹賀新年 

2020年、今年もよろしくお願いいたします。

さて、

2019年12月のページビュー(PV)数ベスト10記事は以下のとおりです:

(※トップページ及びカテゴリを除く)

ベスト3までと、先月書いた記事にはリンクを張っています。

 

一位.「カトリック」か「カソリック」か?~誤用に潜む軽蔑と無知

二位.NHKBSプレミアム・プレミアムシアター

「ドキュメンタリー きよしこの夜 ~世界をひとつにした歌~」

(原題:The first Silent Night〜the carol that united the world)(2015年12月14日放送) 

三位.SACDとBlu-ray Audio、どちらが優れているか?〜音響、価格、将来性・・・

四位.学び合い学習」は日本の義務教育崩壊を招く!

~おすすめ記事『【解答乱麻】 TOSS代表・向山洋一 亡国の教育「学び合い学習」』

五位.2019年11月のページビュー(PV)数ベスト10記事一覧

六位.クリスマス~主役のいない誕生日パーティー?

七位.クリスマスの讃美歌 The snow lay on the ground/雪はつもり(讃美歌第二編127)

※私訳とmidi付

八位.シベリウスによるクリスマスの讃美歌~喜びはむねに(讃美歌21・271番)※midi付

九位.マーラー:交響曲第7番聴き比べ14種類

十位.インクルーシブ(インクルージョン)教育は子どもにとって本当に幸福なのか?

~おすすめブログ記事「脱インクルージョン教育」(ブログ名:斜に構えてみる)

 

先月書いた記事では、

2本ランクインしていて嬉しかったです。

また、クリスマス関連の記事が4本ランクインしているのもありがたいことでした。

二位の記事は、NHKBSプレミアムのプレミアムシアターで、

「きよしこの夜」関連の番組が放映されたからランクインしたと思われます。

 

2020年も皆様にとってよい年となりますように。

 

神が私たちを憐れみ、祝福し

その顔を私たちに輝かせてくださいますように。

(旧約聖書 詩編67:2新共同訳)

2019年12月31日 (火)

エソテリックのSACD「ドビュッシー:《海》、牧神の午後への前奏曲 ラヴェル:《ダフニスとクロエ》第2組曲、亡き王女のためのパヴァーヌ、ボレロ シャルル・デュトワ(指揮)モントリオール交響楽団」~2019年のシメとして

2019年12月に発売された、

エソテリックのSACD「ドビュッシー:《海》、牧神の午後への前奏曲 ラヴェル:《ダフニスとクロエ》第2組曲、亡き王女のためのパヴァーヌ、ボレロ シャルル・デュトワ(指揮)モントリオール交響楽団」を購入し、聴きました。

エソテリックのHP

楽天市場のHP

収録曲及び演奏者は、タイトルにある通りです。

ちなみに、ジャケットに使われている絵は、

オディロン・ルドンの「オルフェウス」です。

私の妻が、ジャケット絵を見て、「この絵ステキね」と言ってくれました。

(滅多にない発言でした・・・)

 

Amazonでは取り扱いなしですが、ジャケットの写真があります。

 

デュトワ指揮モントリオール交響楽団による、ドビュッシーの「海」他

(通常CD)

 

デュトワ指揮モントリオール交響楽団による、ラヴェル:ボレロ他

(通常CD)

 

さて、私にとって、ラヴェルの「ボレロ」や「ダフニスとクロエ」、

「亡き王女のためのパヴァーヌ」を初めて聴いたのが、

デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏のCDでした。

その音の美しさに驚嘆したものです。

今回SACDを聴いてみて、改めてこの演奏は素晴らしいと思いましたし、

また、初めて聴いた時のような感動が蘇ってきました。

ドビュッシーの「海」をデュトワ指揮モントリオール交響楽団で聴いたのは、

ここ数年のことですが、

こちらも満足のいく演奏でした。

 

欲を言えば、このSACD、ラヴェルかドビュッシーどちらかに絞った方がよかったのでは、

とも思いました。

まぁ、どちらもおいしいとこだけ詰め込みました・・・という感じにはなっていますが・・・

 

エソテリックのSACD、ここ数年は発売予定が出ると、予約して買っています。

私は札幌市中央区にある、CAVIN大阪屋、という店で予約をしています。

ただ、高い割には、それほど満足していないものが多いのも現実です。

しかし、今回のSACDは久々に満足がいく内容だったといえます。

 

さて、今回の記事で、2019年のブログ執筆は「打ち止め」です。

ご愛読ありがとうございました。

2020年もよろしくお願いいたします。

 

主があなたを祝福し、あなたを守られるように。

主が御顔の光であなたを照らし

あなたに恵みを与えられるように。

主が御顔をあなたに向けて

あなたに平和を賜るように。

(旧約聖書 民数記6:24~26新共同訳)

2019年12月24日 (火)

クリスマス~主役のいない誕生日パーティー?

アテネの皆さん、あなたがたがあらゆる点で信仰のあつい方であることを、私は認めます。道を歩きながら。あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえみつけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを私はお知らせしましょう。」(新約聖書 使徒言行録17:22~23聖書協会共同訳)

 

今宵はクリスマス・イヴ。

クリスマスは、サンタさんがプレゼントを持ってくる日「だから」お祝いするのではありません。

救い主イエス・キリストがこの世に来られたことをお祝いする日ですよね。

しかし、世の中で祝われる「クリスマス」は、いったい何をお祝いしているのでしょう?

 

私どもは、「ドラえもん」が好きなので、毎週観ております。

先日(2019年12月21日)放映された回は、いわゆるクリスマス回でした。

お話の最後の方で、あるシーンがありました。

たぶん、視聴者の99%の方は、全然違和感など覚えなかったはずです。

どんなシーンかというと、確かスネ夫の家で、

みんなでクリスマスパーティーをしているところだったと思います。

見るからに楽しそうなシーンでした。

豪華な誕生日パーティーといったところでしょう。

しかし、私は、ふと違和感を覚えました。

「この子たち(のび太たち)は何をお祝いしているのだろうか?」

そう、主役がいないのに、あるいは誰の誕生日パーティーかわからないのに、

豪勢に誕生日のお祝いをしているわけです。

これはフィクションの「ドラえもん」だけの世界ではなく、

程度の差こそあれ、日本中で(もっと言えば、世界中の各地で)よく見られる光景です。

 

一般的な誕生日の例で考えてみましょう。

本来、誕生日を祝ってあげる子がいないのに、盛大に誕生日をお祝いするでしょうか?

あるいは、その子の誕生日であることそっちのけで、

飲み食いやナンパにいそしむパーティー・・・

(聖夜ならぬ「性夜」?)

考えただけでも、何かむなしいとは思いませんか?

 

そう、世の「クリスマス」とは、主役抜きで、主役そっちのけで、

勝手な誕生日パーティーを開いてるだけなのかもしれません。

しまいには、主役がいつの間にか代わっていて、

そもそも何の日なのかわからなくなっているのです。

クリスマスは、サンタさんの日で、ケンタッキーを食べる日?

(最も、当のサンタさん自体も、

本来のサンタクロース=聖ニコラウスから、世俗的に塗り替えられている訳です。

すっかりおもちゃを売る「カミサマ」扱いです。)

 

世の華やかさとは縁がないところ、人知れずひっそりと、

世の救い主はお生まれになりました。

ところが、彼ら(ヨセフとマリア)がそこ(ユダヤのベツレヘム)にいるうちに、マリアは月が満ちて、初子の男子を産み、産着にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる所がなかったからである。」(新約聖書 ルカによる福音書2:6~7聖書協会共同訳)

まことの光があった。その光は世に来て、すべての人を照らすのである。言(「ことば」=ロゴス→イエス・キリスト)は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名(=イエス・キリストの聖名)を信じる人々には、神の子となる権能を与えた。この人々は、血によらず、肉の欲によらず、人の欲にもよらず、神によって生まれたのである。言は肉となって(=人の姿をとって)、私たちの間に宿った。私たちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」(新約聖書 ヨハネによる福音書1:9~14聖書協会共同訳)

キリストは 神の形でありながら 神と等しくあることに固執しようとは思わず かえって自分を無にして 僕(しもべ)の形をとり 人間と同じ者になられました。 人間の姿で現れ へりくだって、死に至るまで それも十字架の死に至るまで 従順でした。 このため、神はキリストを高く上げ あらゆる名にまさる名を お与えになりました。 それは、イエスの御名によって 天上のもの、地上のもの、地下のものすべてが 膝をかがめ すべての舌が 「イエス・キリストは主である」と告白して 父なる神が崇められるためです。」(新約聖書 フィリピの信徒への手紙2:6~11聖書協会共同訳)

 

クリスマスおめでとうございます!

主役がいないクリスマスではなく、本当の主役であるイエス様を心にお迎えして、

真のクリスマスをお祝いしたいものです。

冒頭に掲げた御言葉では、「アテネの皆さん」となっていますが、

「日本の皆さん」と言い換えてもいいでしょう。

知らずに拝んでいるもの」ではなく、「知られざる神に」ではなく、

まことの救い主である、イエス・キリストのご降誕をお祝いしましょう。

 

主イエスの恵みがあなたがたすべての者と共にありますように。」(新約聖書 ヨハネの黙示録22:21聖書協会共同訳※聖書最後の節)

2019年9月17日 (火)

オネシモは盗みをしたのか?〜教会学校説教案への疑問(2019年9月15日)

今私が所属している教会の教会学校では、福音派のCS成長センターが発行する、

『成長』誌を用いています。

2019年9月15日は、

新約聖書の「ピレモン(フィレモン)への手紙」からの説教となっていました。

その日は私の説教担当ではなく、別な方がしました。

その方は、『成長』誌のグレード2(幼児〜小2向け)の説教案を、

ほぼそのまま丸読みするような形で子どもたちに説教していました。

それを聞いていた私は、ある1点にすごく違和感を覚えました。

曰く、「オネシモはご主人の家の金を盗んで逃げ出したのです。

この表現は、『成長』誌2019.7-8-9月No.166のP.134に書かれています。

(ということで、上記は引用、ということになります。)

 

確かに、ピレモン(フィレモン)18節(※『ピレモンへの手紙』は1章しかありません。)には、

もし彼(オネシモ)があなた(ピレモン)に何か損害を与えたか、負債を負っているなら、その請求は私(パウロ)にしてください。

(新約聖書 ピレモンへの手紙18節新改訳2017)

という記述があります。

だからといって、「オネシモは主人から盗みを働いた。」という証拠になるでしょうか?

小学校低学年向けのお話だからといって、

曖昧な話をさももっともらしく断言するのは如何かと思いました。

実際、この『成長』誌のグレード3(小2〜小6向け)では、

ピレモンは何らかの迷惑をかけて、主人の家を飛び出したのです。

(『成長』No.166のP.136より引用)とトーンダウンしています。

 

しかし残念ながら、グレード4(小6〜高1向け)では、

オネシモは、盗みを働いたか何かで主人に損害を与え、」(同誌P.138より引用)とされ、

グレード5(高校生、青年、成人)では、

オネシモとは「有益な者」という意味ですが、おそらく主人のお金を盗んで逃げたのでしょうから、およそその名にふさわしくない奴隷でした。」(同誌P.140より引用)

という記述に戻っていました。

 

参考までに、家に帰ってから、

カトリックのフランシスコ会訳や、岩波書店の新約聖書(新約聖書翻訳委員会訳)、

塚本虎二訳新約聖書で、そういう訳注がないか探してみました。

カトリックあたりなら、「オネシモは盗みをした、という伝承がある」とか書かれていそうですが、

そんな注解は書いていませんでした。

塚本虎二訳では、15〜16節への略註(P.980)で、

「なぜ脱走したかは書いていない。」と記述がありました。

すなわち、「盗みをした」とは断言できないし、

あるいは「盗みをしていない」とも言えないのです。

岩波書店訳では、「解説」のところで、

「(この手紙の)執筆意図は明白である。すなわち、かつてパウロの導きでキリスト教徒となったフィレモンが所有していた奴隷オネシモスが、主人の許から、おそらくいくばくかの金銭と共に、脱走してパウロのところに逃亡してきたのだが、そのオネシモスも獄中でキリスト者となったので、今パウロは彼を主人の許に送り返そうとしている。(以下省略)」

(岩波書店訳P.927より引用終)

とありました。

あくまで、盗みは「おそらく」という予測にすぎません。

新共同訳のスタディ版の註では、

オネシモはフィレモンからお金か所有物を盗んでいたのかもしれない。*あるいは逃亡した事自体が負債とも考えられる。

(聖書スタディ版 新共同訳 新約聖書P.400より引用)

と書かれていました。

この註はある程度納得がいきます。

 

 

フランシスコ会訳

 

塚本虎二訳新約聖書

 

岩波書店 新約聖書

 

聖書 新共同訳 スタディ版

 

 

私としては、「盗んだ」か、「盗んでいない」かよりも、

少なくとも聖書や伝承から断言できない曖昧な事を、

あたかも事実のように子どもたちに伝えるのが、

問題だと思った訳です。

 

あと、グレード2の説教案では、

「悪いことをした人を許しなさい」(いい子ちゃんしようね!)という結論になってしまい、

当時の奴隷制度の中で、使徒パウロが大胆にも

キリストにつくバプテスマ(洗礼)を受けたあなたがたはみな、キリストを着たのです。ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もありません。あなたがはみな、キリスト・イエスにあって一つだからです。

(新約聖書ガラテヤ人への手紙3:27〜28新改訳2017)と主張した革新性が、

ぼやけてしまったように思えました。

だから私はその後の高学年向けの分級で、

「奴隷」という言葉について説明し、

なおかつ、「盗みをした、と先程話があったのは、

低学年向けの説明であり、実際はどうかわからない。」

という解説をすぐさましました。

 

ところで、「奴隷」というのは、現在存在しないはずですが・・・

たまたま、先日(2019年9月11日)放送の、

テレビ東京系「未来世紀ジパング」という番組で、

今知るべき世界の大問題」と題して、

東南アジアにおける現代の奴隷について特集しているのを観ました。

恐るべき人権侵害です!

観ていてとても衝撃を受けました・・・

そういう奴隷によって、

日本の食卓にあがるエビが水揚げされているのかもしれないのです・・・

また、日本の恥とも言える、「技能実習制度」も、

かなり奴隷労働に近いとも言えます。

おそらく10年以内ぐらいに、

第2の「従軍慰安婦」問題のような国際的な人権侵害問題になるのでは、

と私は危惧しています。

(従軍慰安婦問題自体は、本来、韓国政府が保証すべき問題なのが、

国際法上の見解だと私は思っています。)

 

私なら、過去の問題ではなく、現代の問題としての「奴隷」を解説してから、

それらを超えたキリスト者における愛を説く、というやり方で、

子どもたちにお話したいな、と思いました。

2019年9月 9日 (月)

NHKBSプレミアム・大草原の小さな家 シーズン1 第14話「ローラの祈り」(原題:The Lord is My Shepherd (1)(2))の聖書的背景

NHKBSプレミアムで、2019年6月から毎週土曜日朝に放映されている、

「大草原の小さな家」。

毎回楽しみに観ています。

 

2019年9月7日放送の第14話(実際は前後編合わせての放送となりました。)、

「ローラの祈り」(原題:The Lord is My Shepherd (1)(2))。

とても感動しました。

あらすじを、NHKのドラマ公式HPから転載します。

(引用)

世界中で愛されたファミリードラマが新吹き替え版でよみがえる!生まれたばかりの弟が死んでしまった。ローラは神様にあるお願いをするために高い山の頂上へと向かう。

キャロラインのおなかに新しい命が宿る。男の子が欲しいチャールズは無意識のうちに「息子」と呼んでしまい、ローラは嫉妬する。やがてキャロラインは男の子を出産。チャールズはその子にばかり構うようになり、ローラはますます悲しい思いに。だが赤ちゃんは次第に衰弱しはじめ、亡くなってしまった。ローラは弟のために祈れなかった自分を責め、神様にあるお願いをするため高い山の頂上へと向かう。

(引用終)

 

ドラマの筋とか、感想とかについては、

いくつか他のサイトで書かれていたのを見つけましたので、

私はそれを書くのは省略します。

(参考)

大草原の小さな家の「ローラの祈り」前後編をネタバレ徹底解説!

(ブログ名:天才漫画アート芸術家)

大草原の小さな家 9/7 「ローラの祈り」

(ブログ名:テレビ大好き)

「ローラの祈り」~大草原の小さな家・珠玉の回~

(ブログ名:きゆみのラブログ)

大草原の小さな家 神回「ローラの祈り」ジョナサンが…

(togetter)

 

私はこの話に出てきた聖書について述べてみようと思います。

 

まず、直接的な引用。

チャールズ(お父さん)とキャロライン(お母さん)が、

息子の死に際して一緒に唱える聖書は、詩編23編です。

ドラマの原題にも引用されています。

せっかくですから、最新の聖書の訳で全文を引用します。

 

(引用)

詩編23

 

主は私の羊飼い。

私は乏しいことがない。

主は私を緑の野に伏させ

憩いの汀(みぎわ)に伴われる。

主は私の魂を生き返らせ

御名にふさわしく、正しい道へと導かれる。

 

たとえ死の影の谷を歩むとも

私は災いを恐れない。

あなたは私と共におられ

あなたの鞭と杖が私を慰める。

 

私を苦しめる者の前で

あなたは私に食卓を整えられる。

私の頭(こうべ)に油を注ぎ

私の杯を満たされる。

命あるかぎり

恵みと慈しみが私を追う。

私は主の家に住もう

日の続くかぎり。

(旧約聖書 詩編23 聖書協会共同訳より引用終)

 

観ていてつらいシーンでしたが、生きるのも死ぬのもすべて神様の御心・・・

そういう信仰心を表すのが、詩編23を共に唱える、という場面で表したのでしょうね。

もっと言えば、ヨブ記1:20の、

主は与え、主は奪う。主の名はほめたたえられますように。」(聖書協会共同訳)

あるいは、伝道者の書(コヘレトの言葉)3:11の、

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(新改訳2017)

といった、「あえて賛美する」信仰が、根底にあるのでは、とも思いました。

 

嫉妬心と寂しさから、弟のために祈らなかったローラは、

弟の死を知り、うちひしがれる中、

牧師さんの説教の中に出てきた、

神にできないことは何一つない。」(新約聖書ルカによる福音書1:37聖書協会共同訳)

という御言葉から、

とんでもない願いを神様に祈ろうとします。

「自分の代わりに、弟を父のもとに返してほしい・・・」

そして、神様に近づくため、山に登ります。

そこで、ジョナサンという不思議な男性にめぐりあいます。

 

ここのシーン、実に不思議な印象を視聴者に与えるところです。

直接的な聖書引用はされていませんが、

この山でのシーンは、私の推測では、

旧約聖書 創世記22章の、

アブラハムが息子イサクを生贄にささげようとするところが背景にあるのでは、

と思いました。

・山に登る(創世記22:2)

・3日間滞在(創世記22:4)

・鳩を見つける(創世記22:13)

・焚き火(創世記22:7他)

 

お父さん(チャールズ)がローラを探す、というのは、

ルカ15章の「放蕩息子のたとえ」も背景にあるのかもしれません。

あと、白い鳩は、おそらく「聖霊」の象徴でしょう。(マタイ3:17他)

 

ジョナサンがローラを川に連れて行き、

そこでジョナサンがローラに作ってあげた十字架が流されてしまうところと、

その前後の会話は、

神を愛する者たち、つまりご計画に従って召された者たちのためには、万事が共に働いて益となるということを、私たちは知っています。

(新約聖書 ローマの信徒への手紙8:28聖書協会共同訳)

もっと簡単に言えば、「神はすべてのことを益とする。」という、

究極的な賛美と楽観が背景にあるのでは、と感じました。

人の目には、一見不幸に見えたとしても・・・

 

それにしても、NHKがこの作品をリマスターして再放送してくれるというのは、

実にすばらしいことです。

朝ドラとの関連なのでしょうか・・・

神様に感謝!

2019年8月17日 (土)

道東旅行記2019年夏(その5)〜大雨の釧路から帯広へ、旅の終わり

道東旅行記2019年夏、第5回目、最終回です。

 

2019年8月5日から始まった4泊5日の旅の最終日。

最終宿泊地の釧路は大雨でした。

泊まったホテル(釧路ロイヤルイン)の朝食はビュッフェ形式でした。

ここの朝食は楽天トラベル、じゃらん等でも評価が高かったので、

今回の旅で選択しました。

 

実際、何がすごいかというと、パンの種類です。

今回写真には撮りませんでしたが、パン屋を開けるのでは、

と思えるぐらいに豊富でした。

これが宿泊客には無料!(朝食券などはありませんでした。)

その他に、釧路地域に関係ある食材・メニューなどが豊富でした。

(参考)※少し古い記事ですが・・・

焼き立てパンの贅沢な朝食「釧路ロイヤルイン」

今回の旅での朝食で、最も印象に残りました。

(あの屈斜路プリンスホテルよりも!)

 

客室から撮った、ホテルの外の様子。

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※上空に見えるのは、幽霊やUFOではなく、客室の照明の反射デスヨ。

 

釧路では午前中のんびり過ごしました。

のんびりしながらも、一番気になったのは、

帯広から列車が出ているかどうかでした。

というのも、大雨の影響で、午前中のうちに、

17時台までの特急がすべて運休することが決まっていたからです。

 

お昼は、釧路で蕎麦といえばココ!の、

竹老園東家総本店」でそば寿司を食べました。

そば寿司」というのは、蕎麦を海苔で巻いて少し味付けしたものです。

これが絶品なのです!

(札幌にも「東家」があります。そこでも「そば寿司」がありますが、

蕎麦の色は白です。)

ところで、釧路では、蕎麦の色は緑色がほとんどです。

道内でもここだけみたいですね・・・

 

その後、釧路町(といっても、「ほぼ」釧路市と言っていいぐらい、

釧路市に近い場所です。)の、「釧之助」(せんのすけ)内にある、

くしろ水族館 ぷくぷく」という所に行きました。

釧路地方で初めての水族館です。

こじんまりとした規模ですが、それなりに楽しめると思います。

 

この水槽は無料で見ることができますよ。

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ここからは水族館内です。

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さて、いよいよ大雨の釧路を出発し、

帯広へ向かいました。

途中、何度もスマホで帯広駅の発着を確認しましたが、

私どもが乗る予定の19時台の列車は大丈夫そうでした。

 

帯広に着いたら、雨はあがっていました。

旅の最後の観光訪問は、「なつぞら」の天陽君の家のセットがある、

真鍋庭園でした。

ここは無料ゾーンで撮影して終了でした。

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まだ出発時間まで時間があったので、

十勝トテッポ工房」へ行きました。

ここのスイーツも絶品でした!

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それから、レンタカーを返却後、

徒歩で「はげ天 本店」に行き、

豚丼をいただきました。

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帯広から札幌へ向かう、19時台の特急は、

通常通り運行しました。

神様のご加護により、すべての旅程を安全に過ごすことができました。

 

主がすべての災いを遠ざけて

あなたを見守り

あなたの魂を見守ってくださるように。 

あなたの出で立つのも帰るのも

主が見守ってくださるように。今も、そしてとこしえに。 

(旧約聖書詩編121:7〜8新共同訳)

 

神様に感謝!

(まとめ)

道東旅行記2019年夏(その1)〜旅の始まりと1日目・襟裳岬など

道東旅行記2019年夏(その2)〜「なつぞら」聖地巡礼?

道東旅行記2019年夏(その3)〜帯広から弟子屈町へ、摩周湖と裏摩周、神の子池

道東旅行記2019年夏(その4)〜屈斜路湖からのカヌー乗船、弟子屈から浜中、釧路へ

2019年8月 5日 (月)

札幌文化芸術劇場hitaru・オペラ「トゥーランドット」(2019年8月4日)〜最後の最後の余計な演出で、全部台無しに・・・

人生初の生オペラ鑑賞!

(妻は実は2回目とのこと・・・)

札幌に昨年(2018年10月)出来た、

札幌文化芸術劇場hitaru。

本格的なオペラも上演できます。

今年(2019年)の1月に、

ここでオペラ「トゥーランドット」が8月上旬に上演されるのを知り、

かなり早い段階でチケットを取りました。

オペラのチケットは高いですね・・・

一番安いチケット(学生除く)で、6000円のを、

私と妻の分、2枚取りました。

 

さて、連日の猛暑の中、舞台の幕は上がりました。

エッシャーのだまし絵に出てきそうな、

不思議な階段がある建物が左右にあり、その間の空間が主な舞台でした。

"Popolo di Pekino..."(北京の民よ・・・)で始まるオペラの第一声。

どうみても、北京には見えず、なんだか『北斗の拳』の舞台である、

世紀末の荒廃した都市にも見えてきました。

 

(参考)メトロポリタン歌劇場での「トゥーランドット」DVD

→これ、オススメです!

 

役人ピン・ポン・パンも、なんだか公園のホームレスみたいな姿でした。

ついにトゥーランドット登場!

と思いきや、一瞬、トゥーランドットのお母さんかな、と思ってしまいました・・・(失礼!)

真っ白いピエロのような衣装・・・

マツコ・デラックスさんが白い服を着ているような感じでした。

 

ちなみに、演出や衣装にはケチをつけたいですが、

「声」、「オケ」だけなら、十分に満足がいきました。

特にトゥーランドット役のジェニファー・ウィルソンさん、

リュー役の砂川涼子さん、そして、合唱!

非常に満足がいく内容でした。

 

さて、第2幕も、得体のしれない構造物はそのままでした。

残念ながら、第3幕も同じでした。

第2幕に至って、これはモダン演出だったんだ・・・と気づきました。

 

色彩感に乏しい抽象的な演出にはがっかりしました。

極めつけは、第3幕・・・

リューのアリア「氷のように冷たいあなた Tu che di gel sei cinta」が終わった後、

リューが自害して、その遺体が、舞台の真ん中に置き去りにされたまま・・・

そんな中で、カラフは姫への求愛の歌を恥ずかしげも後悔もなく、

朗々と歌い上げる訳です。

これは、過去の「トゥーランドット」上演を見て、観客が思った素朴な疑問を、

映像化したものなのかもしれません。

(リューが死んだのに、よくこんなセリフを言えるもんだよ!)

また、なぜか先日観た映画「天気の子」のラストを思い出してしまいました。

北京の民がどうなろうと、自分の父や父を世話した女奴隷リューが死のうと、

自分の愛の方が優先される超身勝手なカラフの愛に・・・

(こういう意味では、愛の王子カラフも、「蝶々夫人」のピンカートンと同じ系譜なのでしょう。)

 

配付されたブックレットに、この舞台の演出家、アレックス・オリエの言葉が書かれていました。

(引用)

トゥーランドットのトラウマの糸をたどっていくと、別の結末に到達した。プッチーニが満足できたであろう結末だと思いたい。プッチーニは全ての作品において、それぞれの悲劇のヒロインの物語を論理的に書き上げている。我々は始めからこのプロダクションでその論理性を再現することを目的としてきた。これがその結果である。

(引用終)

 

完全なネタバレになりますが、あえて書きます。

オペラの最後で、トゥーランドットが、カラフの名を民に紹介します。

「その名は愛」

輝かしい音楽と、ハッピーエンドが訪れたと思った最後の最後、

カラフがトゥーランドットの手をとって舞台中央に来た途端に、

なんと、トゥーランドットは自刃して果てます・・・

なんというバッドエンド!!!!!

思わず「なんじゃこりゃー!」となりました!

何だか、「6000円返せ!」と叫びたくなりそうでした。

 

普通なら、幕が降りて、キャストに惜しげもなく拍手するところですが、

私はこの終わり方に全然納得が行きませんでした。

思いっきり冷水を浴びせられたような・・・

 

この終わり方、考えれば考えるほど、演出家の術中にハマるだけの感じがします。

ただ、もしかすると、「姫」の立場からすれば、

悲劇的に見えるけど、実はハッピーエンドだったのでは、などとも考えました。

どんなにカラフが愛を叫ぼうとも、

所詮彼は、リューの死や民衆、そして姫自身の内面など、

何とも思わないような自己中心的な化け物なのかもしれません。

(結局、作品上では、姫の容姿に惹かれただけだから・・・)

そんな存在に陵辱されるよりは、名誉の死を選んだ・・・

 

確かに、プッチーニのヒロインはみんな死んでいます。

「トゥーランドット」では、第2ヒロインのリューが死んだから、

それで満足・・・ではなく、

やはりヒロインのトゥーランドットも死ぬ必要があったのでしょうか?

(音楽的な展開からすると無理ですが、「いや、あれは作曲家の死後、

補作されたものだから、実は違うんだ・・・という言い訳もできる訳です。)

 

とにかく、演出家の横暴に頭に来た、人生初の生オペラとなってしまいました・・・

 

死んだ蠅は香料作りの香油を腐らせ、臭くする。僅かな愚行は知恵や名誉より高くつく。 

(旧約聖書 コヘレトの言葉10:1新共同訳)

 

たとえて言えば、何十万円もするワインを飲もうとしていたら、

ワイングラスの中に、一匹の蝿が入ってしまった・・・

そんな感じの終わり方でした。

 

会場から出る際に、後ろの御婦人方が、こんな会話をしていました。

「主役もCGで置き換えた方がよかったんでは?あるいは初音ミクみたいにするとか・・・」

これまた手厳しいお言葉・・・

ただし、改めて言いますが、

音楽としては最高でした!

オペラってすごい!と思わされましたよ!

2019年5月 1日 (水)

2019年4月のページビュー(PV)数ベスト10記事一覧

2019年4月のページビュー(PV)数ベスト10記事は以下のとおりです:

(※トップページ及びカテゴリを除く)

ベスト3までは記事リンクをつけています。

 

一位.「カトリック」か「カソリック」か?~誤用に潜む軽蔑と無知

二位.インクルーシブ(インクルージョン)教育は子どもにとって本当に幸福なのか?

~おすすめブログ記事「脱インクルージョン教育」(ブログ名:斜に構えてみる)

三位.NHKEテレ・ららら♪クラシック「トムとジェリーとクラシック」

(2019年4月5日放送)〜実は十二音技法まで使われていた!

四位. マーラー:交響曲第7番聴き比べ14種類

五位.学び合い学習」は日本の義務教育崩壊を招く!

~おすすめ記事『【解答乱麻】 TOSS代表・向山洋一 亡国の教育「学び合い学習」』

六位.メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調op.64聴き比べ6盤

〜女性ヴァイオリニスト対決?

七位.SACDとBlu-ray Audio、どちらが優れているか?〜音響、価格、将来性・・・

八位.宿題を出す先生、出さない先生、どちらがいい先生?

〜学力をつけるのは授業か、宿題か?

九位. エルガー・エニグマ変奏曲op.36聴き比べ4盤

十位.グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調op.16 聴き比べ7盤

 

先月書いた記事では、

3位に、らららクラシックの「トムとジェリー」の記事がランクインしたのは嬉しいです。

1位の記事は・・・

なんでそんなに読まれるのか、未だにわかりません・・・

 

さて、本日から、日本では元号が「平成」から「令和」に変わりましたね。

テレビ報道を見ると、なんだか年末年始みたいな感じになっていました。

「平成」最後の日と「令和」最初の日、みなさんはどのように迎えましたか?

私ども夫婦は、あえて、いつもの日と変わらないように、

「平成」のうちに眠りにつき、

いつもどおりに起きて、「令和」を迎えました。

私は可能な限り、日本の元号よりも、西暦の方を使いたいです。

(公文書的なものは仕方ないとして・・・)

 

神は季節と時を変え、

王を廃し、王を立てる。

知恵を授けて賢者とし、知識を授けて悟りのある者とされる。

(旧約聖書ダニエル書2:21新改訳2017)

 

かといって、一部のキリスト者や左翼系の人のように、

天皇制反対、というつもりもありません。

 

そこで、私は何よりもまず勧めます。すべての人のために、王たちと高い地位にあるすべての人のために願い、祈り、とりなし、感謝をささげなさい。それは、私たちがいつも敬虔で品位を保ち、平安で落ち着いた生活を送るためです。そのような祈りは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることです。

(新約聖書 テモテへの手紙第一2:1〜3新改訳2017)

 

だから、皇室や日本の総理のために祈ることは、必要なことだと思っています。

 

新元号、新天皇の即位、

祝いたい人は祝えばいいけど、強制はされない・・・

(別に反対するつもりはない。)

それこそ、寛容な国ではないでしょうか?

 

おまけ

 

本日、私どもは、札幌市中央区の道庁赤レンガの方へ行きました。

ちょうど、道庁の池に、オシドリのつがいがいました。

「おしどり夫婦」というと、「仲がいい夫婦」ということですが、

実は、オシドリは、毎年パートナーを変えるようですね・・・

それはともかく、オスのオシドリはとてもきれいでした。

 

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北海道では、桜と一緒に木蓮の花を眺めることができます。

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今月もご愛読よろしくお願いいたします。

2019年3月 4日 (月)

近藤麻理恵 著『人生がときめく片づけの魔法 改訂版』(河出書房新社)を読んで、CDと本で片付けをしてみた件

近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法  改訂版』(河出書房新社)を
買って読んでみました。

改訂版が出る前の本は大ベストセラーなので、
改めて私が紹介するまでもないですね・・・

この本のエッセンスを一行で言えば、
(引用)
心がときめくモノだけを残す。あとは全部、思いきって手放してみる。
(同書P.64より引用終)ということです。
(その他に、片付けの順番とかいろいろありますが・・・)

本を読むだけではなく、実際に実践することにしてみました。
CDと本でまずやってみました。

CDでは、通常CDとSACDに分けて、今回は主に通常CDを仕分けることにしました。
するとどうでしょう・・・
心ときめかない、たぶんもう2度と聴かないだろうな、と思われるCDが、
次から次と「手放す」側に積み上げられていくのは、
ある意味壮観でした。
その数、300点以上になってしまいました。
ダンボール4箱分になりました。

HMVの中古買取りに申し込み、送付したところ、
なんと、合計約19万の値となりました。
(300点のうち、箱に収めきれなかったのが20点ほどありました。)
3割増しキャンペーン中の応募だったからです。
神様に感謝!

当然、家のCD棚、CD収納スペースは大幅に空きました。
空いたスペースは妻と共通の趣味の本(スキーや水泳など)や、
雑誌を置くスペースとなっています。

ついでに、本棚にも「片付け」の手をつけてみました。
私の本棚で一番スペースを占めていたのは、
当然ながら、聖書のコレクションでした。
しかし、積んである、置いてあるだけで、全然読んでいない、
あるいは、昔読んだきりで、そのまま飾ってあるだけ、というのが結構ありました。
思いきって、今、朝に読むので使っている以外のほとんどを、
手放すことにしました。
聖書なので、値段つかないことになるのは覚悟していました。
(売却というよりは、「処分」という意味合いに近かったです。
ただ、自ら手を下すのは忍びなかったというか・・・)

こちらも合計で130点近くになりました。
買い取り20%増しキャンペーンを行っていた、
ブックオフに引き取ってもらいました。
ダンボール4箱になりました。

130点のうち、値がついたのは100点でした。
一番高く買い取られたのが、実は聖書でした!
最大、一冊で4000円超になりました!
まさに、私は聖書に救われました!!!と言えます・・・
本の売却は、約2万2千円ほどとなりました。
神様に感謝!

実は、今月(2019年2月〜3月)の家計は、
私の今までの無駄遣い(特にCD・・・\(;゚∇゚)/及び外食、旅行など)がたたり、
経済的に厳しくなっていました。
ちょうどそんな時だからこそ、神様が、
人生がときめく片づけの魔法  改訂版』と出会わせてくださり、
経済的困難を乗り越えさせてくださった、と感謝しています。
また、お金の使い方も全面的に見直すことになりました。
そういう意味で、実に絶妙なタイミングでした。
神様に感謝!

CDと本だけに終わらさせずに、現在も、押入れの中にしまってあるあれこれや、
いろいろな書類の片付けにも着手しはじめています。
片付けはいろいろな意味で、スッキリする体験ですよ。

あなたがたを襲った試練で、世の常でないものはありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えてくださいます。
(聖書 聖書協会共同訳 コリントの信徒への手紙一10:13)

2019年1月14日 (月)

NHKEテレ・こころの時代~宗教・人生~「外国人収容者と共にありて」(2019年1月12日再放送)

NHKEテレの「こころの時代〜宗教・人生〜」。
時々キリスト教関係の人が出てきます。
キリスト教関係の方が出演される場合は、
たいてい社会福祉関係か、人権活動家(沖縄の基地問題含む)です。
そういう方の場合、活動はすごく立派なのですが、
残念ながら、キリストを人権活動家か、
慈善家のレベルに下げて論じてしまうことが多いです。

今回登場する牧師さんも、そんな感じかな、と思いつつも、
一応、キリスト教関係者の出演ということで、録画して観ました。
しかし、期待はいい意味で裏切られました。
2019年1月12日再放送(本放送は2018年9月30日)の
外国人収容者と共にありて」です。
長崎県大村市の「大村入国管理センター」で、
収容されている外国人のためにセンター内で月1回礼拝を捧げている、
長崎インターナショナル教会の牧師、柚之原寛史(ゆのはら ひろし)牧師の活動と、
原動力となった体験についての番組でした。

録画した番組を観て数分で、私にとっては「おっ!」と思えるシーンが出てきました。
収容者のために、柚之原牧師がその手をとって祈るところです。
「主よ、癒やしを与えてください」
リベラル系の牧師サン達なら、たぶんそんな祈りはしないだろう・・・
この人は、どこ系(リベラル派?福音派?まさかまさかの聖霊派?)の牧師先生?
番組を一時停止して、柚之原牧師について調べてその経歴を見ると、
明らかに聖霊派系の方だというのがわかりました。
ライフ・ライン」といった明らかなキリスト教系の伝道番組ならいざ知らず、
NHKでこの系統の方が出るのは珍しいと思いました。
しかも、ストレートにキリストの御言葉を語っていました。

それにしても、刑務所でないのに、なぜ数年(長いと6年・・・)も収容され続けるのか?
番組を観ても、いろいろ調べても、正直に言って、よくわかりませんでした。
なにせ、収容年数は入管の恣意的な判断で決まるわけですから・・・
明らかなのは、日本政府による深刻な人権侵害だ、ということだけです。
イスラム教の人に対してハラル食を提供しないとか、結構問題だと思います。
私の妻はこの番組を通して現状を知った上で、
「典型的な、日本人の優柔不断な態度だ」と言っていました。

番組では、柚之原牧師の改心のきっかけになった、
クリスチャンの母の死と、そこからの変化についても、
きちんと時間を割いていました。

「地の塩、世の光」としてのキリスト者の活動と言動を、
しっかり描いていた番組だと思いました。

外国人労働者と不法滞在の問題は、
これからもっと深刻化してくると思います。
安い労働力は欲しいが、人間としてはみなさない、というのは、
先進国としてあるまじき態度だと思います。

今回の番組の内容については、
私の記事ではなかなか書ききれない内容ですので、
参考記事をいろいろ紹介しておきます。
興味がある方はリンク先をぜひご覧になってください。

外国人収容者と共にありて(番組の文字起こし記事)
難民問題、外国人支援に取り組みながらキリストの愛を伝える。
(大村インターナショナル教会HP掲載)
長期収容・病死・自殺・・・放置できない”入管地獄“(ブログ名「アリの一言」)
「外国人収容者と共にありて」(ブログ名「月の光で澄み渡る」)
集団暴力、無期限拘束……。あまりに酷い、入管収容所における外国人虐待の実態
(ハーバー・ビジネス・オンライン)

「死にたいほど苦しい」外国人、長期収容の実態 入国管理局、就労拡大の陰で インド人男性自殺の「悲劇」も
2018年06月16日 06時00分(西日本新聞)

そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。 お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』 すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。 いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。 いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』 そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。
(新約聖書マタイによる福音書25:34〜40新共同訳)
兄弟としていつも愛し合いなさい。 旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなしました。 自分も一緒に捕らわれているつもりで、牢に捕らわれている人たちを思いやり、また、自分も体を持って生きているのですから、虐待されている人たちのことを思いやりなさい。
(新約聖書ヘブライ人への手紙13:1〜3新共同訳)
※下線は筆者による。

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