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2020年3月 7日 (土)

パトリシア・セントジョン(Patricia M. St John)(作)『雪のたから』~世界名作劇場「アルプス物語 わたしのアンネット」の原作

世界名作劇場「わたしのアンネット」(1983年放送)の原作である、

パトリシア・セントジョン(Patricia M. St John)の『雪のたから』。

以前から読んでみたいと思っていましたが、

ようやく最近、新訳が出たので、買って読んでみました。

 

雪のたから (CLASSICS FOR A NEW GENERATION)

 

 

Amazonでは高額取引なので、一般サイトとキリスト教書店のサイトで紹介します。

雪のたから (801763)中村和雄、発売:いのちのことば社 発売日:2019/12/15(いのちのことば社通信サイトWINGS)

雪のたから 著者パトリシア・セントジョン (著),中村 和雄 (訳),Fumiko Onslow (訳)(honto)

 

旧訳(現在絶版)

 

世界名作劇場・完結版 アルプス物語 わたしのアンネット [DVD]

 

アルプス物語 わたしのアンネット (絵本アニメ世界名作劇場)

 

仲良しだったアネット(アンネット)とルシエン。

ふとしたきっかけでケンカをしてしまい、

それが元でルシエンはアネットの弟ダニーにひどいケガを負わせてしまいます。

ダニーは一生歩けないと宣告されてしまいます。

アネットはルシエンを憎み、ルシエンは村の人々から疎まれます。

そんな中、ルシエンは森の中である孤独な老人と出会い、

木彫りを習い、上達していきます。

罪滅ぼしのために、ルシエンはダニーを喜ばせようと、

「ノアの箱舟」の木彫りを作りますが、

アネットに壊されてしまいます。

ここからのアネットの葛藤、ルシエンの苦悩、

そしてアネットの改心とルシエンとの和解、ルシエンの勇気・・・

原作前半は正直に言うと、それほど面白さを感じていませんでしたが、

後半になると、キリスト教色が強くなり、それ故苦手な人も出てくるでしょうが、

私にとっては静かな感動に満たされました。

 

特に心に残ったところを引用しましょう。ルシエンの作ったノアの箱舟を壊してから、クリスマスを祝った後のくだりです。

 

(クリスマスの後で)「おばあちゃん、イエスさまが、私たちの心のドアーをたたいているって(注:ヨハネ黙示録3:20参照)、どういう意味なの?」

「それはね、こういうことなのよ。」おばあさんは(中略)アネットに向かい合った。「お前の生き方には間違ったことと、悪い考えが一杯だって、救い主イエスさまには分かっているのよ。イエスさまは、この地上にやって来られて、十字架におかかりになった。間違った行いや悪い考えの罰を、お前に代わって受けるために。その後、救い主はもう一度、いのちを取り戻されたから、お前の心に入り、イエスさまの聖霊によってお前の中に住むことがおできになるのよ。イエスさまは、こういう悪い考えをみんな滅ぼして、代わりにお前がイエスさまの良い、愛に満ちた考えで、考えるようにさせることができるのよ。それはちょうど、イエスさまが汚れた、暗い、ほこりまみれの家のドアーをたたいて、言っておられるようね。『お前がわたしを入れてくれれば、ごみや暗やみを取り去って、きれいな、明るい家にしてあげる。』けれど、いいこと。イエスさまは自分から押し入ってくることはされないのよ。ただ、入ってもいいか、聞くだけなのね。これが、ドアーをたたくっていうことの意味よ。お前は、『はい、主イエスさま、わたしには、あなたが必要です。お入りくださり、私の中にお住まいください』って、言うことが必要よ。これが、ドアーを開けるっていうことね。」(中略)

「けど、おばあちゃん。」アネットは(中略)言った。「もしだれかを憎んでいるとしたら、イエスさまにお入りくださいって、お願いすること、できないでしょう?」

「もしお前がだれかを憎んでいるのなら、イエスさまに入ってきてもらうことが、絶対に必要なのよ。部屋が暗ければ暗いほど、光がそれだけ必要なんだから。」

「けど、わたし、ルシエンを憎むのを止めること、できないの。」アネットは(中略)そっと言った。

「そう、それは本当にそうね。だれでも自分では、悪い考えを止めることはできないのよ。自分で止めようとするのは、決していい考えじゃないわ。けど、アネット。朝になって下へ降りてきてみたら、窓に雨戸が閉まっていて部屋が暗かったら、お前はこう言うの?『暗闇と影を追い出さなければ。それがすんだら、雨戸を開けて、日の光を入れよう。』お前は、暗闇を追い払おうとして無駄な時間を使うのかい?」

「もちろん、そんなことはしないわ」とアネット。

「じゃあ、暗闇をどうやって追い払うのかい?」

「もちろん、雨戸を開けるのよ。そうしたら、光が入ってくる。」

「けど、暗闇はどうなったのかい?」

「知らないわ。光がやって来た時に、闇は行ってしまったのよ。」

「それこそ、お前がイエスさまにお入りくださいって頼んだ時に、起こることよ。イエスさまは愛なのよ。愛が入って来られたら、憎しみや、自分勝手や、不親切は、愛に居場所をゆずるのよ。ちょうど、お前が日の光を入れたら、闇が居場所をゆずるようにね。けど、憎しみだけを追い出そうとするのは、暗い部屋から闇を追い出そうとしているようなものね。それって、時間の無駄ってこと。」

(中略)

「それって、間違いなく本当だわ。」アネットは自分に言い聞かせた。「イエスさまに入ってきてくださいってお願いすれば、ルシエンと友達にならなきゃならないわ。そんなの、したくない。それに、わたしがルシエンの彫刻を壊したって言わなきゃならないんだわ。そんなの、決して、決してできないわ。ドアーをたたく音のことは、なんとかして忘れるようにしなければ。けど、このみじめさと言ったら・・・・・。」

 主イエスさまがドアーをたたく音を聞いて、締め出したままにしておく者は、幸せも締め出してしまうことを、アネットはまだ知らなかった。

(『雪のたから』P.201~204から引用)

 

ホルマン・ハント(William Holman Hunt)(1827-1910)作「世の光」

Hu021

 

この頑なな心を開いたのは、御言葉です。

その御言葉とは、

ヨハネの手紙Ⅰ4:18です。

全き愛は恐れを締め出します。」(新改訳2017)

※小説中は違う訳になっています。

 

それにしても、罪とゆるし、改心といった、典型的なキリスト教的文学を、

よくぞ世界名作劇場で取り上げてくれたなぁ~と改めて感心しました。

ちなみに、アニメ版の方は、完結版でしか見ていません。

(過去記事)→アルプス物語 わたしのアンネット(完結版)

(参考記事)世界名作劇場 アルプス物語 わたしのアンネット

(参考記事)『雪のたから』あらすじ

2020年3月 4日 (水)

#感染研には手を出すな!~最強の「検査」を求めて?

640

 

NHK総合で、2020年1月から放映されている、

『映像研には手を出すな!』。

とても好きな作品です。

「最強の世界(映像)」を創り出そうとする若きクリエイターたちの物語です。

 

映像研には手を出すな! (1) (ビッグコミックス)

 

今回はアニメ話ではなく、同じ「〇〇研」でも、

今話題の「感染研」の方です。

(「映像研」ファンの皆様、ゴメンナサイ・・・)

 

かねてから、日本の新型コロナの検査数が、あまりにも少なく、

しかもあまりにもハードル高く、

(実質、武漢帰りか、重篤な状態にあるか、濃厚接触者認定か、そのぐらいでないと、

医師が依頼しても、検査できないという、「そんなバカな!?」状態なのは事実でした。)

それはどうしてなのか、と誰もが思っていました。

(お隣の韓国では、1日1万件以上、ドライブスルー検査まであると報道されていますから!)

そんな時に、国会での質問が日刊ゲンダイに取り上げられたり、

テレビで告発する教授まで現れたので、

慌てて感染研が声明発表しました。

 

元ネタ→厚労省が政権に忖度か 感染者急増の北海道で“検査妨害” 公開日: 更新日:

関連ネタ→少なすぎる新型コロナ検査数…安倍政権“陽性隠し”の言い訳 公開日: 更新日:

感染研による反論→「検査妨害」報道は誤認、感染研が声明…「発言趣旨誤解された」 2020/03/02 19:40(読売新聞)

感染研所長がキレた!PCR検査を巡る非難報道に猛反論(アゴラ)

 

とにかく、1日3800件検査できる、と厚労相答弁があったにも関わらず、

せいぜい500~1000件しか検査していない、という実態があるのです。

そこには、国民の命を犠牲にしてでも、五輪開催を成し遂げたい、という思惑があるはずです。

黒幕はどこかは、今は問わないとしても・・・

 

ここで、どうしてそんなに少ない検査数に制限するのだろう?

と考えていたところ、ついつい、「映像研」と「感染研」を重ねてしまいました・・・

 

(ここからはパロディです。もしかするとフィクションです?)

最強の「検査」(と利権)を守るため、

感染研は、「民間なんかに任せてられない(俺たちの研究費を奪うな!)」と、

下請けになりえる民間会社には任せず、自前の検査に日夜こだわります!

とことん「質」と「日本」にこだわります!

(そんなに検査能力はないけど・・・)

だから・・・

感染研には手を出すな!(記者クラブ出禁にするぞ!)

 

(ここから通常モードで)

感染症部会「感染研が検査会社に墜ちている」との指摘も 「肺炎なのにPCR検査ができなかった」など不満も多々 2020年2月19日 高橋直純(m3.com編集部)(医療維新)

→検査の実施状況 地域によって大きな開き 新型コロナウイルス 

新型コロナウイルスの検査を受けたくても受けられないといったケースが相次ぎ、国は検査体制の拡充を図っていますが、検査を担っている研究所からは、質を保つのが難しいため、簡単には検査数を増やせないという声が出ています。

全国に83か所ある地方衛生研究所の1つ、川崎市健康安全研究所には新型コロナウイルスの疑いがある検体が連日、およそ20件届けられ、5人の専門の職員が交代で週末も検査にあたっています。

研究所では、検体が届けられると、職員が2人1組で、検体の番号などを記録したあと、二重扉で隔離し、室内の気圧を低く保って、ウイルスが漏れ出さないようにした特別な検査室に持ち込みます。

検体に試薬を入れて、ウイルスを抽出する作業は、新型コロナウイルス専用にしている検査室1室だけでしかできません。続いて、遺伝子の断片を大量に増やして検出する「リアルタイムPCR」と呼ばれる装置に入れて分析しますが、全体の検査の過程でおよそ5時間かかるということです。

研究所では最大で1日40の検体を検査できますが、となりあった穴に少しでも液が混入すると結果を誤るおそれがあるため、穴を1つずつ空けて液を入れることにしていて、実際に検査できるのは半数の20件程度だということです。

川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長は、「限られたスタッフで、休みなく検査をしている状況だ。検査の正確性や安全性が損なわれるリスクがあり、簡単に数を増やすことは難しい」と話しています。

 

このNHKのニュース記事、すっかりNHKも厚労省に忖度しちゃっています。

中国や韓国、イタリアなどのやり方よりも、やたら手間暇かけています、

という感じですが、それでも陰性・陽性の判断がつかないケースが、

ダイヤモンド・プリンセス号の件で既に明らかになっているのだから、

正確性という質の担保よりも、量で勝負の迅速性を求めるべきではないでしょうか。

新型コロナ感染、検査体制に懸念の声-能力不足で実態つかめず 黄恂恂、延広絵美、竹沢紫帆、Isabel Reynolds 

 

一応、こういう記事を見つけましたので、紹介しておきます。

[新型肺炎FactCheck] 「スイス製検査キットを日本政府は頑なに導入しない」は誤り

 

能力がないなら、能力があるところにさっさと任せる。

重篤になってからようやく検査、治療では遅すぎるのです!

サンデーモーニングで国立感染症研究所の闇を問題提起 2020年3月1日

国民を見捨てる政府、韓国よりも低いPCR検査、厚生労働省の利権。 2020年2月26日 

(いずれもBookservice.JP -Rinkaku-

2020年2月24日 (月)

英隆一朗(著)『黙示録から現代を読み解く』(女子パウロ会)

先日、札幌のキリスト教書店「オアシス札幌店」に行き、

新刊本をあれこれ見ているうちに、見つけた本です。

2020年2月20日初版発行の、

英隆一朗(著)『黙示録から現代を読み解く』(女子パウロ会)について書きます。

著者はイエズス会の司祭です。

 

黙示録から現代を読み解く (日本語) 単行本 – 2020/2/20

 

オアシス札幌店は、いのちのことば社系の書店で、

当然プロテスタント的立場の本がメインですが、

時折、こういうカトリック系の本も置いています。

 

英 隆一朗(はなふさ りゅういちろう)神父の名は、

以前お世話になったカトリックの方が信奉していたので、

聞いたことがありましたが、

(どちらかというとカトリックのカリスマ系?)

著作を読むのはたしか今回が初めてでした。

 

カトリックで、黙示録からのメッセージというと、

意外と珍しいのではないのでしょうか?

せいぜい、聖母被昇天(8月15日)の第1朗読として読まれる、

ヨハネの黙示録12章のところに出てくる「女」が聖母マリアを指すのでは?

程度でしょう。

一応、引用しておきましょう。

 

第1朗読 ヨハネの黙示録 11章19a、12章1~6、10ab節

天にある神の神殿が開かれて、
その神殿の中にある契約の箱が見え〔た〕。

また、天に大きなしるしが現れた。
一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、
頭には十二の星の冠をかぶっていた。

女は身ごもっていたが、
子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。

また、もう一つのしるしが天に現れた。
見よ、火のように赤い大きな竜である。
これには七つの頭と十本の角があって、
その頭に七つの冠をかぶっていた。
竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。
そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、
産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。

女は男の子を産んだ。
この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。
子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。
女は荒れ野へ逃げ込んだ。
そこには、神の用意された場所があった。

わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。
「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。
神のメシアの権威が現れた。」

引用元:女子パウロ会HPより(聖書本文は聖書新共同訳)

 

当該箇所への本文での言及がありますが(P.100~104)、

この「女」を直接、聖母マリアとしていないのは好感をもちました。

 

一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。(黙示12・1)

 カトリック教会では、この女を聖母マリアと解釈することが多い。もちろんそのような解釈も成り立つであろうが、第二バチカン公会議文書『教会憲章』第八章にあるとおり、聖母マリアは教会の模範であると宣言されている。つまり、この女は聖母マリアを模範にした理想的な教会の姿を表しているとも考えられており、その方が解釈の余地が広まるように思う。つまり女を集合人格として解釈するのである。

(同書P.100~101より引用。下線は筆者による。)

 

本書全体を通して、ヨハネ黙示録の世界を、今を読み解くカギとして、

いろいろあてはめて考えているのは一読に値します。

もしかすると、リベラルの牧師さんの政治的な説教みたいな印象を受けるかもしれません。

しかし、本全体から、決して揺るがない霊的な確信というものを、

強く感じました。

(どこがどうの・・・という感じではないのですが・・・)

こういうときだからこそ、福音の種を蒔こう、という揺るがぬ決意は、

本文のあちこちにみられます。

 

カトリック教会の現状を嘆きつつ、黙示録の状況にあてはめて読み込む、

というのは、聖書を生きたメッセージとして扱うのに好材料だったのでしょうね。

全体的に読みやすく、全135ページを30分もかからずに一気に読み終えてしまいました。

英 隆一朗神父の他の著作も機会があれば読んでみたいと思いました。

HPもありましたので、紹介しておきます。

(公式なものかどうかは不明ですが・・・)

キリスト教カトリック教会の聖書の話を聞いてみませんか?福音書朗読とイエズス会英隆一朗神父のお話です

 

本書そのものとは関係ありませんが、

英 隆一朗神父の著作をAmazon等で調べていたら、

ヴァスーラ・リデンの著作の監修もされているのですか・・・

この点は???かもしれません。

(私もかなり前に、ヴァスーラ・リデン(当時は「ライデン」)の本を読んだことがあります。)

(参考までに・・・正統キリスト教というよりは、スピリチュアル系の本に分類した方がいいと思います。)

 

一応、紹介しておきますが、私は支持していません。自己判断で・・・

(参考)

ヴァッスーラへの預言

 

(参考)
天国は現実、しかし地獄も現実 来たるべきことについての目撃者の証言

 

(参考)

私の天使ダニエル 『神のうちの真のいのち』の夜明け 

 

これらのことを聞き、また見た者は、私ヨハネである。聞き、また見終わったとき、私は、これらのことを示してくれた天使の足元にひれ伏して、拝もうとした。すると、天使は私に言った。「やめよ。私は、あなたや、あなたのきょうだいである預言者たちや、この書の言葉を守っている人たちと同じく、仕える者である。神を礼拝せよ。」

(新約聖書ヨハネの黙示録22:8~9聖書協会共同訳)

あなたがたは、自分を卑下したり、天使を礼拝したりする者から、不利な判断を下されてはなりません。彼らは、幻で見たことを頼りとし、肉の思いによっていたずらに誇っているだけで、頭であるキリストにしっかりと付くことをしません。この頭が基になり、体全体は節と節、筋と筋によって支えられ、結び合わされ、神に育てられて成長してゆくのです。

(新約聖書コロサイの信徒への手紙2:18~19聖書協会共同訳)

2020年2月23日 (日)

映画「リメンバー・ミー」(原題:Coco)の死後の世界

2020年2月21日に、日本テレビ系で、

ディズニー/ピクサーの映画「リメンバー・ミー」が放映されました。

原題は、調べてみてわかったのですが、”Coco”なのですね。

主人公の曾祖母の名前で、ラストに重要な役割を果たします。

 

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死者の日(カトリックの教会暦では、11月2日ですが、

本作品の舞台のメキシコでは、11月1日、2日に行われるそうです。)に、

先祖を迎える準備(日本のお盆に似ていますね)をしているうち、

死者の国に生きたまま迷いこんだ主人公が、

様々な冒険をしていく物語です。

 

物語の詳細はさておき、

興味深かったのが、作品の中で語られる、

死後の世界でした。

 

死者の世界の住人は、骨だけの存在ですが、

現世と同様、衣服を着ています。

年に1度、死者の日に、現世の家族の元へ帰ることができます。

死者の国を「出国」する(この世の空港の光景みたいな感じでした。)条件は、

家族が記念のために飾っているであろう「遺影」があることです。

 

本作品の準主人公というべき存在が、最初はうさんくさい存在に思えた、

ヘクターです。

ヘクターは、現世で家族が遺影を飾っていないので、出国できません。

そして、すべての人から忘れられてしまうという、「第二の死」が近づいています。

 

作品自体は感動的であり、最後の方で歌われる主題歌「リメンバー・ミー」のところでは、

思わず目がウルっときてしまいました。

それはともかく、中盤で、結構あっさり描かれる、

「第二の死」の描写が、とても心にひっかかりました。

 

ちょうどこの映画を観る数日前、

こんな文章を読みました。

 

 人間の死には二種類あるといいます。ひとつは肉体の死です。すべての人がこの肉体の死を迎えます。それは避けることができません。

 もうひとつは、存在の死です。その人が存在したことを地球上のすべての人が忘れてしまったとき、存在の死が訪れます。

 ということは、その人が存在していたことを誰かが覚えている間は、その人はまだ死んでいないと言えるのかもしれません。

 思想や哲学、生き方、考え方、芸術、法理・法則の発見、道具の創造など、さまざまな分野で「忘れられない」存在であれば、その人はいつまでも、死んではいないのです。

 なにも名を成したり有名にならなければいけない、ということではありません。「とても優しい人だった」「人のために労を惜しまない人だった」というようなことでも、その人を語り続ける人はたくさんいるのです。

    肉体の死は避けられませんが、存在の死は遅らせることはできるのです。

   (以下省略)

 

小林正観著『22世紀への伝言』(廣済堂出版)P.126より引用

 

22世紀への伝言

 

ここで、日本の代表的な死後の世界を考えてみましょう。

神道では、人は死ぬと「カミ」になると考えられています。

仏教では、宗派によっていろいろ考え方があるので、一概には言えない面がありますが、

死後、四十九日で次の世に行く、とされています。

(生前の行いによって行く場所が違う・・・)

キリスト教のカトリックでは、

たいていの人が煉獄(天国と地獄の中間)に行き、現世の罪を償ってから、

天国へ行く、ということになります。

(大罪のまま告解もせず痛悔もないままなら、地獄へ・・・)

プロテスタントでは、煉獄は否定されているので、

天国か地獄かの二択になりますが、聖書的にいえば、

最後の審判の時に死者は復活し、最終的な裁きを受けます。

ハリストス正教会でも、煉獄の存在は否定されますが、

死者を記念する「パニヒダ」で、死者が神の永遠の記憶に覚えられるよう、

「永遠の記憶」という聖歌を歌うそうです。

(ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の最後の方に、この光景が出てきます。)

 

新約聖書・ヨハネの黙示録には、「第二の死」という言葉が4回出てきます。

耳のある者は、霊が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者は、決して第二の死によって損なわれることはない。

(ヨハネの黙示録2:11聖書協会共同訳)

第一の復活にあずかる者は、幸いな者であり、聖なる者である。この人たちには、第二の死は無力である。彼らは神とキリストの祭司となって、キリストと共に千年の間支配する。

(ヨハネの黙示録20:6聖書協会共同訳)

死も陰府も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。

(ヨハネの黙示録20:14聖書協会共同訳)

しかし、臆病な者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、淫らな行いをする者、魔術を行う者、偶像を拝む者、偽りを言うすべての者、このような者の受ける報いは、火と硫黄の燃える池であって、第二の死である。

(ヨハネの黙示録21:8聖書協会共同訳)

 

聖書で言う「第二の死」とは、最後の審判時にすべての人が復活し、

生前の行いに応じて裁かれ、

いのちの書に記されていない者」(黙20:15)が投げ込まれる「火の池」行を指します。

苛烈なイメージですね。

 

存在が、人々の記憶と共に静かに消えていく「第二の死」と、

裁きの末の永遠の炎・・・の「第二の死」。

まぁ、死後の世界は別にメキシコ限定ではないし、

家族が写真をもっていなかったらOUTだったら、写真がなかった時代は?とか、

現代日本に増えている「無縁社会」ではどうなるのか・・・

などといろいろツッコミどころ満載ですが、

エンターテイメントとしては面白かったです。

 

聖書 聖書協会共同訳 SI44 (日本語) 

 

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2020年2月20日 (木)

斎藤 貴男(著)『ちゃんとわかる消費税』(河出文庫)~増税が実施されてもう遅い、と嘆くよりも・・・

書店をぶらぶら散策しているうちに、見つけた1冊です。

斎藤 貴男(著)『ちゃんとわかる消費税』(河出文庫)

消費税がいかに庶民の生活を蝕み、

その引き換えに法人税減税という形で大企業を潤し、

格差を広げ、福祉に役に立っていないか、というのを数字を挙げて論証しています。

読んでいていかに私たち一般国民が騙されているか、唖然とするばかりです。

その片棒を担いでいるのが、新聞各社をはじめとするマスコミの大半です。

新聞業界への軽減税率適用という自己保身のために、

庶民を裏切り続け、財務省見解を大本営発表のように垂れ流しているのが、

読売新聞、産経新聞、そして他の新聞社・・・という訳です。

(本書の第7章「なぜマスコミは黙りこむのか」参照)

 

ちょっと関係ない話かもしれないですが、個人的な話を・・・

職場の宴会を行う場合、たいてい、課のトップ(課長)など、

役職ある人たちが、宴会のためにいくらか出してくれる、というのは、

普通じゃないでしょうか。

しかし、だいぶ前、ある職場で、

年収1000万超えかもしれない役職の人も、

若いヒラ社員の我々や、非常勤職員に至るまで、

みんなワリカン、という時がありました。

上司の指示でした。

その上司は仕事の面では尊敬できましたが、

宴会に限っていえば、失望しました。

ノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)」こそ、

真の公平だと思います。

 

20160520051822

(引用元:合理的配慮は「ずるい」のか 

※ただし、この引用元記事に私は全面賛同していません。

 

上のイラストは、特別支援教育の

「合理的配慮」という用語をわかりやすく説明するために使われるものです。

”EQUALITY"は「平等→同一」、”EQUITY"は「公正→フェアネス」と説明があるそうです。

消費税は、左側の絵に相当します。「応益負担」というそうです。

では、右側の絵は?

所得税や法人税の、所得や利益に応じての「応能負担」です。

 

確かに、「公平・平等」という点からすれば、

貧乏な人が食べるラーメン1杯と、

同じ店で金持ちが食べるラーメン1杯の消費税は同じです。

(単純に、1杯800円+税=880円、内消費税80円、と考えましょうか。)

わかりやすく考えてみましょう。

月に払う消費税分を、単純計算して誰もが1万円、ということにしましょう。

(そんなことはありえませんが・・・)

月収20万円の方の支出に占める1万円と、

月収50万円の方の支出に占める1万円と、

月収200万円の方の支出に占める1万円。

1万円は同じですが、その存在の重みが違います。

 

その1万円だって、業者によっては、滞納していることが多いのですが、

国税庁HPによると、平成30年度で、8118億円!

そんなことはほぼ報道されることはありません。

(本書の第3章「滞納される消費税」参照)

 

そういった、法の不備や抜け穴、そして国を挙げての弱い者イジメとしての、

消費税増税の本性を見事に暴いています。

 

新型コロナ騒動に乗じてIMFという国際機関の口を使ってでも、

消費税をさらに増税したい財務省。

日本を滅ぼす省庁と化しています。

 

我々有権者が、「とりあえずビール」みたいな感じで「とりあえず自民党」

(あるいは、「とりあえず棄権」とか・・・)と、

人任せの政治にしているから、

官僚(とその傀儡の政治家)はやりたい放題で、

周回遅れの経済理論を振り回した亡国の政策を次々と実現しています。

もはや、日本国民のためではなく、外国の株主の利益を最大化する政策が次々と出されています。

 

今現在できるのは、我々庶民の有権者が、消費税について、

マスコミのプロパガンダに惑わされずに正しく認識すること、

そして、いろいろなところで消費税廃止(もしくは減税。増税は論外!)の声をあげていくことです。

もちろん、選挙もそうです。

日本国民はどこまでお人よしの「おバカさん」「よい子ちゃん」でいるのでしょうか?

大本営発表と化した、政府発表(特に経済分野)を鵜呑みにするのは危険です。

 

ついでに言えば、現政権下で、道徳教育が教科化されましたが、

それを推進している人たち自体、「嘘をついてはならない」

「弱い者イジメをしてはならない」という、基本中の基本を学びなおした方がいいのでは、

とつくづく思います。

それとも、新しい「道徳」を実は推進したいのでしょうか?

曰く、

「バレなきゃ証拠隠滅」「力でねじ伏せろ」「弱いものはイジメ倒せ」・・・

 

ちゃんとわかる消費税 (河出文庫)

 

 

活字が苦手な人なら、マンガでどうぞ。

マンガでわかるこんなに危ない! ?消費増税 (日本語) 単行本(ソフトカバー)


 

消費税増税前に、もっと多くの人に読んでもらいたかったと思いました。

(かく言う私も、消費税増税後に読んだ部類に入りますが・・・)

現状は変わらない、と嘆くよりも、少しでも希望を実現するために、

行動していきたいものです。

その第一歩は、まず正しく知ることなのです。

2019年12月28日 (土)

NHKEテレ・奇跡のレッスン「雪に挑めば “答え”が見つかる スキー 前編」「恐怖を越えて 雪山を支配しよう スキー 後編」(2019年12月19日、26日放映)~理想的なActive learning!

NHKEテレの「奇跡のレッスン」シリーズ。

たいてい、既に上手な子どもたちを、一流のスポーツ指導者・選手が教える、

というような内容の番組です。

しかし、今回放送の内容は、ちょっと違いました。

スキーが苦手、またはスキーは初めて、という子を対象に、

「教えない」(理論的に・・・たとえば頭のポジションは〇〇で・・・という具合)で、

子どもたち自身が自分で習得する、というやり方で、

本当に、滑るのが苦手・初めてという子たちを、

一週間の泊まりこみレッスンで、見事に中級レベル程度に滑ることができるようにする、

 

前後編がある内容でしたが、特に興味深かったのは、前編のほうでした。

子どもたちは、仕掛けがわからないから、なんとなくやっているうちに、

指導者に期待しつつ、いつの間にか上手になっていることを実感していました。

しかし、指導者のアニー・ファモーズさん(オリンピックのメダリスト)の豊富な指導経験から、

いわば上手に「泳がされて」、確実に技術を習得していたわけです。

子どもの進度に応じて、自在にレッスン内容を合わせていくわけです。

理論的な言葉で伝えなくとも、実は手でヒントを指示しているなどの仕掛けも、

番組中では明らかにしていました。

 

これはまさに、理想的な意味での"Active learning"(アクティブラーニング)だと感嘆しました。

生徒に憧れを起こし、指導者への信頼と、「やってみよう!」という気を起こさせる。

まぁ、言ってみれば、「スターウォーズ」シリーズの「マスター・ヨーダ」みたいな存在です。

そのうえで、生徒の自主性を可能な限り尊重し、勇気づける・・・

とても緩やかな傾斜をおっかなびっくり滑っていた子たちが、

1週間後には、その子たちの親の前で、見事なパラレルターンを見せながら急斜面を滑降してくるのは、

実に感動的な光景でした。

 

それにしても、1週間スキー漬けなんて、実に羨ましい限りです。

ちなみに、お値段は・・・

なんて考えてしまいました。

参考までに、レッスンの舞台となった、

北海道赤井川村(小樽市の隣。札幌中心部から車で1時間半~2時間くらい)の

キロロスノーワールドの「アニーキッズスキーアカデミー」のHPを見てみました。

ちょっとこれだけではお値段はわかりませんでしたが・・・

ウン万円の世界ですね・・・

 

このレッスンの光景を見ながら、思い出したのが、かなり前に読んだ、

内田樹さんの『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)でした。

 

 

 

この本は、「えらい先生とはどうしてえらいのか」というのを、見事に解き明かしている訳ですが、

結論から言えば、(この本の解釈と違うかもしれませんが)

「生徒がその先生を偉いと信じ込んでいるから」

すなわち、先生をサービスの提供者としか見なさないないなら、

たいして教育効果は上がらないし、

逆に、先生を尊敬するときに、教育効果は自動的に上がる、ということです。

 

リスペクトしている先生が勇気づけてくれるから、ちょっと難しいな、と思えることでも、

乗り越えてみよう、挑戦してみよう、という気になる訳です。

齋藤孝さんの教育論に出てくる、「教師は蜜蜂たれ!」というのに通じるものがあります。

 

子どもたちへのスキーの指導方法としてもとてもユニークで、とても参考になりました。

 

(参考)齋藤孝『教育力』(岩波新書)

2019年12月18日 (水)

書評:鈴木崇巨(すずき たかひろ)著『福音派とは何か?: トランプ大統領と福音派』(春秋社)

札幌市中央区のジュンク堂書店のキリスト教コーナーでふと見つけた本です。

著者名よりも、タイトルがいかにも時事的で少しインパクトがありました。

鈴木崇巨(すずき たかひろ)著『福音派とは何か?: トランプ大統領と福音派』(春秋社)です。

 

 

本に付いている帯には、「アメリカ・ファーストの真実」とか、

いかにも政治的・時事的な内容だと思わせるものでしたが、

中身はいい意味で期待を裏切るものでした。

立ち読みした段階で、これは政治・時事の本ではなく、

正統な信仰についての本だと確信しました。

もちろん、副題にある「トランプ大統領と福音派」ということに関しても、

少しは知的満足を得ることができると思います。

ただ、もしこの本を、

「トランプ大統領の支持層である、福音派というアブナイ宗教を暴いてやろう!」

みたいな目的で購入するなら、とんだ肩透かしを食らうことになります。

むしろ、謙虚な心で、時事問題を足掛かりに、

福音派ってどんな教派で、世界的にはどんな存在なのだろう、

というのを学びたい方にオススメです。

 

著者は元々日本キリスト教団の牧師で、現在は引退しておられます。

「いのちのことば社」とかのバリバリなキリスト教系出版社からではなく、

仏教や哲学系の本を多く出版している春秋社から、

このような本が出たのがオドロキでした。

なぜなら、著者の言う「福音派」とは、

一般的な教会員(どこ系問わず)から見た

「福音派=聖書は文字通り信じるが、奇跡はあまり信じないし、

カリスマ系はどちらかというと否定する。」

というのから離れ、むしろ定義としては、「カリスマ・ペンテコステ系」の、

奇跡・癒しあり、異言・預言あり(聖霊の九つの賜物すべて)、

といった系統のをもって、「福音派」としているからです。

 

アメリカ合衆国だけの話ではなく、全世界規模の視点で、

福音派(及びカリスマ・ぺンテコステ派)を見据えるのは、

さすがだと思いました。

もちろんその中には、日本も含まれます。

 

読んでいて気づいたのが(気になる、といえば気になる・・・)、

著者独自の視点として、「誰がキリスト教なのか」の幅がとても広いです。

プロテスタント諸教派の方にとっては、「ものみの塔」や「末日聖徒(モルモン)」の方々が、

同じ「キリスト教」とカウントされるのに異議を唱えたくなるかもしれません。

しかし、著者は、「私はキリスト教徒です」という人をすべてキリスト者として認識しています。

(引用)

キリスト教徒人口の定義

信仰はいかなる宗教にとっても、それを信じる人にとっては、かけがいのないものです。筆者は「私はキリスト教徒です。」という人をすべてキリスト教徒として計算しています。他の教派・教団を「異端」と言って排除している人がいますが、筆者はそのような立場を取っていません。他国の統計や年鑑も、モルモン教やエホバの証人などの特色のある教派の信徒もキリスト教徒として計算に入れています。

(P.181より引用終)

 

そうすると、一般的に認識されている、「日本のキリスト教人口は約100万」ではなく、

「約200万人」になるそうです。

(そのうち、一般の教会から異端視されている、「ものみの塔」、「末日聖徒・・・」、

それといわゆる「統一教会」だけで、100万人近くになるそうです。)

あえて言うと、日本のキリスト教会の統計記事に関しては、

カトリック教会の外国人信徒については何も触れられていないので、

(正確な統計はわかりませんが、下手すると、日本人のカトリック信者数と同等か、

それ以上いる、という説があります。)そこは今後考慮されるといいかな、とも思いました。

 

著者がわざわざ1章を割いて、「もう一つのキリスト教」という章を書いています。

日本キリスト教団&WCC系の方にとってはトンデモ記事、と感じられるかもしれませんが、

よく適切にまとめておられると感心しました。

 

(引用)

 話は変わりますが、キリスト教が、なぜローマ帝国中に急速に広まっていったかをふしぎに思っている人が多くいるのではないでしょうか。筆者は、少年時代に学校の世界史の授業を聞きながら不思議に思っていました。キリスト教が教理だけを布教して広まったわけではないのです。むしろ、このような(※この本の第4章で述べられていること)聖霊の働きによる奇跡的な出来事を伴っていたので、キリスト教が急速に広まっていきました。学校ではこのようなことが話されることはないと思います。キリスト教が急速に広まるときには、常に、「知的」な面と「聖霊の賜物」の面の両方がバランスよく働いています。(中略)

 日本では弾圧されたキリシタンの信仰や明治以降に入ってきたプロテスタントの「知的なキリスト教」やキリスト教の学校の影響が非常に強烈であったため、キリスト教のもう一つの側面である「聖霊の働き」がほとんど知られていません。福音派を理解するためには、まったく頭を切り替えて「もう一つのキリスト教」があると思った方が早く理解できると思います。

(第4章「もう一つのキリスト教」P.54~55から引用終)

 

知的なキリスト教から、霊的体験を伴うキリスト教へ・・・

日本のキリスト教会は転換を図ることができるでしょうか?

それとも、知的キリスト教だけで干からびていくのをただ座して待つのみか・・・

本書は日本のキリスト教会への提言、といったものではないですが、

こういうキリスト教信仰が今もあるのだ、

ということを多くのキリスト者に認識してもらいたいものです。

 

ところで、同じ著者の本としては、

1年で聖書を読破する。 永遠のベストセラー完読法 』(Forest Books)と、

求道者伝道テキスト 』(地引網出版社)を読んだことがあります。

どちらもキリスト教の手引きとしてオススメですよ。

 

 

2019年3月 4日 (月)

近藤麻理恵 著『人生がときめく片づけの魔法 改訂版』(河出書房新社)を読んで、CDと本で片付けをしてみた件

近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法  改訂版』(河出書房新社)を
買って読んでみました。

改訂版が出る前の本は大ベストセラーなので、
改めて私が紹介するまでもないですね・・・

この本のエッセンスを一行で言えば、
(引用)
心がときめくモノだけを残す。あとは全部、思いきって手放してみる。
(同書P.64より引用終)ということです。
(その他に、片付けの順番とかいろいろありますが・・・)

本を読むだけではなく、実際に実践することにしてみました。
CDと本でまずやってみました。

CDでは、通常CDとSACDに分けて、今回は主に通常CDを仕分けることにしました。
するとどうでしょう・・・
心ときめかない、たぶんもう2度と聴かないだろうな、と思われるCDが、
次から次と「手放す」側に積み上げられていくのは、
ある意味壮観でした。
その数、300点以上になってしまいました。
ダンボール4箱分になりました。

HMVの中古買取りに申し込み、送付したところ、
なんと、合計約19万の値となりました。
(300点のうち、箱に収めきれなかったのが20点ほどありました。)
3割増しキャンペーン中の応募だったからです。
神様に感謝!

当然、家のCD棚、CD収納スペースは大幅に空きました。
空いたスペースは妻と共通の趣味の本(スキーや水泳など)や、
雑誌を置くスペースとなっています。

ついでに、本棚にも「片付け」の手をつけてみました。
私の本棚で一番スペースを占めていたのは、
当然ながら、聖書のコレクションでした。
しかし、積んである、置いてあるだけで、全然読んでいない、
あるいは、昔読んだきりで、そのまま飾ってあるだけ、というのが結構ありました。
思いきって、今、朝に読むので使っている以外のほとんどを、
手放すことにしました。
聖書なので、値段つかないことになるのは覚悟していました。
(売却というよりは、「処分」という意味合いに近かったです。
ただ、自ら手を下すのは忍びなかったというか・・・)

こちらも合計で130点近くになりました。
買い取り20%増しキャンペーンを行っていた、
ブックオフに引き取ってもらいました。
ダンボール4箱になりました。

130点のうち、値がついたのは100点でした。
一番高く買い取られたのが、実は聖書でした!
最大、一冊で4000円超になりました!
まさに、私は聖書に救われました!!!と言えます・・・
本の売却は、約2万2千円ほどとなりました。
神様に感謝!

実は、今月(2019年2月〜3月)の家計は、
私の今までの無駄遣い(特にCD・・・\(;゚∇゚)/及び外食、旅行など)がたたり、
経済的に厳しくなっていました。
ちょうどそんな時だからこそ、神様が、
人生がときめく片づけの魔法  改訂版』と出会わせてくださり、
経済的困難を乗り越えさせてくださった、と感謝しています。
また、お金の使い方も全面的に見直すことになりました。
そういう意味で、実に絶妙なタイミングでした。
神様に感謝!

CDと本だけに終わらさせずに、現在も、押入れの中にしまってあるあれこれや、
いろいろな書類の片付けにも着手しはじめています。
片付けはいろいろな意味で、スッキリする体験ですよ。

あなたがたを襲った試練で、世の常でないものはありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えてくださいます。
(聖書 聖書協会共同訳 コリントの信徒への手紙一10:13)

2018年8月20日 (月)

八重山諸島旅行記2018夏(その2)〜人生初の体験ダイビング!(2日目)

けれど、海にはすばらしいものがいっぱいあった。
おもしろいものを見るたびに、スイミーは、だんだん元気をとりもどした。

(レオ・レオニ作 谷川俊太郎訳『スイミー』より)

小学2年の国語教科書に出てくる『スイミー』の一節を、思い出しました。
石垣島の2日目は、人生初の体験ダイビングを愉しみました。

「じゃらん」などの旅行サイト経由ではなく、
旅行ガイドブックに出ていた、
石垣島ブルーダイブ」という会社に直接予約をしました。
「一日体験ダイビング1DIVEコース」(13000円)を選びました。

ホテルの朝食は、最終日(8月10日)を除けば、
ずっと朝6:30からの回(40分交代)を選択しました。
洋食→和食の日替わりでした。
8月7日の朝食は、洋食でした。
パイナップルジュースとグワバジュースがおいしかったです。

さて、集合場所への集合時間は8:50でした。
かなり余裕をもって行ったのですが、集合場所が少しわかりづらく、
集合場所周辺で10分ぐらいウロウロしました。
なお、あらかじめ服の下に水着を着ていきました(そういう指定)。

車を港に停めて、その場でウェットスーツを下半身だけ着て、
船に乗りました。
一緒に行ったのは、ガイドさん2人+その子ども1人と、
私ども夫婦の他に、4人家族でした。

まず行ったのは、「幻の島」(浜島)でした。
体験ツアーでは、よくここに上陸するのですが、
私どものツアーでは、このすぐ近くまで行きましたが、上陸することはありませんでした。
その代わり、幻の島周辺の海で、さっそくシュノーケリングをしました。
(まずはレクチャー・・・20〜30分かかりました。)
エメラルドグリーンの海の美しさと、すぐ近くにいるきれいなお魚に感動しました!

その後、別な場所に移動して(この辺の地理感覚はよくわかりませんでしたが・・・)、
いよいよ体験ダイビング!
耳抜きの仕方などについて事前にレクチャーを受け、
水中で重い機材を装着してもらい、ついに水中へ・・・

体験ダイビングなので、自分で泳ぐことはほとんどなく、
ガイドの誘導でいろいろな場所へ行きました。
耳が痛くなるのは仕方ないことですが、
それ以上に、ワクワクするような世界が広がっていました!
冒頭に引用した、『スイミー』の世界がそのまま目の前に見えるような・・・

このツアーでは、水中カメラをレンタルできたので、
たくさんの写真を水中で撮りました。

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水中でウミガメがいました。
ウミガメと一緒にガイドの方が私どもの写真を撮ってくれました。
(残念ながらお見せできませんが・・・)

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時間にするとわずか20〜30分程度だったでしょうが、
この体験はとても強烈でした。
妻はすっかりダイビングにハマってしまったようです。
「楽しい、楽しい!」を連発していました。

体験ダイビングを終え、お昼休憩へ。
石垣島のどこかの浜辺で、ガイドが用意していたお弁当を食べました。
その場でパイナップルを切り分けてくれました。
パイナップルがとても美味しかったです!

昼休憩の間、ガイドさんは釣りを楽しんでいました。
私どもは、停泊している船周辺でシュノーケリングをしました。

午後からは、私にとっては少しつらい時となってしまいました。
まず、「マンタに会えるかもしれない沖」で、
波にゆられながら泳ぎました。
残念ながら、マンタにもウミガメにも会えませんでした。
船の上でも、海の中でも、かなり波に揺られたのが、
船酔いを誘発させてしまったようです。

もう1箇所、やはり「マンタに会えるかもしれない」沖に行って、
そこでもシュノーケリングをすることになったのですが、
私はかなり具合が悪くなっているのがわかっていたので、
シュノーケリングをせず、船で休んでいました。
(妻はシュノーケリングをしました。)
汚い話で申し訳ありませんが、その場所を出航する際に、吐いてしまいました・・・

石垣の港に戻ったのは、夕方5時近くでした。
港では着替えるところがないので、
ツアー会社のシャワーを借りてシャワーを浴び、着替えました。

ところで、石垣島でダイビングやシュノーケリングを楽しむにあたり、
私どもは、日焼け止め剤に、サンゴを害する化学物質を含まないものを用意しておきました。
日焼け止めに含まれる成分でサンゴが死滅するかも、ということなので・・・
(参考)
ハワイで日焼け止めが販売禁止に!? 医師会らの反対を押し切って
結構すぐ落ちてしまうのが難点ですが、
それなりに日焼け止めとして肌を守ってくれたと思います。

船の上で、水中カメラで撮った1枚です。

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船酔いなんてダイジョーブ!という人なら一日ツアーはオススメですが、
少なくとも私にとっては、午前中だけで十分だったかな、という印象でした。
それでも、体験ダイビングをまたぜひやってみたい!!!と強く思いました。
妻も同様でした。

2日目で初めて石垣港周辺の中心街に行きました。
駐車場をどこにしようか迷いました。

とりあえず、夕食までの間、
前日に行ったフサキビーチやその周辺に行ってみよう、ということになりました。
一旦中心街を離れました。

どちらかというとホテルに近いところにある、
石垣島ミルミル本舗 本店」というところに行きました。
フサキビーチのすぐ近くにあります。
ジェラートがおいしかったです。
そして、景色もすばらしかったです!

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一旦ホテルに戻って、夕食の予約をしました。
石垣港近くの中心部にある、
石垣牛と島料理 佐々木勝」という店です。
ぜひ、石垣牛を味わってみよう、ということで・・・

予約の後、日没の時間になってきたので、
前日に行った、フサキビーチにまた行きました。
ここの夕焼けは、本当に感動的です・・・
ちなみに、このビーチは、「石垣島ホテル フサキリゾートヴィレッジ」の内にありますが、
誰でも利用可能です。

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さて、予約していた時間になったので、
石垣牛と島料理 佐々木勝」へ行きました。
車は石垣港の駐車場に停めました。
(この後、ここに停めるのが定番になってしまいました・・・)
コース料理にしました。

石垣牛のステーキそのものは、
「まぁこんなものかな」という感じでしたが(もちろんこれもおいしかったですけど)、
その他の料理はどれもおいしかったですよ。

20180807_isigaki_trip_24

食前食後に「ユーグレナモール」というアーケード街を散歩しました。
札幌で言えば、「狸小路」みたいなところですね。
お土産店で、「くんぺん」というお菓子を買いました。
なかなかおいしかったですよ。

さて、一日の終りの最後の愉しみといえば、星空観察!
前日と同じ、ホテルの近く(といっても、数Km離れていますが)の、
道路脇の駐車場で、再び星空を眺めました。
前日よりもさらに闇が濃く、車から出た瞬間、
思わず「何じゃこれ?」と叫んでしまったほどです。
満天の星空はカメラには写せませんでしたが、
この瞼にはしっかり焼き付けたと思います。

その3に続く)

2018年7月16日 (月)

「ふらの・びえいフリーきっぷ」で行くファーム富田(中富良野)・美馬牛(美瑛)・旭川2018(その1)

毎年7月中旬頃に見頃を迎える富良野のラベンダー!
7月の3連休にはぜひ見に行きたいと願っていました。
昨年(2017年)は、JR北海道のお得な切符、
一日散歩きっぷ」を使い、
ほとんどの行程を普通列車に乗って旅しました。
(参考)
「一日散歩きっぷ」で行く富良野・美瑛の旅2017夏(少々反則アリですが・・・)

しかし今年は、昨年の反省(?)を活かし、
(滝川→富良野間の普通列車内と、ノロッコ号内が暑かったこと、
最後は旭川→岩見沢間で特急を使ったこと。)
最初から、特急を使うことにしました。
旭川〜富良野を巡りつつ、時間を節約したいなら、
ふらの・びえいフリーきっぷ」がオススメです!
札幌→滝川・旭川・富良野のフリーエリア(札幌から特急自由席利用可能)までと、
フリーエリア区間の普通列車(ノロッコ号自由席含む)が乗り放題で、
フリーエリアから札幌までの特急自由席がついています。
有効期限は4日間で、一人6500円です。
(みどりの窓口の他に、クレジットカードが使える券売機でも買えます。)
たとえば、行きは札幌→富良野の「特急フラノラベンダーエクスプレス」を使って、
富良野→旭川はノロッコ号、旭川→札幌は特急ライラックを使う、という使用方法もアリです。

今回から2回に分けてこの旅行について書きます。
(写真が多いからです。)
第1回目は、旅行のプランと、ファーム富田での写真を紹介します。
(第2回目は、美馬牛の四季彩の丘と、旭川です。)

ルート設計としては、札幌→富良野で行こうか、とも考えましたが、
おそらく、それは一般的な観光客が考えそうなプランだな、と思ったのと、
今回は富良野市に行くつもりはなかったので、
札幌→旭川を特急で行き、旭川からラベンダー畑駅(ファーム富田)、
その後ラベンダー畑駅→美馬牛(四季彩の丘)、
美馬牛→旭川と戻り、最後は旭川→札幌を特急で・・・というプランにしました。
「ふらの・びえいフリーきっぷ」は、旅行前日の7月13日に、
JR札幌駅の券売機で購入しました。

旭川から富良野方面への接続を考え、
札幌発は8:30にしました。
コンビニ等で飲み物やおやつ等を買ってからすぐに改札へ。
8:10頃には、10番ホームで特急を待つ行列に並んでいました。
(特急も含めて、自由席・普通列車で確実に座りたいなら、
20分前行動がオススメです。)

8:30の特急ライラック5号・旭川行に乗り、
無事に夫婦並んで座ることができました。

今回の旅行のお供の本は、3冊でした。
(今回の旅では結局どれも読み終わることはできませんでしたが・・・)
それでも3冊合わせてトータルで200〜300頁ぐらいは読んだと思います。

○池上彰著『海外で恥をかかない世界の新常識』 (集英社文庫)

○出口治明著『人生を面白くする 本物の教養 』(幻冬舎新書)

○森見登美彦作『ペンギン・ハイウェイ』(角川文庫)

さて、特急は予定時刻(9:55)通りに到着しました。
やろうと思えば10:00発のノロッコ号に乗り継ぎすることもできましたが、
昨年既にノロッコ号に何度も乗りましたので、
今回は、あえて一便遅らせ、10:29発の快速ふらの・びえい号・富良野行に乗りました。
(一度旭川駅の改札から出て、駅に直結しているイオンに行き、
買い物やトイレを済ませました。)

快速ふらの・びえい号
20180714_farm_tomita_1

写真の通り、古い特急列車を普通列車として使用しています。
そのため、冷房が効いていて車内は快適でした。
リクライニングもあります。
車内では中国語(おそらく北京語の方)がよく聞こえてきました。
これも出発20分前には乗車しました。

到着予定時刻11:30、定刻どおりにラベンダー畑駅に到着しました。
雲は多めながら、天気は見事に晴れでした!
感謝!感謝!

ラベンダー畑駅から辺りを見回すと、
車の渋滞がひどかったです。
7月中の土日祝に、ファーム富田へ行くのなら、
車(レンタカー、バス、タクシー含む)で行くのはオススメできません。
なぜなら、1km以上の渋滞が続き、駐車場に入るだけでも一苦労だからです。
JRなら、渋滞無縁でラクラクですよ。

ファーム富田に入園したのは、11:40頃でした。
お昼時に入るので、先に食事をとることにしました。
入口近くの「カフェ・ルネ」で、カレーを頼みました。
妻がラベンダー畑に面する窓際に席をとってくれました。
ちなみに、この「カフェ・ルネ」を利用するのは、今回が初めてでした。

ソーセージカレーとラベンダー・・・
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十勝岳方面の山々がきれいでした。
万年雪まではっきり見えました。
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さて、お腹が満たされ、いざ、ラベンダー畑巡りへ!
結局13:45頃まで滞在しました。
(途中でファーム富田を出て、中富良野駅方面まで歩くか、
という案も出ましたが、結局、写真をいっぱい撮ったので、
時間をゆったり使うことにしました。)

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ちなみに・・・
ファーム富田周辺(富良野方面から)の渋滞の様子です。
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線路の向こうに点々と、旭川方面からの渋滞が・・・
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13:52発の旭川行き普通列車には、わずかに間に合いませんでしたので、
次の14:21発の富良野・美瑛ノロッコ4号・美瑛行に乗りました。
その話はまた次回に・・・(その2に続く)

ラベンダー畑駅と、ノロッコ号到着!
20180714_farm_tomita_18

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