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2020年3月 7日 (土)

パトリシア・セントジョン(Patricia M. St John)(作)『雪のたから』~世界名作劇場「アルプス物語 わたしのアンネット」の原作

世界名作劇場「わたしのアンネット」(1983年放送)の原作である、

パトリシア・セントジョン(Patricia M. St John)の『雪のたから』。

以前から読んでみたいと思っていましたが、

ようやく最近、新訳が出たので、買って読んでみました。

 

雪のたから (CLASSICS FOR A NEW GENERATION)

 

 

Amazonでは高額取引なので、一般サイトとキリスト教書店のサイトで紹介します。

雪のたから (801763)中村和雄、発売:いのちのことば社 発売日:2019/12/15(いのちのことば社通信サイトWINGS)

雪のたから 著者パトリシア・セントジョン (著),中村 和雄 (訳),Fumiko Onslow (訳)(honto)

 

旧訳(現在絶版)

 

世界名作劇場・完結版 アルプス物語 わたしのアンネット [DVD]

 

アルプス物語 わたしのアンネット (絵本アニメ世界名作劇場)

 

仲良しだったアネット(アンネット)とルシエン。

ふとしたきっかけでケンカをしてしまい、

それが元でルシエンはアネットの弟ダニーにひどいケガを負わせてしまいます。

ダニーは一生歩けないと宣告されてしまいます。

アネットはルシエンを憎み、ルシエンは村の人々から疎まれます。

そんな中、ルシエンは森の中である孤独な老人と出会い、

木彫りを習い、上達していきます。

罪滅ぼしのために、ルシエンはダニーを喜ばせようと、

「ノアの箱舟」の木彫りを作りますが、

アネットに壊されてしまいます。

ここからのアネットの葛藤、ルシエンの苦悩、

そしてアネットの改心とルシエンとの和解、ルシエンの勇気・・・

原作前半は正直に言うと、それほど面白さを感じていませんでしたが、

後半になると、キリスト教色が強くなり、それ故苦手な人も出てくるでしょうが、

私にとっては静かな感動に満たされました。

 

特に心に残ったところを引用しましょう。ルシエンの作ったノアの箱舟を壊してから、クリスマスを祝った後のくだりです。

 

(クリスマスの後で)「おばあちゃん、イエスさまが、私たちの心のドアーをたたいているって(注:ヨハネ黙示録3:20参照)、どういう意味なの?」

「それはね、こういうことなのよ。」おばあさんは(中略)アネットに向かい合った。「お前の生き方には間違ったことと、悪い考えが一杯だって、救い主イエスさまには分かっているのよ。イエスさまは、この地上にやって来られて、十字架におかかりになった。間違った行いや悪い考えの罰を、お前に代わって受けるために。その後、救い主はもう一度、いのちを取り戻されたから、お前の心に入り、イエスさまの聖霊によってお前の中に住むことがおできになるのよ。イエスさまは、こういう悪い考えをみんな滅ぼして、代わりにお前がイエスさまの良い、愛に満ちた考えで、考えるようにさせることができるのよ。それはちょうど、イエスさまが汚れた、暗い、ほこりまみれの家のドアーをたたいて、言っておられるようね。『お前がわたしを入れてくれれば、ごみや暗やみを取り去って、きれいな、明るい家にしてあげる。』けれど、いいこと。イエスさまは自分から押し入ってくることはされないのよ。ただ、入ってもいいか、聞くだけなのね。これが、ドアーをたたくっていうことの意味よ。お前は、『はい、主イエスさま、わたしには、あなたが必要です。お入りくださり、私の中にお住まいください』って、言うことが必要よ。これが、ドアーを開けるっていうことね。」(中略)

「けど、おばあちゃん。」アネットは(中略)言った。「もしだれかを憎んでいるとしたら、イエスさまにお入りくださいって、お願いすること、できないでしょう?」

「もしお前がだれかを憎んでいるのなら、イエスさまに入ってきてもらうことが、絶対に必要なのよ。部屋が暗ければ暗いほど、光がそれだけ必要なんだから。」

「けど、わたし、ルシエンを憎むのを止めること、できないの。」アネットは(中略)そっと言った。

「そう、それは本当にそうね。だれでも自分では、悪い考えを止めることはできないのよ。自分で止めようとするのは、決していい考えじゃないわ。けど、アネット。朝になって下へ降りてきてみたら、窓に雨戸が閉まっていて部屋が暗かったら、お前はこう言うの?『暗闇と影を追い出さなければ。それがすんだら、雨戸を開けて、日の光を入れよう。』お前は、暗闇を追い払おうとして無駄な時間を使うのかい?」

「もちろん、そんなことはしないわ」とアネット。

「じゃあ、暗闇をどうやって追い払うのかい?」

「もちろん、雨戸を開けるのよ。そうしたら、光が入ってくる。」

「けど、暗闇はどうなったのかい?」

「知らないわ。光がやって来た時に、闇は行ってしまったのよ。」

「それこそ、お前がイエスさまにお入りくださいって頼んだ時に、起こることよ。イエスさまは愛なのよ。愛が入って来られたら、憎しみや、自分勝手や、不親切は、愛に居場所をゆずるのよ。ちょうど、お前が日の光を入れたら、闇が居場所をゆずるようにね。けど、憎しみだけを追い出そうとするのは、暗い部屋から闇を追い出そうとしているようなものね。それって、時間の無駄ってこと。」

(中略)

「それって、間違いなく本当だわ。」アネットは自分に言い聞かせた。「イエスさまに入ってきてくださいってお願いすれば、ルシエンと友達にならなきゃならないわ。そんなの、したくない。それに、わたしがルシエンの彫刻を壊したって言わなきゃならないんだわ。そんなの、決して、決してできないわ。ドアーをたたく音のことは、なんとかして忘れるようにしなければ。けど、このみじめさと言ったら・・・・・。」

 主イエスさまがドアーをたたく音を聞いて、締め出したままにしておく者は、幸せも締め出してしまうことを、アネットはまだ知らなかった。

(『雪のたから』P.201~204から引用)

 

ホルマン・ハント(William Holman Hunt)(1827-1910)作「世の光」

Hu021

 

この頑なな心を開いたのは、御言葉です。

その御言葉とは、

ヨハネの手紙Ⅰ4:18です。

全き愛は恐れを締め出します。」(新改訳2017)

※小説中は違う訳になっています。

 

それにしても、罪とゆるし、改心といった、典型的なキリスト教的文学を、

よくぞ世界名作劇場で取り上げてくれたなぁ~と改めて感心しました。

ちなみに、アニメ版の方は、完結版でしか見ていません。

(過去記事)→アルプス物語 わたしのアンネット(完結版)

(参考記事)世界名作劇場 アルプス物語 わたしのアンネット

(参考記事)『雪のたから』あらすじ

2020年2月23日 (日)

映画「リメンバー・ミー」(原題:Coco)の死後の世界

2020年2月21日に、日本テレビ系で、

ディズニー/ピクサーの映画「リメンバー・ミー」が放映されました。

原題は、調べてみてわかったのですが、”Coco”なのですね。

主人公の曾祖母の名前で、ラストに重要な役割を果たします。

 

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死者の日(カトリックの教会暦では、11月2日ですが、

本作品の舞台のメキシコでは、11月1日、2日に行われるそうです。)に、

先祖を迎える準備(日本のお盆に似ていますね)をしているうち、

死者の国に生きたまま迷いこんだ主人公が、

様々な冒険をしていく物語です。

 

物語の詳細はさておき、

興味深かったのが、作品の中で語られる、

死後の世界でした。

 

死者の世界の住人は、骨だけの存在ですが、

現世と同様、衣服を着ています。

年に1度、死者の日に、現世の家族の元へ帰ることができます。

死者の国を「出国」する(この世の空港の光景みたいな感じでした。)条件は、

家族が記念のために飾っているであろう「遺影」があることです。

 

本作品の準主人公というべき存在が、最初はうさんくさい存在に思えた、

ヘクターです。

ヘクターは、現世で家族が遺影を飾っていないので、出国できません。

そして、すべての人から忘れられてしまうという、「第二の死」が近づいています。

 

作品自体は感動的であり、最後の方で歌われる主題歌「リメンバー・ミー」のところでは、

思わず目がウルっときてしまいました。

それはともかく、中盤で、結構あっさり描かれる、

「第二の死」の描写が、とても心にひっかかりました。

 

ちょうどこの映画を観る数日前、

こんな文章を読みました。

 

 人間の死には二種類あるといいます。ひとつは肉体の死です。すべての人がこの肉体の死を迎えます。それは避けることができません。

 もうひとつは、存在の死です。その人が存在したことを地球上のすべての人が忘れてしまったとき、存在の死が訪れます。

 ということは、その人が存在していたことを誰かが覚えている間は、その人はまだ死んでいないと言えるのかもしれません。

 思想や哲学、生き方、考え方、芸術、法理・法則の発見、道具の創造など、さまざまな分野で「忘れられない」存在であれば、その人はいつまでも、死んではいないのです。

 なにも名を成したり有名にならなければいけない、ということではありません。「とても優しい人だった」「人のために労を惜しまない人だった」というようなことでも、その人を語り続ける人はたくさんいるのです。

    肉体の死は避けられませんが、存在の死は遅らせることはできるのです。

   (以下省略)

 

小林正観著『22世紀への伝言』(廣済堂出版)P.126より引用

 

22世紀への伝言

 

ここで、日本の代表的な死後の世界を考えてみましょう。

神道では、人は死ぬと「カミ」になると考えられています。

仏教では、宗派によっていろいろ考え方があるので、一概には言えない面がありますが、

死後、四十九日で次の世に行く、とされています。

(生前の行いによって行く場所が違う・・・)

キリスト教のカトリックでは、

たいていの人が煉獄(天国と地獄の中間)に行き、現世の罪を償ってから、

天国へ行く、ということになります。

(大罪のまま告解もせず痛悔もないままなら、地獄へ・・・)

プロテスタントでは、煉獄は否定されているので、

天国か地獄かの二択になりますが、聖書的にいえば、

最後の審判の時に死者は復活し、最終的な裁きを受けます。

ハリストス正教会でも、煉獄の存在は否定されますが、

死者を記念する「パニヒダ」で、死者が神の永遠の記憶に覚えられるよう、

「永遠の記憶」という聖歌を歌うそうです。

(ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の最後の方に、この光景が出てきます。)

 

新約聖書・ヨハネの黙示録には、「第二の死」という言葉が4回出てきます。

耳のある者は、霊が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者は、決して第二の死によって損なわれることはない。

(ヨハネの黙示録2:11聖書協会共同訳)

第一の復活にあずかる者は、幸いな者であり、聖なる者である。この人たちには、第二の死は無力である。彼らは神とキリストの祭司となって、キリストと共に千年の間支配する。

(ヨハネの黙示録20:6聖書協会共同訳)

死も陰府も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。

(ヨハネの黙示録20:14聖書協会共同訳)

しかし、臆病な者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、淫らな行いをする者、魔術を行う者、偶像を拝む者、偽りを言うすべての者、このような者の受ける報いは、火と硫黄の燃える池であって、第二の死である。

(ヨハネの黙示録21:8聖書協会共同訳)

 

聖書で言う「第二の死」とは、最後の審判時にすべての人が復活し、

生前の行いに応じて裁かれ、

いのちの書に記されていない者」(黙20:15)が投げ込まれる「火の池」行を指します。

苛烈なイメージですね。

 

存在が、人々の記憶と共に静かに消えていく「第二の死」と、

裁きの末の永遠の炎・・・の「第二の死」。

まぁ、死後の世界は別にメキシコ限定ではないし、

家族が写真をもっていなかったらOUTだったら、写真がなかった時代は?とか、

現代日本に増えている「無縁社会」ではどうなるのか・・・

などといろいろツッコミどころ満載ですが、

エンターテイメントとしては面白かったです。

 

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2020年2月20日 (木)

斎藤 貴男(著)『ちゃんとわかる消費税』(河出文庫)~増税が実施されてもう遅い、と嘆くよりも・・・

書店をぶらぶら散策しているうちに、見つけた1冊です。

斎藤 貴男(著)『ちゃんとわかる消費税』(河出文庫)

消費税がいかに庶民の生活を蝕み、

その引き換えに法人税減税という形で大企業を潤し、

格差を広げ、福祉に役に立っていないか、というのを数字を挙げて論証しています。

読んでいていかに私たち一般国民が騙されているか、唖然とするばかりです。

その片棒を担いでいるのが、新聞各社をはじめとするマスコミの大半です。

新聞業界への軽減税率適用という自己保身のために、

庶民を裏切り続け、財務省見解を大本営発表のように垂れ流しているのが、

読売新聞、産経新聞、そして他の新聞社・・・という訳です。

(本書の第7章「なぜマスコミは黙りこむのか」参照)

 

ちょっと関係ない話かもしれないですが、個人的な話を・・・

職場の宴会を行う場合、たいてい、課のトップ(課長)など、

役職ある人たちが、宴会のためにいくらか出してくれる、というのは、

普通じゃないでしょうか。

しかし、だいぶ前、ある職場で、

年収1000万超えかもしれない役職の人も、

若いヒラ社員の我々や、非常勤職員に至るまで、

みんなワリカン、という時がありました。

上司の指示でした。

その上司は仕事の面では尊敬できましたが、

宴会に限っていえば、失望しました。

ノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)」こそ、

真の公平だと思います。

 

20160520051822

(引用元:合理的配慮は「ずるい」のか 

※ただし、この引用元記事に私は全面賛同していません。

 

上のイラストは、特別支援教育の

「合理的配慮」という用語をわかりやすく説明するために使われるものです。

”EQUALITY"は「平等→同一」、”EQUITY"は「公正→フェアネス」と説明があるそうです。

消費税は、左側の絵に相当します。「応益負担」というそうです。

では、右側の絵は?

所得税や法人税の、所得や利益に応じての「応能負担」です。

 

確かに、「公平・平等」という点からすれば、

貧乏な人が食べるラーメン1杯と、

同じ店で金持ちが食べるラーメン1杯の消費税は同じです。

(単純に、1杯800円+税=880円、内消費税80円、と考えましょうか。)

わかりやすく考えてみましょう。

月に払う消費税分を、単純計算して誰もが1万円、ということにしましょう。

(そんなことはありえませんが・・・)

月収20万円の方の支出に占める1万円と、

月収50万円の方の支出に占める1万円と、

月収200万円の方の支出に占める1万円。

1万円は同じですが、その存在の重みが違います。

 

その1万円だって、業者によっては、滞納していることが多いのですが、

国税庁HPによると、平成30年度で、8118億円!

そんなことはほぼ報道されることはありません。

(本書の第3章「滞納される消費税」参照)

 

そういった、法の不備や抜け穴、そして国を挙げての弱い者イジメとしての、

消費税増税の本性を見事に暴いています。

 

新型コロナ騒動に乗じてIMFという国際機関の口を使ってでも、

消費税をさらに増税したい財務省。

日本を滅ぼす省庁と化しています。

 

我々有権者が、「とりあえずビール」みたいな感じで「とりあえず自民党」

(あるいは、「とりあえず棄権」とか・・・)と、

人任せの政治にしているから、

官僚(とその傀儡の政治家)はやりたい放題で、

周回遅れの経済理論を振り回した亡国の政策を次々と実現しています。

もはや、日本国民のためではなく、外国の株主の利益を最大化する政策が次々と出されています。

 

今現在できるのは、我々庶民の有権者が、消費税について、

マスコミのプロパガンダに惑わされずに正しく認識すること、

そして、いろいろなところで消費税廃止(もしくは減税。増税は論外!)の声をあげていくことです。

もちろん、選挙もそうです。

日本国民はどこまでお人よしの「おバカさん」「よい子ちゃん」でいるのでしょうか?

大本営発表と化した、政府発表(特に経済分野)を鵜呑みにするのは危険です。

 

ついでに言えば、現政権下で、道徳教育が教科化されましたが、

それを推進している人たち自体、「嘘をついてはならない」

「弱い者イジメをしてはならない」という、基本中の基本を学びなおした方がいいのでは、

とつくづく思います。

それとも、新しい「道徳」を実は推進したいのでしょうか?

曰く、

「バレなきゃ証拠隠滅」「力でねじ伏せろ」「弱いものはイジメ倒せ」・・・

 

ちゃんとわかる消費税 (河出文庫)

 

 

活字が苦手な人なら、マンガでどうぞ。

マンガでわかるこんなに危ない! ?消費増税 (日本語) 単行本(ソフトカバー)


 

消費税増税前に、もっと多くの人に読んでもらいたかったと思いました。

(かく言う私も、消費税増税後に読んだ部類に入りますが・・・)

現状は変わらない、と嘆くよりも、少しでも希望を実現するために、

行動していきたいものです。

その第一歩は、まず正しく知ることなのです。

2020年2月 4日 (火)

ヒーリングっど♥プリキュア第1話(2020年2月2日放送)を観て・・・

2月1日は、「プリキュアの日」だそうです。

2018年に制定されたとのこと。

2004年2月1日に、「ふたりはプリキュア」第1話が放送された日を記念したものです。

プリキュアの日:制定の狙い 大人にも愛され続ける理由 2020年02月01日

 

そして、今年2020年も、2月の第1日曜日に、

新しいプリキュアの物語が始まりました。

シリーズ通算第17作目、第15代目のプリキュア、

「ヒーリングっど♥プリキュア」(以下、「ヒープリ」と略記)です。

第1話を観て、良い意味でも悪い意味でも、

王道的プリキュア作品だな、と思いました。

 

主人公が転校してくる、主人公は優しく親切、

妖精枠がかわいらしい、プリキュア変身後のお約束的セリフ、

敵役が巨大モンスターなどなど・・・

(街の様子を空から俯瞰した光景が、

なんとなく、スプラッシュスターのそれに似ているような・・・)

この辺は、既視感及び伝統(?)の尊重なのでしょう。

 

一方、敵が巨大化して暴れまわるのが、自然の精みたいな存在(詳細は不明)を取り込む

(今までは、人間の歪んだ心が各モンスターの元になることが多かったです)、

主人公が元病弱(詳細は今後)、

妖精が道具に変身(変形?)して、積極的に戦闘に加わる等々の新しい要素もありました。

(あと、定番の、妖精キャラとお顔がゴッツンがなく、代わりに、

後で黄色キャラ→キュアスパークルに変身する、平光ひなたとおでこゴッツンがありました。)

 

スタプリでは、第1話で巨大な怪物と戦わず、

等身大のカッパードと、戦闘員ノットレイ達と戦いました。

ヒープリでは、定番の、巨大なモンスターと戦う路線に戻りました。

片手に道具をもって、実質左手だけで怪物を投げ飛ばすというのは、

実は、歴代プリキュアの中でも最も怪力なのかも?

 

ヒープリは、前作のスタプリ(スター☆トゥインクルプリキュア )よりは、

ハグプリ(Hugっとプリキュア)に近い感じがしました。

改めて考えてみると、スタプリは、歴代シリーズと比べても、

特異な存在だったのだな、と実感しました。

 

一番大きいのは、変身シーンです。

スタプリは、歌って変身します。

(特に羽衣ララ→キュアミルキーへの変身シーンがファンタジック!)

初代からハグプリ及び今回始まったヒープリは、変身シーンの音楽があります。

今回楽しみにしていたのは、どうやって変身するのかな、というところでした。

ヒープリの主人公、キュアグレースの変身シーンは、スタプリと比べると、

結構あっさりした感じでした。

白衣=お医者さんをイメージさせる描写がありましたね。

(そういうば、ドクターXネタは少しウケました。)

 

ハグプリ、スタプリと比較して、変身後のステッキのおもちゃ売りたい感が強いのは、

ちょっと引いてしまいましたが、子ども向けとしてはとてもわかりやすいですね。

 

プリキュアシリーズは、往々にして、十数話あたりから面白くなるケースがあるので、

しばらくは様子見で継続視聴していこうと思っています。

環境問題に切り込むのか、あるいは主人公の持病ネタになるのか・・・

はたまた、地球版「はたらく細胞」みたいになるのか、

今後が楽しみです。

2020年1月28日 (火)

スター☆トゥインクルプリキュア~1年の視聴を終えて

スター☆トゥインクルプリキュア(以下「スタプリ」)、放送が終わりました。

私にとっては、初めて、ほぼリアルタイムで第1話から最終第49話まで観た、

プリキュア作品となりました。

(プリキュア視聴を本格的に開始したのは、「HUGっと!プリキュア」(以下「ハグプリ」)の、

確か第20話あたりからだったと記憶しています。Yahoo!ニュースでも話題になった、

「男の子でもお姫様になれる!」というセリフが有名になり、そこで興味をもちました。

何かと社会的な問題を取り上げることがなければ、

おそらくプリキュア=幼女の子向けのアニメ、という一面だけで、

それ以上知ろうとは思わなかったはずです・・・)

 

さて、全体を振り返る前に、まずは最終の第49話から。

最終話で、現在のプリキュア達が次のプリキュア主人公へバトンタッチをする、

というのが恒例になっています。

第48話があまりにも完成度が高く、非常に感動したので、

正直、スポンサーの都合で行われる「恒例行事」回は蛇足でしかないと予想していました。

案の定、前回離れ離れになったメンバー達があっさり再会し、

失われていた変身能力(及び言語翻訳能力)もすぐ復活し、

次のプリキュア(キュアグレース)も戦闘に参加し・・・

思わず「ああ、テンプレートだな・・・」とため息・・・

しかし・・・

実はAパートは夢オチだった、というまさかの展開!

(結構わかっていない視聴者が多かったのでは?)

リアルタイムの放送では、それほど感銘を受けなかったのですが、

後でもう一度、録画で観ると、「時の重み」にじわじわ感動を受けました。

ひかるとララの髪型が、実はお互いを意識して、

ロングだったひかるがショートで、かつメッシュを入れたものに。

ララはひかる(と映画に出てくるUMA)を意識したロングヘアに。

二人の友情は、15年という歳月と、途方もない距離に隔てられても、

なおお互いを想うものでした・・・

最初に観たときは、「ひかる、髪をショートにしたんだ・・・」

「ララはロングになったんだ・・・」しか思わなかったのですが、

後で、まとめサイト等でそういう指摘を読んで、

作中で描かれなかった年月での努力精進をあれこれ想像してしまいました。

夢を描くだけではなく、夢に向かって努力し続けることの大切さを、

幼い子どもたちに伝えたかったのでしょうね。

大人になったプリキュア達を描くことにいろいろ賛否があります。

 

前作のハグプリでは、主人公のはなが大人になって出産するシーンで終わるという、

子ども向けアニメとしては異例中の異例な終わり方で、

若宮アンリ回の2回(第19話の「男の子だって、お姫様になれる!」と、

第42話の、まさかの男の子プリキュアの登場)及び、

歴代プリキュア勢ぞろいの第36話、第37話に並ぶ話題になりました。

しかし、今振り返ってみると、主人公たちの大人になった姿を描く必然性は、

それほどなかったように思います。

 

対して、スタプリの最終話で、大人になった姿を描くのと、

最後はホワイトアウトの中で、視聴者それぞれの想像力に任せるという描き方をしたのは、

静かな、じわじわとくる感動につながりました。

最後の「キラやば・・・」のセリフは、

1年間ひかるを演じた成瀬瑛美さん の集大成ともいうべき名演技でした。

(他に、深みを感じた回としては、第45話の陰った声も挙げます。)

 

(余計な話ですが、この展開だと、春の映画などの、

オールスター的な映画に登場する場合は、どういう扱いになるのでしょうか?

ハグプリのはぐたんみたいな存在が、時空を超えて呼び寄せる展開なのでしょうか・・・)

 

第48話は、実質25分の中に、映画1本分を観たような、

凝縮された感動に圧倒されました。

リアルタイム視聴も入れて3回観ました。

アカペラからの変身シーン、ドラゴンボール並の熱い戦闘シーン、

そして、ララとの別れ・・・

もう、第48話でそのまま終われば、子ども目線では救いようがないTHE ENDですが、

作品の質から言えば、最高だったと思います。

スターカラーペンダントの力が失われると、言葉が通じなくなるとか、

第1話に出てきた「フワ座」、その他もろもろの伏線の回収が、

この1月のすべての回で、見事になされていたのは特筆に値します。

 

スタプリの最終決戦のテーマは、観念的に言うと、

「原理主義(又は独善)・不寛容・無理解」VS「多元主義・共生・寛容」

といったものでしょうか。

ラスボスであるダークネスト=へび使い座の主張は、

聖書の創造と堕落(創世記冒頭)及び最後の審判がベースになっているように思えました。

(ただし、誰も救済されない終末論・・・

もしそのまま実現されたなら、「伝説巨神イデオン」最終話級の話になってしまうところでした。)

 

本編中に毎回出てくる、「歪んだイマジネーション」と、

それによって引き起こされる悲劇(作中では、惑星レインボーの悲劇)が起こることさえ含めて

(→キュアコスモのセリフ中に出てきます)、

あらゆる命とそのイマジネーションを全肯定して、

立ち向かっていくプリキュア達が実に美しかったです!

 

スタプリは、前作のハグプリと比べて、始まってからしばらくは、地味な印象でした。

始まってからしばらくは、あまり面白いとはそんなに思わなかったですが、

キャラと設定(宇宙に行く、異星人プリキュア、異文化理解)が魅力的だったので、

なんとか見続けていました。

第15話のブルーキャット(=ユニ)登場回から話が動き出し、

続く第16話の弓道回の描写の丁寧さは凄さを感じました。

本格的に面白いな、と思えるようになったのは、

「スタプリの全力考察」のブログである、

「金色」さんのブログ「金色の昼下がり」を知るようになったのと、

本編そのものの展開、特に第29話~第30話の惑星サマーン編と、

それ以降の話が見事だったからです。

9月以降は、毎週日曜日の8時半が本当に待ちどおしい時間となりました。

リアルタイムで観て、さらに、録画でも見る、という習慣になりました。

(あと、Msk-Mtnのブログというブログ記事もオススメです。

前作ハグプリに比べると、記事数が少なくなりましたが、

プリキュアファンおなじみの「プリキュアの数字ブログ」と、

同じ管理人による、「サラリーマン、プリキュアを語る」も、

まさにプリキュア基本文献という感じです。

キュアコンプリート」の記事も放送されたその日のお昼頃には更新されているので、

楽しみでした。)

 

「金色の昼下がり」ブログでは、考察に、

カントベンサム(功利主義を唱えた哲学者)パスカル

しまいには旧約聖書まで登場するなど、

知的にも読みごたえがありました。

何よりも、よくここまで制作者の意図を深読みできるな、という、

作品への愛があふれている内容に共感しました。

更新されるのが楽しみになってしまいました・・・

 

ストーリー全体の頂点は、やはり第48話で、

次いで第46~47話の最終決戦前の話。

第29話以降は前述の2話を除けばどれも素晴らしかったですが、

特に挙げると、

第38話のユニ回(「罪・憎しみと、ゆるし」がテーマ)、

第40話のララ回、

第41話のまどか回(ガルオウガとの戦闘シーンが秀逸!)、

2話にわたって描かれたえれな回、特に第43話はもらい泣きしてしまいました・・・

もちろん、主人公ひかる回の第45話も素晴らしかったです。

 

スタプリは、単話で見るよりも、全話を通してみた、

丁寧な伏線回収が実に見事でした。

 

昨年(2019年)にNHKで行われた、

全プリキュア大投票では、作品部門で10位以下

(ただし子どもたちからの投票では断トツ1位!)という結果でしたが、

今なら、もう少し違った結果になるのかもしれません。

キャラでは、私はどちらかというと、まどか=セレーネ推しでしたが(少し不遇な扱いでしたが・・・)、

終盤では、やっぱり主人公のひかる=スターはスゴい!と思いました。

ユニの設定(ブルーキャット、バケニャーン、宇宙アイドル・マオ)のうち、

宇宙アイドル・マオはもう少し活用してもいいかな、と思いました。

スタプリでは、変身の際に各キャラが歌を歌います。

いつもは4人ないし5人のコーラスですが、

それぞれのキャラのメイン回では、メインボーカルになります。

一番「歌ウマ!」だったのは、キュアソレイユ役の安野希世乃さんの歌声でした。

(メインであまり聴けませんでしたが・・・)

 

スタプリでは、サブキャラも魅力的でした。

特に、妖精枠のプルンスの有能さは、プリキュアシリーズ中断トツではないでしょうか。

妖精ではないですが、AIがピンチを何度も救っています。

第30話と、第48話ラスト近くの、

「忘れるはずがありません。」というセリフのところは感涙モノでした。

 

敵キャラの描き方も独特でした。

意図的に、前半ではほぼ敵の背景・過去はほとんど描かれず、

30話を過ぎてから、畳みかけるように敵幹部の過去が明らかになります。

ほぼ毎回のように出てきてはひたすらやられる戦闘員、ノットレイ達(いわゆる雑魚キャラ)の、

仮面の下の姿(第46話以降)が出てくるのは、ありそうでなかったものではないでしょうか。

 

プリキュアの根幹である多様性を、子どもたちにもわかるように寓話的に、

見事に描いたのが、このスタプリでした。

私にとっては、今のところシリーズ中、

初代、「ドキドキ!プリキュア」、ハグプリに並ぶ作品となりました。

(ちなみに能力的に言えば、本作の主人公ひかるは、「ドキドキ!プリキュア」の主人公である、

まさに完璧超人ともいうべき相田マナを超えたのではないかと思いますが、いかがでしょうか・・・

→宇宙飛行士になる、というのは、本当の意味で、完璧超人みたいなものですから・・・)

ありがとう、スタプリ!

 

スター☆トゥインクルプリキュア vol.1

スター☆トゥインクルプリキュア vol.2

スター☆トゥインクルプリキュア vol.3

 

映画スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて

 

 

↓こちらは買ってしまいました・・・

アニメージュ2020年1月号増刊『スター☆トゥインクルプリキュア』特別増刊号[雑誌]

 

 

2020年1月11日 (土)

アニメ映画「GAMBA ガンバと仲間たち」(2020年1月1日 NHKEテレで放送)

ノロイ(新)

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ノロイ(旧)

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いきなりですが、「ガンバの冒険」の悪役キャラ、

ノロイ」の新旧、どちらが怖く見えますか?

私は当然、旧作版の方が怖く見えます。

あるランキングでは、悪役ランキング9位、という結果になっていました。

(「ラピュタ」のムスカ大佐より下なのは納得できない?)

(参考)→「悪の帝王」という言葉がぴったりなアニメキャラランキング 1位から10位

 

1975年のアニメ「ガンバの冒険」。

私は幼い頃に再放送で観ました。

ただ、あまりにノロイの姿が怖くて、

オープニング曲とノロイの姿だけが記憶に残っています。

オープニング曲の「ガンバのうた」は、たぶん1番だけなら、

パッと歌えると思います。

しかし、エンディング曲の「冒険者たちのバラード」は、

まったくと言っていいほど記憶にありませんでした。

今回この記事を書くにあたり、あるサイトに掲載されたエンディングの動画を見て、

やっぱり怖いなぁ・・・と改めて思いました。

(参考)→ノロイは昭和生まれのトラウマ!個性豊かなネズミ達の物語・ガンバの冒険(ミドルエッジ)

 

さて、私の昔の記憶はさておいて・・・

2020年1月1日に、NHKEテレで放送された、

アニメ映画「GAMBA ガンバと仲間たち」 をようやく録画で視聴しました。

2020年が「ね年」だから、とのことです。

2020年はね年!ねずみが主役の3作品をお正月に放送!2019年12月16日(月)更新

 

GAMBA ガンバと仲間たち [Blu-ray]

 

GAMBA ガンバと仲間たち(Amazonプライム)

 

結論から言うと、映像がキレイで、私も妻も結構楽しめました。

元々のストーリー展開が素晴らしいからでしょう。

ガンバと仲間たちと、ノロイとその手下のイタチたちとの戦いはなかなか迫力がありました。

声優陣も結構豪華でした。

旧作の主役、野沢雅子さんは、「ツブリ」を演じていましたね。

私としては一番印象に残ったのは、やはりガクシャでしょうか・・・

どうも、「ガンダム」の「シャア」に聞こえてしまいます。

(「白い悪魔」とは実はガンダム?笑)

主役は「進撃の巨人」だから?

1975年のアニメ版と比較さえしなければ、佳作といえる出来だと思います。

 

この作品についていろいろ調べてみると・・・

製作費20億円かけて、興行収入は3億円とのことでした。

最大の問題点が、75年のアニメ版のキャラの面影がまったくなかったことでは、

と思ってしまいました。

(旧 ガンバと仲間たち)

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(新 ガンバと仲間たち)

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70年代、80年代生まれの人たちが、自分の子を連れて映画館に行くのを考えれば、

やはり、旧作のキャラは大事にした方がよかったのでは、と思いました。

(私自身は、ガンバらネズミたちのキャラには特にこだわりがありませんが・・・)

やっぱり、ガッカリは「ノロイ」でした。

ノロイは、まあまあ怖いキャラデザインですが、

旧作のような邪悪さまでは至っていないように思えます。

宇宙人的な、直線を使ったデザインは、動物キャラとして異常ですが、

せいぜいポケモンの「ミュウツー」をちょっと怖くした程度かな・・・

あと、エンディングの歌と映像も???な感じでした。

キャラも、ガンバとヨイショ、ガクシャ、潮路とノロイ以外は、

影が薄い感じがありました。

ストーリー展開、見せ方そのものは優れているのに、

少し残念でした。

ただ、旧作を知らない、旧作と比較しないなら、十分楽しめる作品だというのは確かです。

ガンバたちの勇気に感動するでしょう。

 

参考までに、旧作のBlu-ray等を紹介しておきます。

ガンバの冒険 Blu-ray BOX(初回限定生産)

「ガンバの冒険 COMPLETE DVD BOOK」vol.1~3

 

 

原作 冒険者たち ガンバと15ひきの仲間 (岩波少年文庫044) 

 

2020年1月10日 (金)

テレビ東京系・THEカラオケ★バトル<U-18歌うま甲子園 全国新人王決定戦3時間SP>(2020年1月5日放送)

決勝戦は、小学生3人VS高校3年生でした。

テレビ東京系で、2020年1月5日に放送された、

THEカラオケ★バトル<U-18歌うま甲子園 全国新人王決定戦3時間SP>を、

録画で視聴しました。

 

この番組、昨年(2019年)から視聴するようになりました。

ただ、毎回リアルタイムでは視聴せず、

録画で、出場者の日常とかそういうところは早送りして、

ひたすら、出場者が歌を歌っているところと、採点のところだけを視聴しています。

(まともに視聴したら、2時間、3時間ですから・・・)

 

今回の放送では、小学生が大活躍でした。

ABCD各ブロックの決勝進出者のうち、3名が小学生となりました。

 

私の予想では、決勝では、高校3年生の方が勝つかな、と思っていましたが、

かなりの番狂わせがありました。

 

小学生対決では、すごく大人っぽい選曲及び歌い方をする女の子と、

年齢相応の選曲で、天真爛漫な歌声を響かせた女の子の対称が見ものでした。

(「マクロスF」で言えば、シェリルVSランカみたいな?)

 

優勝した子は、1曲目(ブロック予選)では、「パプリカ」を歌い、

最終的に、優勝を勝ち取ったのが、「夢をかなえてドラえもん」だったのが、

すご~く意外でした。

しかし、物マネでも分不相応な背伸びでもなく、

オリジナリティがある声で、天真爛漫にはつらつと歌う姿は魅力的でした。

将来この子は、

NHKの「歌のおねえさん」になれそうかも?なんて思ってしまったほどでした。

 

(参考)夢をかなえてドラえもん(オリジナル)

 

夢をかなえてドラえもん(キャスト版)

 

おっと、こちらは現行の主題歌版ですね・・・

 

この「THEカラオケ★バトル」、妻と一緒に観ながら、

よく点数の予想をして楽しんでいます。

機械の採点だから、「えっ、この声でこの得点?」というのが結構あるので、

そこが面白いところです。

(逆も然りで、「こんなに上手いのに、この得点?・・・というのもよくあります。)

また、カラオケで歌ってみたいレパートリーを増やすのにも役立っています。

普段の回も楽しいですが、歌手本人が本人曲を歌うという、

少々イジワルな企画のも好きです。

 

ちなみに、今のところ(2020年1月現在)、

私がカラオケ(LIVE DAMの精密採点DX)で出した最高点は、確か92点台でした。

なかなか95点までは遠いみたいです・・・

2019年12月30日 (月)

NHK総合・ドラえもん50周年 みんなみんなかなえてくれる♪ ひみつ道具と科学(2019年12月28日放映)

ドラえもんといえば、テレビ朝日系の長寿番組ですね。

しかし、今回の特番は、テレビ朝日ではなく、天下のNHKが放送していました。

2019年12月27日に、NHK総合で放送された、

ドラえもん50周年 みんなみんなかなえてくれる♪ ひみつ道具と科学」です。

(再放送は、2020年1月2日予定)

NHKは、ガンダムやマクロス、プリキュアなど、

民放で放送されたアニメをネタにしたランキング番組などを最近放送していましたね。

この番組も、そういう類かな、とも思いましたが、

やはりこの企画は、NHKでないとできないものかな、と納得しました。

(民放がだらしないから、NHKが代わりにやってくれている、という感じがあります。)

『ドラえもん』のひみつ道具が出発点ですが、1970年代、80年代では夢の話が、

今では一部実現している、という科学の進歩こそ、この番組のメインでした。

たとえば、どんな言葉でも翻訳できる「ほんやくコンニャク」。

さすがにコンニャクを食べて通訳できる、というそのものは未だにないし、

これからも存在することはないでしょうが、

「ポケトーク」という商品で、ある程度まで実現していますね。

 

ポケトーク

 

あるいは、GPS機能付きのスマホとか・・・

タケコプターはさすがに実現不可能ですが、

足の下に巨大なドローンみたいのをつけて空中を飛ぶ、といった技術も、

番組では紹介されていました。

 

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や、「2001年宇宙の旅」、

あるいは、日本の「ウルトラセブン」や「超時空要塞マクロス」などで描かれた、

21世紀の地球と人類の進歩。

とうに実現しているものもあるし、

未だに及ばない(「2001年宇宙の旅」なんてそうですね。)ものもあります。

幼い頃の私は、「ウルトラセブン」に出てきた、「ビデオシーバー」

(腕時計型のテレビ電話的な通信機)がカッコイイなぁ、と思っていましたが、

既に実現化されていますね。

(参考)フィクションで描かれたICT 社会の未来像(総務省HP)

 

レオナルド・ダ・ヴィンチが、何百年も前にヘリコプターみたいなものを想像し、

それから近年になって、そのヴィジョンは実現されました。

誰かが「こんなのあったらいいな」と考えたアイデアが、

いずれ実現されていく、というのはステキですね。

 

一方、私は、よく「ドラえもん」を見ながら、

「このひみつ道具、悪用できそうだな・・・」などと、

つい不純なことを考えてしまいがちです・・・

(「ドラえもん」を見る楽しさは、話の「オチ」を早い段階で推理することだと思っています。)

 

科学技術そのものは、善でも悪でもないですが、それをどう使うかで、

善にも悪にもなる訳です。

ドラえもんがいるかもしれない22世紀に向けて、

科学技術の進歩と同時に、心の進歩(寛容さや愛など)こそ、

すごく必要なのだと思わされました。

 

下記のような記事もありますが、私としては、見る価値があった番組だったと思います。

(参考)

NHKでのドラえもん特集に疑問の声も サバンナ高橋が名言残す

2019年12月29日 (日)

アニメ『放課後さいころ倶楽部』~ボードゲーム熱に感染・・・

2019年秋(10月~12月)アニメで、唯一観続けたのが、

放課後さいころ倶楽部』です。

 

放課後さいころ倶楽部(動画配信 Amazonプライム)

 

放課後さいころ倶楽部 Blu-ray BOX1

 

ちょっと内気な女子高生が、ボードゲームを通じて仲間と友情を育む・・・

あらすじを要約すれば、それだけの話です。

しかし、ボードゲームのルール、遊び方、夢中になってプレイするところが実に魅力的でした。

実際、各回見終えてみると、つい番組内で紹介されたゲームを、

Amazonで調べてしまいました。

さすがに、5000円とか7000円もするようなものは、

手が出ない(買えない訳ではないですが・・・

たとえばクラシック音楽のCDで、欲しいのがあれば、

5000円程度ならすぐ購入していますが、ボードゲームの類になると、

まだそこまでの価値を見出していないからなのでしょうね・・・)と思いましたが、

2000円以内なら、買ってみようかな、と思ってしまいました。

実際、いくつか購入してしまいました。

たとえば・・・

第2話の「ごきぶりポーカー」、第4話の「ニムト」、

第8話の「ドブル」・・・

買ったけど未だにプレイしていないものもあります。

あと、「ハゲタカのえじき」も買いました。

その他に、「ブロックス」はかなり前に買っていました。

 

ドブル

 

ニムト

 

ブロックス

 

ごきぶりポーカー

 

 

ハゲタカのえじき


 

原作も面白いです。今のところ(2019年12月下旬)、3巻まで読みました。

ただ、キャラデザインでは、アニメ版の方がカワイイです。

 

放課後さいころ倶楽部(1)

 

 

放課後さいころ倶楽部 コミック 1-8巻セット (ゲッサン少年サンデーコミックス)

 

富田美憂さん(大野翠 役)が歌う、主題歌「Present Moment」も結構気に入りました。

何より、この手のアニメ(深夜アニメ)では珍しく、

歌詞に字幕がありましたのも好感が持てました。

カラオケで歌ってみたい、と思っているほどです。

Present Moment

作品からすっかりボードゲーム熱が感染してしまいました・・・

ちなみに、一番好きなキャラは、たいていゲームで負けてばかりの、

高屋敷綾ちゃんでした・・・

 

あと、ボードゲームって、最低でも2人、たいてい4人かそれ以上いないと、

面白くないですよね。

ゲームをする相手を見つける、というのも重要ですね・・・

コミュニケーション力を鍛えるためにも、こういうボードゲームは役に立つと思います。

2019年12月24日 (火)

クリスマス~主役のいない誕生日パーティー?

アテネの皆さん、あなたがたがあらゆる点で信仰のあつい方であることを、私は認めます。道を歩きながら。あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえみつけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを私はお知らせしましょう。」(新約聖書 使徒言行録17:22~23聖書協会共同訳)

 

今宵はクリスマス・イヴ。

クリスマスは、サンタさんがプレゼントを持ってくる日「だから」お祝いするのではありません。

救い主イエス・キリストがこの世に来られたことをお祝いする日ですよね。

しかし、世の中で祝われる「クリスマス」は、いったい何をお祝いしているのでしょう?

 

私どもは、「ドラえもん」が好きなので、毎週観ております。

先日(2019年12月21日)放映された回は、いわゆるクリスマス回でした。

お話の最後の方で、あるシーンがありました。

たぶん、視聴者の99%の方は、全然違和感など覚えなかったはずです。

どんなシーンかというと、確かスネ夫の家で、

みんなでクリスマスパーティーをしているところだったと思います。

見るからに楽しそうなシーンでした。

豪華な誕生日パーティーといったところでしょう。

しかし、私は、ふと違和感を覚えました。

「この子たち(のび太たち)は何をお祝いしているのだろうか?」

そう、主役がいないのに、あるいは誰の誕生日パーティーかわからないのに、

豪勢に誕生日のお祝いをしているわけです。

これはフィクションの「ドラえもん」だけの世界ではなく、

程度の差こそあれ、日本中で(もっと言えば、世界中の各地で)よく見られる光景です。

 

一般的な誕生日の例で考えてみましょう。

本来、誕生日を祝ってあげる子がいないのに、盛大に誕生日をお祝いするでしょうか?

あるいは、その子の誕生日であることそっちのけで、

飲み食いやナンパにいそしむパーティー・・・

(聖夜ならぬ「性夜」?)

考えただけでも、何かむなしいとは思いませんか?

 

そう、世の「クリスマス」とは、主役抜きで、主役そっちのけで、

勝手な誕生日パーティーを開いてるだけなのかもしれません。

しまいには、主役がいつの間にか代わっていて、

そもそも何の日なのかわからなくなっているのです。

クリスマスは、サンタさんの日で、ケンタッキーを食べる日?

(最も、当のサンタさん自体も、

本来のサンタクロース=聖ニコラウスから、世俗的に塗り替えられている訳です。

すっかりおもちゃを売る「カミサマ」扱いです。)

 

世の華やかさとは縁がないところ、人知れずひっそりと、

世の救い主はお生まれになりました。

ところが、彼ら(ヨセフとマリア)がそこ(ユダヤのベツレヘム)にいるうちに、マリアは月が満ちて、初子の男子を産み、産着にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる所がなかったからである。」(新約聖書 ルカによる福音書2:6~7聖書協会共同訳)

まことの光があった。その光は世に来て、すべての人を照らすのである。言(「ことば」=ロゴス→イエス・キリスト)は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名(=イエス・キリストの聖名)を信じる人々には、神の子となる権能を与えた。この人々は、血によらず、肉の欲によらず、人の欲にもよらず、神によって生まれたのである。言は肉となって(=人の姿をとって)、私たちの間に宿った。私たちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」(新約聖書 ヨハネによる福音書1:9~14聖書協会共同訳)

キリストは 神の形でありながら 神と等しくあることに固執しようとは思わず かえって自分を無にして 僕(しもべ)の形をとり 人間と同じ者になられました。 人間の姿で現れ へりくだって、死に至るまで それも十字架の死に至るまで 従順でした。 このため、神はキリストを高く上げ あらゆる名にまさる名を お与えになりました。 それは、イエスの御名によって 天上のもの、地上のもの、地下のものすべてが 膝をかがめ すべての舌が 「イエス・キリストは主である」と告白して 父なる神が崇められるためです。」(新約聖書 フィリピの信徒への手紙2:6~11聖書協会共同訳)

 

クリスマスおめでとうございます!

主役がいないクリスマスではなく、本当の主役であるイエス様を心にお迎えして、

真のクリスマスをお祝いしたいものです。

冒頭に掲げた御言葉では、「アテネの皆さん」となっていますが、

「日本の皆さん」と言い換えてもいいでしょう。

知らずに拝んでいるもの」ではなく、「知られざる神に」ではなく、

まことの救い主である、イエス・キリストのご降誕をお祝いしましょう。

 

主イエスの恵みがあなたがたすべての者と共にありますように。」(新約聖書 ヨハネの黙示録22:21聖書協会共同訳※聖書最後の節)

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