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2020年2月23日 (日)

映画「リメンバー・ミー」(原題:Coco)の死後の世界

2020年2月21日に、日本テレビ系で、

ディズニー/ピクサーの映画「リメンバー・ミー」が放映されました。

原題は、調べてみてわかったのですが、”Coco”なのですね。

主人公の曾祖母の名前で、ラストに重要な役割を果たします。

 

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死者の日(カトリックの教会暦では、11月2日ですが、

本作品の舞台のメキシコでは、11月1日、2日に行われるそうです。)に、

先祖を迎える準備(日本のお盆に似ていますね)をしているうち、

死者の国に生きたまま迷いこんだ主人公が、

様々な冒険をしていく物語です。

 

物語の詳細はさておき、

興味深かったのが、作品の中で語られる、

死後の世界でした。

 

死者の世界の住人は、骨だけの存在ですが、

現世と同様、衣服を着ています。

年に1度、死者の日に、現世の家族の元へ帰ることができます。

死者の国を「出国」する(この世の空港の光景みたいな感じでした。)条件は、

家族が記念のために飾っているであろう「遺影」があることです。

 

本作品の準主人公というべき存在が、最初はうさんくさい存在に思えた、

ヘクターです。

ヘクターは、現世で家族が遺影を飾っていないので、出国できません。

そして、すべての人から忘れられてしまうという、「第二の死」が近づいています。

 

作品自体は感動的であり、最後の方で歌われる主題歌「リメンバー・ミー」のところでは、

思わず目がウルっときてしまいました。

それはともかく、中盤で、結構あっさり描かれる、

「第二の死」の描写が、とても心にひっかかりました。

 

ちょうどこの映画を観る数日前、

こんな文章を読みました。

 

 人間の死には二種類あるといいます。ひとつは肉体の死です。すべての人がこの肉体の死を迎えます。それは避けることができません。

 もうひとつは、存在の死です。その人が存在したことを地球上のすべての人が忘れてしまったとき、存在の死が訪れます。

 ということは、その人が存在していたことを誰かが覚えている間は、その人はまだ死んでいないと言えるのかもしれません。

 思想や哲学、生き方、考え方、芸術、法理・法則の発見、道具の創造など、さまざまな分野で「忘れられない」存在であれば、その人はいつまでも、死んではいないのです。

 なにも名を成したり有名にならなければいけない、ということではありません。「とても優しい人だった」「人のために労を惜しまない人だった」というようなことでも、その人を語り続ける人はたくさんいるのです。

    肉体の死は避けられませんが、存在の死は遅らせることはできるのです。

   (以下省略)

 

小林正観著『22世紀への伝言』(廣済堂出版)P.126より引用

 

22世紀への伝言

 

ここで、日本の代表的な死後の世界を考えてみましょう。

神道では、人は死ぬと「カミ」になると考えられています。

仏教では、宗派によっていろいろ考え方があるので、一概には言えない面がありますが、

死後、四十九日で次の世に行く、とされています。

(生前の行いによって行く場所が違う・・・)

キリスト教のカトリックでは、

たいていの人が煉獄(天国と地獄の中間)に行き、現世の罪を償ってから、

天国へ行く、ということになります。

(大罪のまま告解もせず痛悔もないままなら、地獄へ・・・)

プロテスタントでは、煉獄は否定されているので、

天国か地獄かの二択になりますが、聖書的にいえば、

最後の審判の時に死者は復活し、最終的な裁きを受けます。

ハリストス正教会でも、煉獄の存在は否定されますが、

死者を記念する「パニヒダ」で、死者が神の永遠の記憶に覚えられるよう、

「永遠の記憶」という聖歌を歌うそうです。

(ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の最後の方に、この光景が出てきます。)

 

新約聖書・ヨハネの黙示録には、「第二の死」という言葉が4回出てきます。

耳のある者は、霊が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者は、決して第二の死によって損なわれることはない。

(ヨハネの黙示録2:11聖書協会共同訳)

第一の復活にあずかる者は、幸いな者であり、聖なる者である。この人たちには、第二の死は無力である。彼らは神とキリストの祭司となって、キリストと共に千年の間支配する。

(ヨハネの黙示録20:6聖書協会共同訳)

死も陰府も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。

(ヨハネの黙示録20:14聖書協会共同訳)

しかし、臆病な者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、淫らな行いをする者、魔術を行う者、偶像を拝む者、偽りを言うすべての者、このような者の受ける報いは、火と硫黄の燃える池であって、第二の死である。

(ヨハネの黙示録21:8聖書協会共同訳)

 

聖書で言う「第二の死」とは、最後の審判時にすべての人が復活し、

生前の行いに応じて裁かれ、

いのちの書に記されていない者」(黙20:15)が投げ込まれる「火の池」行を指します。

苛烈なイメージですね。

 

存在が、人々の記憶と共に静かに消えていく「第二の死」と、

裁きの末の永遠の炎・・・の「第二の死」。

まぁ、死後の世界は別にメキシコ限定ではないし、

家族が写真をもっていなかったらOUTだったら、写真がなかった時代は?とか、

現代日本に増えている「無縁社会」ではどうなるのか・・・

などといろいろツッコミどころ満載ですが、

エンターテイメントとしては面白かったです。

 

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