2004年から続くプリキュアシリーズ。
プリキュア=幼女向けというイメージで、アンパンマンとかと同様、
保育園や幼稚園、小学校低学年までは観ていても、もう少し経つと「卒業」するもの・・・
というイメージしかありませんでした。
実際、初代「ふたりはプリキュア」か、
その続編「ふたりはプリキュア マックスハート」の一部は、
リアルタイムでその一部を何度か観たことがあります。
だいたいが、日曜の朝に出かける前に、さっと眺める程度でしたが、
怪人(当時の私にはそう見えたのです)を倒すのに、
なんとなくワンパターン(まるで「水戸黄門」の印籠・・・)だな、
などと思った程度でした。
認識を変えたのは、2018年になってから、Yahoo!ニュース等で、
「HUGっと!プリキュア」の内容が何度も取り上げられるようになってからです。
たぶん、この記事だったかな、と思います。
→プリキュアが「男の子だってお姫様になれる!」と叫んだ。はぐプリ19話が伝えた、すごいこと(HUFFPOST2018年6月10日)
確かに話題になった、「男の子だってお姫様になれる!」という言葉。
幼女向けアニメで、こんなこと言ってしまうのはある意味凄いな、実際はどうなんだろう?
と思い、録画して(でも超早送りで)観てみることにしました。
たぶん、初めて観たのが、第20話の、
キュアマシェリとキュアアムールが登場する回だったと覚えています。
そして次の週が、初代のプリキュアが登場・・・
まだそのあたりは真剣に観ていなかったですが、
第36話、第37話の、過去のプリキュア大集合で敵をフルボッコ、という回に至って、
本当に「この作品すげぇ〜」と思えるようになりました。
まさに、「ミイラとりがミイラに・・・」状態?
最終回(第49話)の前の第48話は録画で2度観ました。
最終話の出産シーンにはびっくりしました・・・
今回、少し時間的余裕ができたので、
TSUTAYAで「HUGっと!プリキュア」(以下「はぐプリ」と略記)のDVDを、
第1話から第36話まで(Vol.1〜12)一気に観てしまいました。
(その後の話は、まだ新作扱いか、2019年4月でまだ出ていないかです。
まぁ、一応録画して観ていますが・・・)
改めて観てみると、この作品はプリキュア史上、
やはり画期的な作品なのだと思わされました。
たとえるなら、最初の「ふたりはプリキュア」が「超時空要塞マクロス」だとすれば、
「はぐプリ」は「マクロスF」みたいなものです。
(ナンノコッチャ・・・)
つまり、集大成であり、革新でもある、というか・・・
結構心に刺さるセリフが多いのも魅力でした。
たとえば・・・
第5話の「十分がんばっとるヤツに がんばれ言うんは酷やで」とか、
話題になった「男のだってお姫様になれる!」、
「人の心をしばるな!」(第19話)とか、挙げるとたくさんあります。
主人公、野乃はな(キュアエール)が前髪を自分で切って(切りすぎて・・・)、
新しい学校に通うところから物語は始まります。
このシーン、既に伏線があります。
23話で明らかになる、過去のいじめ体験が背景にあります。
実はこの「HUGっと!プリキュア」(以下「はぐプリ」と略記)、
作品中に、今日的な社会問題を随所に取り上げています。
いじめ、育児、出産、ブラック企業、ジェンダー、高齢者・・・
従来の妖精キャラ(変身アイテムになるなど・・・)の代わりに、
「はぐたん」という赤ちゃんを設定したのもなかなかです。
妖精キャラのハリハム・ハリーが人間の姿になると、
カッコいいイクメンになるのも、
プリキュアに変身する少女たちや、
主人公の家族がはぐたんの子育てに協力するところなど、
いわゆる「ワンオペ育児」をさらっと否定しているのは、
社会的メッセージが含まれています。
ところで、この作品では、学校生活はあまり描かれていません。
「学校」も「社会」の一部ですが、あえてあまり描かれていないことにより、
幼い子たちと一緒に観ているであろう、大人へのメッセージ性を高めたのかもしれませんね。
主人公が中学生だと、社会生活は当然、学校が中心となりますが、
はぐプリでは、学校のシーンはそれほど出てこなく、
主人公たちの話は、放課後や、学校が休みの時に展開されます。
だからこそ、社会を見据える展開ができたのでしょう。
(既にプリキュアシリーズではたくさんの学園生活が描かれていますね。)
ただし、いじめについては別です。
23話、31話では、主人公はなが、転校前の学校で、
友達をいじめから守ろうとして、はながいじめの対象にされてしまう、
つらい過去が描かれています。
(それが、1話での前髪を自分で切ってから、新しい学校に登校する、
というシーンにつながります。)
どんなことがあっても娘を愛し支える母の愛と、
辛かったら逃げていいんだよ(この作品では、「転校すること」)、
というメッセージは、子どもよりも保護者向けですね。
メインの5人以外では、若宮アンリの存在が際立っています。
登場するたびにいろいろな意味で話題になったキャラです。
特に重要な社会的メッセージを打ち出した19話、
ついには男性がプリキュアに変身、ということで、
Yahoo!ニュースにまで取り上げられた42話。
あと、子ども向けの範疇を完全に超えてしまった深いセリフが出る33話。
どの回もメインの5人が霞むほどの存在感を出しています。
ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のメイン登場人物が、
思想を人物化させたような感じで、
このアンリ君も、ジェンダーとかの問題を観念的ではなく、
生きた人物像を通して現そうとしたものなのでしょう。
社会的なメッセージ抜きでも、構成の巧みさは実に見事です。
ギャグ回で終わりかな、と思いきや、
最後の1分で「えっ!」と次週につなぐ展開が多かったです。
印象的なのは、第7話のアンリ初登場回(いきなり出てきてほまれにHUGする)、
第10話(はなが変身できず、はぐたんが力尽きて次回に続く)
第12話(「恐怖の訪問者」が本当にやってきてしまう)
第16話(ルールーの正体がわかってしまう)
第21話(最後の最後でいきなり初代「ふたりはプリキュア」の2人が出てくる)
第33話(アンリ回。話が解決したと思いきや・・・)
第40話(ドクタートラウム再登場)
オススメ回はたくさんありすぎて困るぐらいですが、
(無駄な回、というのがほぼ無いぐらいです。)
あえて言えば・・・(タイトルではなく、見どころで紹介しています。)
1話→すべての始まり
4話、5話→ほまれ、プリキュアになれず・・・→プリキュアへ変身!
9話→えみる登場ハチャメチャ回
10話、11話→はなのネガティブ回、敵幹部チャラリート退職・・・
13〜22話→ルールーに心が生まれ、仲間になる→キュアマシェリ、キュアアムール誕生!
(この間の話はどれも素晴らしいです!
19話のジェンダー回、20話のキュアマシェリ、キュアアムール登場回、
21・22話の初代プリキュア登場回も単に映画の宣伝ではなく、
話の重要なところに関わってきます。)
23話→はなのつらい過去が明らかに。
25話→ハリーの過去が明らかに。
26話、27話→お母さん、お父さんになることの大変さと喜び。
(特に27話では、出産シーンがそれなりの尺をとって描かれているのが凄い!)
28話→種族を超えた愛。犬と猫、人間とアンドロイド・・・
31話→はなのつらい過去回2。
32話→人魚姫の話を通して、ほまれに失恋フラグ。
33話→僕って、何?
36話、37話→劇場版いらないじゃん?歴代プリキュア大集合!
42話→アンリ君闇落ちから、男の子プリキュアへ!
43話→ほまれ大失恋!
44話→さあや、医者になることを決める。
46話〜48話→最終決戦。
49話→2030年の主人公たち。はな出産!
もっと手っ取り早く、というなら、
いきなり問題の19話から観てみるのをオススメします。
心が疲れていたり、寂しさを覚えたりしている時にみると、
とても心にしみる話が多いので、
年甲斐もなくぼろぼろ泣きながら観てしまうことも多かったです。
並行的に、プリキュアの他のシリーズもいろいろ観てみましたが
(全てのシリーズではないですが)
時々感動的な回はあるものの、
この「はぐプリ」ほど、感動回がかなり頻出(連続)する、というのは、
今のところまだ知りません。
先程取り上げなかった回も、一つひとつのエピソードが丁寧に作られています。
出産回とかは、社会教育用にも使えるのでは、とさえ思ってしまいました。
よく考えてみると、この作品の中では、誰一人死んでいないですね。
チョイ役かな、と思った登場人物が何度も出てきたり、
敵幹部も浄化されて、第2の人生を歩んでいるところが素晴らしいです。
バトルシーンは、
過去のプリキュア全戦士が出てくる第36話、第37話のようなお祭り回もありますが、
最終決戦以外では負ける感じがしない安定感がありました。
(バトルシーンを求めるなら、「ハートキャッチプリキュア」とかの方がオススメかも)
そもそも「敵を倒す」というよりは、「敵を優しく愛で包み込んで浄化する」という感じですから、
「愛は無敵」なのかも・・・
ところで、「はぐプリ」の敵は、「クライアス社」です。
(クライアス=暗い明日)
本来、究極の「ブラック企業」でありながら、意外にも、
有給休暇をきちんと取れる、稟議承認や「ホウ・レン・ソウ」が必要など、
実は「ホワイト」なのでは、と思わせられるところはツボでした。
とはいえ、プリキュアシリーズの過去作の敵は、
なんだかよくわからない破壊欲求があり、
一言で言えば、「闇の力が支配する」=究極の目的、という感じです。
しかし「はぐプリ」のクライアス社は、
実は「人々が苦しむことがないよう、人々の幸せのために」未来を止める、
という彼らなりの正義感(?)、使命感があると思います。
ある意味、人を数人殺す程度のレベル(それが快楽殺人であっても)と、
宗教や◯◯主義(共産主義やナチス、民族主義・・・)が、
「正義」の名の元に犯す大量殺戮には雲泥の差があります。
本当に怖いのは、そういう独善的な「正義」なのでしょう。
(そういう意味で、私は、旧約聖書の中でも異質な書である、
『伝道者の書(コヘレトの言葉)』の、
「あなたは正しすぎてはならない。」(伝7:16新改訳2017)という言葉が好きです。
正義と悪、光と闇、ほどほどのバランスがちょうどいいのかも・・・)
ネタバレになってしまいますが、
最終話まで観ると、主人公のはな=キュアエールと、
クライアス社の社長(ラスボス)、ジョージ・クライとの戦いは、
愛するが故の、壮大な痴話喧嘩なのかもしれません・・・
はぐプリのプリキュアたちは、どの子も何らかの心の傷を抱えています。
だからこそ、傷ついた心を癒やし、明日へと向かう力を与えてくれるのでしょう。
傷ついたり、挫折したりしたからこそわかる、共感という深い癒しがあるのです。
おまけに・・・
「はぐプリ」では、黄キュアとして、
フィギュアスケート選手の輝木ほまれ(キュアエトワール)が活躍します。
作中では、女子として4回転ジャンプを決める、というのが出てきますが、
既に現実世界では、女子として4回転ジャンプに成功したロシアのジュニア選手や、
世界選手権でも、トゥルシンバエワ選手がシニアの大会のフリーで、
実際に4回転サルコウを成功させる、という時代になりました。
アニメが現実に追いつき追い越された感じがありました。
(さすがに5回転ジャンプ、となると無理がありますが・・・)
ちなみに、ほまれ回(特にハリーとの絡み)は結構好きでした。
HUGっと!プリキュア vol.1【Blu-ray】
最近のコメント