書評:湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日文庫)
普段あまり政治的な本は読まない方ですが、
先日ふと札幌市中央区のジュンク堂書店に行って、
文庫本コーナーを散策している時に、
新刊本のところでタイトルに惹かれてつい買って読んだのが、
湯浅誠著『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日文庫)です。
湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日文庫)
湯浅氏は2008〜2009年の「年越し派遣村」村長として有名で、
民主党政権では内閣府参与を勤め、現在(2015年3月現在)法政大学教授です。
私にとっては、どちらかというと、
今まで「サヨク系」の人と思って敬遠していました。
この本の主題は「民主主義」です。
「決められない」民主主義が、
実に民主主義的な方法(多数決、少数意見の切り捨て)によって、
民主主義を否定する「ヒーロー」(政治的に言えば「独裁者」)を通して、
「決められる政治」になっていく危うさを、実に冷静に、
高校生程度の文書読解力があればわかる平易な言葉で指摘しています。
「強いリーダーシップ」「決められる政治」の代表として、
大阪市の橋下市長と安部総理を挙げています。
多くの人達が、自分たちの考えを表現し、抗議したり調整したりする権利を、
面倒だといって放棄し(=民主主義を放棄!)、
代わりに、ずばずば決めてくれる指導者を待望する・・・
ヒトラーの台頭を許したワイマール共和国末期の状況と、
なんとなく似ているのかもしれません。
(本書でも述べている通り、
別に湯浅氏は上記の政治家を個人攻撃するつもりはありません。
私自身も、たとえば安倍総理をヒトラー呼ばわりするつもりは毛頭ありません。)
まさに、エーリッヒ・フロムの言う「自由からの逃走」が、
長引く不況や経済格差の拡大により、そしてマスコミの単純化・白痴化によって、
日本でも蔓延しています。
面倒な民主主義というプロセスよりも、
小泉元首相のようなわかりやすいキャッチフレーズで、
どんどん「抵抗勢力」をなぎ倒すルサンチマンの火・・・
その結果、立法府の機能不全→内閣総理大臣の暴走→独裁化という、
民主主義の緩慢な死に向かいつつ有ります。
湯浅氏は、「民主主義は、面倒くさくてうんざりするもの」(PP.48)と、
NPO活動や政策づくりの現場に携わった経験から、
ため息混じりに論じますが、
「面倒くさくてうんざり」の対極にあるのが、
大阪市の橋下市長流の「水戸黄門型ヒーロー」(PP.54)待望論と、
「お任せ民主主義」そしてその正体である「強いリーダーシップ」
であると喝破します。
そういう「ヒーロー」が「既得権益」をバッサバッサと斬り捨てていく痛快さ。
著者は「ヒーロー」を「切り込み隊長」と形容しています(PP.29)。
(既に「小泉劇場」や「橋下劇場」、
あるいは民主党の「事業仕分け」でお馴染みですね・・・)
生活保護叩きやJA全中叩き、正規雇用者の待遇を非正規並に引き下げることetc・・・
「切り込み隊長」のヒーローが次々と「既得権益」を斬り捨てていったら、
いつの間にか、自分も斬られていた・・・
なんとも笑えない話ですが、いつその立場になるか、誰もわからないのです。
(引用)
誰もが「自分自身の必死の生活と、そこからくるニーズ」は尊重されるべきだと思っているし、他の人の「生活とニーズ」も等しく尊重されるべきだと思っています。しかし、自分の必死の生活とニーズは、きちんと尊重されていないとも感じています。
尊重されるべきものが尊重されていないという不正義が自分の身にふりかかっていて、他にもそういう被害者がいるらしい。なぜそんな不正義がまかり通るのかといえば、自分のことしか考えず、自己利益のために正義を踏みにじる「既得権益」が世の中にあるからだ。だから「切り込み隊長、頼むよ」ということで、バッサバッサとやってもらうことが正義にかなうと感じられるのですが、複雑な利害関係がある中でバッサバッサとやることで、気づいてみたら自分が切られていた、ということもありえるでしょう。
なぜなら、自分にとっては「必死の生活とニーズ」であるものも、他の人からは「しょせんは既得権益」と評価されることがあり、それが「利害関係が複雑」ということだからです。
自分はヒーローの後ろから、ヒーローに声援を送っているつもりだった。ヒーローはバッサバッサと小気味よく敵をなぎ倒し、突き進んでいく。「いいぞ、やれ」とはやし立てていたら、あるときヒーローがくるりと振り向いて自分をバッサリと切りつけた。
一瞬何が起こったか理解できなかったが、遠のく意識で改めて周囲を見回してみたら、ヒーローをはやし立てている人は自分以外にもたくさんいて、そのうちの何人かは自分を指差して「やっつけろ」と言っていた。そのことに気づいたときには、自分はもう切られた後だったーーーという事態です。
(同著PP.35〜36から引用終)
著者は、例として、ご自身の兄(身体障がい者)を挙げています。
社会福祉法人で働き、障害年金を毎月8万円もらっているのも、
ある人々からすると、「生産性の乏しい者に税金が使われるなんて・・・」と、
「既得権益」と映るかもしれない、と述べています(PP.38)
たとえば生活保護の不正受給額は2012年度で191億円にものぼるそうですが、
生活保護全体に占める割合は0.5%程度です。
一部の不正受給者のために、本当に生活保護が必要な人々を切り捨てたり、
人権蹂躙を行うことは正しいことでしょうか?
生活保護の不正受給の件は「詐欺」に該当しますが、
たとえばTPPで大打撃を食らうのが目に見えている、農業の分野などはどうでしょう?
(TPPを締結して、結局儲かるのは多国籍企業だけなのに・・・)
魔法のボタンなんてない、
むしろ、面倒な「民主主義」というプロセスを経ることが大切だ、
と著者は様々な例を提示しながら静かに呼びかけます。
最後は、こんな言葉で締めくくられます。
(引用)
「決められる」とか「決められない」とかではなく、「自分たちで決める」のが常識になります。
そのとき、議会政治と政党政治の危機は回避され、切り込み隊長としてのヒーローを待ち望んだ歴史は、過去のものとなります。
ヒーローを待っていても、世界は変わらない。誰かを悪者に仕立て上げるだけでは、世界はよくならない。
ヒーローは私たち。なぜなら私たちが主権者だから。
私たちにできることはたくさんあります。それをやりましょう。
その積み重ねだけが、社会を豊かにします。
(同著PP.150〜151より引用終わり)
日本国憲法では、主権者は我々日本国民です。
しかしなんと、主権者であることを忘れていることでしょうか・・・
右か左か、といったレッテル張りに関係なく、
このような考えが広く日本中に浸透していくなら、
確かにこの国の未来にはまだ希望があります。
しかし、「長いものには巻かれろ」式の考えが趨勢となるなら、
戦前の軍国主義みたいな時代が再来するのかもしれません・・・
ただし、軍隊ではなく、グローバル企業が君臨し、国家は解体され、
「経済の神」にひれ伏すのでしょうね・・・
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