書評:井出洋一郎著『聖書の名画はなぜこんなに面白いのか』(中経の文庫)
キリスト教美術入門書として、大変読みやすい本です。
堅苦しくない聖書入門書としてもオススメです。
東京純心女子大学教授で府中市美術館館長の井出洋一郎さんによる、
『聖書の名画はなぜこんなに面白いのか』(中経の文庫)を読みました。
何気なく文庫本コーナーをぶらついていた時に手にとり、即買ってしまいました。
本書の構成は、
第1章 旧約聖書の物語
第2章 マリアとキリストの物語
第3章 聖女、聖人の物語とアレゴリー
となっています。
第1章では、天地創造からソロモンの物語までと、
旧約続編にあたるユーディット(ユディト)や、
ダニエル書補遺のスザンナの物語を取り上げています。
第2章は、新約聖書のうち聖母マリアとキリストの生涯に焦点をあてて書いています。
第3章では、使徒やマグダラのマリア、サロメ、何人かの聖人(聖フランチェスコなど)、
静物画に出てくるモチーフの「ヴァニタス」(空しさ)などについて書いています。
単に名画を「ありがたく」(=正しいけどつまらない)解説するのではなく、
ひととおり名画の背景を簡潔にまとめた後、
「ギャラリートーク」という形で、聖書と名画への薀蓄を楽しく語っているのが魅力です。
また、「コラム」では名画の背景を意外な角度から取り上げています。
たとえば、「バベルの塔」から「高所恐怖症」というテーマで、
パリのエッフェル塔を取り上げたり・・・(P.39)
まるでワインでも飲みながら楽しく美術談義をしているかのような感じになります。
ギャラリートークのうち、特に興味深かったものの一部を引用します。
ミケランジェロの「最後の審判」について語った、
「ギャラリートーク31 ミケランジェロが描く曖昧な表情のキリストと不安げな聖人たち」
では、最後の審判を行うキリストの「瞳」について印象的な記述があります。
「(対話者)キリストのポーズも新しいのですよね?右手を振り上げて、左手は何かを押さえるようなポーズ・・・
(井出さん)うん、一説にはゼウスが雷電を投げるような、自分から左側の亡者を指さして失墜させるためのポーズだ、というのだけど何か違う気がする。顔の表情も大切だし・・・
これはね、この祭壇画が修復を終える少し前だから、もう十数年前になるかな、調査で修復現場に上がらせてもらった時に、キリストの顔を間近で見て考えたことなんだけど、キリストも迷って動けなくなった、つまりフリーズしてしまった瞬間じゃないか、というのが私の説。少なくとも当時のミケランジェロは、怒れるキリストも、慈愛のキリストも描けない、判断停止の状態ではなかったか。写真だと瞳は見えないけど、至近距離で見ると実に優しい瞳をしているんだな。顔はすごく怖いのにね。不思議な体験でした。」
(P.192から引用)
裁きと赦しのキリスト・・・
カトリックの方からすれば、
第2章での聖母マリアの取り上げ方は賞賛に値するでしょうが、
プロテスタントの立場からすれば、「マリアに甘く、キリストに少し冷たいのでは?」
という印象を受けますが、それはご愛嬌なのでしょう。
この本で私が初めて知った美術用語としては、
「アットリビュート」(attribute)があります。
巻末の「本書中のキリスト教・美術用語」(P.244~249)に出ています。
「付属物の意味だが、美術では表現された表現された人物が誰であるかを示す持物の意味。ヴィーナスではリンゴ。ゼウスにおける鷲のように動物のこともある。」(P.244から引用)
本文によく出てきます。
こういう専門用語も、用語解説を読めばわかりますね。
キリスト教美術入門はいろいろ出ていますが、
値段と面白さでは、本書を1番にオススメします。
なお、同じ著者の『ギリシア神話の名画はなぜこんなに面白いのか』(中経の文庫) 、
『ルーヴルの名画はなぜこんなに面白いのか』(中経の文庫)も面白いです。
けれども3冊の中で私にとって一番面白いのは、
『聖書の名画はなぜこんなに面白いのか』でした。
ギリシア神話の名画はなぜこんなに面白いのか
ルーヴルの名画はなぜこんなに面白いのか
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