「みくに」か「おくに」か、「みこ」か「おんこ」か・・・聖書・典礼における「御」の字の読み方の考察
紀伊国屋書店の聖書コーナーに行くと、
『塚本虎二訳新約聖書』が置いてありました。
無教会主義の2代目リーダーとして有名な塚本虎二(1885-1973)の個人訳聖書です。
福音書・使徒のはたらき(使徒言行録・使徒行伝)は、
岩波文庫で分冊版が出ていましたが(「使徒のはたらき」は現在絶版)、
新約聖書全体としての刊行は今回初めてとのことです。
8月下旬に出版されました。
新約聖書としてはちょっとお高い4200円・・・
(新教出版社の柳生直行訳新約聖書も高い・・・3990円)
そのうち手にいれようとは思いますが、まずはパラパラと立ち読み。
(「福音書」だけは岩波文庫で読んだ気がしますが、
訳文があまり好きではありませんでした。)
この聖書では、通常の聖書の順番である、
「マタイ→マルコ→ルカ→ヨハネ・・・」ではなく、
「マルコ→マタイ→ルカ→ヨハネ・・・」と、
マタイ福音書とマルコ福音書を逆にしていました。
(同様の並べ方は、岩波書店の「新約聖書翻訳委員会」訳もしています。)
理由は、書かれた年代順ということと、
マタイの後にマルコを並べると、マルコの卓越性が埋没しかねない、
といったものが書かれていました。
訳文は岩波文庫で読んだときよりも、文字が大きいせいか、
読みやすく、できるだけ註解がなくてもわかるように工夫されているな、と思いました。
さて、今回問題にしたいのは、「主の祈り」の訳文です。
塚本訳は、インターネットでも公開されていますので、
そこから引用します。
(塚本虎二訳新約聖書)
わたしたちの天のお父様、
お名前がきよまりますように。
お国が来ますように。
お心が行われますように、天と同じに、地の上でも。
その日の食べ物をきょうも、わたしたちに戴かせてください。
罪を赦してください、わたしたちも罪を犯した人を赦しましたから。
わたしたちを試みにあわせないで、悪から守ってください。
「お」という文字に下線を引きましたので注目してください。
漢字で書くと「御」ですね。
この「御」という文字、聖書・教派によって、それぞれ読まれ方が違います。
通常の聖書の訳では、「御」は、「み」と振り仮名がつけられています。
「神の御子」は「かみのみこ」です。
新共同訳での「主の祈り」の前半(マタイ6:9、10)を引用しましょう。
「天におられるわたしたちの父よ、
御名(みな)が崇められますように。
御国(みくに)が来ますように。
御心(みこころ)が行われますように、
天におけるように地の上にも。」
「御」にはすべて「み」と振り仮名がつけられていますね。
(クリスマスの有名な讃美歌「神の御子は今宵しも」でも、「みこ」ですね。)
例外は、「御父」(おんちち)です。
「御父(おんちち)は、わたしたちを闇の力から救い出して、
その愛する御子(みこ)の支配下に移してくださいました。」
(新約聖書コロサイの信徒への手紙1:13新共同訳)
「御父」と「御子」が出てくる場合は、
「おん」と「み」を使い分けることになります。
新改訳では、「御父」は「みちち」と読ませています。
(そうなれば、聖霊=御霊=みたま、と使い分けることがなくなりますね。)
新改訳での用例を引用します。
神は私たちに御霊(みたま)を与えてくださいました。
それによって、私たちが神のうちにおり、
神も私たちのうちにおられることがわかります。
私たちは、御父(みちち)が御子(みこ)を世の救い主として遣わされたのを見て、
今そのあかしをしています。
(新約聖書ヨハネの手紙Ⅰ4:13~14新改訳)
そういえば、「御前」は「みまえ」と読みますね・・・
新改訳の読ませ方は、一番スッキリしています。
一方、カトリックでは、「御」は「御父」、「御子」という場合にのみ、
「おん」と読ませています。
フランシスコ会訳・バルバロ訳では、「みくに(御国)」、「みな(御名)」は、
「み国」、「み名」とひらがな表記しています。
「御」を場合によって「おん」、「み」と呼び分ける不自由を避けるためなのでしょう。
ただ、「おんこ」という響きは、あまり好きではありません。
理由はあえて書きませんが・・・(察してくださいませ)
フランシスコ会訳聖書 聖書全巻(サンパウロ)
※8月に入手しました。
記事を書いていますのでよろしければお読みください。
「神の御子」が、「かみのみこ」なのか、「かみのおんこ」なのか。
あるいは、「御父」が、「おんちち」なのか、「みちち」なのか。
「御名」、「御国」、「御心」は・・・?
漢字の読み方の問題が、キリスト者の一致に妨げになってはいけませんね。
一番合理的なのは、新改訳のように、
「御」をすべて「み」と読ませることではないか、と考えますが、
それぞれの訳や教派的伝統から、なかなか難しいのでしょうね・・・
そういう意味では、塚本虎二訳の「お国」、「お心」というのも、
現時点では「アリ」なのでしょう。
ただ、「おくに」、「おこころ」という「地上的なもの」と、
「みくに」、「みこころ」といった「聖なるもの」を分けておく必要があるのでは、とも考えます。
余談ですが、「バルバロ訳聖書」について調べていると、
講談社学術文庫で、
バルバロ訳聖書の「創世の書」(創世記)のところだけが、
今年の4月に出版されていました。
知らなかった・・・
(とはいえ、バルバロ訳聖書を持っていますので、あえて買う必要はありませんが・・・)
Amazonではひどいコメントがつけられています・・・(;д;)
何故にこの部分だけ出版したのでしょうか?
旧約聖書 天地創造 《創世の書》 (講談社学術文庫)
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