書評:岡野昌雄著『イエスはなぜわがままなのか』
前回、いちじくについて書きましたが、
いちじくとイエス様との関わりで、
とても有名なエピソードがありますね。
それは、マタイ21:18~22、
及びマルコ11:12~14、11:20~25に書かれています。
イエス様が空腹を覚えられた際に、
葉の茂ったいちじくの木に近寄られましたが、
いちじくの季節ではなかったので、実はなく、
それで、イエス様は、いちじくの木を呪い、
そのいちじくの木は枯れてしまう、というエピソードです。
このエピソードについて、いろいろな解釈がつけられています。
今回は、それを紹介するつもりはありません。
今回、皆さんに紹介したい本があります。
フェリス女学院院長の岡野昌雄氏が著した、
『イエスはなぜわがままなのか』(アスキー新書)です。
これは、昨年出版された本です。
書店の新書コーナーで、この本を見つけたときは、
最初、キリスト教を否定するたぐいの本かな、と思いました。
一応、恐る恐る少し立ち読みしてみました。
すると、今までにない視点で、イエス様をとらえた本であり、
なおかつ、決してキリスト教批判の本などではなかったのでした。
(キリスト教関係の本を買う場合、
私は必ず2つの点をチェックしてから買います。
すなわち、キリストの復活と、奇蹟についての、
著者の立場です。
どれだけすばらしい事が書かれていても、
この2点を認めようとしないのなら、
読むに値しない、と思っています。
たとえ、著者が神父や牧師や神学者、聖書学者であろうとも・・・)
この本の1章では、先の「いちじくの木を呪う」エピソードの他、
・豚を集団自殺させる。
(マタイ8:28~34、マルコ5:1~17、ルカ8:26~37)
・動物を鞭でたたき出し、市場をめちゃくちゃにする。
(マタイ21:12~13、マルコ11:15~18、
ルカ19:45~48、ヨハネ2:13~16)など、
いわゆる「愛の人イエス様」という一般的なイエス様像に反する、
「理不尽な」姿を取り上げています。
「イエス様は、愛にあふれた方だ」という思い込み的な読み方を、
一旦白紙に戻す読み方ですね。
私も、思い込みが正され、
まさに「目からうろこ」(使徒9:18)という箇所がいくつもありました。
詳しくは、ぜひこの本を一読していただきたいと思います。
内容は非常にわかりやすいものです。
最後の3章まで読みすすめると、
「にもかかわらず」、「私は信じる」という、
著者の確信(特に、キリストの復活について)が語られています。
「裏口からの聖書入門」というような感じの好著ですよ。
著者の、フェリス女学院院長としての挨拶は、
以下のサイトでどうぞ。
http://www.ferris.jp/gakuin/aisatu.html
イエスはなぜわがままなのか (アスキー新書 67)
イエスはなぜわがままなのか (アスキー新書 67)
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