カテゴリー「聖なる言葉」の443件の記事

2017年9月 9日 (土)

「九条教」では国民の平和と安全は守れない!〜百田尚樹著『カエルの楽園』、『戦争と平和』、『大放言』を読んで

2017年8月29日、いつも通り午前5時50分に起きて、
半分寝ぼけながら、目覚まし代わりのNHKニュース「おはよう日本」を観ていて、
ちょうど午前6:02頃、
突然いつもとは違うスマホのアラームが鳴り・・・
テレビの画面はJアラートの画面になっていました。

北朝鮮からミサイルが発射され、
北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、
山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、
新潟県、長野県という広範囲に、
ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。
頑丈な建物や地下に避難してください。
」という警報が発表されました。

頑丈な建物や地下に避難」・・・って、そんなの近くにないよ・・・
もしも、本当にミサイルが来たら、どっちにしたって逃げようがなく、
終わりだ・・・
日本を超えて、太平洋の領海外にさっさと落ちてほしい・・・
そう祈るしかありませんでした。

私は大地震を3回経験していますが、
「これで命が終わりだ」と思ったことはありません。
(さすがに津波の経験はありませんが・・・)
しかし、日本の空をかすめた、ミサイルについては、
日本の現行の憲法及び法律では防ぎようがなく、
どうすることもできないのだ、と無力感を実感しました。

次の日の朝、いつも通り起きて、祈りの時間をもっていた時、
当たり前に朝を迎えることができる、ただそれだけで、
神様に感謝すべき、まさに「奇跡」なのだと悟りました。

それ以来、私の中の価値観が少し変わったように思えます。
そんな中、ちょうどいいタイミングで、
百田尚樹氏(以下敬称略)の『カエルの楽園』が、
新潮文庫で緊急出版されました。
寓話という形で、日本と中国、ロシア、北朝鮮、アメリカ、韓国との関係を描いています。

このお話の中では、「日本国憲法」ではなく、
「三戒」という平和主義のスローガンを守っていれば、
戦争を回避できると、平和な国ナパージュ(日本)のカエル達は信じています。
しかし、実際は、ナパージュの平和は、三戒ではなく、
鷲のスチームボート(アメリカ)によって守られていました。
(→日本を守る米軍)

ちょうど今日(2017年9月9日)、JR札幌駅の近く、紀伊國屋書店のところを通っていると、
どこかの政治団体が、「憲法第九条を守れ!」と叫んで、
最後には、憲法第九条だけをうるさいほどの声で読み上げていました。
しかし私の心の中では、
「憲法第九条がミサイルから国民を守ってくれるのか!」という思いでいっぱいでした。

残念ながら、現在の日本国憲法では、
ミサイルから国民を守ることは無理でしょう。
あるいは、核パルス攻撃に対しては、
どんな防御もできないようです。

北朝鮮のミサイル発射は、もしかすると、
我々日本国民への大きな「プレゼント」なのかもしれません。
すなわち、平和憲法では自分で自分の身を守ることすらできないのだから、
日本国民よ、「九条教」から目を覚ませ!
今こそ、自分の国は自分で守ることができるよう、
憲法を変えなければいけない・・・

同じようなことが、寓話ではなく、
直接的に、『戦争と平和』、『大放言』にも書かれています。

大放言

戦争と平和

『戦争と平和』の中で、こんなくだりがあります。

(引用)
 九条教という宗教
 九条を信奉している人たちと話をしていると、どうやら「九条」に対する盲信のようなものがあるのに気付きました。簡単に言えば、「日本に九条がある限り、戦争は決して起こらない」という思い込みです。
彼らの話を聞いているうちに、これは一種の宗教に近いものだと思いました。つまり、理屈ではないのです。論理を超えた信仰です。私はこれは何かに似ていると思いました。それは、一二◯年ほど前、清朝末期の義和団です。

(中略)
でも最近になって、ようやくその理由がわかってきました。彼らはかつての義和団の信者と同じ、「九条教」という宗教の信者だったからです。
戦後七◯年にわたって、朝日新聞をはじめとする大メディア、そして日教組、さらに市民活動家、進歩的文化人と呼ばれる人たち(実は左翼主義者)が、新聞や雑誌やテレビで、「九条は正しい」「日本の平和は九条によって守られてきた」という布教を続けてきたのです。そして知らないうちに「九条教」という世界でも例のない不思議なカルト宗教の信者を増やしてしまったのです。

(『戦争と平和』P204、206から引用終)

憲法第九条を振りかざして「平和!平和!」と唱えても、
悪意ある隣国には届きません。
残念ながら、国対国は、力で勝負するしかないのです。

『戦争と平和』では、次のような九条改正案を提案しています。

(引用)
一、日本国民は、侵略戦争は永久に放棄する。
二、日本国民は、日本が他国からの侵略を受けた場合、徹底してこれと戦う。

(『戦争と平和』P208から引用終わり)

日本は今、旧約聖書の詩編120がちょうどあてはまります。

わたしは不幸なことだ
メシェクに宿り、ケダルの天幕の傍らに住むとは
平和を憎む者と共に
わたしの魂が久しくそこに住むとは。
平和をこそ、わたしは語るのに
彼らはただ、戦いを語る。

(旧約聖書 詩編120:5〜7 新共同訳)

こちらが平和を望んでいても、相手は戦いしか考えていない・・・
(イスラエルと近隣のアラブ諸国との関係が実に詩編の言葉どおりです。)
日本国民は別に戦争したい訳ではないし、
今更他国を侵略するのは不可能・無意味ですが、
少なくとも、当然の権利である、自国を防衛するためにも、
憲法改正は必要だと思います。

北朝鮮ミサイル関連の話はここまでとして・・・
『大放言』の中で、特に心に残ったのが、
「原爆慰霊碑の碑文を書き直せ」(P79〜85)でした。
まさにその通りだと思いました。

これら3冊の本は、もしかすると、
仮に、1年前に読んでいたら、「言い過ぎだ」と思ったかもしれません。
しかし、現実的な脅威にさらされている現在の日本では、
まさに予言的な響きとなっています。
九条にしがみついても、ミサイルは容赦なくやってきます・・・

2017年3月 1日 (水)

2017年2月のページビュー(PV)数ベスト10記事一覧※附:2017年四旬節中のブログ一時休止(原則)のお知らせ

2017年2月のページビュー(PV)数ベスト10記事は以下のとおりです:
(※トップページ及びカテゴリを除く)
ベスト3までは記事リンクをつけています。

一位.ブラームス:交響曲第1番聴き比べ12種〜カラヤン盤5種を中心に・・・
二位.「学び合い学習」は日本の義務教育崩壊を招く!
~おすすめ記事『【解答乱麻】 TOSS代表・向山洋一 亡国の教育「学び合い学習」』

三位.インクルーシブ(インクルージョン)教育は子どもにとって本当に幸福なのか?~
おすすめブログ記事「脱インクルージョン教育」(ブログ名:斜に構えてみる)

四位.オキナワ旅行記リターンズ2015夏(その1)〜旅行の経緯と1日目〜
五位.大林宣彦監督の映画~尾道三部作(特に「さびしんぼう」)と「ふたり」、「あした」
六位.マーラー:交響曲第7番聴き比べ14種類
七位.どの聖書が一番いいか?(新約聖書編)
八位.希望の讃美歌~「一羽の雀(心くじけて)」(新聖歌285)※midi付
九位.ピアノ五重奏曲の甘口辛口〜ドヴォルザーク、シューマン、フォーレ、
ショスタコーヴィチ、ブラームス、フランク・・・

十位.「カトリック」か「カソリック」か?~誤用に潜む軽蔑と無知

先月は2017年1月までの過去記事がランクインしました。
十位の「「カトリック」か「カソリック」か?~」の記事は、初ランクインです。
2011年3月2日の記事です。

ところで、2017年3月1日は、教会暦では、「灰の水曜日」にあたり、
本日から「四旬節(レント)」が始まります。
(〜2017年4月15日まで。2017年の復活祭は4月16日。)
これを機に、復活祭まで、原則、ブログ記事を書くのを一旦中止しようと思い立ちました。
というわけで、来月4月15日までは、「原則」記事を書かない予定です。
(例外的に、幾つか書くかもしれませんが・・・)

聴き比べ記事などを、もう少し余裕をもって書き溜めておこうかな、
などと考えています。
(正直に言って、CDが増える一方なのに、聴く余裕がないというか・・・
「断捨離」が必要なのかも?)

皆様に神様の祝福と平安が豊かにありますように!

主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
主が御顔を向けてあなたを照らし
あなたに恵みを与えられるように。
主が御顔をあなたに向けて
あなたに平安を賜るように。

(旧約聖書民数記6:24〜26新共同訳)

2016年12月26日 (月)

クリスマスの風景・札幌2016〜イルミネーションを中心に

クリスマスおめでとうございます!
Merry Christmas!
聖誕快楽!

2016年も無事クリスマスを迎えることができました。
札幌では先週の大雪で、街中が雪に埋もれている感じです。
12月でのこれほどの大雪は、50年ぶりだそうです。
(先週だけで積雪1m!)

さて、クリスマスイブと、クリスマス当日にいろいろ写真を撮りました。

まずは、12月24日、三越前で見かけた、
政治家の鈴木宗男氏の街頭演説の様子。
生鈴木宗男(?)!と思わず近くに行って撮ってしまいました。
日ロ首脳会談は実は成功だっった、と力説していましたよ。

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クリスマス・イブは、土曜日だったのと、
ホワイトイルミネーションが夜遅くまで延長されていたので、
妻とゆったりと観ることができました。

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さて、クリスマス当日(25日)の朝、起きてみると、
我が家で育てているポインセチアが見事に開花していました!
まるで、クリスマスをお祝いするかのように・・・

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荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ
砂漠よ、喜び、花を咲かせよ
野ばらの花を一面に咲かせよ。
花を咲かせ
大いに喜んで、声をあげよ。
砂漠はレバノンの栄光を与えられ
カルメルとシャロンの輝きに飾られる。
人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る。

(旧約聖書イザヤ書35:1〜2新共同訳)

神様に感謝!

午前中教会に行った後、
夕方に、西区宮の沢の「白い恋人パーク」へ行きました。
たくさんの観光客が来ていました。
そこで撮った写真です。

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イエスは言われた。「光は、いましばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分からない。 光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。」
(新約聖書ヨハネによる福音書12:35〜36新共同訳)

皆様に神様の祝福と平安が豊かにありますように!

2016年11月 9日 (水)

主に感謝せよ(詩篇118:1)【自作曲】

主に感謝せよ。
主はまことにいつくしみ深い。
その恵みはとこしえまで。

(聖書新改訳 詩篇118:1)

先日、詩篇118を読んでいた時に、
冒頭のこの御言葉からメロディが響いてきました。

テキストは、聖書新改訳詩篇118:1です。
結びとして冒頭の「主に感謝せよ。」を加えています。

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
下記からダウンロード願います。もちろん無償です。

「20161105psalms118001no01.mid」をダウンロード

「20161105psalms118001no01.pdf」をダウンロード

主の恵みに感謝しつつ・・・

2016年11月 3日 (木)

主はわが巌、わがとりで(詩篇18:2,3,1)【自作曲】

約2年ぶりに再び自作曲の紹介が出来ますことを主に感謝!
(カテゴリ「自作曲・楽譜」のところで調べると、
2014年11月14日以来。その時のものは、編曲でした。
純粋な「自作曲」となると、2014年3月17日以来・・・
いかに作曲から遠ざかっていいることか・・・)

作曲に至った経緯は・・・
御言葉カレンダー(1週ごとの)に、
新改訳の詩篇18:2の御言葉が書かれていたのを読んでいるうちに、です。

テキストは、聖書新改訳詩篇18:2,3,1です。
2節→3節→1節という順になっています。
なお、3節と1節は部分使用となっています。
テキストを記載します。

主はわが巌、わがとりで、わが救い主、
身を避けるわが岩、わが神、
わが盾、わが救いの角、わがやぐら。
(2節)
ほめたたえられる方、(3節)
主、わが力。(1節)
(聖書新改訳 詩篇18:2,3,1)

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
下記からダウンロード願います。もちろん無償です。

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主の恵みに感謝しつつ・・・

主は、私の口に、新しい歌、
われらの神への賛美を授けられた。

(聖書新改訳 詩篇40:3より)

2016年8月15日 (月)

NHK総合・NHKスペシャル「ふたりの贖罪 ~日本とアメリカ・憎しみを越えて~」(2016年8月15日放送)〜憎しみを断ち切った聖書の言葉

父よ、彼らを赦し給へ、その爲す所を知らざればなり
(新約聖書 ルカ傳福音書 23:34 文語訳)
父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。
(新約聖書 ルカによる福音書 新共同訳)

戦後71回目の終戦記念日にふさわしい内容でした。
2016年8月15日放送の、
NHKスペシャル「ふたりの贖罪 ~日本とアメリカ・憎しみを越えて~」を観ました。
真珠湾攻撃隊の総指揮官、淵田美津雄と、
元米陸軍の爆撃手(名古屋を空爆)、ジェイコブ・ディシェイザーの生き方を変え、
2人をキリスト教の伝道者とした聖書の言葉とは?
それが冒頭に掲げた、イエス・キリストの御言葉です。

番組内容を、番組HPから転載します。

(引用)
憎悪が、世界を覆い尽くしている。どうすれば、憎しみの連鎖を断ち切ることができるのか。その手がかりを与えてくれる2人の人物がいる。70年前、殺戮の最前線にいた日米2人の兵士である。
「トラトラトラ」を打電した真珠湾攻撃隊の総指揮官、淵田美津雄。その後もラバウル、ミッドウェーを戦い、戦場の修羅場をくぐってきた淵田だが、1951年、キリスト教の洗礼を受け、アメリカに渡り、伝道者となった。
淵田が回心したのは、ある人物との出会いがきっかけだった。元米陸軍の爆撃手、ジェイコブ・ディシェイザー、真珠湾への復讐心に燃え、日本本土への初空襲を志願、名古屋に300発近くの焼夷弾を投下した。そのディシェイザーもまた戦後キリスト教の宣教師となり、日本に戻り、自分が爆撃した名古屋を拠点に全国で伝道活動を行った。
戦争から4年後の冬、ふたりは運命の出会いを果たす。ディシェイザーの書いた布教活動の小冊子「私は日本の捕虜だった」を淵田が渋谷駅で偶然受け取ったのだ。以来ふたりは、人生をかけて贖罪と自省の旅を続ける。淵田はアメリカで、ディシェイザーは日本で。
ふたりの物語は、「憎しみと報復の連鎖」に覆われた今の世界に、確かなメッセージとなるはずである。

(引用終)

真珠湾攻撃から始まった大東亜戦争(太平洋戦争)。
そこから、日本人への憎しみに燃え、名古屋を爆撃した後、
中国で日本の捕虜となったディシェイザー。
獄中で、日本人看守から聖書の差し入れを受け、
回心に至ります。

憎しみから赦しへの転機となったのが、冒頭の御言葉でした。
戦後、宣教師として日本に来たディシェイザーが書いた、
「私は日本の捕虜だった」という小冊子を読み、
キリスト教に関心を持ち、回心に至った淵田美津雄。
やはり「父よ、彼らを赦し給へ、その爲す所を知らざればなり
という御言葉が大きく心を変えました。
その後の2人の米国、日本の伝道行脚は「よくここまで・・・・」
と思わざろうえませんでした。
平和への訴えの方がメインとなったため、
肝心のキリスト教信仰の方はあまり触れられることがなかったのは少し残念でしたが、
キリスト教関係者ではない一般的日本人からすれば、
戦争と平和を考える良い内容だったのでは、と思いました。

仏教でも、
この世の恨みは恨みによって止むことはない、ただ愛によって止む これは永遠の真理である
(→憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む
(ダンマパダ(法句経)5 →スリランカのジャヤワルダナ元大統領が引用し、
1951年のサンフランシスコ講和会議で日本が国際社会に復帰できる道筋になった。)
というすばらしい言葉がありますね。
復讐の連鎖をどこかで断ち切る・・・
これは、21世紀になっても真理ですね。

淵田美津雄の自叙伝が出ています。
機会があれば、読んでみようかな・・・


2016年7月24日 (日)

百合が原公園と白い恋人パークで・・・〜おまけで「第29回札幌航空ページェント」(2016.7.24)

2016年7月24日、日曜日の午後から、
妻と一緒に、
札幌市北区の百合が原公園と、西区の白い恋人パークに行きました。
とても素晴らしい快晴でした!
百合が原公園には、ほぼ毎年、7月のユリが満開になる時期に行きます。

百合が原公園で撮った写真です。
ユリがとても美しかったです・・・

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さて、私どもは、地下鉄東豊線の栄町駅から歩いて百合が原公園に向かいました。
道中、空から大きな音がしました。
飛行機がきりもみ飛行などのアクロバット飛行を披露していました。
思わず見とれてしまいました。
ところで、先日(2016年7月16日)、NHKBSプレミアムで、
ニッポン特撮遺産~続々登場!70年代テレビヒーロー~」という番組をやっていました。
その中で、模型の飛行機をいかに本物らしく飛行するシーンを撮るか、
という企画がありました。
実際の飛行機でのアクロバット飛行も、まさにそんな動きでした。
(この番組、すごく面白かったです!)
これは、百合が原公園のすぐ近くにある、
丘珠空港でのイベント「第29回札幌航空ページェント」の飛行展示の一部でした。

百合が原公園に着いて、しばらく散策しながら、
妻と話していると、突如、物凄い音が響いてきました!
何かが大爆発したかのような・・・
空を見上げると、戦闘機が百合が原公園のすぐ真上を飛んでいました!
(後で調べると、米空軍のF-16Cとのこと。)

写真は米海軍のP-8です。これも百合が原公園の上空を飛んでいました。

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戦闘機の爆音というものの実際を、初めて聴いたことになります。
この戦闘機も、アクロバット飛行を披露していましたが、
音だけでも凄まじくて、恐怖を抱きました。
平和の中で飛んでいても、音だけでも、
戦争の恐怖を引き起こすものでした・・・
沖縄や千歳市の基地近くの住民の方々の気持ちが少しだけわかったような気がします。
戦闘機の破壊的な爆音を聴いて、改めて、平和の大切さを実感しました。

さて、私どもはその後、地下鉄に乗り、西区宮の沢の、
白い恋人パークに行きました。
外国人観光客(主に中国系)がたくさんいました。
白い恋人パークで撮った写真です。

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平和を実現する人々は、幸いである、
その人たちは神の子と呼ばれる。

(新約聖書マタイによる福音書5:9新共同訳)

2016年3月18日 (金)

書評:松谷信司著『キリスト教のリアル』(ポプラ新書)〜晴佐久神父は日本のキリスト教界のヨシュア?

書店で見かけて、すぐさま買った本です。
松谷信司著『キリスト教のリアル』(ポプラ新書)を紹介します。
著者の松谷信司氏は、キリスト新聞社の季刊『Ministry』編集長です。
本の4分の1、前半の第1部「日本におけるリアルなキリスト教」は、
(少なくとも既にキリスト教信徒の)私にとっては、あまり目新しいところがない、
用語解説みたいなところですが、
「キリスト教って、どんな宗教?」という一般の方からすると、
コンパクトにまとまっている記述だと思います。

一般の人にとっても、
既にキリスト教の教会に通っている人(信徒、未受洗者問わず)にとっても、
興味深いのは、第2部「牧師・神父から観た日本におけるリアルなキリスト教」でしょう。
正確に言うと、「・・・リアルなキリスト教」(教会・信徒)ではなく、
「・・・リアルな牧師・神父」が内容です。

カトリック多摩教会の晴佐久昌英神父、
日本基督教団原宿教会の川上咲野牧師、
日本福音ルーテル東京教会の関野和博牧師
単立ともにチャペルの森直樹牧師、
そして、著者の松谷信司氏による対談で、
「なぜ牧師・神父になったのか」、
休日や趣味、結婚、給料、定年など、
教会ごとの違いや、その牧師、神父の考え方の違いが明らかになり、
なかなか興味深かったです。

日本のキリスト教伝道がはかどらない理由として、
この本でも一般的な説がPP.17〜19でも述べられていますが、
4名(松谷氏は司会役なので除外)のうち、
意外にもカトリックの晴佐久神父のみが、
希望的な発言をしていますので引用します。
(引用)
晴佐久   (中略)日本の教会は死につつあるなんて声があるけど、とんでもない。実はまだ、始まってもいないんだと思う。生き生きした教会があって、それがだんだんしぼんでいったのなら「死につつある」と言えるけど、まだ始まってすらいない。モチベーションを持ったキリスト者がどんどん広まっていくという300年くらい先のイメージが私にはあります。(PP.158)
晴佐久   私はいつも言っているのですが、信者の数は福音を語った数に正比例します。これは自分の実感で、間違いなくそうです。福音というのは、「あなたは救われている」とか、「神様はあなたを本当に愛しているよ」とか、「大丈夫だよ」という、はっきりとした神様からのメッセージ。今、それを必要としている目の前の人にまごころから宣言すると、必ず救われます。だから私に言わせれば、信者が増えないのであれば、それは福音を語っていないから、あるいは福音ならざるものを必死に語っているからでしかない、ここだけは確信がありますね。これまで28年間の経験で、信者が減るという経験をしたことがありません。常に福音をもっと語る、もっと露出する、もっとわかりやすくいろんなかたちでみんなに伝えるという工夫をし続けていくと、もう次々と、それなら一緒にやっていきたいとか、そういう集まりに私も加わりたいという人が現れる。(以下省略)(PP.168〜169)
(引用終)

他の3人は「牧師だってフツーの人間だよ」という主張をするのが精一杯ですが
(別に、他の3人の牧師を批判しているわけではありません、悪しからず・・・)、
晴佐久神父だけどうしてこんなにキラキラ輝いているのか・・・
晴佐久神父は、日本のキリスト教界にとって、
まるで、旧約聖書民数記13、14章の、
ヨシュアとカレブのような存在だと思いました。
(エジプトを出たイスラエルの民が、約束の地であるカナンに入る前に、
12人の斥候を送ります。
12人のうち、10人は約束の地に攻め入ることについて否定的なコメントをします。
ヨシュアとカレブだけは主が共におられるなら大丈夫だ、と主張しますが、
民は否定的なコメントの方を信じ、主の力を信じなかったので、
結果として、イスラエルの民は40年の間荒野を放浪することになります。)
日本のキリスト教伝道の失敗をあれこれ分析するのが無駄だと言うつもりはありませんが、
できない理由をあげつらうより、できることを進める方がすばらしいですね。

ビジネス関係の本にこんな話がよく出てきます。
靴を履く習慣のない土地に行った二人の靴セールスマンの話です。
一人は、「あの土地には靴を履く習慣がないから、靴を売るのは無理です。諦めましょう。」
もう一人は、「あの土地には靴を履く習慣がないから、これから靴を売り込むチャンスです。」
靴を履く習慣がない、という分析はどちらも同じですが、
それをマイナスととるか、チャンスととるか・・・
日本のキリスト教伝道だって同じだと思います。

4人の対談の中で、もう1箇所、心に残ったのは、
「一度は見てほしい教会&聖地」という話題のところです。
他の3人は、フランスのルルドや南スイスのラサ、
テゼ共同体を挙げていますが、
晴佐久神父は、
(引用)
晴佐久    この教会がすごい」ということで言えば、うちの多摩教会。あまりよその教会の実態を知らないというのもありますが、ここは聖なる場所だと感じるのは、実際に人が救われているから。本当に苦しみにとらわれていた人が、目の前で解放されて喜びの涙を流す現場をこれほど日常的に見られる教会は、多摩教会においてほかはないと思っています。(PP.177)
(引用終)
どこか遠い聖地ではなく、自分の教会がまさに聖地になる!
こんなことを堂々と言えるのが凄い!

この本で「キリスト教」はぼんやりとしか見えないかもしれませんが、
牧師・神父の姿は身近に感じられるようになるはずです。
キリスト教関係の出版社ではなく、
一般の出版社から出されたことを歓迎します。

おまけとして・・・
第一部の中の「誤解されがちな教会用語」(PP.57〜65)の中の一節。
(引用)
・福音(エヴァンゲリオン)
  汎用人型決戦兵器ではありません。「良い知らせ」という意味のギリシャ語で、新約聖書ではイエス・キリストの宣教と生涯、宣教の内容を意味するようになりました。

(以下省略)(PP.63)
(引用終)※下線部は筆者による。
ちなみに、新約聖書の「使徒」は世界を破壊しませんよ(*^-^)

2016年3月 6日 (日)

書評:清水茜 作『はたらく細胞』(01,02)(講談社)〜体の中の大スペクタクル!

あなたは、わたしの内臓を造り
母の胎内にわたしを組み立ててくださった。
わたしはあなたに感謝をささげる。
わたしは恐ろしい力によって
驚くべきものに造り上げられている。
御業がどんなに驚くべきものか
わたしの魂はよく知っている。

(旧約聖書 詩編139:13〜14新共同訳)

小学生の頃、叔母から頂いた、学研の学習まんがをよく読んでいました。
『◯◯のひみつ』という類ですね。
いろいろな科学的な事を、マンガで学ぶことができました。
今回紹介する、
清水茜 作『はたらく細胞』(01,02)(講談社)は、
見方によっては、学研の学習まんがの系統に入るのでしょうが、
人体の不思議さを見事なエンターテイメントにしています。

1巻

2巻

1巻の表紙の、白い男性が白血球、赤い女性が赤血球を擬人化したものです。
(コードネームはあるものの、名前はないです。)
この2人を軸に、様々な細胞の働きと、
侵入者(細菌やウイルスなど)が来た時の「戦い」が描かれています。
ストーリーがなさそうな所から、
よくこれだけのファンタジーを引き出したものだと、思わず感心しました!
人体って、こんなにスゴイことを、24時間ずっとしているの?
生きていることに感謝です!
第1話の肺炎球菌との戦い、第2話のスギ花粉との戦い(ステロイド!)、
第8、9話のがん細胞との戦いなど、とてもスリリングな展開で、
読み応えがありました!
ぜひ、NHKEテレあたりで、アニメ化してほしいです。

余談ですが、進化論的な考え方で言えば、すべては「偶然」の産物ですね。
しかし、テレビやジェット機がある日突然、「偶然に」できたものではないのと同様に、
これだけ複雑精緻な「人体」いや、もっと言えば細胞1つでさえ、
ただの「偶然」(どれだけ長い年数がかかったとしても・・・)出来たというのは、
それこそ「信仰」にすぎないのではないでしょうか。
遺伝情報だって、1つのミスでさえ、致命的なものになるのです。
環境適応能力(そういう意味での「進化」なら私も認めますが・・・)を含めて、
創造者(クリエイター)が存在する、と考えた方が、
より合理的だと私は考えます。
「どうやって?」という現象を解明するのは科学の仕事ですが、
究極の意味での「どうして?」を説明することは、
科学の仕事ではありませんし、それをするなら、
科学が「信仰」になってしまう、オカルト化するということです。
(それこそ、信仰や哲学の世界です・・・)

2016年3月 2日 (水)

書評:溝部脩著『青年と読むマルコによる福音』(ドン・ボスコ社)

先月(2016年2月)、
札幌市内のキリスト教書店「オアシス札幌店」に立ち寄った際、
手にとって、買った本です。
(プロテスタント中心の書店ですが、
最近ではカトリック関係の本も置いています。)
溝部脩著『青年と読むマルコによる福音』(ドン・ボスコ社)を紹介します。
著者はカトリック高松教区名誉司教です(でした)。
ここ最近、寝る前に少しずつ読んでいます。
1章が適度な長さで、読みやすく、かつ福音的です。
実はまだ読み終わっていないのですが、
たまたま女子パウロ会のHPを見たら、
著者が2016年2月29日に逝去されたことを知りました。
訃報 溝部脩さん80歳=カトリック高松司教区名誉司教
ご逝去を悼み,謹んで哀悼の意を表します。

Requiem æternam dona eis, Domine, et lux perpetua luceat eis.
(主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光でお照らしください。)

さて、本の紹介に戻りましょう。
この本は、著者が2年かけて青年たちと一緒にマルコ福音書を読み解いた記録、
とのことです。
がちがちのカトリック教理で折伏、というのではなく、
仏教の話や映画『ベン・ハー』や『ローマの休日』の話、
宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の全文引用があったり、
宗教改革者カルヴァンの話も半ば肯定的に紹介されたりしていました。
(PP.24)
実に柔軟な心で、青年たちにとって福音書を身近なものにしようとする、
優しい語り口が魅力的です。

本文から一部引用してみましょう。
マルコ5章の出血病を患う女の話についての記事からです。
(引用)
 この女はイエスのことを聞いて、この人しか自分を救ってくれる方はいないと信じて、町に入ってきて、イエスに近づいたのでした。そして「後ろのほうからイエスの衣に触れた」(5・27)のです。この種の病気の人は汚れた者とみなされていたので、公に触れるのを彼女はためらったのでした。しかし、「イエスの衣にさえ触れることができれば、救われる」(5・28)と信じていたのでした。彼女は病が治されるというより、自分の状況から救われるということを願っていたのでした。病気にかかって以来、自分を悩まし続けたすべてのことから立ち直りたいと希望していたのでした。ともかく新しい人生を歩みたかったのです。イエスは、この女の強い心に動かされて、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」と告げます。その瞬間に出血病が治りました。イエスは、彼女が強く願ったから、その信じる力によって治ったと告げたのです。
 「すがる」とはこういうことです。この人しかいないという思いの丈を、思い切りぶっつける行為です。治っても治らなくても、との「のらりくらり」のお願いではありません。何がなんでも治してもらいたいという必死の思いなのです。現代人の私たちに一番欠けているのは、この必死の思いかもしれません。「このくらいで」、「まあまあ」で引き下がってしまうのです。いつもあいまいで、何でもいいのです。従って必死になって祈るという意味が理解できないのです。
 きっとこの女は初代教会で、集会の折にでも、自分が触れたイエスの感触を話して聞かせたことでしょう。それが聖書に残っていきました。聖書のこの箇所を味わって読むと、その女の息遣いが私たちにも伝わってくるようです。

(PP.68〜70から引用終)

今のところAmazonでは取扱いがないようです。
キリスト教書店で入手可能です。

Mizobe

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