カテゴリー「聖なる言葉」の449件の記事

2018年4月 1日 (日)

「死んだままのキリスト」か、「復活のキリスト」か?〜2018年復活祭の日に・・・

このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。 しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。
(新約聖書 使徒言行録2:23〜24新共同訳)

「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。 あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。 人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」
(新約聖書 ルカによる福音書24:5〜7新共同訳)

マティアス・グリューネヴァルト「イーゼンハイム祭壇画 磔刑図」

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同「キリストの復活」
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※ちなみに、マティアス・グリューネヴァルトの「イーゼンハイム祭壇画」、
フランスのアルザス地方の都市、コルマールに、
実物を観に行ったことがあります。
(Musee d'Unterlinden)
もう20年以上も前ですが・・・
ヒンデミットの交響曲「画家マティス」の題材になっていますね。

カラヤン指揮ベルリン・フィルによる、
ヒンデミット:交響曲「画家マティス」(SACD)

※我が家にありますが、ほぼ聴く機会がないですね・・・


毎朝読んでいる本の一つが、
ジョン・ストット 日毎の聖書』(いのちのことば社)です。


ちょうど今年の復活祭(2018年4月1日)前日に読んだところは、
こういう見出しでした。
死んだままのキリスト?

この記事から、引用します。

(引用)
 イエスの埋葬は福音の一部である。埋葬は、イエスの死が間違いのない事実であることと、復活のからだがどのようなものであるかを確認させるからである。したがって私たちは、こうしたことがどれほど事実であるかをしっかり受け止めなければならない。同時に、私たちが礼拝しているキリストは、死んで葬られたお方ではなく、復活して今も生きておられる方であることも強調しておかなければならない。けれども、キリスト教信仰を告白する人でも、生きているイエスではなく、死んだイエスを信じているような人々も時にいる。
 その一例として、ジョン・マッカイ博士が有名な著書『スペイン風の異なったキリスト』に記している論文に触れておこう。
(中略)その著書の中で、マッカイは十六世紀初頭にラテン・アメリカの先住民を力ずくで征服し、その地を植民地化したスペイン人に関する恐るべき物語をあらためて紹介している。スペインのカトリック教会が新大陸の人々に伝えたイエスの肖像画は、悲劇の人としての姿だったのである。マッカイによれば、ある特徴的な絵では「キリストは永遠に死んでいる。・・・・・このキリストは・・・・・二度と蘇らない」。
 実に驚くべきことだが、ジョン・マッカイがペルーにいたときからおおよそ五十年あまり経って、故ヘンリー・ナウエンがその地を訪れると、長老派の宣教師もカトリックの司祭も同じようなことをしていた。ナウエンは日記の中でペルーのカトリック教会について、こう記している。

 どこでも復活のしるしを見ることはなかった。キリストが罪と死に打ち勝って墓から勝利をもってよみがえられたとの事実は、誰からも聞かされなかった。聖金曜日(受難日)がすべてであって、イースターはどこにもなかった。
 ・・・・・キリストの苦痛に満ちた肉体だけをひたすら強調することにより、私の印象では、本来よい知らせであるはずの福音は・・・・・人々をおびえさせるだけの病的な物語に歪められてしまい、彼らを自由にするものとはなっていなかった。

 ジョン・マッカイもヘンリー・ナウエンもどちらも正鵠を射ている。十字架で死なれたキリストが復活なさったということこそ、よい知らせなのだ。ハレルヤ!
(『ジョン・ストット 日毎の聖書』P.404〜406から引用終)

キリストの十字架ばかり強調し、
復活を述べ伝えないキリスト教は無力です。
十字架で死んだままのキリストではなく(よくカトリック教会の聖堂で見かけますね・・・)、
復活されたキリストこそ、私たちの信じるお方です。
(ハリストス正教会では、毎回「ハリストス(キリスト)復活!」と高らかに宣言しますね・・・)
死を打ち破って勝利されたキリストこそ、ほめたたえられる方!
ハレルヤ!
今年も教会で主イエスのご復活をお祝いできたことを、
主に感謝します。

今おられ、かつておられ、やがて来られる方から、また、玉座の前におられる七つの霊から、更に、証人、誠実な方、死者の中から最初に復活した方、地上の王たちの支配者、イエス・キリストから恵みと平和があなたがたにあるように。わたしたちを愛し、御自分の血によって罪から解放してくださった方に、 わたしたちを王とし、御自身の父である神に仕える祭司としてくださった方に、栄光と力が世々限りなくありますように、アーメン。
(新約聖書 ヨハネの黙示録1:4〜6新共同訳)

2018年3月31日 (土)

聖金曜日にマタイ受難曲を・・・(2018.3.30)

2018年の復活祭は4月1日です。
そこから遡って、聖金曜日は、3月30日でした。
(毎年変わります。
ちなみに2019年の復活祭は4月21日、2020年は4月12日です。
なお、ハリストス正教会は、
カトリック&プロテスタントと復活祭の日が異なります。
※何年に1回かは同じ日があります。)

本来は、教会で過ごしたかったのですが、
この日、私の体調がすぐれなかったので、
家で過ごすことにしました。

せっかくなので、J・S・バッハのマタイ受難曲を全曲通して聴こう(視聴しよう)、
ということにしました。
思い立ったのが、19時頃でした。

全曲視聴する、となれば、選択肢は3つありました。

◯サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル他(Blu-ray)

◯イヴァン・フィッシャー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団他(Blu-ray)

◯カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団他(DVD)
Bach: Sacred Works (11CD+4DVD+BLU-RAY)

※DVD+Blu-ray Audioがついて、
8000円ほど(2018年3月31日現在)というのは、大変オトクだと思います!
ただし、DVDには、日本語字幕がありません。
代わりに中国語字幕が付いています・・・

バッハ:マタイ受難曲 [DVD]※単品、国内盤、日本語字幕付

ラトル盤、フィッシャー盤、どちらも映像、音質はすぐれています。
しかし、リヒター盤のような気迫が感じられません。
あと、ラトル盤は特に、演奏よりも映像の方が気になってしまいます。
フィッシャー盤は、単なるコンサートの記録という感じです。
ということで、結局リヒター盤の出番となりました。

リヒター盤(DVD)は、演奏としては、有名な1958年録音と比べると、
2ランクぐらい劣ります。
(音質こそ、5.1chサラウンドにはなっていますが・・・)
特にソリスト・・・
しかし、合唱やオケの厳しさはなんとか健在です。
妻と一緒に、映像を観ながら字幕(英語字幕)を観ていました。

視聴している間、用を足しにいった以外は、
スマホやパソコンをいじったり、聖書と「マタイ」のスコア以外の本を読んだり、
他のテレビを観たりせず、飲み物も飲まず、
ひたすら、バッハが紡ぐ受難の世界に浸っていました・・・

第1部の間は、映像の字幕を観ていましたが、
第2部途中から、
日本語の新約聖書のマタイ福音書26〜27章を開いて字幕代わりにしました。
「マタイ受難曲」の中で、私が最も好きなアリアである、
第65曲”Mache dich, mein Herze, rein"(わが心、きよくあれ)は、
スコアを開いて、一緒に歌っていました。

(私が持っている楽譜)※現在絶版?

バッハ, J. S.: マタイ受難曲 BWV 244 (独語・英語)/原典版/ベーレンライター社/合唱ヴォーカル・スコア 楽譜 – 2010/1/26

この映像作品では、カメラワークが見事です。
過剰演出に陥らずに、光と闇をうまく活かしています。

演奏が終わったのは、23時少し前でした。
しかしなんだか物足りなさを感じ、
リヒターの1958年録音盤で、
第65曲”Mache dich, mein Herze, rein"(わが心、きよくあれ)を聴き直しました。
フィッシャー=ディースカウのバリトンです。
やはり素晴らしいですね!

SACD盤

※Bach: Sacred Works (11CD+4DVD+BLU-RAY) を入手したので、
このSACDは手放しました・・・

カール・リヒターの1958年録音盤を初めて聴いた時のような、
まさに「人生が変わるような」衝撃は、
このDVDの視聴ではありませんでしたが、
改めて、キリストの受難を思い起こす時となったことを、
主に感謝しました・・・

2018年3月28日 (水)

映画「バラバ」(原題:Barabbas)

 ところで、祭りの度ごとに、総督は民衆の希望する囚人を一人釈放することにしていた。 そのころ、バラバ・イエスという評判の囚人がいた。 ピラトは、人々が集まって来たときに言った。「どちらを釈放してほしいのか。バラバ・イエスか。それともメシアといわれるイエスか。」 人々がイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。 一方、ピラトが裁判の席に着いているときに、妻から伝言があった。「あの正しい人に関係しないでください。その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました。」 しかし、祭司長たちや長老たちは、バラバを釈放して、イエスを死刑に処してもらうようにと群衆を説得した。 そこで、総督が、「二人のうち、どちらを釈放してほしいのか」と言うと、人々は、「バラバを」と言った。 ピラトが、「では、メシアといわれているイエスの方は、どうしたらよいか」と言うと、皆は、「十字架につけろ」と言った。 ピラトは、「いったいどんな悪事を働いたというのか」と言ったが、群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び続けた。 ピラトは、それ以上言っても無駄なばかりか、かえって騒動が起こりそうなのを見て、水を持って来させ、群衆の前で手を洗って言った。「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ。」 民はこぞって答えた。「その血の責任は、我々と子孫にある。」 そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。
(新約聖書 マタイによる福音書27:15〜26新共同訳)

新約聖書の4つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)
全てに記載されている、バラバという人物。
マタイ福音書では、罪状は書かれていません。
マルコ福音書では、「暴動のとき人殺しをして投獄されていた」(マルコ15:7)。
ルカ福音書では、「都に起こった暴動と殺人のかどで投獄」(ルカ23:19,25)。
ヨハネ福音書では「強盗」(ヨハネ18:40)と記載されています。
(いずれも新共同訳)
いずれにせよ、今日の日本の基準でも、死刑になりそうな人物です。
バラバの身代わりに、イエス・キリストが十字架につけられました。
そのバラバは、赦され釈放されてから、どのような生涯を送ったのか、
聖書には記述がありません。
ある伝説によると、最後には改心した、ということですが・・・

スウェーデンのノーベル賞作家、
ペール・ラーゲルクヴィスト(1891〜1974)の代表作である『バラバ』を映画化した、
1961年のイタリア映画(音声は英語)「バラバ」(原題:Barabbas)が、
2018年3月27日に、NHKBSプレミアムで放映されました。
録画して妻と一緒に観ました。
主演は名優アンソニー・クイン(Anthony Quinn)。
(ラーゲルクヴィストのノーベル文学賞受賞は、1951年。)

原作の方は、高校生の時に読んだことがあります。
今ではすっかり話の筋さえ忘れてしまい、
最後のセリフ(信仰を言い表しているのか、かなり曖昧な言い方)のところだけが、
心に残っています。

原作(岩波文庫)※現在絶版 中古はトンデモない額!

DVD

「神の守り」という視点を除いてみれば、
いろいろな幸運が重なって、何度も命拾いしているバラバ。
しかし、彼が生かされているのは、やはり「摂理」が働いているから、
としか言いようがないわけです。
バラバは何度も信仰に近づくチャンスがあった訳ですが、
結局、最後まで確かにイエス・キリストを信じたのか、
かなり曖昧なまま、十字架の上で死を迎えます。
(クリスチャンの仲間として・・・)

その行状(暴動や殺人など)は極端でも、
信じたくてもなかなか確かに信じるまでに至らないというところは、
バラバという人物を通して、
近代・現代の、信仰を持たない人たちを描いているのかな、と思いました。
曖昧な結末だからこそ、
一般的なキリスト教系映画とは一線を画した余韻がありました。
地味な感じの映画ですが、最後まで魅入ってしまいました・・・
アンソニー・クインの名演がいぶし銀的に光っています。

映画ではなく、原作について書かれた感想記事を見つけましたので、
紹介しておきます。

バラバ ラーゲルクヴィスト(ブログ名:くろにゃんこの読書日記

ちなみに、ウルトラマンA(エース)の第13、14話に、
「殺し屋超獣 バラバ」というのが出てきます。
この「バラバ」の元は、聖書のバラバだそうです。

ところで、キリストが身代わりになって死なれた、というのは、
実はバラバだけではありません。
この私もそうなのです。
そして、この記事を読んでいる、皆さん方も・・・

(キリストは)十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。
(新約聖書 ペトロの手紙Ⅰ一 2:24新共同訳)

キリストにはかえられません、 世の宝もまた富も、  
    このおかたがわたしに     かわって死んだゆえです。

(讃美歌第Ⅱ編195番「キリストにはかえられません」より)

聖書 新改訳2017

讃美歌・讃美歌第2編 A6判 ともにうたおう

2018年3月27日 (火)

札幌にも春の訪れ 2018年3月下旬

例年なら4月上旬に咲く、ふきのとうや福寿草、クロッカス。
2018年、今年は3月下旬に咲いていました。
撮影日は2018年3月27日です。

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ごらん、冬は去り、雨の季節は終った。
花は地に咲きいで、小鳥の歌うときが来た。この里にも山鳩の声が聞こえる。
いちじくの実は熟し、ぶどうの花は香る。
恋人よ、美しいひとよ
さあ、立って出ておいで。

(旧約聖書 雅歌2:11〜13新共同訳)

2017年12月24日 (日)

アニメ『スーパーブック』「最高のプレゼントをゲット?~はじめてのクリスマス!~」(BS11 2017年12月24日放送)

2017年も残り僅か。
今年もクリスマスを迎えることができて神様に感謝!

BS11で、2017年12月24日(日)17:30〜18:00に、
アニメ『スーパーブック(SuperBook)』の、
ちょうどイエス様の降誕のところの回が放映されました。
クリスマス・イヴに実にふさわしい内容でした。

『スーパーブック』というのは、元々、
日本で1980年代に放映されていた、
「アニメ親子劇場」という、聖書の話を元にしたアニメ番組(制作:タツノコプロ)を、
アメリカのキリスト教放送CBN(The Christian Broadcasting Network)が、
CGアニメとしてリニューアルしたもの、とのことです。

子どもの頃、夕方18時から「アニメ親子劇場」が放送されていて、
たまに観ていましたが、あまり中身まで心に残ったわけではなかったです。
唯一、とても心に焼き付いたのが、
使徒パウロがローマ兵に捕らえられ、鞭打ちの刑にされようとする時に、
そばに立っていた百人隊長に、

ローマ帝国の市民権を持つ者を、裁判にかけずに鞭で打ってもよいのですか。
(新約聖書 使徒言行録22:25新共同訳)

と言うと、周りの兵士たちがビビってしまう(詳しい経緯は忘れましたが・・・)、
というところでした。
その放映から10年も経たないうちに、
聖書でその箇所を見つけた時は少し驚きました。

思い出話はここまでにして、
実際に「スーパーブック」のイエス様の降誕の回を観た感想です。
フルCGアニメですが、なんとなく人形劇っぽい感じがあります。
あと、登場人物は完全にアメリカナイズされています。
アフリカ系男性が出て来るなど、人種的な配慮もされているようです。

映像はとてもきれいです。
イエス様の降誕を告げる天使の賛美(ルカ2:8〜14)のところは、
さながら天上の豪華絢爛ミュージカル、といった感じでした。

「アニメ親子劇場」シリーズで出ていたロボットが、
「ロビック」(英語版では違う名前だそうですが・・・)という名で、
まあまあかっこよくリニューアルされていたのもよかったです。
(私の妻は、「がんばれ!!ロボコン」の「ロボコン」に似ている、と言っていましたが・・・)(*^-^)

今回の放送は、「いのちのことば社」のHPによると、
(引用)
「スーパーブック」は1980年代に「アニメ親子劇場」としてテレビ放送からスタートしました。制作したCBN(The Christian Broadcasting Network)は、CGアニメとしてリニューアルされた「スーパーブック」のクリスマスのストーリーだけでもテレビで伝道できないかとの願いを持っていました。
そこで「ライフ・ライン」でテレビ伝道しているPBAといのちのことば社がCBNに協力し、放送時間を買い取るかたちで道が開かれました。

(引用終)
とのことです。
故に、放送終了までCMはありませんでした。

なかなかよくできた構成だと思いました。
欲を言えば、字幕をつけてほしかったかな、と思います。
あとは、1回の放送で息切れするのではなく、
レギュラー放送で全話放送してほしいと思いました。

番組HPはコチラです。

既にいのちのことば社から、DVDが発売されています。
49062  DVD SUPERBOOK(スーパーブック) シーズン1  
49084  DVD スーパーブックシーズン2 ①~⑦巻セット(全13話) 個人鑑賞用・ライブラリー共用 

いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心に適う人にあれ。

(新約聖書 ルカによる福音書2:14新共同訳)
Merry Christmas!

2017年10月29日 (日)

2017年10月 札幌の秋景色

2017年10月、札幌の秋景色を集めてみました。

中島公園で10月中旬に撮影。

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定山渓で10月中旬に撮影。
レンタカーで行きました。

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藻岩山で10月下旬に撮影。
ロープウェイを使って登りました。

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真駒内公園と地下鉄真駒内駅前で、10月下旬に撮影しました。

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あなたは地に臨んで水を与え
豊かさを加えられます。
神の水路は水をたたえ、
地は穀物を備えます。
あなたがそのように地を備え
畝を潤し、土をならし
豊かな雨を注いで柔らかにし
芽生えたものを祝福してくださるからです。
あなたは豊作の年を冠として地に授けられます。
あなたの過ぎ行かれる跡には油が滴っています。

(旧約聖書 詩編65:10〜12 新共同訳)

2017年9月 9日 (土)

「九条教」では国民の平和と安全は守れない!〜百田尚樹著『カエルの楽園』、『戦争と平和』、『大放言』を読んで

2017年8月29日、いつも通り午前5時50分に起きて、
半分寝ぼけながら、目覚まし代わりのNHKニュース「おはよう日本」を観ていて、
ちょうど午前6:02頃、
突然いつもとは違うスマホのアラームが鳴り・・・
テレビの画面はJアラートの画面になっていました。

北朝鮮からミサイルが発射され、
北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、
山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、
新潟県、長野県という広範囲に、
ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。
頑丈な建物や地下に避難してください。
」という警報が発表されました。

頑丈な建物や地下に避難」・・・って、そんなの近くにないよ・・・
もしも、本当にミサイルが来たら、どっちにしたって逃げようがなく、
終わりだ・・・
日本を超えて、太平洋の領海外にさっさと落ちてほしい・・・
そう祈るしかありませんでした。

私は大地震を3回経験していますが、
「これで命が終わりだ」と思ったことはありません。
(さすがに津波の経験はありませんが・・・)
しかし、日本の空をかすめた、ミサイルについては、
日本の現行の憲法及び法律では防ぎようがなく、
どうすることもできないのだ、と無力感を実感しました。

次の日の朝、いつも通り起きて、祈りの時間をもっていた時、
当たり前に朝を迎えることができる、ただそれだけで、
神様に感謝すべき、まさに「奇跡」なのだと悟りました。

それ以来、私の中の価値観が少し変わったように思えます。
そんな中、ちょうどいいタイミングで、
百田尚樹氏(以下敬称略)の『カエルの楽園』が、
新潮文庫で緊急出版されました。
寓話という形で、日本と中国、ロシア、北朝鮮、アメリカ、韓国との関係を描いています。

このお話の中では、「日本国憲法」ではなく、
「三戒」という平和主義のスローガンを守っていれば、
戦争を回避できると、平和な国ナパージュ(日本)のカエル達は信じています。
しかし、実際は、ナパージュの平和は、三戒ではなく、
鷲のスチームボート(アメリカ)によって守られていました。
(→日本を守る米軍)

ちょうど今日(2017年9月9日)、JR札幌駅の近く、紀伊國屋書店のところを通っていると、
どこかの政治団体が、「憲法第九条を守れ!」と叫んで、
最後には、憲法第九条だけをうるさいほどの声で読み上げていました。
しかし私の心の中では、
「憲法第九条がミサイルから国民を守ってくれるのか!」という思いでいっぱいでした。

残念ながら、現在の日本国憲法では、
ミサイルから国民を守ることは無理でしょう。
あるいは、核パルス攻撃に対しては、
どんな防御もできないようです。

北朝鮮のミサイル発射は、もしかすると、
我々日本国民への大きな「プレゼント」なのかもしれません。
すなわち、平和憲法では自分で自分の身を守ることすらできないのだから、
日本国民よ、「九条教」から目を覚ませ!
今こそ、自分の国は自分で守ることができるよう、
憲法を変えなければいけない・・・

同じようなことが、寓話ではなく、
直接的に、『戦争と平和』、『大放言』にも書かれています。

大放言

戦争と平和

『戦争と平和』の中で、こんなくだりがあります。

(引用)
 九条教という宗教
 九条を信奉している人たちと話をしていると、どうやら「九条」に対する盲信のようなものがあるのに気付きました。簡単に言えば、「日本に九条がある限り、戦争は決して起こらない」という思い込みです。
彼らの話を聞いているうちに、これは一種の宗教に近いものだと思いました。つまり、理屈ではないのです。論理を超えた信仰です。私はこれは何かに似ていると思いました。それは、一二◯年ほど前、清朝末期の義和団です。

(中略)
でも最近になって、ようやくその理由がわかってきました。彼らはかつての義和団の信者と同じ、「九条教」という宗教の信者だったからです。
戦後七◯年にわたって、朝日新聞をはじめとする大メディア、そして日教組、さらに市民活動家、進歩的文化人と呼ばれる人たち(実は左翼主義者)が、新聞や雑誌やテレビで、「九条は正しい」「日本の平和は九条によって守られてきた」という布教を続けてきたのです。そして知らないうちに「九条教」という世界でも例のない不思議なカルト宗教の信者を増やしてしまったのです。

(『戦争と平和』P204、206から引用終)

憲法第九条を振りかざして「平和!平和!」と唱えても、
悪意ある隣国には届きません。
残念ながら、国対国は、力で勝負するしかないのです。

『戦争と平和』では、次のような九条改正案を提案しています。

(引用)
一、日本国民は、侵略戦争は永久に放棄する。
二、日本国民は、日本が他国からの侵略を受けた場合、徹底してこれと戦う。

(『戦争と平和』P208から引用終わり)

日本は今、旧約聖書の詩編120がちょうどあてはまります。

わたしは不幸なことだ
メシェクに宿り、ケダルの天幕の傍らに住むとは
平和を憎む者と共に
わたしの魂が久しくそこに住むとは。
平和をこそ、わたしは語るのに
彼らはただ、戦いを語る。

(旧約聖書 詩編120:5〜7 新共同訳)

こちらが平和を望んでいても、相手は戦いしか考えていない・・・
(イスラエルと近隣のアラブ諸国との関係が実に詩編の言葉どおりです。)
日本国民は別に戦争したい訳ではないし、
今更他国を侵略するのは不可能・無意味ですが、
少なくとも、当然の権利である、自国を防衛するためにも、
憲法改正は必要だと思います。

北朝鮮ミサイル関連の話はここまでとして・・・
『大放言』の中で、特に心に残ったのが、
「原爆慰霊碑の碑文を書き直せ」(P79〜85)でした。
まさにその通りだと思いました。

これら3冊の本は、もしかすると、
仮に、1年前に読んでいたら、「言い過ぎだ」と思ったかもしれません。
しかし、現実的な脅威にさらされている現在の日本では、
まさに予言的な響きとなっています。
九条にしがみついても、ミサイルは容赦なくやってきます・・・

2017年3月 1日 (水)

2017年2月のページビュー(PV)数ベスト10記事一覧※附:2017年四旬節中のブログ一時休止(原則)のお知らせ

2017年2月のページビュー(PV)数ベスト10記事は以下のとおりです:
(※トップページ及びカテゴリを除く)
ベスト3までは記事リンクをつけています。

一位.ブラームス:交響曲第1番聴き比べ12種〜カラヤン盤5種を中心に・・・
二位.「学び合い学習」は日本の義務教育崩壊を招く!
~おすすめ記事『【解答乱麻】 TOSS代表・向山洋一 亡国の教育「学び合い学習」』

三位.インクルーシブ(インクルージョン)教育は子どもにとって本当に幸福なのか?~
おすすめブログ記事「脱インクルージョン教育」(ブログ名:斜に構えてみる)

四位.オキナワ旅行記リターンズ2015夏(その1)〜旅行の経緯と1日目〜
五位.大林宣彦監督の映画~尾道三部作(特に「さびしんぼう」)と「ふたり」、「あした」
六位.マーラー:交響曲第7番聴き比べ14種類
七位.どの聖書が一番いいか?(新約聖書編)
八位.希望の讃美歌~「一羽の雀(心くじけて)」(新聖歌285)※midi付
九位.ピアノ五重奏曲の甘口辛口〜ドヴォルザーク、シューマン、フォーレ、
ショスタコーヴィチ、ブラームス、フランク・・・

十位.「カトリック」か「カソリック」か?~誤用に潜む軽蔑と無知

先月は2017年1月までの過去記事がランクインしました。
十位の「「カトリック」か「カソリック」か?~」の記事は、初ランクインです。
2011年3月2日の記事です。

ところで、2017年3月1日は、教会暦では、「灰の水曜日」にあたり、
本日から「四旬節(レント)」が始まります。
(〜2017年4月15日まで。2017年の復活祭は4月16日。)
これを機に、復活祭まで、原則、ブログ記事を書くのを一旦中止しようと思い立ちました。
というわけで、来月4月15日までは、「原則」記事を書かない予定です。
(例外的に、幾つか書くかもしれませんが・・・)

聴き比べ記事などを、もう少し余裕をもって書き溜めておこうかな、
などと考えています。
(正直に言って、CDが増える一方なのに、聴く余裕がないというか・・・
「断捨離」が必要なのかも?)

皆様に神様の祝福と平安が豊かにありますように!

主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
主が御顔を向けてあなたを照らし
あなたに恵みを与えられるように。
主が御顔をあなたに向けて
あなたに平安を賜るように。

(旧約聖書民数記6:24〜26新共同訳)

2016年12月26日 (月)

クリスマスの風景・札幌2016〜イルミネーションを中心に

クリスマスおめでとうございます!
Merry Christmas!
聖誕快楽!

2016年も無事クリスマスを迎えることができました。
札幌では先週の大雪で、街中が雪に埋もれている感じです。
12月でのこれほどの大雪は、50年ぶりだそうです。
(先週だけで積雪1m!)

さて、クリスマスイブと、クリスマス当日にいろいろ写真を撮りました。

まずは、12月24日、三越前で見かけた、
政治家の鈴木宗男氏の街頭演説の様子。
生鈴木宗男(?)!と思わず近くに行って撮ってしまいました。
日ロ首脳会談は実は成功だっった、と力説していましたよ。

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クリスマス・イブは、土曜日だったのと、
ホワイトイルミネーションが夜遅くまで延長されていたので、
妻とゆったりと観ることができました。

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さて、クリスマス当日(25日)の朝、起きてみると、
我が家で育てているポインセチアが見事に開花していました!
まるで、クリスマスをお祝いするかのように・・・

2016122425_christmas_6

荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ
砂漠よ、喜び、花を咲かせよ
野ばらの花を一面に咲かせよ。
花を咲かせ
大いに喜んで、声をあげよ。
砂漠はレバノンの栄光を与えられ
カルメルとシャロンの輝きに飾られる。
人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る。

(旧約聖書イザヤ書35:1〜2新共同訳)

神様に感謝!

午前中教会に行った後、
夕方に、西区宮の沢の「白い恋人パーク」へ行きました。
たくさんの観光客が来ていました。
そこで撮った写真です。

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イエスは言われた。「光は、いましばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分からない。 光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。」
(新約聖書ヨハネによる福音書12:35〜36新共同訳)

皆様に神様の祝福と平安が豊かにありますように!

2016年11月 9日 (水)

主に感謝せよ(詩篇118:1)【自作曲】

主に感謝せよ。
主はまことにいつくしみ深い。
その恵みはとこしえまで。

(聖書新改訳 詩篇118:1)

先日、詩篇118を読んでいた時に、
冒頭のこの御言葉からメロディが響いてきました。

テキストは、聖書新改訳詩篇118:1です。
結びとして冒頭の「主に感謝せよ。」を加えています。

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
下記からダウンロード願います。もちろん無償です。

「20161105psalms118001no01.mid」をダウンロード

「20161105psalms118001no01.pdf」をダウンロード

主の恵みに感謝しつつ・・・

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