カテゴリー「詩」の45件の記事

2017年7月 6日 (木)

ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」聴き比べ

ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。
昔から知ってはいましたが、
なんともいえないけだるげな(官能的な)感じがそれほど好きではありませんでした。
ドビュッシーの作品自体、あまり好きではなかったです。
曖昧模糊、まさに「雲」のようなとらえがたい音楽とでもいいましょうか・・・

しかし最近ようやく、ドビュッシーの「海」が好きになり、
「海」のCDやSACDを集めるようになりました。
(後日、聴き比べ記事を書く予定です。)
その中の1枚、ショルティ指揮シカゴ交響楽団の演奏(SACDシングルレイヤー、後述)で、
もともと敬遠していた、「牧神の午後への前奏曲」が冒頭に収録されていました。
なんとなく、ついでだから聴いてみたのですが・・・
結構、ステキな曲なのだな、と実感しました。
そこで、家にあるドビュッシー関連のCDや、
カラヤン、ムラヴィンスキーのオムニバス盤などをいろいろ調べたら、
7盤(2017年7月5日現在)に収録されていました。
(もともと10分程度の曲ですので、
この曲のために新たに盤を集めることはしませんでした・・・)

ところで、ドビュッシーがこの曲を作曲する際に、
感銘を受けたというのが、
マラルメの詩「半獣神の午後」という詩です。
(「牧神」も「半獣神」も、どちらも原語(フランス語)では、
"Faune"ですが、慣習的に、ドビュッシーは「牧神」、
マラルメでは「半獣神」と訳される、とのことです。)
その詩の訳文を掲載しているブログ記事を見つけましたので、
興味のある方はどうぞ。
「牧神の午後」(ブログ名:ムッシュKの日々の便り)

なお、本記事では、タイトルの「牧神」あるいは、
元となった詩の「半獣神」を使わず、
原語のカタカナ読みの「フォーン」で統一表記します。
(タイトルは別ですね・・・)

話を戻して・・・
それでは、聴き比べです。
録音年月順に紹介します。
指揮者、オケ名、レーベル、録音年月、
スペック(通常CD,SACD ハイブリッドorシングルレイヤー)、
(2ch Stereo or Surround etc...) 、
カップリング曲の順です。
☆5.0は満点、0.5点刻みで、☆3.0以上なら推薦盤です。


◯ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団(SCRIBENDUM)
1965年2月
通常CD
※The Art of Mravinsky in Moscow 1965 & 1972(7枚組CDBOX)

☆3.0
09:54

ムラヴィンスキー・イン・モスクワ (The Art of Mravinsky in Moscow 1965 & 1972) Box set

通常のイメージで言えば、緑がうっそうと茂る中でフォーンがまどろんでいる、
という感じですが、
この演奏だと、氷に閉ざされたようなイメージでした・・・
1965年2月28日のコンサートの記録です。
このCDBOXのオマケと考えた方がいいかも・・・


◯ブーレーズ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(SONY)
1966年12月
通常CD
※ドビュッシー:管弦楽曲集

☆4.0
09:41

ドビュッシー:管弦楽曲集

醒めた演奏ですが、細部が明晰なので、
まるで陽光降り注ぐような明るい森で、
フォーンがまどろんでいるかのようです。
ただ、この曲については、あまりに明晰すぎるよりは、
後述のデュトワ盤のような曖昧模糊の演奏や、
カラヤン盤のようなムード音楽にしてしまう方が、
味わいがあるのかもしれませんね・・・


◯ショルティ指揮シカゴ交響楽団(DECCA)
1976年5月
SACDシングルレイヤー(SACD 2CH)
カップリング: 「海」、ラヴェル「ボレロ」

☆4.0
10:50

ドビュッシー:交響詩「海」、ラヴェル:ボレロ、他 Limited Edition, SACD

ブーレーズ盤と同じく、細部が明晰ですが、
ブーレーズ盤よりは淡い感じがします。
この曲の良さを改めて認識させてくれた演奏です。
今回の聴き比べのきっかけになりました。


◯カラヤン指揮ベルリン・フィル(WARNER)
1977年1月
通常CD
※Monumental Karajan!(カラヤンの演奏のオムニバス盤)

☆4.0
10:11

Monumental Karajan!(CD3枚組)

※1枚モノならこちら↓
ドビュッシー:海 牧神の午後への前奏曲 ラヴェル:ボレロ(SACDハイブリッド)

カラヤンらしい優美なレガートで甘美に聴かせる名演です。
ムード音楽としては最高峰かも?


◯カラヤン指揮ベルリン・フィル(DG)
1985年12月
通常CD
※「アダージョ・カラヤン」

☆4.0
09:52

アダージョ・カラヤン DX(2枚組)

1枚ものならコチラ↓
ドビュッシー:交響詩「海」、牧神の午後への前奏曲/ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ、ダフニスとクロエ

上記で紹介したのは、2枚組になったバージョンですが、
元々は1枚モノのCDでバカ売れしたアルバムでしたね・・・
「いかにも・・・」のムード音楽で、耽美的です。
演奏そのものは、WARNER盤の方が優れていると思いますが、
聴かせどころタップリです。


◯デュトワ指揮モントリオール交響楽団(DECCA)
1989年5月
通常CD
カップリング:「海」、「遊戯」、「夜想曲」

☆4.5
10:44

ドビュッシー:海/牧神の午後への前奏曲/夜想曲/遊戯

今回紹介した盤の中で、最も「曖昧模糊さ」を感じる演奏です。
作品のタイトルと最もマッチしています。
ファースト・チョイスとしてオススメですが、
曖昧模糊がニガテなら、ブーレーズ盤かショルティ盤をオススメします。
あるいは、ムード音楽系なら、カラヤン盤か・・・

◯ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団(DG)
1991年3月
通常CD
※Boulez Conducts Ravel and Debussy Box set, CD, Import

☆3.5
08:54

Boulez Conducts Ravel and Debussy Box set, CD, Import

明晰さは旧盤よりイマイチ・・・
旧盤が「前衛」、「モダン」としてのドビュッシーを強く感じるのと対称的に、
新盤は、「古典」としてのドビュッシーを安心して聴ける、という違いでしょうか。

2017年5月21日 (日)

【演奏会感想】第599回札幌交響楽団定期演奏会(2017年5月20日)〜ラトヴィア放送合唱団の天上の声!

2ヶ月ぶりに、札幌交響楽団定期演奏会に行きました。
(前回は第597回。→【演奏会感想】第597回札幌交響楽団定期演奏会(2017年3月11日)〜エリシュカ指揮のブラームス:交響曲第1番は凄演!!!
第599回 札幌交響楽団定期演奏会
2017年5月20日、札幌コンサートホールKitaraにて。マチネーです。
札幌に所用で来ていた私の両親に、
初めてKitara大ホールの響きを聴かせることができたのは嬉しかったです。
(もちろん妻も一緒にいました。)

指揮はオーボエ奏者として知られるハインツ・ホリガー。
(オーボエ奏者としてはスーパースターですが、
指揮者としてはあまり知りませんでした・・・)
ゲストはラトヴィア放送合唱団(Latvian Radio Choir)。

プログラムは、
(前半)
1.シューマン:ミサ・サクラOp.147
(休憩)
(後半)
2.マーラー:アダージェット(交響曲第5番第4楽章)
3.夕映えのなかで〜無伴奏合唱のための
(交響曲第5番よりアダージェット 編:C.ゴットヴァルト 詞:J.v.アイヒェンドルフ)
(transcription:Clytus Gottwald(1925-),
text:Joseph von Eichendorff(edition:Carus))
4.ドビュッシー:海〜3つの交響的素描
(アンコール:なし)

今日のメイン・メインプログラムは、1曲あたりの長さでいえば、
シューマンの「ミサ・サクラ」、
オーケストラの響きとしては、ドビュッシーの「海」ですが、
私にとってのこのコンサートの白眉は、
3曲目の「夕映えの中で」でした。
これは後で述べます。

1曲目の「ミサ・サクラ」。
シューマンが宗教曲を作っていた、程度の知識はありましたが、
「シューマンの宗教曲」というカテゴリ自体、あまり興味がなかったので、
この「ミサ・サクラ」は初めて聴くものでした。
ラトヴィア放送合唱団の美しさ
(特にソプラノ独唱の方!→イヴェタ・ロマンツァーネさん、とのこと)は光りましたが、
部分部分は耳当たりがいいものの、心に残るメロディに欠ける感じでした。
演奏がどうこう、というよりは、作品そのもののイマイチさなのでしょうね・・・
かなりの回数、睡魔に襲われました・・・

後半のプログラム、マーラーの「アダージェット」なので、
弦パートとハープだけの編成がステージ上にありました。
なかなかの演奏でした。
オケの「アダージェット」が終わると同時に、オケは鳴りを潜め、
ラトヴィア放送合唱団の美質が全開しました!
ア・カペラで、マーラーの「アダージェット」のメロディ、和声を、
テキスト付の16声で響かせました!
札響の先程の「アダージェット」が全く霞んでしまうほど、
ラトヴィア放送合唱団の声は信じられないほど美しかったです!
もはや「天上の声」のよう・・・
テキストに関係なく、響きだけでも美しすぎ・・・
これだけ美しい合唱は、実に久しぶりに聴きました。
(スウェーデン放送合唱団と、バッハ・コレギウム・ジャパンも美しかったなぁ・・・)

実は、合唱のテキストに使われているのは、
R・シュトラウスの「4つの最後の歌」の終曲「夕映えの中で」と全く同じです。
(参考→歌曲対訳「四つの最後の歌」(ブログ名:ワーグナー聴けば聴くほど)

テキストの表現、というところだけを考えると、
R・シュトラウスの「4つの最後の歌」に軍配をあげますが、
テキストに関係なく響きだけでいえば、
今回の「夕映えのなかで」も素晴らしいと思いました。

プログラム最後の曲「海」は、
「Ⅰ 海の上の夜明けから真昼まで」が最も素晴らしい響きでした。
曲の終盤では、煌々と輝く陽光が見えてくるようでした・・・
「Ⅲ 風と海との対話」は、豪快に響きましたが、
少しだけ息切れ状態のような印象も受けました。
とはいえ、実演で聴くのは初めてだったので、
響きを堪能することができました。
実演で聴けて幸せ!

ちょうど、ドビュッシーの「海」を好きになってきているので、
そのうち聴き比べ記事を書きたいな、と考えています。
今のところの「海」のオススメ盤は、
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団による演奏(DVD)と、
ブーレーズ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団によるものです。
(ブーレーズはクリーヴランド管弦楽団を指揮した新盤もありますが、
旧盤の方がすばらしいです。)

ブーレーズ盤(旧盤、SONYの方)

オーマンディ盤(DVD)

2014年8月12日 (火)

道東旅行記2014年夏(その3)〜オンネトー、阿寒湖、標茶から厚岸へ、霧の霧多布・・・

道東旅行記2014夏、2日目です。

2日目の最終目的地は浜中町霧多布と決まっていましたが、
実はそこに至るまでを決めていませんでした。
中札内方面へ寄り道をするか、釧路市を通るか・・・
そういえば、オンネトーにはまだ行ったことがなかったな・・・
というわけで、まずオンネトーに行くことにしました。

帯広駅前のホテルを8時30分頃出発しました。
まずは給油・・・と思い、
国道38線沿いの安いガソリン店を見ていたのですが、つい通りすぎてしまい、
その後高速道路の入口あたりでガソリンスタンドがあると期待していたのですが、
結局見当たらず、ガソリンスタンド探しで40分ぐらい無駄にしたのは残念です・・・
(音更町木野で給油しました。)
これを教訓に、今回の旅では、必要であればガソリン価格が高くても、
躊躇せずに給油することに決めました。
道東道音更帯広ICに入ったのが、10時頃でした。

音更帯広IC→足寄IC→国道242号線→
道の駅あしょろ銀河ホール21で一旦休憩しました。
着いたのがちょうど11時で、塔から松山千春の曲が流れてきました・・・

道の駅の写真です。
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松山千春さんご本人、ではアリマセン。
ラワンブキと一緒の写真が道の駅内に何枚かありました。
コロポックル化?(*^-^)
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この道の駅は、元々ふるさと銀河線(旧池北線)の足寄駅だった、とのこと。
それで、道の駅内に線路がわざわざあるようです。
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足寄町の特産品、ラワンブキを使ったジャムをトッピングしたソフトクリーム。
結構おいしかったですよ。
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足寄町は北海道で2番目に面積が大きく(全国でも6番目!)、
この道の駅(足寄町中心地)から目的地であるオンネトーまで、
約1時間ぐらいかかりました。
国道241号線をひたすら阿寒湖方面へ進みます。

オンネトー」とは、アイヌ語で「年老いた沼」あるいは「大きな沼」とのこと。
私にとっては、この日の最高の景勝スポットでした。
(参考)→見る度に色が変わる五色の湖「オンネトー」

オンネトーでの写真です。
水の色が美しく、知らずに目がウルウルと・・・
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妻が撮ったイトトンボの写真です。たくさんいましたよ。
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オンネトーの次は阿寒湖へ行きました。
国道241号線→国道240号線。
ちょうどお昼時となり、アイヌコタン近辺に駐車して、
阿寒湖遊覧船乗り場付近の「レストラン きせん」でランチとなりました。
妻はわかさぎ丼を、私はエゾシカ丼を食べました。
わかさぎ丼はミニサイズでもかなり量が多かったです。
わかさぎの塔がご飯の上にド〜ン!
レストランからは阿寒湖が一望できました。

阿寒湖での写真です。
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阿寒湖から釧路市を経由する、というのがよくあるルートなのですが、
(一応、阿寒湖も「釧路市阿寒町」だから、釧路市の一部なのですが・・・)
今回は釧路市(旧釧路市)を通らず、
釧路町も通らないルートで行ってみよう、ということになりました。
国道240号線→国道241号線→国道391号線→
標茶町で道道14号線→厚岸町

道道14号線を通っていたら、雄大な牧場風景が広がっていました・・・
思わず車を止め、写真を撮ることにしました。
後で調べると、厚岸町の「町営牧場」らしいです。
(上記は直リンク禁止のサイトですので、「厚岸観光十景」で調べてみてください。)
妻にとっては、この日最も感動した景色とのこと・・・
牛がいる風景も撮りたかった、と後々まで言っていました。
確かにこれは隠れた絶景スポットなのでは?
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厚岸町の国道44号線が近づくにつれ、だんだん霧景色となっていきました。
道の駅厚岸グルメパーク・コンキリエです。
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こちらでちょっと休憩。
厚岸町名産の牡蠣をコンキリエ内の魚介市場で買い、
同じく建物内にある「炭焼き 炙屋」で炭火焼きしてみました。
ちなみに、写真のやり方は実はNGでした。
(網を二重にすると、焼きが悪いとのこと。)
焼けるまでかなり時間がかかってしまいました・・・
もちろん焼きたては・・・w(゚o゚)w Very Good!
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牡蠣を食べているうちに霧が晴れてきました。
よし、また出発!
厚岸大橋の写真です。
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霧多布までは国道44号線で行った方が早いのはわかっていましたが、
せっかくなので海岸線沿いの道である、道道123号線を通りました。
しかし・・・
行けども行けども、霧の中でした・・・
思わずヘルマン・ヘッセの詩「霧の中」( Im Nebe)を連想しました。

霧の中 (ヘルマン・ヘッセ 高橋健二訳)

不思議だ、霧の中を歩くのは!
どの茂みも石も孤独だ、
どの木にも他の木は見えない。
みんなひとりぽっちだ。
私の生活がまだ明るかったころ、
私にとって世界は友だちにあふれていた。
いま、霧がおりると、
だれももう見えない。

ほんとうに、自分をすべてのものから
逆らいようもなく、そっとへだてる
暗さを知らないものは、
賢くはないのだ。

不思議だ、霧の中を歩くのは!
人生(いきる)とは孤独であることだ。
だれも他の人を知らない。
みんなひとりぽっちだ。

(引用終)

霧多布の宿(民宿)に着いたのは、18時頃でした。
宿の略地図だけを頼りにしたので、かなり迷いました。
(とても素晴らしい宿ですが、あえて宿名を書くのは控えます。
特に夕食のボリューム感は見事でした!
宿代は2人で17400円。楽天トラベル経由です。)
宿のすぐそばにエゾシカがいましたよ!
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宿近辺の霧の様子です。
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その4に続く)

2013年4月28日 (日)

デメルのザッハトルテ、買ってしまいました!

2013年ゴールデンウィーク1日目・2日目、
札幌はあいにくの雨天でした。
私ども夫婦は札幌市内で過ごしました。
皆様はいかがお過ごしでしたか?

私ども夫婦が大丸札幌店の地下に行くと、
「旬菓週訪」コーナー(週替りで全国各地の菓子店が出店するコーナー)では、
デメル」が出店していました。
ウィーンの菓子店として有名な、あの「デメル」です!
(東京や大阪等にはありますが、札幌にはまだありません。)
チョコレート等もありましたが、目についたのは「ザッハトルテ」でした。
以前から妻は「本物のザッハトルテが食べたい!」と言っていましたし、
せめて舌だけでもウィーンに行ってみようかな?なんて考えて、
ちょっと高いですが、思わずザッハトルテを買ってしまいました・・・
2100円でした。
豪華な箱に入っていました。

ザッハトルテの写真を撮ってみました。

高級感ある紙袋
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紙袋と箱の包装紙
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外箱
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外箱を開けてケーキが登場!
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ケーキ本体
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ケーキを切った断面
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もちろんこの後、味わってみましたよ。
4等分した1切れずつだから、500円分、ということになりますね。
やっぱり絶品!
感激の味でした!


ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背廣をきて
きままなる旅にいでてみん。

(萩原朔太郎『旅上』(純情小曲集))

これをもじってみれば・・・

うぃーんへ行きたしと思へども
うぃーんはあまりに遠し
せめてはデメルのザッハトルテを食べ
舌だけ旅にいでてみん。

な〜んてね・・・
食べ終わってから、
「そういえば、ウィンナ・ワルツをかけておけばよかったなぁ・・・」
と少し後悔・・・

ちなみにワタクシ、ウィーンには一度行ったことがありますが、
その時には、まだデメルのザッハトルテの事は知りませんでした。
いつか、本場でたべてみたいなぁ・・・
もちろん、妻と一緒に(*^.^*)

2012年2月15日 (水)

NHK・歴史秘話ヒストリア「“カワイイ”に恋して~中原淳一と“カーネーション”の時代」(2012年2月15日放送)

中原淳一」(1913-1983)という名を知らなくても、
下の本の表紙のような美しい少女のイラストを、
どこかで見たことはありませんか?
少女マンガのキラキラ輝く瞳の原型とでも言うべきものですね。

『少女の友』創刊100周年記念号 明治・大正・昭和ベストセレクション

2012年2月15日に、NHKの「歴史秘話ヒストリア」で、
「“カワイイ”に恋して~中原淳一と“カーネーション”の時代」と題して、
中原淳一の生涯について放映していました。
実は中原淳一について知ったのはこれが初めてでした。

NHK番組表から、放送内容を転載します。
(引用)
朝の連続テレビ小説「カーネーション」のモデル・コシノ一家から、あの大女優まで。女性たちを夢中にさせた“カワイイ”ファッションの元祖、デザイナー中原淳一の一代記。

“カワイイ”表紙絵で戦前の少女たちを夢中にさせたデザイナー・中原淳一。キラキラ輝く大きな瞳と、色彩豊かなオシャレなファッション!淳一が描く“カワイイ”少女のイラストは、連続テレビ小説「カーネーション」のモデル・コシノ一家をはじめ、世界的デザイナーたちに大きな影響を与えました。さらにあの大女優誕生の影にも知られざる淳一の活躍が…。日本の女性に“カワイイ”を届けるために奮闘した、中原淳一の一代記です。
(引用終)

戦前に、男性が少女たちのオシャレ、カワイイをリードしていたことや、
戦時中や戦後の混乱期にもオシャレすることを忘れなかった精神に感銘を受けました。
ファッション、デザインという分野で、平和に貢献した偉大な人だったのですね。
最近でこそ、ニットの王子様といった、
女性が好む分野を男性がリードするというのやオネエ系の人、
あるいは少女マンガが好きな男性というのは珍しくないですが、
(私も少女マンガ好きですが・・・)70年以上も前ならかなり特異だったのでしょうね。
勇気ある生き方であった、といえるでしょう。

番組では、中原淳一の原点と言うべき牧師館での洋服とミシンとの出会いや、
精巧に作られたオシャレな人形、戦時中の苦悩、
戦前に描かれた少女の絵と戦後に書かれた少女の目の違い、
戦後の混乱期での生活指南や
1日3時間という睡眠時間を切り詰めた果ての長い療養を要する晩年にも触れていました。
オシャレのセンスの豊かさには驚嘆しました。

番組の最後に、晩年を過ごした千葉県館山市にある中原淳一の詩碑から、
詩の一部が紹介されました。

少し長めの詩であり、詩碑に色がつけられていますので、
写真の形で、詩を引用します。
こちらのブログから引用しました。
Kaonfu~getu中原淳一詩碑

20120215nakaharajyunnichi_poem

美しいものをこよなく愛し、女性文化を築いた人の至言ですね。

2011年10月23日 (日)

「代受苦」と十字架~瀬戸内寂聴さんの青空説法から

今朝(2011年10月23日)、テレビをつけていたら、NHKBSプレミアムで、
きらり!東北の秋「毎日 寂聴 青空説法~岩手県 陸前高田市~」
という15分番組が放映されていました。
この番組の前に、クラシックの番組をやっており、
そのままつけっぱなしにしていたので、たまたま観た番組でした。
(わざわざ仏教の番組は観ません。)

番組の最初の方は全然観ていません。
(教会に行く支度をしていたので・・・)
番組の終わり頃(残り5分程度・・・)、ふと目にしました。
この番組は・・・(番組HPから引用します。)
(引用)
東日本大震災時、病に伏せていた瀬戸内寂聴さんは、東北の惨状に衝撃を受けるあまり、思わずベッドから立ち上がっていたと言います。番組では、9~10月に東北を訪れる瀬戸内寂聴さんの旅に同行し、各地で開く青空説法や、現地の人々との交流を取材。被災地の人に届けられる、そのユーモアあふれる温かいことばから、生きるヒントが見えてきます。

訪ねる場所:岩手県二戸市・天台寺、岩手県陸前高田市、宮城県石巻市、福島県福島市など
(引用終)

私が観たシーンは・・・
東日本大震災で、娘さん(おそらく20~40代)が行方不明になっている、
60代くらいの女性の訴え。
行方不明=死、という現実を未だに受け入れることができない。
孫(行方不明になっている人の子)も同様。
それに対して、寂聴さんは、
一言で言えば「明らめる(「諦める」ではなく・・・)」ことを説いていました。
さらに続いて、その場に集まった人すべてに対して、
「今回の震災で亡くなった人たちは、
あなた方の代わりに苦しみを受けてくれたのです。
仏教には「代受苦」という言葉があります。
仏様の誓願にもあります。
神様・仏様のような存在が、代わりに苦しんでくださることです。
だからこそ、感謝をこめて、亡くなった方々を供養しましょう。
命を大切にしましょう。」
というような説法をしていました。
(※正確な引用ではありません。不正確ならゴメンナサイ・・・)
番組の最後に、「代受苦」という字が大きく映し出され、
意味も書いていました。「今日のまとめ」みたいなものなのでしょう。
思わず私は「代受苦」という語を付箋紙にメモしました。
仏教の話ながら、感銘を受けました。

代受苦」という語を調べると、
獄苦代受(ごっくだいじゅ、Skt:Duhkhaudvahana)とは、仏や菩薩が衆生の地獄(のような)苦しみを代わりに受けることをいう。代受苦、大悲代受苦ともいう。
特に、地蔵菩薩はその徳相を表すとされる。他人の代わりに苦しみを受けることで、菩薩の大慈悲心についていう。

(ウィキペディアから転載)
また、こういう記事も読みました。
東日本大震災以後、まともなCMが流れない中、
連日のように流されたACのCMで、誰もが耳にした詩・・・
(引用)
こだまでしょうか(平成23年3月20日)
 「遊ぼう」っていうと
 「遊ぼう」っていう。

 「馬鹿」っていうと
 「馬鹿」っていう。

 「もう遊ばない」っていうと
 「遊ばない」っていう。

 そうして、あとで
 さみしくなって、

 「ごめんね」っていうと
 「ごめんね」っていう。

 こだまでしょうか、
 いいえ、誰でも。
『金子みすゞ全集』(JULA出版局)
 東北から関東にかけて、大きな地震にみまわれました。これを読まれる方の中にも、直接、間接に、非常なる悲しみを受けておられる方がいらっしゃることでしょう。

 民放では、「こだまでしょうか」が、繰り返し流されています。今、悲しみ、苦しみを受けていらっしゃる方々のお心にとどいて、少しでも励ましになってくれることを心より願っています。

 仏教には、「代受苦者」(だいじゅくしゃ)ということばがあるそうです。

 私が受けたかもしれない苦しみを、代わりに受けてくださった人、ということでしょう。永観堂の法主さまからお聴きした時、深く心にしみました。

 自分のこととして受けとめ、出来ることを少しでも始めていきましょう。そして、なにより、こういう時だからこそ、私たち一人ひとりが、きちんと日々を過ごすことで、しっかりとこだまし合いたいと強く思います。

金子みすゞ記念館 矢崎節夫
(引用終)
(※引用元は、「金子みすゞ記念館」HPの「コラム」「こだまでしょうか」から)
(「代受苦者」という語について、東日本大震災以降に書かれたブログ記事としては、
子どもを亡くした親の会 たんぽぽの会」の
代受苦者(だいじゅくしゃ)」という記事もオススメです。)

代受苦(者)」という語とその意味を聞いて、
私はキリストの十字架を思い起こしました。
十字架の意味・意義が、「身代わりの死」だからです。
「(キリストは)十字架にかかって、
自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。
わたしたちが、罪に対して死んで、
義によって生きるようになるためです。
そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。

(新約聖書ペトロの手紙Ⅰ2:24新共同訳)
新約聖書の書簡で、
十字架」、「十字架の血」、という語が出てくるところは、
まさにキリストの「代受苦」を指し示します。

なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。
(新約聖書コリントの信徒への手紙Ⅱ5:14~15新共同訳)
だからこそ、日々感謝して生きていきたいものですね。

「♪キリストにはかえられません、
世の宝もまた富も、
このおかたがわたしに
代わって死んだゆえです。

世の楽しみよ、去れ、
世のほまれよ、行け。
キリストにはかえられません、
世のなにものも。

(「キリストにはかえられません」讃美歌21・522番の1番)

2011年5月 3日 (火)

アンパンマンの「正義」とアメリカ合衆国の「正義」

正義」って、一体何でしょう?・・・
やなせたかしさんについての記事と、
ビンラディン殺害についての記事を読み比べて、
同じ「正義」という言葉を使っていても、
アンパンマンの「正義」と、
アメリカ合衆国の「正義」は違うなぁ・・・とつくづく思いました。

東日本大震災の被災地では、
アンパンマンのマーチ」(作詞:やなせたかし 作曲:三木たかし)が大変な人気、
とのこと。
そこから、アンパンマンの原作者であり、
92歳(現在)で今も現役のやなせたかしさんにインタビューした記事を読みました。

アンパンマンから日本人へ「なんのために生まれて生きるのか」」(5月2日記事)
やなせたかし氏 日本人の正義とは困った人にパン差し出すこと」(5月3日記事)
(いずれも、「NEWSポストセブン」の記事)
とてもすばらしい記事ですので、ぜひ全文お読みください。

記事中で印象に残ったところを引用します。

(引用)
コラムニストの石原壮一郎氏は、震災直後、事務所で付けっぱなしにしていたラジオから『アンパンマンのマーチ』が流れてきたのを聞き、思わず落涙した。そして自分がレギュラーを務めているラジオ番組の企画で「被災者を元気づける曲」として、この曲を躊躇わずイチ押ししたという。なぜそれほどまでに心を揺さぶられたのか。

「震災で被災地の悲惨な状況を見て心を痛めたり、原発事故で不安を感じたり、モヤモヤとした複雑な感情が入り交じっていたと思うんです。その中でこの歌が、たとえいろいろなことがあっても人は生きて行かなくてはならないんだということを教えてくれました。漠然とした生きる事への不安に対して、それでも生きていけと励ましてくれたのです」(中略)

やなせ:「アンパンマン」を創作する際の僕の強い動機が、「正義とはなにか」ということです。正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません。アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです。
(中略)
やなせ:うん。だから正義って相手を倒すことじゃないんですよ。アンパンマンもバイキンマンを殺したりしないでしょ。だってバイキンマンにはバイキンマンなりの正義を持っているかも知れないから。それに正義って、普通の人が行うものなんです。政治家みたいな偉い人や強い人だけが行うものではない。普通の人が目の前で溺れる子どもを見て思わず助けるために河に飛び込んでしまうような行為をいうのです。ただし普通の人なので、助けに行って自分が代わりに溺れ死んでしまうかも知れない。それでも助けざるを得ない。

つまり、正義を行う人は自分が傷つくことも覚悟しなくてはいけない。今で喩えると、原発事故に防護服を着て立ち向かっている人々がいます。自分たちが被爆する恐れがあるのに、事故をなんとかしなくてはという想いで放射能が満ちた施設に向かっていく。あれをもって、「正義」というのです。怪獣を倒すスーパーヒーローではなく、怪獣との闘いで壊された街を復元しようと立ちあがる普通の人々がヒーローであり、正義なのです。
(引用終)
(下線は筆者による)

私が「アンパンマン」と出会ったのは、幼稚園の時読んだ絵本によります。
自分の顔を分けて食べさせる変わったヒーロー・・・
アニメでは、汚れた顔を交換してバイキンマンをやっつけるところしか目立ちませんが、
ア~ンパ~~ン~チ!バイバイキ~ン!、のお決まりパターン)
深い哲学があったのですね。
アンパンマンのマーチ」の歌詞、
なんのため生まれてなにをして生きるのか」は実に深い問いかけですね。
日本国民で、アンパンマンのように、「そうだ、おそれないでみんなのために」を考え、
行動する人が多く現れることを期待しています。
私も、そのような一人になりたい・・・

話は変わって、別な「正義」について・・・
5月2日のビッグニュースは、「ビンラディン殺害」でしたね。
正義」という観点からは、確かに死に価する人物でしたが、
アメリカ市民が、歓喜の声をあげ、「USA!USA!」と連呼する姿には、
違和感をおぼえました。
そんな中、「ひとを殺して歓喜する国民にはなりたくない」という記事を読みました。
(「金平茂紀の「茫界偏視」」5月3日記事)

記事の中心部を引用します。
ぜひ全文をお読みください。

(引用)
「Justice has been done.」とオバマ大統領はテレビ演説の締めくくりで言った。ニューヨークのグランド・ゼロやホワイトハウス前にたくさんの人々が集まり「USA!」を連呼した。ひとを殺して歓喜する国民がそこにいる。

 10年前の9月11日のワールド・トレードセンター崩落後に世界中に配信された映像があったのを覚えている。事件後、パレスチナの地で歓喜するパレスチナ人たちの様子だった。そのテレビ映像をみて「文明国」の人々は言った。何という人々だ。あんな悲劇に歓喜する人々がいるなんて。だから僕らはいま同じように言おう。ひとを殺して歓喜する国民にはなりたくない。
(引用終)

みなさんなら、どちらの「正義」を選ぶでしょうか?・・・
ちなみに、ウィキペディアによると、やなせたかしさんは聖公会所属とのこと。
アメリカのオバマ大統領も「一応」、クリスチャンですが・・・

アンパンマンのマーチ

2011年3月 4日 (金)

NHK「名曲探偵アマデウス」・シベリウス「交響詩『フィンランディア』」

今回の「名曲探偵」は、再放送で、
シベリウスの交響詩「フィンランディア」でした。
事件ファイル#8・・・初期の放送ですね。
番組最後の「オチ」がちゃんとついています。
(杜氏の「ゲンさん」は、実はフィンランド人だった・・・)

番組で演奏していたデュトワ指揮N響は、
ミスはないものの、感動はあまりない感じでした。
デュトワの指揮は、フランスものでは他の追随を許さないものですが、
それ以外は、ちょっと微妙ですね・・・

番組では、中間部の美しいメロディに、愛国的な歌詞をつけた
フィンランディア賛歌」も紹介されていました。
アカペラの男性合唱は、実に美しいものでした。
(「フィンランディア賛歌」の歌詞対訳と由来については、
松村一登氏のHPが詳しいですよ。以下参照。)
http://www.kmatsum.info/suomi/essays/finlandia.html

フィンランディア」といえば、クリスチャンにとっては、
やすかれ、わがこころよ
(讃美歌298、新聖歌 303、讃美歌21・532)の原曲としてなじみ深いです。
1番の歌詞だけ引用します。

かれ わが心よ 主イエスは ともにいます
痛みも苦しみをも おおしく 忍び耐えよ
主イエスの ともにませば 耐ええぬ 悩みはなし
(※讃美歌21では下線部は「しずかに」)

あと、世界名作劇場で、
フィンランドを舞台にした作品「牧場の少女カトリ」でも、
フィンランディア」がBGMとしてよく使われています。

フィンランディア」の演奏CDの演奏時間を、店頭で比較してみると、
短いのは7分台、長いのは9分台となっていました。
短いのはこれから紹介するベルグルンド盤、長いのは、カラヤン指揮BPOなどです。

我が家にあるのは、ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィルのEMI盤です。
美しい中間部など、もうちょっと盛り上げてほしいかな、とも思いますが、
あっさりした中でも十分に音楽の美しさを堪能できます。
2枚組で1200円程度(Amazonにて。※2011年3月4日現在。輸入盤)というのは、非常にオトクです。
交響曲5~7番の超名演を楽しむついでに、
「フィンランディア」も楽しむ、と考えた方がいいかもしれません。

2011年3月 3日 (木)

ヘイリーの"The Water is Wide"と讃美歌21・104「愛する二人に」※MIDI付

妻が、CDをプレゼントしてくれました。
ヘイリーの「River of Dreams」(輸入盤)というCDです。
(国内盤は、「アメイジング・グレイス~ベスト・オブ・ヘイリー」という題です。
曲の順番が違うのと、収録曲が若干違います。
下の2種類のジャケット、上が輸入盤、下が国内盤です。)

輸入盤

国内盤


どの曲も美しく、聴きやすいものばかりです。
テレビのCMに使われたものや、
ドラマ「白い巨塔」で使われた「Amazing Grace」も収録されています。
クラシックの曲に歌詞をつけたものとしては、
River Of Dreams」(ヴィヴァルディの「四季」の「冬」第2楽章)、
Never Say Goodbye」(ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」)があり、
O Mio Babbino Caro」(プッチーニの有名なアリア)、
Ave Maria」(カッチーニと、グノー&バッハ)も収録されています。

このアルバムで今回取り上げたいのは、「The Water is Wide」という曲です。
(輸入盤・国内盤共に収録されています。)
初めて聴いた時に、「あっ、あの曲だ!」と思いました。
讃美歌21にある結婚式用の讃美歌「愛する二人に」(讃美歌21・104)です。
(なお、ヘイリーが歌っている歌詞は、「愛する二人に」とは全然別なものです。
曲はイギリス民謡です。)
讃美歌・讃美歌第二編」から「讃美歌21」になった際、
新たに収録された讃美歌としては、最も美しいものの一つではないでしょうか。

歌詞が実に秀逸です。

歌詞は5番までありますが、
その中から1番と3番、4番の歌詞を引用します。
(詞:Brian Wren

(1番)
愛する二人に あふれるよろこび
  造られた神を たたえて歌おう。 

(3番)        
試練の嵐に 出会ったときこそ、
  互いに受け入れ 心を開こう。

(4番)
互いを引き裂く 痛みの中でも、
  よみがえる愛を 信じて祈ろう。


他の結婚式の讃美歌と比べると、
少し苦さが混じっていますが、むしろ現実的なものといえましょう。
結婚生活というのは、決して甘いだけでは乗り越えられませんから・・・
特に3番、4番は、感動的ではないでしょうか。
結婚式だ、わぁ、おめでとう・・・で終るのではなく、
むしろ、何十年もこれから寄り添って歩む二人の姿を描いているからです。
もっともっと、この曲が日本の教会の結婚式で歌われるようになれば・・・と願っています。

今回、ヘイリーの歌声に感動したのと、もともとこの「愛する二人に」が好きだったので、
愛する二人に」のMIDIを作成しました。

歌のメロディーが入ったものと、ピアノ・ソロの2種類あります。
お好きな方で楽しんでください。
なお、歌は2番までにしてあります。
上が歌付、下がピアノ・ソロです。
MIDIは下記からダウンロード願います。もちろん無償です。


「20110303_o_waly_waly_with_song.MID」をダウンロード

「20110303_o_waly_waly_solo_piano.MID」をダウンロード


この「愛する二人に」が含まれた讃美歌のCDが発売されています。
讃美歌21 主よ、終わりまで」です。
Amazonでは試聴もできます。1番は丸ごと聴けます。
(オペラ的な歌い方をしているのが残念ですが・・・)

讃美歌21・主よ、終わりまで―恵みに生きる(CD)


愛する二人に」の1~5番までの歌詞と、経緯などについては、
以下のサイトが詳しいですよ。
http://yassan71.web.fc2.com/yassan.files/hym.files/hym199.files/hym104.htm

ヘイリーのCDについては、以前記事を書いていますので、
よろしければ御覧ください。
ヘイリー"Winter Magic"(冬の輝き~恋人たちのピュア・ヴォイス)」(2009年12月26日の記事)
http://francesco-clara.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/winter-magic-63.html

ところで、ヘイリーさん(ここからは「さん」をつけます。)の出身は、
ニュージーランドのクライストチャーチです。
大地震の被害地ですね。
ヘイリーさんの公式HP(英語)によると、
大地震の数日前に、クライストチャーチの家族の所へ行ったそうです。
その後、大地震がありましたが、ヘイリーさんの家族は無事だったとのことです・・・

(追記1)
2014年4月9日(火)のNHK朝ドラ「花子とアン」で、
この曲が使われていました。
(追記2)
NHK朝ドラ「マッサン」2014年11月第4週の放送でも、
この歌が使われていました。2作連続!

2011年2月27日 (日)

NHK教育・ETVワイド ともに生きる「若者のこころの病 実は身近な“統合失調症”」(2011年2月26日放送)

統合失調症の方々への理解を深める、良質な番組だったと思います。
NHK教育で、「ETVワイド ともに生きる「若者のこころの病 実は身近な“統合失調症”
という番組を放映していました。2時間の生放送!
NHKでないとできない企画といえましょう。とても参考になりました。
NHKHPから、放送内容を転載します。


思春期・青年期は、こころの病が発症しやすい時期です。中でも、生活に大きな影響を及ぼす病が「統合失調症」です。
統合失調症は、100人に1人がなると言われるほど身近な病気ですが、正確な知識を持っている人は少ないのが現状です。そのため、発症に気づかず、適切な治療を受けるのが遅くなり、結果として回復が遅れることが、しばしば起きています。逆に、正確な知識を持っていれば、早期発見、適切な支援、よりよい回復につながる可能性があるのです。
2月のETVワイドは、症状、治療、回復、復学、就労、恋愛、子育てなど、これを見れば統合失調症の最新情報のすべてがわかる番組をお届けします。若い人たちやその親の世代の人たちすべてに、ぜひご覧いただきたい番組です。


番組では、統合失調症の方が自分の言葉で、症状を語っていました。
北海道・浦河町の「べてるの家」も大きく取り上げられていました。
べてる(Bethel)」は旧約聖書・創世記に出てくる地名で、「神の家」という意味です。
今や全国区の知名度になっていますね。

べてるの家」の「当事者研究」の様子は、実に興味深いものでした。
番組で放映されたケースは、「サトラレ」という症状がある女性。
周りの人に自分の考えが全部知られているのではないか、という恐怖感・・・
「サトラレ」って、映画やドラマの架空の話かと思いきや・・・
(※映画やドラマの話はフィクションです。)
被害妄想が嵩じて、そのようだと思い込んでしまう、というのは、さぞつらかったでしょうね・・・

さまざまな幻覚症状を抱える者同士が、自分の体験を分かちあったり、共感しあったり、
知恵を出し合ったり・・・
そうして、「悩んでいるのは自分だけではないんだ・・・」という安心感や、
「あなたはありのままでいいんだよ・・・」という気持ちが伝わり、
生きる希望・気力が少しでもよい方向に向かう様が、映像から伝わってきました。

番組では他に、最新の診断方法(うつ病と統合失調症との区別)や、
薬による症状の緩和により就業できるようになった人の話、
はては、病院内で知り合った統合失調症の患者同士の結婚まで取り扱っていました。
終始、明るい、救いようのある感じで、
統合失調症のあれこれについて紹介されていたのは、好印象でした。

番組の最後は、「べてるの家」の人たちによる、「祈り」という歌で締めくくられました。
アメリカの神学者・ラインホルト・ニーバーの有名な祈りを歌詞にしているものです。
希望の光、神への祈りによって、番組が閉じられるとは、ステキでした!
下がその祈りです(番組で歌われていた歌詞とは、少し表現が違います。)

神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。

(大木英夫訳)

R・ニーバーの祈りは、宇多田ヒカルさんの「Wait&See~リスク」という歌にも、
一部引用されているそうです。

R・ニーバーの祈りについて、以前、記事を書いていますので、よろしければお読みください。
Serenity Prayer(平安の祈り)【自作曲】」(2009年6月12日の記事)
http://francesco-clara.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/serenity-prayer.html

R・ニーバーの祈りについて、日本キリスト教団 豊橋教会金子牧師の記事も参考になります。
http://toyohashikanegon.hamazo.tv/e2679307.html

べてるの家」については、団体のHPもありますし、たくさん本が出ていますね。
べてるの家の非援助論』とか、『べてるの家から吹く風』とか・・・

べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ・ケアをひらく)


「べてるの家」から吹く風


ブログ記事としては、
アスペルガー社会人のBlog」の「べてるの家」についての記事が、とてもわかりやすいですよ。
統合失調症の方の「爆発」について、実に適切に書かれています。
(爆発⇒自責の念⇒引きこもり⇒被害妄想・不安感⇒爆発の準備行動⇒爆発、というのがあるそうです。)
http://welladjust.exblog.jp/tags/%E3%81%B9%E3%81%A6%E3%82%8B%E3%81%AE%E5%AE%B6/

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