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2017年9月 9日 (土)

「九条教」では国民の平和と安全は守れない!〜百田尚樹著『カエルの楽園』、『戦争と平和』、『大放言』を読んで

2017年8月29日、いつも通り午前5時50分に起きて、
半分寝ぼけながら、目覚まし代わりのNHKニュース「おはよう日本」を観ていて、
ちょうど午前6:02頃、
突然いつもとは違うスマホのアラームが鳴り・・・
テレビの画面はJアラートの画面になっていました。

北朝鮮からミサイルが発射され、
北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、
山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、
新潟県、長野県という広範囲に、
ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。
頑丈な建物や地下に避難してください。
」という警報が発表されました。

頑丈な建物や地下に避難」・・・って、そんなの近くにないよ・・・
もしも、本当にミサイルが来たら、どっちにしたって逃げようがなく、
終わりだ・・・
日本を超えて、太平洋の領海外にさっさと落ちてほしい・・・
そう祈るしかありませんでした。

私は大地震を3回経験していますが、
「これで命が終わりだ」と思ったことはありません。
(さすがに津波の経験はありませんが・・・)
しかし、日本の空をかすめた、ミサイルについては、
日本の現行の憲法及び法律では防ぎようがなく、
どうすることもできないのだ、と無力感を実感しました。

次の日の朝、いつも通り起きて、祈りの時間をもっていた時、
当たり前に朝を迎えることができる、ただそれだけで、
神様に感謝すべき、まさに「奇跡」なのだと悟りました。

それ以来、私の中の価値観が少し変わったように思えます。
そんな中、ちょうどいいタイミングで、
百田尚樹氏(以下敬称略)の『カエルの楽園』が、
新潮文庫で緊急出版されました。
寓話という形で、日本と中国、ロシア、北朝鮮、アメリカ、韓国との関係を描いています。

このお話の中では、「日本国憲法」ではなく、
「三戒」という平和主義のスローガンを守っていれば、
戦争を回避できると、平和な国ナパージュ(日本)のカエル達は信じています。
しかし、実際は、ナパージュの平和は、三戒ではなく、
鷲のスチームボート(アメリカ)によって守られていました。
(→日本を守る米軍)

ちょうど今日(2017年9月9日)、JR札幌駅の近く、紀伊國屋書店のところを通っていると、
どこかの政治団体が、「憲法第九条を守れ!」と叫んで、
最後には、憲法第九条だけをうるさいほどの声で読み上げていました。
しかし私の心の中では、
「憲法第九条がミサイルから国民を守ってくれるのか!」という思いでいっぱいでした。

残念ながら、現在の日本国憲法では、
ミサイルから国民を守ることは無理でしょう。
あるいは、核パルス攻撃に対しては、
どんな防御もできないようです。

北朝鮮のミサイル発射は、もしかすると、
我々日本国民への大きな「プレゼント」なのかもしれません。
すなわち、平和憲法では自分で自分の身を守ることすらできないのだから、
日本国民よ、「九条教」から目を覚ませ!
今こそ、自分の国は自分で守ることができるよう、
憲法を変えなければいけない・・・

同じようなことが、寓話ではなく、
直接的に、『戦争と平和』、『大放言』にも書かれています。

大放言

戦争と平和

『戦争と平和』の中で、こんなくだりがあります。

(引用)
 九条教という宗教
 九条を信奉している人たちと話をしていると、どうやら「九条」に対する盲信のようなものがあるのに気付きました。簡単に言えば、「日本に九条がある限り、戦争は決して起こらない」という思い込みです。
彼らの話を聞いているうちに、これは一種の宗教に近いものだと思いました。つまり、理屈ではないのです。論理を超えた信仰です。私はこれは何かに似ていると思いました。それは、一二◯年ほど前、清朝末期の義和団です。

(中略)
でも最近になって、ようやくその理由がわかってきました。彼らはかつての義和団の信者と同じ、「九条教」という宗教の信者だったからです。
戦後七◯年にわたって、朝日新聞をはじめとする大メディア、そして日教組、さらに市民活動家、進歩的文化人と呼ばれる人たち(実は左翼主義者)が、新聞や雑誌やテレビで、「九条は正しい」「日本の平和は九条によって守られてきた」という布教を続けてきたのです。そして知らないうちに「九条教」という世界でも例のない不思議なカルト宗教の信者を増やしてしまったのです。

(『戦争と平和』P204、206から引用終)

憲法第九条を振りかざして「平和!平和!」と唱えても、
悪意ある隣国には届きません。
残念ながら、国対国は、力で勝負するしかないのです。

『戦争と平和』では、次のような九条改正案を提案しています。

(引用)
一、日本国民は、侵略戦争は永久に放棄する。
二、日本国民は、日本が他国からの侵略を受けた場合、徹底してこれと戦う。

(『戦争と平和』P208から引用終わり)

日本は今、旧約聖書の詩編120がちょうどあてはまります。

わたしは不幸なことだ
メシェクに宿り、ケダルの天幕の傍らに住むとは
平和を憎む者と共に
わたしの魂が久しくそこに住むとは。
平和をこそ、わたしは語るのに
彼らはただ、戦いを語る。

(旧約聖書 詩編120:5〜7 新共同訳)

こちらが平和を望んでいても、相手は戦いしか考えていない・・・
(イスラエルと近隣のアラブ諸国との関係が実に詩編の言葉どおりです。)
日本国民は別に戦争したい訳ではないし、
今更他国を侵略するのは不可能・無意味ですが、
少なくとも、当然の権利である、自国を防衛するためにも、
憲法改正は必要だと思います。

北朝鮮ミサイル関連の話はここまでとして・・・
『大放言』の中で、特に心に残ったのが、
「原爆慰霊碑の碑文を書き直せ」(P79〜85)でした。
まさにその通りだと思いました。

これら3冊の本は、もしかすると、
仮に、1年前に読んでいたら、「言い過ぎだ」と思ったかもしれません。
しかし、現実的な脅威にさらされている現在の日本では、
まさに予言的な響きとなっています。
九条にしがみついても、ミサイルは容赦なくやってきます・・・

2017年8月17日 (木)

書評 松岡圭祐『黄砂の籠城』(上・下)(講談社文庫)〜歴史モノのバイオハザード?

松岡圭祐の『万能鑑定士Qの事件簿』シリーズが好きだったので、
(全巻読みました。
あと、『特等添乗員αの難事件』シリーズ、『水鏡推理』シリーズといった、
「人の死なないミステリー」というジャンルが好きです。)
読んでみました。
中国・清朝末期の「義和団の乱」(1900〜1901)の中で、
襲いかかる義和団と清国軍の前に、
北京の公使館区域に立て籠もって勇敢に戦った日本人、
柴五郎中佐(階級は当時。実在の人物。1860-1945)と、
この小説の主人公である櫻井隆一伍長の活躍を中心に描く歴史小説です。
上巻・下巻とも一気に読んでしまいました。

歴史的事実の考察はともかくとして、
次々と襲いかかってくる紅巾(義和団)の描写は、
さながらホラー映画のバイオハザードみたいな感じでした。
籠城を取り囲む圧倒的な数の紅巾と、
一歩外に出たら無残な死骸(手足バラバラなど・・・)とされる恐怖・・・
読んでいて気持ちが悪くなるほどの絶望感を味わいました。
途中からは、誰が内通者なのか、という、
推理小説としての要素も非常に面白い展開で、物語に引き込まれました。

キリスト教の立場からは・・・
事実だから仕方ないのですが、
漢人クリスチャンたちがカトリックとプロテスタントで分裂していた、とか、
宣教師が高圧的だった、というのも残念なところです。
(実際、そうだったのでしょうね。)

最近よくある単純な「日本・日本人バンザイ」の本ではなく、
歴史に埋もれた事実に光を当てる良作だと思いました。

あえて難点をいえば、上巻の最初の話(現代の話)が、
最後まで回収されなかったのが残念でした。
(こういうすばらしい日本人がいたのだ、というのを描ききったことで、
「回収」された、とも言えるのかもしれませんが・・・)

柴五郎の話や、歴史モノをさらに読んでみたいな、と思いました。

黄砂の籠城(上) (講談社文庫)

黄砂の籠城(下) (講談社文庫)

※2冊そろえるとタイトルを描いた一つの絵となります。

この籠城の話は、ハリウッド映画化されていたのですね。

北京の55日 [DVD]

※アメリカ映画なので、アメリカ人がヒーローになっていますが、
史実は日本人とロシア人が中心だったそうです。

2017年7月18日 (火)

「一日散歩きっぷ」で行く富良野・美瑛の旅2017夏(少々反則アリですが・・・)

2017年7月15日(土)、3連休の初日に、
妻と一緒に、JRで札幌から富良野・美瑛方面へ旅しました。
(実際には、オマケで旭川まで行きましたが・・・)
天気が晴れていて、私どもに元気があれば・・・という旅行条件でした。
その2つの条件は見事クリアしていました。
天気の方は、北海道なのに連日の真夏日(所によって猛暑日!)。
元気の方は、朝5時起きで、帰りはもしかすると23時過ぎに家に到着・・・
それでも大丈夫だと思いました。
(実際には、結局日付が変わって、0:30頃になってしまいました・・・)
当初の旅の最終目的は、中富良野町の「ファーム富田」でした。

朝5時起きの予定でしたが、夜中も寝苦しいので、
結局4:30頃、目覚ましも無しに起きてしまいました。

始発の地下鉄に乗り、まずは札幌駅の「みどりの窓口」で、
当日販売の「一日散歩きっぷ」2枚を購入。
その後コンビニに寄ってから、
6:41発滝川行の普通列車に乗りました。
小樽と新千歳空港を結ぶ、快速エアポートの車両と同じでした。
既に車内には二人並んで座ることができる座席はありませんでした。
(通路挟んで、ならそれなりにありましたが・・・)
とりあえず、通路を挟んで並んで座っていたら、
後ろに座っていた親切な男性が、私どものために席を譲ってくださいましたので、
滝川までずっと二人で並んで座っていることができました。
(神様に感謝!)
その方は、札幌の次の駅、苗穂駅で降りました。
その方が列車を降りる姿を見ながら、その方の幸福を祈りました。

私どもの隣側には、同じ制服を着た高校生の女の子が何人も座っていました。
おそらく江別あたりで下車するのかな、と思っていましたが、
なんと、美唄(札幌から約57km、片道1時間弱)で降りました。
「美唄」「高校」で調べてみると、おそらく美唄聖華高校の生徒のようでした。
朝早くから大変だな〜と思いました。
(看護科がある高校なのですね・・・)

滝川到着は、8:10でした。
滝川では、駅の待合室にある、立ち食いそば店で、
朝食としてそばを食べようと思っていましたが・・・
なんと、駅舎の改築に伴い、待合室にはそば店どころか、
売店さえ無くなっていました・・・
(自販機はありましたよ。)

富良野行きの列車は、9:42発なので、
滝川駅周辺を少し歩いてみました。
(妻は、NHKBSプレミアムの「世界ふれあい街歩き」風に、
自分でナレーションしていました(*^-^))
以前滝川に来た時に利用した、
駅に近いところにあるミスタードーナツも閉店・・・
それどころか、コンビニさえ見当たらない・・・
500メートルぐらい歩いて、ようやくセブンイレブンを見つけました。
(滝川栄町1丁目店)
そこでおにぎりや飲み物等を買ってから、
滝川駅の待合室で食べました。

滝川→富良野間は席取りが大事です。
そのため、9:42発なのですが、
私どもは9:05から1番ホーム(富良野方面行)で待っていました。
9:15頃から他の人たちも並び始めました。
(暑かったですが、ちょうど日陰にいたので、
並んで待っているのはそれほど苦ではなかったです。)

9:30過ぎに列車が到着、9:42出発。
(夏のこの時間なら、進行方向左側に席を取った方がいいですよ。)
私どもは、右側に席を取ったので、結構暑かったです。
それに、冷房がなく、窓からの風は暑くて、息苦しいほどでした。
車内の暑さに相当やられたのが、その後の旅の予定を大きく変えることになりました。
10:48富良野着。
なお、滝川からの列車は、富良野までが2両編成で、その後は1両編成になります。
ただし、昨年の豪雨の影響で、本来は釧路行きの列車が、
東鹿越というところで止まって、あとは新得まで代行バスとなります。

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ちなみに、旅行のお供として、何冊かの本を持って行きましたが、
その中で読み終えたのは、
新海誠の「小説 秒速5センチメートル」(角川文庫)だけでした。



中富良野町の「ラベンダー畑」駅(臨時駅)方面へ行く列車は、
約1時間後の発車だったので、
駅前からフラノマルシェ方面(国道38号線方面側、南方向)へ向かって散歩しました。
オムカレーで有名な、「唯我独尊」は既に行列が出来ていました。

歩いているうちに、「昼食をとっておこうか」ということになり、
適当に見つけたラーメン店に入ることにしました。
でも、実はその店は、なんと「ミシュランガイド北海道2017」に掲載された店だったのです。
煮干中華 ゆきと花」という店です。

ミシュランガイド北海道 2017 特別版

開店すぐだったので、「1日5食限定 濃い煮干中華」を食べることができました。
(私は「煮干中華」に野菜かき揚げが入ったのを頼みました。)
妻は一口食べたところ、最初は「苦い」と言っていましたが、
すぐに慣れて、結構気に入ったようでした。
機会があれば、また行ってみたいお店です。
店を出る頃には、外国人観光客も何組か来ていました。

富良野・美瑛間(又は旭川)は、「ノロッコ号」を使いました。
11:53発です。
(一日散歩きっぷでは、自由席を利用できます。)
指定席は満席でした。
妻は以前、ノロッコ号に乗ったことがありますが、
私はノロッコ号に乗るのが初めてでした。
冷房はないので、結構暑苦しかったです。
真ん中の車両が「バーベキューカー」と書いていましたが、
人間バーベキューになりそうだったのかも?(*^-^)

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ラベンダー畑駅には、12:14到着でした。
ラベンダー畑駅のホームには、たくさんの観光客が並んでいました。
それ以上に・・・
ファーム富田周辺の道は、どこも渋滞で、
おそらく1km以上の渋滞となっていました。
(実際には、もっともっとかもしれませんが・・・)

ファーム富田には何度も来たことがありますが(おそらく10回以上)、
毎回車で来ていたので、今回のような、JRで来るのは初めてでした。
もちろん、「ラベンダー畑」駅を利用するのも初めてです。
駅からすぐ、「富良野川」とその看板がありました。
地名の由来と、現在の美しい富良野とのギャップが驚きでした。
(参考)
富良野の語源、フラヌイの意味

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さて、いよいよファーム富田へ!
ファーム富田には何度も来たことがありますが、
今回の訪問が、最もラベンダーの見頃だったと思います。

入口入ってすぐの「花人の舎」(はなびとのいえ)2階からの展望です。
2階には、「富田ラベンダー資料室」があります。
ステキなステンドグラスがありました。

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花人の舎を出て、いよいよラベンダー畑をお散歩!
ラベンダー畑を撮るなら、
ナナメの角度から(土が見えない角度)撮ると、
一面ラベンダー色のステキな写真になりますよ。

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ラベンダー畑駅発14:25(美瑛行)のノロッコ号に乗るため、
14:00頃にはファーム富田を後にしました。
既に駅には多くの中国系外国人観光客がたくさん並んでいました。
私どもの次の目的地は、美瑛町の美馬牛駅でした。

ノロッコ号は、途中まで順調に進んでいましたが、
上富良野駅で、アナウンスがあり、
結局30分そこで足止めとなりました。
高温による線路のゆがみが生じたための安全確認、とのことでした。
定刻14:47到着のところ、15:10過ぎに到着しました。

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美馬牛駅では、駅すぐそばの「ガイドの山小屋」という店で、
電動自転車を借りて、「四季彩の丘」へ行きました。
妻は以前、この店で電動自転車を借りて、
「四季彩の丘」に行ったことがありましたが、
私は電動自転車に乗るのは初めてでした。
(四季彩の丘には何度も行ったことがありますが、
いずれも車で行きました。)

電動自転車って、すごく便利なんだな、と実感しました。
丘の町(ということは、坂がいっぱい・・・)美瑛もラクラクスイスイでした!

四季彩の丘は、少し来る時期が早かったかな、と思いました。
8月上旬あたりが一番いいかもしれませんね・・・

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17:00頃に電動自転車を返却し、
17:13美馬牛駅発旭川行きのノロッコ号に乗る予定でした。
しかし・・・
列車の遅れはまだ続いており、結局定刻より30分以上遅れて列車が到着しました。
(なお、「一日散歩きっぷ」で行ける範囲は、美瑛駅までです。)
18:10頃にようやく旭川に到着、
改札のところで差額を精算しました。

旭川では、「成吉思汗 大黒屋」に行き、
30分ほど待って(毎回待たされます・・・)、おいしい成吉思汗をいただきました。

成吉思汗を食べてから、列車に飛び乗るようにして、
20:00ちょうど発の特急スーパーカムイに乗り、
岩見沢まで行きました。
(※「一日散歩きっぷ」の範囲である、滝川までだと、
便数が限られますが、岩見沢まで行けば、便数が多くなると思ったからです。)

岩見沢で特急を下車、その後は普通列車で札幌に戻りました。
JR琴似駅近くのスーパー銭湯「花ゆづき」で入浴後、
帰宅しました。
家に到着したら、0:30でした・・・
暑くてとても疲れましたが、充実した一日でした!
神様に感謝!

なお、今回の旅は、「一日散歩きっぷ」+美瑛→旭川
+旭川→岩見沢(自由席特急券)という切符の組み合わせになりましたが、
ふらの・びえいフリーきっぷ」を使うと、もっとお得なようです・・・

2016年12月 5日 (月)

青春のラフマニノフ!〜反田恭平、アンドレア・バッティストーニのラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番とパガニーニの主題による狂詩曲

なんと若さと情熱漲る演奏なのだろうか・・・
まさに青春のラフマニノフ!

反田恭平(以下敬称略)のピアノ、
アンドレア・バッティストーニ指揮、
RAI国立交響楽団/東京フィルハーモニー交響楽団による、
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、
パガニーニの主題による狂詩曲のハイブリッドSACDを入手し、
さっそく聴いてみました。

既にTVの「情熱大陸」や「題名のない音楽会」でも、
この2人の組み合わせによる、
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の演奏は知っていましたので、
期待度MAXでした。
そしてその期待に十分に、いや十二分にこたえる内容の演奏でした!

この両曲を録音した時、
反田恭平、指揮者のバッティストーニ共に、20代でした。
(バッティストーニは来年2017年でもうすぐ(やっと?)30歳です・・・)

聴きながら、なぜか、大ヒットしたマンガ『のだめカンタービレ』の5巻を思い出しました。
千秋クンとシュトレーゼマンの夢の共演!
何かそういう光景を地で行くようなイメージが広がりました。
(「のだめ」の方は学生オケですが・・・)


このSACDは録音も実にすばらしく、ピアノ協奏曲第2番については、記憶にある限り、
ツィメルマン&小澤/ボストン響のCDを例外とすれば、
他のどのCDよりも鮮明でダイナミックだと思います。

(参考)ツィメルマン&小澤/ボストン響盤(通常CD)

ピアノ協奏曲第2番はセッション録音、
パガニーニの主題による狂詩曲はライブ録音です。
セッション録音の精緻さ、ライブ録音での情熱どちらも堪能することができます。
パガニーニの主題による狂詩曲は、有名な第18変奏も実に甘美な仕上がりになっています。
完成度で言えば、ピアノ協奏曲第2番の方がわずかに勝っていると思います。

最近、怒涛のように次々と新しいCD,SACDが我が家に押し寄せてくる(←???)中、
久しぶりに立ち止まって聴き入り、思わず涙がこぼれそうになるような、
心揺さぶられる演奏でした!

Amazonやe-onkyo musicのサイトで、
ぜひ試聴してみてください。
きっともっとその先が聴きたくなるはずですよ。
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 (96kHz/24bit)(e-onkyo music)

反田恭平、バッティストーニ。
この2人はこれから目が離せなくなりそうかも・・・

2016年9月 4日 (日)

NHKBSプレミアム・プレミアムドラマ『受験のシンデレラ』(2016年7月10日〜8月28日本放送)

とうとう終わってしまった・・・
NHKBSプレミアムで、2016年7月10日〜8月28日に本放送されていた、
プレミアムドラマ『受験のシンデレラ』。
私は再放送版(7月16日〜9月3日)を録画して視聴していました。
(本放送時には、裏でNHKEテレの「クラシック音楽館」を放映しているので。)
元々、原作を読んで感動していたので、
ドラマ化というだけでも期待大でしたが、
ドラマは期待以上でした!
書評:和田秀樹著『受験のシンデレラ』(小学館文庫)

1〜2話目は、主役の小泉孝太郎さん演じる五十嵐透が、
実に高慢チキでイヤな奴、という感じでしたが、
3話目ぐらいから、見事に「化けて」いたな、と思いました。
6話目あたりになると、観ていて泣けてきました。
最終回はちょっとまともに観れませんでした・・・
(きちんと観たら涙腺崩壊?)
川口春奈さん演じる遠藤真紀は、ドラマということを忘れて、
応援したくなる存在でした。
富田靖子さん演じる、真紀の母親は、
7話の最後から8話では、まぁまぁいい母親になっていましたが、
それまでは、見事なまでに「毒親」を怪演していました。
見るのがイヤになるほどの存在感でした・・・

原作者である和田秀樹さんが自ら監督した映画の方は、
未だに観たことはありませんが、
時間的な長さから言っても、たぶん軍配はドラマ版の方にあがることでしょう。

教育をテーマにしたドラマとしては、近年稀に見るすばらしい作品だったと思います。
貧困や格差から立ち上がる道、それが教育です!

NHKさん、ぜひBSプレミアムだけでこの作品をお蔵入りさせず、
地上波でも放送してください!と願わずにはいられません。

ドラマ原作

※ドラマのDVDではありません。

2016年8月 1日 (月)

2016年7月のページビュー(PV)数ベスト10記事一覧

2016年7月のページビュー(PV)数ベスト10記事は以下のとおりです:
(※トップページを除く)
ベスト3までは記事リンクをつけています。

一位.オキナワ旅行記リターンズ2015夏(その1)〜旅行の経緯と1日目〜
二位.インクルーシブ(インクルージョン)教育は子どもにとって本当に幸福なのか?~
おすすめブログ記事「脱インクルージョン教育」(ブログ名:斜に構えてみる)

三位.「学び合い学習」は日本の義務教育崩壊を招く!
~おすすめ記事『【解答乱麻】 TOSS代表・向山洋一 亡国の教育「学び合い学習」』
(MSN産経ニュース2012年11月24日掲載)

四位.オキナワ旅行記リターンズ2015夏(その2)〜2日目・古宇利島とホテル近くの黄昏時〜
五位.オキナワ旅行記リターンズ2015夏(その3)〜3日目・渡嘉敷島でシュノーケリング!〜
六位.算数の問題解決型学習~学力「崩壊」の決め手
七位.どの聖書が一番いいか?(新約聖書編)
八位.「学びあい」という美名の下の教育の堕落~
NHKEテレ・ETV特集「輝け二十八の瞳 ~学び合い 支えあう教室~」(2012年2月5日放送)

九位.ブラームス:交響曲第1番聴き比べ12種〜カラヤン盤5種を中心に・・・
十位.尾高忠明指揮、札幌交響楽団による、武満徹作曲『波の盆』のCD(CHANDOS)

1〜4位までは2016年6月とまったくランキングは変わらず。
私どもの沖縄旅行記を読んで下さる方が多くいて嬉しい限りです。
教育関係の記事もまた4本ランクインしました。

最近、「アクティブ・ラーニング」なるものが教育界ではトレンドのようです。
先日紀伊國屋書店に行ったら「アクティブ・ラーニング」関連の本が結構出ていました。
文科省も積極的に進めていますし。
しかし、それなら私の書いた批判記事が忘却の彼方に行くはずでは?
よく読まれているのが皮肉なものです。
「水素水」とか怪しげな健康法・健康グッズ並のものにすぎないのでは?
文科省のお役人や教育委員会・学校関係者は、
「キラキラ輝く瞳」のような曖昧模糊としたものから脱却し、
『「学力」の経済学』のような、科学的根拠・統計に基づく議論から、
教育政策を進めていってほしいものです。

中室牧子著『「学力」の経済学』、
すごくオススメです!
教育界のもっともらしい意見という「王様」は、実は裸にすぎないことを、
見事に暴く痛快さがあります。

中室牧子著『「学力」の経済学』

9位のブラームスのCD聴き比べ記事は、
私自身、この記事がランクインするとは全然思っていませんでした。
意外・・・

2016年7月31日に、元横綱千代の富士・九重親方が逝去されました。
突然のニュースに絶句・衝撃・・・
私にとっては子供時代のスーパーヒーローでした。
ご逝去を悼み,謹んで哀悼の意を表します。

7月は涼しかったですが、ようやく蒸し暑い夏が札幌にも来ました。
今月もご愛読よろしくお願いします。

2016年7月12日 (火)

NHKBSプレミアム・プレミアムシアター「シュ・シャオメイ(Zhu Xiao-Mei)の音楽と素顔&ピアノリサイタル ほか」(2016年7月11日放送)

シュ・シャオメイ(Zhu Xiao-Mei)という、中国出身のピアニストを、
この番組で初めて知りました。
(日本語では「シュ・シャオメイ」と表記されていますが、
「ジュ シャオメイ」の方が北京語の原音読みに近いようです。)
2016年7月11日(7月10日深夜)に、
NHKBSプレミアム・プレミアムシアターで、
「シュ・シャオメイ(Zhu Xiao-Mei)の音楽と素顔&ピアノリサイタル ほか」を
放映していました。
上海生まれで、文化大革命の荒波を超えて、
1984年からはパリを拠点に活躍しているピアニスト、とのこと。
番組前半は、2014年の北京でのコンサートに至るまでの、
彼女の人生をインタビューや記録映像を元にしたドキュメント番組でした。
後半は、北京での「ゴルトベルク変奏曲」の全曲演奏でした。

自分を苦しめた中国でのコンサートという、
複雑な心境は想像を超える経験なのでしょうね。
インタビュー中に演奏された、シューベルトの「冬の旅」の第1曲「おやすみ」が、
すごく心に残りました。

さて、苦悩の人生を歩んできたのと、演奏はまた別に考えたいものです。
彼女が演奏している様子を、横から撮影したところは、
ちょうど猫背具合がなんとなくグレン・グールドを髣髴とさせました。
前半の精妙さは絶品でした。
最後の方は少し疲れてきたのか、響きが少し荒くなっていったように思えました。
それにしても、深みのあるピアノ演奏でした・・・
禅的バッハ???
もう少し聴いてみようかな?

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2016年6月12日 (日)

音楽評論家・宇野功芳氏逝去・・・(2016年6月10日)〜クラシック音楽CDでの演奏家選びに大いにお世話になりました・・・

クラシック音楽の評論家として、
吉田秀和氏(故人 1913-2012)に次ぐぐらいの影響力があった、
宇野功芳氏が、2016年6月10日に逝去された、というニュース記事を読みました。
音楽評論家で指揮者の宇野功芳さん死去
ご逝去を悼み,謹んで哀悼の意を表します。

ニュース全文を引用します。
(引用)
音楽評論家で指揮者の宇野功芳(うの・こうほう=本名・功=いさお)さんが10日、老衰のため死去した。86歳。葬儀・告別式は近親者のみで行う。後日、お別れの会を開く予定。

 父は漫談家の牧野周一。国立音楽大声楽科で合唱指揮者を志す一方で、音楽評論を始める。歯切れ良い筆致で指揮者のハンス・クナッパーツブッシュやカール・シューリヒト、エフゲニー・ムラビンスキーをはじめ、20世紀を代表する演奏家の紹介で知られた。

 また、大阪フィルを率いた朝比奈隆に早くから注目して評価を高め、難解とされたブルックナーやワーグナーの音楽の真価を分かりやすく解説。一方で、指揮者としても独特の手法で人気を集めた。著書に「宇野功芳の『クラシックの聴き方』」など多数。
(引用終)

長年、音楽之友社の『レコード芸術』誌のCD評を楽しみに読んでいました。
(私は『レコード芸術』誌を毎回立ち読みするだけで、
買ったことはほとんどありませんが・・・スイマセン)
今年(2016年)になってから、宇野先生(あえて「先生」という呼称にします)の名前が、
『レコード芸術』から消えてしまい、寂しさを覚えていました。
宇野先生の記事がない『レコ芸』は、気の抜けたビールみたいで、
ますます読むところがなくなりつつあるな、というのが実感でした。
(吉田秀和氏と宇野功芳氏の記事が、『レコ芸』の双璧だった、ともいえます。)

良くも悪くも、クラシック音楽を聴く上で、
「導きの星」となったような存在でした。
カラヤン、アバド、小澤、ポリーニといった指揮者や演奏家を貶す一方、
(ただし、「いいものはいい!」と言っていたことは特筆すべきでしょう。
カラヤン指揮ベルリン・フィルによるR・シュトラウスの「4つの最後の歌」など・・・)
朝比奈隆、クナッパーツブッシュを「コクのある」などと賞賛していました。
最近なら佐藤久成やHJリムなどを推していました。
結構当たりハズレもありましたが・・・

宇野先生の『宇野功芳のクラシック名曲名盤総集版』(現在絶版?)は、
たぶん私にとっては、聖書に次ぐ回数を読んでいると思います。
(ただし、通読ではなく、必要な箇所だけがほとんどですが・・・)
今でも時々読みます。

2010年頃から(もっと前から?)、
宇野先生の「ストライクゾーン」がずいぶん甘く(広く?)なっている、
と思うようになりました。

私自身も、年齢と経験を重ねることにより、宇野先生の影響から解放され、
自分自身の価値判断で、自分なりの聴き方ができるようになりました。
カラヤンやアバドなど、
宇野先生がどちらかというと貶していた音楽家の素晴らしさも知りました。
(今所有している中で、SACDの数が最も多いのが、カラヤン指揮のものです。)
また、音楽家がやりたい放題の演奏(いわゆる「爆演」)よりも、
楽譜に忠実な演奏の方が、美しいと思うようにもなりました。
(演奏家の「オレはこのように強調する!」というのが、
あまりにもあざといと、煩わしくなったというか・・・)

先月末(2016年5月)に、
よく読んでいる「クラシック音楽 名曲・名盤CD求めて三千枚」というブログで、
今月のレコード芸術と宇野功芳の最近の評論について」という記事を読みました。
だいたい共感しました。

ともあれ、吉田秀和氏や宇野先生の後を継ぐような、
そういう存在はしばらく出ないかもしれませんね。
鈴木淳史氏や許光俊氏の文章は面白いですが、
全面的に「信じる」という感じではないし・・・

宇野先生の指揮の方は・・・
だいぶ前に、ベートーヴェンの「第9」のCDを買ったことはありますが、
まるでブルックナーのような感じになっていました。
あざとすぎるというか・・・
(昨年もCDを出していましたね。あれが指揮活動の集大成なのでしょう。
私は買っていませんが・・・)

(参考)
功芳の「第9」

まずは、「ありがとうございました!」と言いたいです。
そして、「お疲れ様でした」・・・
(参考記事)
85歳でも枯れない音楽家、宇野功芳の「やりたい放題」

2016年3月18日 (金)

書評:松谷信司著『キリスト教のリアル』(ポプラ新書)〜晴佐久神父は日本のキリスト教界のヨシュア?

書店で見かけて、すぐさま買った本です。
松谷信司著『キリスト教のリアル』(ポプラ新書)を紹介します。
著者の松谷信司氏は、キリスト新聞社の季刊『Ministry』編集長です。
本の4分の1、前半の第1部「日本におけるリアルなキリスト教」は、
(少なくとも既にキリスト教信徒の)私にとっては、あまり目新しいところがない、
用語解説みたいなところですが、
「キリスト教って、どんな宗教?」という一般の方からすると、
コンパクトにまとまっている記述だと思います。

一般の人にとっても、
既にキリスト教の教会に通っている人(信徒、未受洗者問わず)にとっても、
興味深いのは、第2部「牧師・神父から観た日本におけるリアルなキリスト教」でしょう。
正確に言うと、「・・・リアルなキリスト教」(教会・信徒)ではなく、
「・・・リアルな牧師・神父」が内容です。

カトリック多摩教会の晴佐久昌英神父、
日本基督教団原宿教会の川上咲野牧師、
日本福音ルーテル東京教会の関野和博牧師
単立ともにチャペルの森直樹牧師、
そして、著者の松谷信司氏による対談で、
「なぜ牧師・神父になったのか」、
休日や趣味、結婚、給料、定年など、
教会ごとの違いや、その牧師、神父の考え方の違いが明らかになり、
なかなか興味深かったです。

日本のキリスト教伝道がはかどらない理由として、
この本でも一般的な説がPP.17〜19でも述べられていますが、
4名(松谷氏は司会役なので除外)のうち、
意外にもカトリックの晴佐久神父のみが、
希望的な発言をしていますので引用します。
(引用)
晴佐久   (中略)日本の教会は死につつあるなんて声があるけど、とんでもない。実はまだ、始まってもいないんだと思う。生き生きした教会があって、それがだんだんしぼんでいったのなら「死につつある」と言えるけど、まだ始まってすらいない。モチベーションを持ったキリスト者がどんどん広まっていくという300年くらい先のイメージが私にはあります。(PP.158)
晴佐久   私はいつも言っているのですが、信者の数は福音を語った数に正比例します。これは自分の実感で、間違いなくそうです。福音というのは、「あなたは救われている」とか、「神様はあなたを本当に愛しているよ」とか、「大丈夫だよ」という、はっきりとした神様からのメッセージ。今、それを必要としている目の前の人にまごころから宣言すると、必ず救われます。だから私に言わせれば、信者が増えないのであれば、それは福音を語っていないから、あるいは福音ならざるものを必死に語っているからでしかない、ここだけは確信がありますね。これまで28年間の経験で、信者が減るという経験をしたことがありません。常に福音をもっと語る、もっと露出する、もっとわかりやすくいろんなかたちでみんなに伝えるという工夫をし続けていくと、もう次々と、それなら一緒にやっていきたいとか、そういう集まりに私も加わりたいという人が現れる。(以下省略)(PP.168〜169)
(引用終)

他の3人は「牧師だってフツーの人間だよ」という主張をするのが精一杯ですが
(別に、他の3人の牧師を批判しているわけではありません、悪しからず・・・)、
晴佐久神父だけどうしてこんなにキラキラ輝いているのか・・・
晴佐久神父は、日本のキリスト教界にとって、
まるで、旧約聖書民数記13、14章の、
ヨシュアとカレブのような存在だと思いました。
(エジプトを出たイスラエルの民が、約束の地であるカナンに入る前に、
12人の斥候を送ります。
12人のうち、10人は約束の地に攻め入ることについて否定的なコメントをします。
ヨシュアとカレブだけは主が共におられるなら大丈夫だ、と主張しますが、
民は否定的なコメントの方を信じ、主の力を信じなかったので、
結果として、イスラエルの民は40年の間荒野を放浪することになります。)
日本のキリスト教伝道の失敗をあれこれ分析するのが無駄だと言うつもりはありませんが、
できない理由をあげつらうより、できることを進める方がすばらしいですね。

ビジネス関係の本にこんな話がよく出てきます。
靴を履く習慣のない土地に行った二人の靴セールスマンの話です。
一人は、「あの土地には靴を履く習慣がないから、靴を売るのは無理です。諦めましょう。」
もう一人は、「あの土地には靴を履く習慣がないから、これから靴を売り込むチャンスです。」
靴を履く習慣がない、という分析はどちらも同じですが、
それをマイナスととるか、チャンスととるか・・・
日本のキリスト教伝道だって同じだと思います。

4人の対談の中で、もう1箇所、心に残ったのは、
「一度は見てほしい教会&聖地」という話題のところです。
他の3人は、フランスのルルドや南スイスのラサ、
テゼ共同体を挙げていますが、
晴佐久神父は、
(引用)
晴佐久    この教会がすごい」ということで言えば、うちの多摩教会。あまりよその教会の実態を知らないというのもありますが、ここは聖なる場所だと感じるのは、実際に人が救われているから。本当に苦しみにとらわれていた人が、目の前で解放されて喜びの涙を流す現場をこれほど日常的に見られる教会は、多摩教会においてほかはないと思っています。(PP.177)
(引用終)
どこか遠い聖地ではなく、自分の教会がまさに聖地になる!
こんなことを堂々と言えるのが凄い!

この本で「キリスト教」はぼんやりとしか見えないかもしれませんが、
牧師・神父の姿は身近に感じられるようになるはずです。
キリスト教関係の出版社ではなく、
一般の出版社から出されたことを歓迎します。

おまけとして・・・
第一部の中の「誤解されがちな教会用語」(PP.57〜65)の中の一節。
(引用)
・福音(エヴァンゲリオン)
  汎用人型決戦兵器ではありません。「良い知らせ」という意味のギリシャ語で、新約聖書ではイエス・キリストの宣教と生涯、宣教の内容を意味するようになりました。

(以下省略)(PP.63)
(引用終)※下線部は筆者による。
ちなみに、新約聖書の「使徒」は世界を破壊しませんよ(*^-^)

2016年3月 2日 (水)

書評:溝部脩著『青年と読むマルコによる福音』(ドン・ボスコ社)

先月(2016年2月)、
札幌市内のキリスト教書店「オアシス札幌店」に立ち寄った際、
手にとって、買った本です。
(プロテスタント中心の書店ですが、
最近ではカトリック関係の本も置いています。)
溝部脩著『青年と読むマルコによる福音』(ドン・ボスコ社)を紹介します。
著者はカトリック高松教区名誉司教です(でした)。
ここ最近、寝る前に少しずつ読んでいます。
1章が適度な長さで、読みやすく、かつ福音的です。
実はまだ読み終わっていないのですが、
たまたま女子パウロ会のHPを見たら、
著者が2016年2月29日に逝去されたことを知りました。
訃報 溝部脩さん80歳=カトリック高松司教区名誉司教
ご逝去を悼み,謹んで哀悼の意を表します。

Requiem æternam dona eis, Domine, et lux perpetua luceat eis.
(主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光でお照らしください。)

さて、本の紹介に戻りましょう。
この本は、著者が2年かけて青年たちと一緒にマルコ福音書を読み解いた記録、
とのことです。
がちがちのカトリック教理で折伏、というのではなく、
仏教の話や映画『ベン・ハー』や『ローマの休日』の話、
宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の全文引用があったり、
宗教改革者カルヴァンの話も半ば肯定的に紹介されたりしていました。
(PP.24)
実に柔軟な心で、青年たちにとって福音書を身近なものにしようとする、
優しい語り口が魅力的です。

本文から一部引用してみましょう。
マルコ5章の出血病を患う女の話についての記事からです。
(引用)
 この女はイエスのことを聞いて、この人しか自分を救ってくれる方はいないと信じて、町に入ってきて、イエスに近づいたのでした。そして「後ろのほうからイエスの衣に触れた」(5・27)のです。この種の病気の人は汚れた者とみなされていたので、公に触れるのを彼女はためらったのでした。しかし、「イエスの衣にさえ触れることができれば、救われる」(5・28)と信じていたのでした。彼女は病が治されるというより、自分の状況から救われるということを願っていたのでした。病気にかかって以来、自分を悩まし続けたすべてのことから立ち直りたいと希望していたのでした。ともかく新しい人生を歩みたかったのです。イエスは、この女の強い心に動かされて、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」と告げます。その瞬間に出血病が治りました。イエスは、彼女が強く願ったから、その信じる力によって治ったと告げたのです。
 「すがる」とはこういうことです。この人しかいないという思いの丈を、思い切りぶっつける行為です。治っても治らなくても、との「のらりくらり」のお願いではありません。何がなんでも治してもらいたいという必死の思いなのです。現代人の私たちに一番欠けているのは、この必死の思いかもしれません。「このくらいで」、「まあまあ」で引き下がってしまうのです。いつもあいまいで、何でもいいのです。従って必死になって祈るという意味が理解できないのです。
 きっとこの女は初代教会で、集会の折にでも、自分が触れたイエスの感触を話して聞かせたことでしょう。それが聖書に残っていきました。聖書のこの箇所を味わって読むと、その女の息遣いが私たちにも伝わってくるようです。

(PP.68〜70から引用終)

今のところAmazonでは取扱いがないようです。
キリスト教書店で入手可能です。

Mizobe

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