カテゴリー「書籍・雑誌」の330件の記事

2016年12月 5日 (月)

青春のラフマニノフ!〜反田恭平、アンドレア・バッティストーニのラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番とパガニーニの主題による狂詩曲

なんと若さと情熱漲る演奏なのだろうか・・・
まさに青春のラフマニノフ!

反田恭平(以下敬称略)のピアノ、
アンドレア・バッティストーニ指揮、
RAI国立交響楽団/東京フィルハーモニー交響楽団による、
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、
パガニーニの主題による狂詩曲のハイブリッドSACDを入手し、
さっそく聴いてみました。

既にTVの「情熱大陸」や「題名のない音楽会」でも、
この2人の組み合わせによる、
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の演奏は知っていましたので、
期待度MAXでした。
そしてその期待に十分に、いや十二分にこたえる内容の演奏でした!

この両曲を録音した時、
反田恭平、指揮者のバッティストーニ共に、20代でした。
(バッティストーニは来年2017年でもうすぐ(やっと?)30歳です・・・)

聴きながら、なぜか、大ヒットしたマンガ『のだめカンタービレ』の5巻を思い出しました。
千秋クンとシュトレーゼマンの夢の共演!
何かそういう光景を地で行くようなイメージが広がりました。
(「のだめ」の方は学生オケですが・・・)


このSACDは録音も実にすばらしく、ピアノ協奏曲第2番については、記憶にある限り、
ツィメルマン&小澤/ボストン響のCDを例外とすれば、
他のどのCDよりも鮮明でダイナミックだと思います。

(参考)ツィメルマン&小澤/ボストン響盤(通常CD)

ピアノ協奏曲第2番はセッション録音、
パガニーニの主題による狂詩曲はライブ録音です。
セッション録音の精緻さ、ライブ録音での情熱どちらも堪能することができます。
パガニーニの主題による狂詩曲は、有名な第18変奏も実に甘美な仕上がりになっています。
完成度で言えば、ピアノ協奏曲第2番の方がわずかに勝っていると思います。

最近、怒涛のように次々と新しいCD,SACDが我が家に押し寄せてくる(←???)中、
久しぶりに立ち止まって聴き入り、思わず涙がこぼれそうになるような、
心揺さぶられる演奏でした!

Amazonやe-onkyo musicのサイトで、
ぜひ試聴してみてください。
きっともっとその先が聴きたくなるはずですよ。
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 (96kHz/24bit)(e-onkyo music)

反田恭平、バッティストーニ。
この2人はこれから目が離せなくなりそうかも・・・

2016年9月 4日 (日)

NHKBSプレミアム・プレミアムドラマ『受験のシンデレラ』(2016年7月10日〜8月28日本放送)

とうとう終わってしまった・・・
NHKBSプレミアムで、2016年7月10日〜8月28日に本放送されていた、
プレミアムドラマ『受験のシンデレラ』。
私は再放送版(7月16日〜9月3日)を録画して視聴していました。
(本放送時には、裏でNHKEテレの「クラシック音楽館」を放映しているので。)
元々、原作を読んで感動していたので、
ドラマ化というだけでも期待大でしたが、
ドラマは期待以上でした!
書評:和田秀樹著『受験のシンデレラ』(小学館文庫)

1〜2話目は、主役の小泉孝太郎さん演じる五十嵐透が、
実に高慢チキでイヤな奴、という感じでしたが、
3話目ぐらいから、見事に「化けて」いたな、と思いました。
6話目あたりになると、観ていて泣けてきました。
最終回はちょっとまともに観れませんでした・・・
(きちんと観たら涙腺崩壊?)
川口春奈さん演じる遠藤真紀は、ドラマということを忘れて、
応援したくなる存在でした。
富田靖子さん演じる、真紀の母親は、
7話の最後から8話では、まぁまぁいい母親になっていましたが、
それまでは、見事なまでに「毒親」を怪演していました。
見るのがイヤになるほどの存在感でした・・・

原作者である和田秀樹さんが自ら監督した映画の方は、
未だに観たことはありませんが、
時間的な長さから言っても、たぶん軍配はドラマ版の方にあがることでしょう。

教育をテーマにしたドラマとしては、近年稀に見るすばらしい作品だったと思います。
貧困や格差から立ち上がる道、それが教育です!

NHKさん、ぜひBSプレミアムだけでこの作品をお蔵入りさせず、
地上波でも放送してください!と願わずにはいられません。

ドラマ原作

※ドラマのDVDではありません。

2016年8月 1日 (月)

2016年7月のページビュー(PV)数ベスト10記事一覧

2016年7月のページビュー(PV)数ベスト10記事は以下のとおりです:
(※トップページを除く)
ベスト3までは記事リンクをつけています。

一位.オキナワ旅行記リターンズ2015夏(その1)〜旅行の経緯と1日目〜
二位.インクルーシブ(インクルージョン)教育は子どもにとって本当に幸福なのか?~
おすすめブログ記事「脱インクルージョン教育」(ブログ名:斜に構えてみる)

三位.「学び合い学習」は日本の義務教育崩壊を招く!
~おすすめ記事『【解答乱麻】 TOSS代表・向山洋一 亡国の教育「学び合い学習」』
(MSN産経ニュース2012年11月24日掲載)

四位.オキナワ旅行記リターンズ2015夏(その2)〜2日目・古宇利島とホテル近くの黄昏時〜
五位.オキナワ旅行記リターンズ2015夏(その3)〜3日目・渡嘉敷島でシュノーケリング!〜
六位.算数の問題解決型学習~学力「崩壊」の決め手
七位.どの聖書が一番いいか?(新約聖書編)
八位.「学びあい」という美名の下の教育の堕落~
NHKEテレ・ETV特集「輝け二十八の瞳 ~学び合い 支えあう教室~」(2012年2月5日放送)

九位.ブラームス:交響曲第1番聴き比べ12種〜カラヤン盤5種を中心に・・・
十位.尾高忠明指揮、札幌交響楽団による、武満徹作曲『波の盆』のCD(CHANDOS)

1〜4位までは2016年6月とまったくランキングは変わらず。
私どもの沖縄旅行記を読んで下さる方が多くいて嬉しい限りです。
教育関係の記事もまた4本ランクインしました。

最近、「アクティブ・ラーニング」なるものが教育界ではトレンドのようです。
先日紀伊國屋書店に行ったら「アクティブ・ラーニング」関連の本が結構出ていました。
文科省も積極的に進めていますし。
しかし、それなら私の書いた批判記事が忘却の彼方に行くはずでは?
よく読まれているのが皮肉なものです。
「水素水」とか怪しげな健康法・健康グッズ並のものにすぎないのでは?
文科省のお役人や教育委員会・学校関係者は、
「キラキラ輝く瞳」のような曖昧模糊としたものから脱却し、
『「学力」の経済学』のような、科学的根拠・統計に基づく議論から、
教育政策を進めていってほしいものです。

中室牧子著『「学力」の経済学』、
すごくオススメです!
教育界のもっともらしい意見という「王様」は、実は裸にすぎないことを、
見事に暴く痛快さがあります。

中室牧子著『「学力」の経済学』

9位のブラームスのCD聴き比べ記事は、
私自身、この記事がランクインするとは全然思っていませんでした。
意外・・・

2016年7月31日に、元横綱千代の富士・九重親方が逝去されました。
突然のニュースに絶句・衝撃・・・
私にとっては子供時代のスーパーヒーローでした。
ご逝去を悼み,謹んで哀悼の意を表します。

7月は涼しかったですが、ようやく蒸し暑い夏が札幌にも来ました。
今月もご愛読よろしくお願いします。

2016年7月12日 (火)

NHKBSプレミアム・プレミアムシアター「シュ・シャオメイ(Zhu Xiao-Mei)の音楽と素顔&ピアノリサイタル ほか」(2016年7月11日放送)

シュ・シャオメイ(Zhu Xiao-Mei)という、中国出身のピアニストを、
この番組で初めて知りました。
(日本語では「シュ・シャオメイ」と表記されていますが、
「ジュ シャオメイ」の方が北京語の原音読みに近いようです。)
2016年7月11日(7月10日深夜)に、
NHKBSプレミアム・プレミアムシアターで、
「シュ・シャオメイ(Zhu Xiao-Mei)の音楽と素顔&ピアノリサイタル ほか」を
放映していました。
上海生まれで、文化大革命の荒波を超えて、
1984年からはパリを拠点に活躍しているピアニスト、とのこと。
番組前半は、2014年の北京でのコンサートに至るまでの、
彼女の人生をインタビューや記録映像を元にしたドキュメント番組でした。
後半は、北京での「ゴルトベルク変奏曲」の全曲演奏でした。

自分を苦しめた中国でのコンサートという、
複雑な心境は想像を超える経験なのでしょうね。
インタビュー中に演奏された、シューベルトの「冬の旅」の第1曲「おやすみ」が、
すごく心に残りました。

さて、苦悩の人生を歩んできたのと、演奏はまた別に考えたいものです。
彼女が演奏している様子を、横から撮影したところは、
ちょうど猫背具合がなんとなくグレン・グールドを髣髴とさせました。
前半の精妙さは絶品でした。
最後の方は少し疲れてきたのか、響きが少し荒くなっていったように思えました。
それにしても、深みのあるピアノ演奏でした・・・
禅的バッハ???
もう少し聴いてみようかな?

関連記事
Zhu Xiao-Mei
中国人ピアニスト、シュ・シャオメイ(Zhu Xiao-mei)

1990年録音盤ゴルトベルク変奏曲

2016年録音盤ゴルトベルク変奏曲

彼女の自伝
永遠のピアノ〜毛沢東の収容所からバッハの演奏家へ ある女性の壮絶な運命〜

2016年6月12日 (日)

音楽評論家・宇野功芳氏逝去・・・(2016年6月10日)〜クラシック音楽CDでの演奏家選びに大いにお世話になりました・・・

クラシック音楽の評論家として、
吉田秀和氏(故人 1913-2012)に次ぐぐらいの影響力があった、
宇野功芳氏が、2016年6月10日に逝去された、というニュース記事を読みました。
音楽評論家で指揮者の宇野功芳さん死去
ご逝去を悼み,謹んで哀悼の意を表します。

ニュース全文を引用します。
(引用)
音楽評論家で指揮者の宇野功芳(うの・こうほう=本名・功=いさお)さんが10日、老衰のため死去した。86歳。葬儀・告別式は近親者のみで行う。後日、お別れの会を開く予定。

 父は漫談家の牧野周一。国立音楽大声楽科で合唱指揮者を志す一方で、音楽評論を始める。歯切れ良い筆致で指揮者のハンス・クナッパーツブッシュやカール・シューリヒト、エフゲニー・ムラビンスキーをはじめ、20世紀を代表する演奏家の紹介で知られた。

 また、大阪フィルを率いた朝比奈隆に早くから注目して評価を高め、難解とされたブルックナーやワーグナーの音楽の真価を分かりやすく解説。一方で、指揮者としても独特の手法で人気を集めた。著書に「宇野功芳の『クラシックの聴き方』」など多数。
(引用終)

長年、音楽之友社の『レコード芸術』誌のCD評を楽しみに読んでいました。
(私は『レコード芸術』誌を毎回立ち読みするだけで、
買ったことはほとんどありませんが・・・スイマセン)
今年(2016年)になってから、宇野先生(あえて「先生」という呼称にします)の名前が、
『レコード芸術』から消えてしまい、寂しさを覚えていました。
宇野先生の記事がない『レコ芸』は、気の抜けたビールみたいで、
ますます読むところがなくなりつつあるな、というのが実感でした。
(吉田秀和氏と宇野功芳氏の記事が、『レコ芸』の双璧だった、ともいえます。)

良くも悪くも、クラシック音楽を聴く上で、
「導きの星」となったような存在でした。
カラヤン、アバド、小澤、ポリーニといった指揮者や演奏家を貶す一方、
(ただし、「いいものはいい!」と言っていたことは特筆すべきでしょう。
カラヤン指揮ベルリン・フィルによるR・シュトラウスの「4つの最後の歌」など・・・)
朝比奈隆、クナッパーツブッシュを「コクのある」などと賞賛していました。
最近なら佐藤久成やHJリムなどを推していました。
結構当たりハズレもありましたが・・・

宇野先生の『宇野功芳のクラシック名曲名盤総集版』(現在絶版?)は、
たぶん私にとっては、聖書に次ぐ回数を読んでいると思います。
(ただし、通読ではなく、必要な箇所だけがほとんどですが・・・)
今でも時々読みます。

2010年頃から(もっと前から?)、
宇野先生の「ストライクゾーン」がずいぶん甘く(広く?)なっている、
と思うようになりました。

私自身も、年齢と経験を重ねることにより、宇野先生の影響から解放され、
自分自身の価値判断で、自分なりの聴き方ができるようになりました。
カラヤンやアバドなど、
宇野先生がどちらかというと貶していた音楽家の素晴らしさも知りました。
(今所有している中で、SACDの数が最も多いのが、カラヤン指揮のものです。)
また、音楽家がやりたい放題の演奏(いわゆる「爆演」)よりも、
楽譜に忠実な演奏の方が、美しいと思うようにもなりました。
(演奏家の「オレはこのように強調する!」というのが、
あまりにもあざといと、煩わしくなったというか・・・)

先月末(2016年5月)に、
よく読んでいる「クラシック音楽 名曲・名盤CD求めて三千枚」というブログで、
今月のレコード芸術と宇野功芳の最近の評論について」という記事を読みました。
だいたい共感しました。

ともあれ、吉田秀和氏や宇野先生の後を継ぐような、
そういう存在はしばらく出ないかもしれませんね。
鈴木淳史氏や許光俊氏の文章は面白いですが、
全面的に「信じる」という感じではないし・・・

宇野先生の指揮の方は・・・
だいぶ前に、ベートーヴェンの「第9」のCDを買ったことはありますが、
まるでブルックナーのような感じになっていました。
あざとすぎるというか・・・
(昨年もCDを出していましたね。あれが指揮活動の集大成なのでしょう。
私は買っていませんが・・・)

(参考)
功芳の「第9」

まずは、「ありがとうございました!」と言いたいです。
そして、「お疲れ様でした」・・・
(参考記事)
85歳でも枯れない音楽家、宇野功芳の「やりたい放題」

2016年3月18日 (金)

書評:松谷信司著『キリスト教のリアル』(ポプラ新書)〜晴佐久神父は日本のキリスト教界のヨシュア?

書店で見かけて、すぐさま買った本です。
松谷信司著『キリスト教のリアル』(ポプラ新書)を紹介します。
著者の松谷信司氏は、キリスト新聞社の季刊『Ministry』編集長です。
本の4分の1、前半の第1部「日本におけるリアルなキリスト教」は、
(少なくとも既にキリスト教信徒の)私にとっては、あまり目新しいところがない、
用語解説みたいなところですが、
「キリスト教って、どんな宗教?」という一般の方からすると、
コンパクトにまとまっている記述だと思います。

一般の人にとっても、
既にキリスト教の教会に通っている人(信徒、未受洗者問わず)にとっても、
興味深いのは、第2部「牧師・神父から観た日本におけるリアルなキリスト教」でしょう。
正確に言うと、「・・・リアルなキリスト教」(教会・信徒)ではなく、
「・・・リアルな牧師・神父」が内容です。

カトリック多摩教会の晴佐久昌英神父、
日本基督教団原宿教会の川上咲野牧師、
日本福音ルーテル東京教会の関野和博牧師
単立ともにチャペルの森直樹牧師、
そして、著者の松谷信司氏による対談で、
「なぜ牧師・神父になったのか」、
休日や趣味、結婚、給料、定年など、
教会ごとの違いや、その牧師、神父の考え方の違いが明らかになり、
なかなか興味深かったです。

日本のキリスト教伝道がはかどらない理由として、
この本でも一般的な説がPP.17〜19でも述べられていますが、
4名(松谷氏は司会役なので除外)のうち、
意外にもカトリックの晴佐久神父のみが、
希望的な発言をしていますので引用します。
(引用)
晴佐久   (中略)日本の教会は死につつあるなんて声があるけど、とんでもない。実はまだ、始まってもいないんだと思う。生き生きした教会があって、それがだんだんしぼんでいったのなら「死につつある」と言えるけど、まだ始まってすらいない。モチベーションを持ったキリスト者がどんどん広まっていくという300年くらい先のイメージが私にはあります。(PP.158)
晴佐久   私はいつも言っているのですが、信者の数は福音を語った数に正比例します。これは自分の実感で、間違いなくそうです。福音というのは、「あなたは救われている」とか、「神様はあなたを本当に愛しているよ」とか、「大丈夫だよ」という、はっきりとした神様からのメッセージ。今、それを必要としている目の前の人にまごころから宣言すると、必ず救われます。だから私に言わせれば、信者が増えないのであれば、それは福音を語っていないから、あるいは福音ならざるものを必死に語っているからでしかない、ここだけは確信がありますね。これまで28年間の経験で、信者が減るという経験をしたことがありません。常に福音をもっと語る、もっと露出する、もっとわかりやすくいろんなかたちでみんなに伝えるという工夫をし続けていくと、もう次々と、それなら一緒にやっていきたいとか、そういう集まりに私も加わりたいという人が現れる。(以下省略)(PP.168〜169)
(引用終)

他の3人は「牧師だってフツーの人間だよ」という主張をするのが精一杯ですが
(別に、他の3人の牧師を批判しているわけではありません、悪しからず・・・)、
晴佐久神父だけどうしてこんなにキラキラ輝いているのか・・・
晴佐久神父は、日本のキリスト教界にとって、
まるで、旧約聖書民数記13、14章の、
ヨシュアとカレブのような存在だと思いました。
(エジプトを出たイスラエルの民が、約束の地であるカナンに入る前に、
12人の斥候を送ります。
12人のうち、10人は約束の地に攻め入ることについて否定的なコメントをします。
ヨシュアとカレブだけは主が共におられるなら大丈夫だ、と主張しますが、
民は否定的なコメントの方を信じ、主の力を信じなかったので、
結果として、イスラエルの民は40年の間荒野を放浪することになります。)
日本のキリスト教伝道の失敗をあれこれ分析するのが無駄だと言うつもりはありませんが、
できない理由をあげつらうより、できることを進める方がすばらしいですね。

ビジネス関係の本にこんな話がよく出てきます。
靴を履く習慣のない土地に行った二人の靴セールスマンの話です。
一人は、「あの土地には靴を履く習慣がないから、靴を売るのは無理です。諦めましょう。」
もう一人は、「あの土地には靴を履く習慣がないから、これから靴を売り込むチャンスです。」
靴を履く習慣がない、という分析はどちらも同じですが、
それをマイナスととるか、チャンスととるか・・・
日本のキリスト教伝道だって同じだと思います。

4人の対談の中で、もう1箇所、心に残ったのは、
「一度は見てほしい教会&聖地」という話題のところです。
他の3人は、フランスのルルドや南スイスのラサ、
テゼ共同体を挙げていますが、
晴佐久神父は、
(引用)
晴佐久    この教会がすごい」ということで言えば、うちの多摩教会。あまりよその教会の実態を知らないというのもありますが、ここは聖なる場所だと感じるのは、実際に人が救われているから。本当に苦しみにとらわれていた人が、目の前で解放されて喜びの涙を流す現場をこれほど日常的に見られる教会は、多摩教会においてほかはないと思っています。(PP.177)
(引用終)
どこか遠い聖地ではなく、自分の教会がまさに聖地になる!
こんなことを堂々と言えるのが凄い!

この本で「キリスト教」はぼんやりとしか見えないかもしれませんが、
牧師・神父の姿は身近に感じられるようになるはずです。
キリスト教関係の出版社ではなく、
一般の出版社から出されたことを歓迎します。

おまけとして・・・
第一部の中の「誤解されがちな教会用語」(PP.57〜65)の中の一節。
(引用)
・福音(エヴァンゲリオン)
  汎用人型決戦兵器ではありません。「良い知らせ」という意味のギリシャ語で、新約聖書ではイエス・キリストの宣教と生涯、宣教の内容を意味するようになりました。

(以下省略)(PP.63)
(引用終)※下線部は筆者による。
ちなみに、新約聖書の「使徒」は世界を破壊しませんよ(*^-^)

2016年3月 2日 (水)

書評:溝部脩著『青年と読むマルコによる福音』(ドン・ボスコ社)

先月(2016年2月)、
札幌市内のキリスト教書店「オアシス札幌店」に立ち寄った際、
手にとって、買った本です。
(プロテスタント中心の書店ですが、
最近ではカトリック関係の本も置いています。)
溝部脩著『青年と読むマルコによる福音』(ドン・ボスコ社)を紹介します。
著者はカトリック高松教区名誉司教です(でした)。
ここ最近、寝る前に少しずつ読んでいます。
1章が適度な長さで、読みやすく、かつ福音的です。
実はまだ読み終わっていないのですが、
たまたま女子パウロ会のHPを見たら、
著者が2016年2月29日に逝去されたことを知りました。
訃報 溝部脩さん80歳=カトリック高松司教区名誉司教
ご逝去を悼み,謹んで哀悼の意を表します。

Requiem æternam dona eis, Domine, et lux perpetua luceat eis.
(主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光でお照らしください。)

さて、本の紹介に戻りましょう。
この本は、著者が2年かけて青年たちと一緒にマルコ福音書を読み解いた記録、
とのことです。
がちがちのカトリック教理で折伏、というのではなく、
仏教の話や映画『ベン・ハー』や『ローマの休日』の話、
宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の全文引用があったり、
宗教改革者カルヴァンの話も半ば肯定的に紹介されたりしていました。
(PP.24)
実に柔軟な心で、青年たちにとって福音書を身近なものにしようとする、
優しい語り口が魅力的です。

本文から一部引用してみましょう。
マルコ5章の出血病を患う女の話についての記事からです。
(引用)
 この女はイエスのことを聞いて、この人しか自分を救ってくれる方はいないと信じて、町に入ってきて、イエスに近づいたのでした。そして「後ろのほうからイエスの衣に触れた」(5・27)のです。この種の病気の人は汚れた者とみなされていたので、公に触れるのを彼女はためらったのでした。しかし、「イエスの衣にさえ触れることができれば、救われる」(5・28)と信じていたのでした。彼女は病が治されるというより、自分の状況から救われるということを願っていたのでした。病気にかかって以来、自分を悩まし続けたすべてのことから立ち直りたいと希望していたのでした。ともかく新しい人生を歩みたかったのです。イエスは、この女の強い心に動かされて、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」と告げます。その瞬間に出血病が治りました。イエスは、彼女が強く願ったから、その信じる力によって治ったと告げたのです。
 「すがる」とはこういうことです。この人しかいないという思いの丈を、思い切りぶっつける行為です。治っても治らなくても、との「のらりくらり」のお願いではありません。何がなんでも治してもらいたいという必死の思いなのです。現代人の私たちに一番欠けているのは、この必死の思いかもしれません。「このくらいで」、「まあまあ」で引き下がってしまうのです。いつもあいまいで、何でもいいのです。従って必死になって祈るという意味が理解できないのです。
 きっとこの女は初代教会で、集会の折にでも、自分が触れたイエスの感触を話して聞かせたことでしょう。それが聖書に残っていきました。聖書のこの箇所を味わって読むと、その女の息遣いが私たちにも伝わってくるようです。

(PP.68〜70から引用終)

今のところAmazonでは取扱いがないようです。
キリスト教書店で入手可能です。

Mizobe

2015年10月26日 (月)

許光俊著『人生最高のクラシック』 (光文社知恵の森文庫)と、レーグナー指揮ベルリン放送交響楽団による「チャイコフスキー:3大バレエ・ハイライツ集」

先日、書店の文庫新刊コーナーで、
許光俊の『人生最高のクラシック』 (光文社知恵の森文庫)を見つけ、
すぐさま買って読みました。
少し内容は古いものの(元々2003年に出版されたもの)、
クラシック音楽の名演はそれほど変わらないので、
いろいろ参考になります。
(同じ著者で、2015年4月にも『世界最高のクラシック』が、
文庫化されています。こちらも読みました。)

人生最高のクラシック

世界最高のクラシック

『人生最高のクラシック』では、
前作『世界最高のクラシック』の中で取り上げなかった指揮者について論じています。
日本では不当に評価が低いショルティについても取り上げているのは流石です。
この本で特に興味をもったのが、
ハインツ・レーグナーと、ジュリーニの記事です。
もちろんどちらの指揮者も昔から知っていましたが、
レーグナー指揮のチャイコフスキー:3大バレエ集と、
マーラーの交響曲第3番、
ジュリーニ指揮ベルリン・フィルによるモーツァルトの交響曲第40番、第41番。
これらのCDに興味を抱き、早速購入してみました。
(2015年10月26日現在、モーツァルトの方はまだ未着です。)

チャイコフスキー:3大バレエ・ハイライツ集


(引用)
 ズバリ、レーグナーの「白鳥の湖」は、同曲の数えきれぬほどある録音の中でも、もっともすぐれたもののひとつだろう。いや、もっともすぐれたものと断言してもいいかもしれない。事実、私はこの演奏以上にすばらしい「白鳥の湖」を知らないのだから。
(『人生最高のクラシック』PP.177〜178から引用終)

この言葉に偽りはありませんでした。
確かに、「白鳥の湖」だけ聴いても、まるで交響曲のような重厚さがあります。
トラック4の有名な「情景」(第2幕)。
普通なら単にムード音楽で終わってしまいますが、
バレエのシーンがありありと目に浮かんできそうなほどでした。
まるで初めてこの曲を聴いたかのような、
あるいは、ぼやけた映像が鮮明に見えるかのような・・・
「白鳥の湖」の「情景」を聴いて涙がこぼれそうになったのは初めてでした。
既に所有しているカラヤン指揮VPOの演奏と聴き比べてみました。
こちらの演奏も見事ですが、BGMの域を出ていない、
というのが正直なところです。
レーグナーの指揮で、単なるBGMのように聴き飽きた3大バレエの曲が、
「こんな立派な曲だったの?」と見違えるような様相を魅せてくれました。

(参考)
カラヤン指揮ウィーン・フィルによる
チャイコフスキー:三大バレエ組曲(DECCA)

「くるみ割り人形」は、クナッパーツブッシュ&VPOの名演も忘れがたいですが、
こちらも素晴らしい演奏でした。
(クナッパーツブッシュ&VPOの「くるみ割り人形」組曲は、
タワーレコードで入手可能です。
タワレコで「クナッパーツブッシュ ポピュラー・コンサート」と検索。)

なお、今回紹介したCDでは、「白鳥の湖」からは8曲が収録されていますが、
元々は「白鳥の湖」のダイジェスト版として製作されたCDからの抜粋です。
(「くるみ割り人形」からは10曲、「眠りの森の美女」からは8曲)
もう少し長く聴きたい方は、2015年10月28日に、
「チャイコフスキー:《白鳥の湖》(抜粋)」というCDが再発売されますので、
そちらでどうぞ。
(「くるみ割り人形」と「眠りの森の美女」も、
それぞれ1枚もののCDとして再発売されます。)

白鳥の湖(抜粋)全11曲収録

くるみ割り人形(抜粋)全16曲収録

眠りの森の美女(抜粋)全22曲収録

2015年10月19日 (月)

映画「イエスマン “YES”は人生のパスワード」(原題:”Yes Man")〜すべてのことにYES!と言い続けたなら?

映画『イエスマン “YES”は人生のパスワード』(原題:”Yes Man")が、
2015年10月19日に、NHKBSプレミアムで放映されました。
妻は以前、飛行機の中で観たことがあるとのことでした。
珍しく録画ではなくリアルタイムで観ました。

人生に消極的だった主人公(演:ジム・キャリー)が、
少しアヤシゲな自己啓発セミナーに誘われ、
いつでも「YES!」と言うという自己誓約をたててから、
人生が好転するようになり、
ステキな女性(演:ズーイー・デシャネルZooey Claire Deschanel)にも巡りあうが・・・
あとは観てのオタノシミとしましょう。

人生にYES!と言い続けるのは結構難しいでしょう。
事実、原作となった本(映画とは別物とはいえ・・・)を書いた著者、
ダニー・ウォレス氏も、実際に半年間やってみて、
相当な困難(特に金銭的に)を背負うことになったそうですが、
最後に本と映画化という大きなラッキーを手に入れたわけです。
日本の『わらしべ長者』みたいなものでしょうか?

イエスマン(書籍)


ところで、バイブルには、何でも”YES!”と言え、とは書いていませんが、
近いことは書かれています。
いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。
どんなことにも感謝しなさい。
これこそ、キリスト・イエスにおいて、
神があなたがたに望んでおられることです。

(新約聖書 テサロニケの信徒への手紙Ⅰ5:16〜18新共同訳)

特に「どんなことにも感謝しなさい。」という御言葉は、
実際に試す価値があります。
騙されたと思って、試しに1週間でもやってみてはいかがでしょうか?
人生が大いに変わるはずです。
なぜなら、「これこそ、キリスト・イエスにおいて、
神があなたがたに望んでおられることです。

すなわち、神様がそういう生き方を望んでおられる、ということです。
よいことも、悪いことも、神様からのプレゼントと思えたら、
人生、無駄なことなど一つもないことに気づきます。
(映画と同様、時には感謝できないこともありますが・・・)

私はマーリン・キャロザース師(既に故人となりましたが)の
『讃美の力』に出会ってから、感謝と讃美の人生へと変えられました。
上記の御言葉と、ローマ8:28が、
私にとって生きる道標となっています。
すべてが神の愛と思えるようになりました。
たぶん、映画のように”YES”というよりは簡単ですよ。
(それに、意思の力で、ではなく、聖霊様の力によりますから・・・)

讃美の力

同じ著者の『獄中からの讃美』もオススメですよ。

2015年10月 5日 (月)

組み体操は学校教育に必要か〜書評:内田良著『教育という病』(光文社新書)

先日(2015年9月末)、インターネット上で、
組み体操のピラミッドが崩れて6人が重軽傷、というニュースを読みました。
6人が重軽傷‥組み体操ピラミッド事故にネットでは批判の声も‥
ちょうど本日(2015年10月5日)、
NHK総合の「ニュース シブ5時」でも、特集をしていました。

事故が起きた巨大ピラミッドでは、計算上、
一番下の段の子には200kgの荷重がかかるそうです・・・
そして、事故件数は平成25年度(2012年)だけでも、
なんと6533件にものぼるとのこと。
「保護者が感動」「子どもたちの達成感」(そして、「教師の自己満足」)・・・
このために、あまりにも大きいリスクではないでしょうか。
しかも、組み体操は学習指導要領には記載がありません。
過去には1億円の損害賠償になったケースや、
事故により頸髄損傷を負い、全身不随になったケースもあったそうです。

巨大化する組み体操の問題を以前から指摘していたのが、
名古屋大学大学院准教授の内田良氏です。
ちょうど今年の6月に、
『教育という病 子どもと先生を苦しめる「教育リスク」』(光文社新書)
が刊行されました。

この本の第1章が、「巨大化する組体操」です。
大小の事故が頻発しているにも関わらず、
未だに「感動」に固執する教員と、「感動」を求める保護者たち・・・
高いピラミッドでは、高さが3〜5メートルにもなり、
本来なら足場を必要とするほどのものです。
(労働安全基準規則によると、2メートル以上の高所作業では、
必ず何らかの安全策が必要とのこと。社会人でさえ法で守られているのに・・・)

この本では、他に、「2分の1成人式」、部活での体罰と事故、
部活動顧問への過重負担(部活動顧問教師は土日も休みがない!)、
柔道界の安全対策についても論じられています。
特に、前述の組み体操と、2分の1成人式、部活動顧問への過重負担については、
教育関係者必読記事です。

感動、感動、感動・・・あるいは「美談」・・・
感動がリスクを見えなくし、
子どもの心の叫びを押し殺してしまうこともあるのです。
目先の感動のために、一生を棒に振ることを生徒に強要するのは、
教育という名の虐待ではないでしょうか?
もっといえば、教師が子どもを使って支配欲を満たしているだけとか・・・

なお、著者の内田良氏の、学校の各種事故についての記事は、
インターネット上で読むことができます。
→「リスク・リポート
統計データについては、

私としては、学校での組み体操の人間ピラミッドは、
2段か3段以上は全面禁止とすべき、と考えています。
まして10段などはもってのほかです。
あと、土日返上の部活動顧問の問題は、
労働基準監督署とか、裁判など、外部の圧力がなければ解決できないと思います。
感動とか美談に酔いしれる教育界に自浄努力を期待するのは難しそうです。

ついでにいえば、小学校の運動会や、学習発表会(学芸会)も、
本当に必要なのでしょうか?
子どもをダシにつかっているだけです。
もっと地道な学習に力を入れるべきなのでは、と考えます。

(2015.10.10追記)
NHKではまた改めて「組み体操」について特集をしていました。
10月10日放送の「週刊ニュース深読み」です。
巨大化する“組み体操” 誰のため? 何のため?
現役小学校教師の声(賛成派)のも紹介されていましたが、
「学校の常識は社会の非常識」と思うようなものでした。
学校の中は北朝鮮なのでしょうか?
乙武洋匡さんのコメントは適切だと思いました。
(参考記事)
ハイリスクでも感動を......組体操「巨大ピラミッド」を行う理由とは?
安全第一の運動会で今なお進化する「人間ピラミッド」の是非

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