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2016年3月 2日 (水)

書評:溝部脩著『青年と読むマルコによる福音』(ドン・ボスコ社)

先月(2016年2月)、
札幌市内のキリスト教書店「オアシス札幌店」に立ち寄った際、
手にとって、買った本です。
(プロテスタント中心の書店ですが、
最近ではカトリック関係の本も置いています。)
溝部脩著『青年と読むマルコによる福音』(ドン・ボスコ社)を紹介します。
著者はカトリック高松教区名誉司教です(でした)。
ここ最近、寝る前に少しずつ読んでいます。
1章が適度な長さで、読みやすく、かつ福音的です。
実はまだ読み終わっていないのですが、
たまたま女子パウロ会のHPを見たら、
著者が2016年2月29日に逝去されたことを知りました。
訃報 溝部脩さん80歳=カトリック高松司教区名誉司教
ご逝去を悼み,謹んで哀悼の意を表します。

Requiem æternam dona eis, Domine, et lux perpetua luceat eis.
(主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光でお照らしください。)

さて、本の紹介に戻りましょう。
この本は、著者が2年かけて青年たちと一緒にマルコ福音書を読み解いた記録、
とのことです。
がちがちのカトリック教理で折伏、というのではなく、
仏教の話や映画『ベン・ハー』や『ローマの休日』の話、
宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の全文引用があったり、
宗教改革者カルヴァンの話も半ば肯定的に紹介されたりしていました。
(PP.24)
実に柔軟な心で、青年たちにとって福音書を身近なものにしようとする、
優しい語り口が魅力的です。

本文から一部引用してみましょう。
マルコ5章の出血病を患う女の話についての記事からです。
(引用)
 この女はイエスのことを聞いて、この人しか自分を救ってくれる方はいないと信じて、町に入ってきて、イエスに近づいたのでした。そして「後ろのほうからイエスの衣に触れた」(5・27)のです。この種の病気の人は汚れた者とみなされていたので、公に触れるのを彼女はためらったのでした。しかし、「イエスの衣にさえ触れることができれば、救われる」(5・28)と信じていたのでした。彼女は病が治されるというより、自分の状況から救われるということを願っていたのでした。病気にかかって以来、自分を悩まし続けたすべてのことから立ち直りたいと希望していたのでした。ともかく新しい人生を歩みたかったのです。イエスは、この女の強い心に動かされて、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」と告げます。その瞬間に出血病が治りました。イエスは、彼女が強く願ったから、その信じる力によって治ったと告げたのです。
 「すがる」とはこういうことです。この人しかいないという思いの丈を、思い切りぶっつける行為です。治っても治らなくても、との「のらりくらり」のお願いではありません。何がなんでも治してもらいたいという必死の思いなのです。現代人の私たちに一番欠けているのは、この必死の思いかもしれません。「このくらいで」、「まあまあ」で引き下がってしまうのです。いつもあいまいで、何でもいいのです。従って必死になって祈るという意味が理解できないのです。
 きっとこの女は初代教会で、集会の折にでも、自分が触れたイエスの感触を話して聞かせたことでしょう。それが聖書に残っていきました。聖書のこの箇所を味わって読むと、その女の息遣いが私たちにも伝わってくるようです。

(PP.68〜70から引用終)

今のところAmazonでは取扱いがないようです。
キリスト教書店で入手可能です。

Mizobe

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