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2015年5月17日 (日)

「中3で九九を勉強・・・」は教育格差の問題なのか?

「教育格差」という言葉を最近よく見聞きしますね。
教育格差というと、普通は、親の経済力や住んでいる地域によって、
受けることのできる教育に「格差」が生じることを指します。
たとえば、東京などの大都市に住んでいる子は、
親の経済力によって、公立校、私立校の選択ができます。
(私立校に入る、ということは、
当然、「お受験」塾に通うなどの費用も含まれますし、
高額な学費も含まれます。)
同様に、たとえ親が相当な金持ちだとしても、
地方都市や過疎の町に住んでいるなら、
余程でない限り、公立校以外の選択肢はありません。
「教育格差」という言葉は、政権批判の道具としても使われることが多いです。

Yahoo!ニュースの2015年5月17日の見出しで、
中3で九九を勉強…今そこにある「教育格差」〈AERA〉」という記事を見つけ、
読んでみました。
普通は記事のリンク先を紹介するだけで、全文を掲載することはしないのですが、
ニュースネタはいつの間にかリンク先が消滅することが多いので、
今回は記事を全文引用します。

(引用)
中3で九九を勉強…今そこにある「教育格差」〈AERA〉
dot. 5月17日(日)16時9分配信

日本でも進んでいる「教育格差」。私たちの気づかないところで、その格差は確実に大きくなっているようだ。

 6×5=30、6×9=54、6×2=14…。「あれ、6×2は12だ」

 ゴールデンウィーク後半の5月4日夜、東京都中野区の施設で、無料塾「中野よもぎ塾」が開かれていた。中学3年の女子生徒はこの塾で「百ます計算」を繰り返し、1年かけて九九を覚えた。

 小学6年の時に両親が離婚。母親に引き取られたが、思春期を迎えて衝突。中学2年で登校拒否に。勉強についていけず、成績表には1が並んだ。しかし、昨年からこの塾に通い始めると、九九をマスターした。ほかにも、苦手だった漢字がずいぶん書けるようになった。

 中野よもぎ塾は昨年4月、中野区内で家庭教師などをしている大西桃子さん(34)が始めた。経済的な理由で塾や家庭教師を利用できない子どもたちがいる。子どもたちが気軽に学べる場所をつくりたいと、「無料塾」の看板を掲げた。運営は、市民からの寄付で成り立っている。

 毎週日曜、午後6時から3時間が基本。10余人の参加者には母子家庭の子どもが多く、アルファベットが読み書きできない子も珍しくない。無償で講師を買って出た社会人や大学生、院生たちが、ほぼマンツーマンで指導にあたる。大西さんは言う。

「子どもたちは勉強ができないのではなく、やる機会がなかっただけ。彼らがよりよい将来を夢見て、自力で歩いていくための手助けをしていきたい」

 冒頭の女子生徒は最初、母親に連れてこられた。無言で無表情。それが、講師たちとのふれあいを通して次第に打ち解け、笑顔も増えて、自分から周囲に話しかけるようになった。集中力もついてきた。高校には行きたくないと思っていたが、勉強するうち自信がついたのか、こう思うようになった。

「高校には行ったほうがいいかな」

 家庭環境や、経済状況が教育格差につながることは少なくない。その顕著な例が秋田県だ。14年度の全国学力テストでは、小学生が47都道府県で1位、中学生も2位なのに、同じ年の大学進学率は36位。なぜか。秋田県の世帯年収は、全国43位と低い(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)。家計に余裕がなくて進学できていない可能性がある。

※AERA 2015年5月25日号より抜粋
(引用終)

この記事を読むと、親が離婚したり、秋田県の世帯年収が低かったりすると、
教育格差が広がるかのような印象を受けます。
しかし、そもそも親の離婚と秋田県の世帯年収が低いこと=教育格差というのは、
あまりにも短絡的ではないでしょうか?
完全なる、印象操作の記事といえます。

上記記事の例でいえば、両親が離婚したのは小学6年の時です。
一方、かけ算九九を習うのは、通常、小学2年の時です。
また、母親の経済状況は何も書かれていません。

つまり、「中3で九九を勉強」という事例は、いわゆる「教育格差」ではなく、
次の3つが考えられます。
1.その生徒に、学習障害がある。
2.小学校の先生がきちんと教えてこなかった。
(※普通、小学校なら6年間で担任が1,2回は変わるはずですが・・・)
3.その両方。

この記事を書いた人は、「教育格差」という言葉を濫用することで、
現在の安倍政権を批判したいだけなのかもしれません。
(私はどちらかというと安倍政権に批判的ですが・・・)
(参考記事:「親の経済力の差が教育格差を生む」は本当か?
[橘玲の日々刻々]

批判の矛先は、安倍政権ではなく、現場教師に向けるべきでしょう。
元記事は、朝日新聞出版の「AERA」ですから、
事実を都合いいように捻じ曲げた、「捏造記事」に近いのかもしれません。
(事実はあったとしても、拡大解釈がすぎる、という意味で・・・)
子どもの貧困率の問題は、確かに深刻なものですが、
それとかけ算九九の習得は、切り離して論じるのが妥当だと思います。
アジアやアフリカの最貧国のように、あるいは宗教的背景で、
学校に行けない(貧しさ故に)、
教育を受けさせてもらえない(女性差別)、
そもそも学校がない(戦争・紛争等で)、
というならともかく、ここは日本です。
「登校拒否になったのが中2」と記事にも書いてありますね。
それなら、少なくともそれまでは教育を受ける機会が存分にあったはずです。
「教育格差」以前の問題です。

秋田県の大学進学率が低いことについてはどうでしょうか?
そもそも、大学には必ず行かないといけないのでしょうか?
大学に行っても、be動詞の勉強をするような類のところよりは、
小中学校でしっかりと基礎学力をつけている方が、
よほど「使い物になる」のではないでしょうか?
(参考記事:なぜ、秋田は学力テスト1位なのに、進学率が低いのか?
出身地のDNA鑑定[出世と職場] PRESIDENT 2012年3月5日号

大学の価値のインフレ化こそ問題だと思います。

中学受験の類ならいざしらず、かけ算九九とかで塾を必要とするような公教育は、
教育として失格であり、税金の無駄遣いといえます。
算数の問題解決型授業や「学び合い」の犠牲者なのかも?)
日本が好景気に湧いたバブル期でも、やはり金持ちと貧乏人はいましたが、
九九を覚えるのは「教育格差」とやらの問題ではなかったはずです。
教師の熱意と、本人のやる気によるものです。
むしろ、貧しいからこそ、一生懸命勉強しようという人は大勢いたはずです。

少なくとも、かけ算九九とか、
公教育で取り扱う範囲の読み書き計算(もっと限定して言えば、小4程度までの)は、
「親の経済力や住んでいる地域のせいで・・・」という言い訳はありえません。
教師の教育力の問題と、本人のやる気の問題なのです。

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