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2015年3月15日 (日)

書評:ゴードン・D・フィー/ダグラス・スチュワート共著『聖書を正しく読むために[総論] 聖書解釈学入門』(いのちのことば社)※原題:How to Read the Bible for All Its Worth

我々が聖書を読む際に、ついつい思い込みで読んでいるところが、
いかに多いか、改めて気付かされました。
ゴードン・D・フィー/ダグラス・スチュワート共著の、
聖書を正しく読むために[総論] 聖書解釈学入門
※原題:How to Read the Bible for All Its Worth
(いのちのことば社)を読みました。
副題に「聖書解釈学入門」とあるように、
聖書解釈学の思考方法から始まり、
約460頁かけて聖書全体を大雑把に概括しつつ、
聖書解釈学の要点を教えてくれます。
原題を直訳すると、「その価値すべてを求めるための聖書の読み方」となります。
原題については、本の中でも触れられています。

(引用)
 本書の他の箇所についてと同じくらい多く、修正を求めるコメントを受けたので、この書の題について一言触れます。いいえ、私たちも出版社も、間違えたわけではありません。for All It's Worth(価値がどれだけであっても)でなくfor All Its Worth(その価値すべてを求めて)としたのは、Itsがアポストロフィーなしで出てくるときにのみ効果ある、故意のことば遊びなのです。そして結局私たちが強調したちことはこの所有格Itsにあります。聖書は神のことばであり、人々にとって偉大な価値を持つゆえに、読んでほしいと私たちは望んでいます。そして、もし聖書を「価値がどれだけであっても」読むのなら、その価値(its worth)を見いだすことになると思います。
(本書PP.15から引用終)

さすがに大著なので、10日間ぐらいかけて毎日寝る前に1章ずつ読んでいきました。
聖書解釈学とは、端的に言えば、
聖書本文がもともと意味していたことは何か、を明らかにすることです。

中世スコラ哲学の主張する、「聖書の四重の意味」
(聖書の語句には以下の四重の意味が含まれているとする。
(1)文字的意味…歴史的文字的意味のこと
(2)比喩的意味…テキストは教会に適用される
(3)転義的(道徳的)意味…テキストの個人に対する関係
(4)究極的意味…テキストの永遠的ないしは終末的意味を指す)の類は、
明らかに読み込み過ぎであり、
様々な異端やカルトが主張する、ある一箇所を拡大解釈する傾向から、
冷静に、テキストは何を語っているかを考えるのに、聖書解釈学は役立ちます。

本文の中で紹介されている、かなり強引な解釈の例を、
少し長いですが例示します。
(不謹慎ですが、大聖人による、あまりのトンデモ解釈に失笑・・・)
(引用)
 たとえ話の誤解という長い歴史の理由は、マルコ4・10〜12(//マタイ13・10〜13//ルカ8・9〜10)に記されている、イエスご自身が語ったことにまでさかのぼることができます。たとえ話の目的について聞かれたとき、イエスは、たとえ話は内部の者にとっての奥義を含んでいる一方、外部の者をかたくなにする、と示唆しているように見えます。それからイエスが、種まきのたとえを準寓喩的な方法で「解釈」したので、かたくなな理論と際限なく寓喩的な解釈が許可されたように見えたのです。たとえ話は、外部の者にとっては単純な物語で、彼らには「真の意味」「奥義」は隠されている、と考えられました。それらは教会だけのもので、寓喩という手段によって明らかにできるものでした。
 こうしてアウグスティヌスのような偉大で聡明な学者が、良きサマリア人のたとえに次のような解釈を示しました。
 「ある人が、エルサレムからエリコへ下る道で」=アダム
 「エルサレム」=天にある平和の町で、そこからアダムは堕落した
 「エリコ」=月であり、したがってアダムの死すべき運命を意味する
 「強盗」=悪魔とその使い
 「その人の着物をはぎ取り」=彼の不死をはぎ取り
 「なぐりつけ」=彼を説き伏せて罪を犯させることによって
 「半殺しにして逃げて行った」=生きてはいるが霊的には死んだ、それゆえ半分死んでいる
 「祭司」と「レビ人」=旧約聖書の祭司制と務め
 「サマリヤ人」=守護者を意味すると言われており、それゆえキリストご自身を意味する
 「傷に・・・・ほうたいをし」=罪の抑制を縛りつけることを意味する
 「オリーブ油」=善き希望の慰め
 「ぶどう酒」=熱き霊をもって働けという励まし
 「家畜」(「ろば」)=キリストの受肉の肉体
 「宿屋」=教会
 「次の日」=復活の後
 「デナリ二つ」=このいのちと来るべきいのちとの約束
 「宿屋の主人」=パウロ
 いかに新奇で興味をそそるものであっても、これがイエスの意図したことだとは完全に確信することは誰にもできません。結局のところ、その文脈は明らかに人間関係の理解(私の隣人とは、誰のことか)を求めるもので、神と人間の関係の理解は求めていません。そして、イエスがこのような鈍感なやり方で教会とパウロのことを予告したと考える根拠はありません。

(同書PP.238〜239より引用終)

よくここまで読み込んだ、というよりは、深読みし過ぎた例ですね。
こういう解釈から、『聖書の暗号』のたぐいに至るまでは、
ほんの僅かな差なのかもしれません。


聖書を正しく読むために[総論]

原書:How to Read the Bible for All Its Worth


聖書の正しい解釈を知る上でとても役立つ本です。
全460頁ですが、文章は平易で読みやすいです。

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