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2014年7月30日 (水)

道徳教育は万能ではない〜善悪を教えるのは学校の役目なのか?

先日、長崎県佐世保市で、高校1年の女子生徒が、
同級生によって殺害され、遺体の一部を切断されるという、
大変悲惨で痛ましい事件が起こりましたね。
(この事件そのものへのコメントは避けます。)
長崎県佐世保市では、
10年位前にも学校内でクラスメイトによる殺人事件があり、
長崎県では「命の大切さを伝える教育」を熱心にやっていたとのこと。
今回の事件を受けて、長崎県の県教育長が、
命の大切さを伝える教育の効果が至らなかった、というような発言をしていました。
佐世保高1殺害…長崎県教委、命の教育見直し(2014年07月30日 11時00分)
教育の責任者として陳謝したい、という気持ちはわかりますが、
私としては、かなり違和感をおぼえました。

学校が、「命の大切さを伝える教育」、もっといえば道徳を教えることに熱心であれば、
このような悲惨な事件や、あるいは、いじめはなくなるのでしょうか?
私は否!と思います。

道徳教育は決して万能ではありません。
そもそも、人を傷つけてはいけない、殺してはいけない、いじめてはいけない、
という人間として当たり前の事を教えるのは、
学校ではなく、家庭の役割ではないでしょうか?

安倍首相のもと、学校現場では、道徳の教科書を使って、
道徳教育を熱心に推し進めようとやっきになっています。
(実際のところ、現場教師は冷めた見方をしているようですが・・・)
道徳教育を推進すれば、いじめはなくなるのでしょうか?
素晴らしい日本人ばかりになるのでしょうか?
答えは当然ながら、NO!です。
(どんなに教育が奮闘しようとも、精神疾患はなくなりませんね・・)
私見では、現在の、コミュニケーション重視の教育は、
同調圧力を強めるだけで、いじめはより陰湿化するのでは、と危惧しています。
(実際、「LINE外し」といった、
スマホの普及に伴う新手のいじめが増えているそうです。)
そもそも、集団的自衛権容認の詭弁や、
グローバル化した勝ち組企業の経営者を「民間議員」として優遇して、
強い立場の企業におもねり、
配偶者手当の廃止など、弱い立場の人につらくあたる政策そのものが、
まさに「いじめ」ではないでしょうか?
上に立つ者から弱い者いじめの構造を作っておきながら、
下の者には道徳を強制するのは、噴飯ものではないでしょうか?

佐世保の事件は、「佐世保だから」起こったのではなく、
たまたま条件が重なって、佐世保で起こったに過ぎません。
日本全国どこでも起こりえるのかもしれません。
10年前の佐世保での事件と関連づける必要はないと思いますし、
県の道徳教育の敗北、ということでもないと思います。

道徳教育は、学校ではなく、家庭で行うものではないでしょうか?
(宗教がある人なら、教会や寺院などによる教化も期待できるのでは?)
また、社会全体で、本来「豊かな国」である日本と日本人が、
その豊かさを享受し、素直に喜ぶことができるなら、
心の余裕につながり、ひいてはもっと寛容な世の中になるのではないでしょうか?

学校は、善悪を教えるところや、保育園的役割よりも、
まともに勉強を教えることに専念してほしいものです。

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