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2013年10月17日 (木)

アンパンマンとイエス・キリスト〜友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。(ヨハネ15:13)

先日(2013年10月13日)、
「アンパンマン」の作者、やなせたかしさんが逝去されました。
享年94歳。ご逝去を悼み,謹んで哀悼の意を表します。
やなせたかしさん、がん患っていた 最期は「アンパンマン」に囲まれて
分け合う優しさ貫徹 やなせたかしさん死去

アンパンマンとやなせたかしさんについては、
ちょうど東日本大震災の後に、
「アンパンマンのマーチ」が大変人気になったことから、
以前記事を書きました。
アンパンマンの「正義」とアメリカ合衆国の「正義」(2011年5月3日)

たまたま今日(2013年10月17日)、
Infoseekのニュース記事の見出しを見ていたら、
「アンパンマンのセリフと行動がイエス・キリストにソックリ!?」
 - ハピズム(2013年10月17日20時30分)

という記事を見つけました。
この記事を書いた百瀬直也さんは、いわゆるスピリチュアル系の方のようですが、
記事はきわめてキリスト教的にアンパンマンを解釈しています。
アンパンマンとイエス・キリストに共通点があるとして、
次のように書いていましたので、引用します。
(引用)
■アンパンマンとイエス・キリストの共通点

 やなせ氏によれば、アンパンマンは「ひもじい人を助けるヒーロー」だという。悪者をやっつけるよりも、ひもじい人に食物を与えることこそが正義なのだと。

 これは、昭和16年に徴兵され、日中戦争に出征した際に、食糧不足でひもじい思いをしたという自身の体験が題材となっているようだ。アンパンマンは、お腹をすかせた人に自分の顔をちぎって「ぼくの顔を食べなよ」と差し出す。これは当初、批評家や親たちに“残酷だ”と不評を買ったが、幼児たちにはこの部分が大好評だった。

 これは、、最後の晩餐の際に、パンを手に取って裂き、「これはわたしの体である」と言って、弟子たちに与えたキリストが持つ愛と慈悲に似ていないだろうか。

 新約聖書のヨハネ福音書では「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」とイエスが語っているが、これも“顔をちぎってあげる”というアンパンマンの行為と似ている。
(引用終)
さらには、こんな一節もありました。
(引用)
 2006年に公開された映画「それいけ!アンパンマン いのちの星のドーリィ」では、「アンパンマンのマーチ」の歌の謎に対する答えの1つがある。

 アンパンマンは、困っている人を助けることが僕の幸せだと言っているが、この映画では、アンパンマンはドーリィという人形を助けるために、命を落としてしまうのだ。
 
 ここでも、「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」というイエスの教えが重なり合う。

(引用終)

最後の方に出てくるのは、新約聖書ヨハネによる福音書に出てくる、
イエス様の有名な御言葉ですね。
友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。
(新約聖書ヨハネによる福音書15:13新共同訳)

「アンパンマン」といえば、幼児向けのイメージがありますが、
この記事に触発されて、
映画「それいけ!アンパンマン いのちの星のドーリィ」について調べてみると、
結構すばらしそうな内容だな、と思いました。
機会があれば観てみたいと思います。

それいけ!アンパンマン いのちの星のドーリィ

(2013年10月21日追記)
それいけ!アンパンマン いのちの星のドーリィ」についての記事を書きました。
映画「それいけ!アンパンマン いのちの星のドーリィ」〜涙腺に愛のア〜ンパ〜ンチ!

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