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2013年3月 9日 (土)

煉獄は誰のために必要なのか?

先日、ある集会にて、熱心なカトリック信者の方が、
その人にとっての、
カトリック信仰のすばらしさ(とプロテスタントの誤り)を語っていました。
私は大変違和感を覚えました。
その場で反論・論破してやりたいと思ったほどでした・・・

その人の発言の要旨を書いてみます。
(私の誤解があるかもしれませんが・・・)
・使徒信条には「聖徒の交わり(・・・を信じます)」という言葉がある。
カトリック教会とプロテスタント教会では、
「聖徒の交わり」に対する解釈が違う。
「聖徒の交わり」といえば、カトリックの教えでは3つの教会がある。
「天上の教会」「煉獄の教会」「地上の教会」である。
・私たちは煉獄の教会にいる人々の苦しみを少しでも短縮するため、
熱心にミサに預かり、祈り、善行をしなければならない。
・私たちの善行(功徳)は煉獄の魂の償いになる。
1万年ぐらい苦しまねばならない魂を、速やかに天国に導くことさえできる。
・第2ヴァチカン公会議以前には、煉獄の魂の救いのために熱心に祈っていた。
現在の教会ではあまりこの話題は取り上げられないが、間違っている。
もっと煉獄の魂のために祈るべきだ。
・私たちは聖母や諸聖人に祈ることができる。助けがいっぱいある。
・煉獄やパパ様(ローマ教皇)、
聖母や諸聖人を認めないプロテスタントはおかしい。

以上のまとめは、私の誤解があるかもしれません。
私はその人の意見に対して「否!」と言いたいだけであって、
決して、個人攻撃をしようと思っているわけではありません。

その人の信仰理解は、
まるで、先祖供養や水子供養を勧めるたぐいと似ていると思いました。
(先祖供養や水子供養しないと、霊魂があの世で苦しみ続ける。
その苦しみゆえに、現世でタタリがある・・・)
あるいは、かつての某教団のように、
「カルマ、カルマ」と言って、修行に励ませるようなものか・・・

私がその発言を聞いて思ったのは、
・神が煉獄を必要とするなら、
イエス・キリストの救いが不完全だ、というのに等しい。
・個人の功徳というのはまるで、
ポイントカードやマイレージカードのポイントやマイルみたいなものだ。
功徳(ポイントやマイル)が貯まると、煉獄の苦しみが軽減される
(ポイントやマイルが使える・交換できる)・・・
神のみ救いは、そんな曖昧なものに頼らざろうえないほど、
弱いものだろうか・・・

ところで、キリスト教は大きく分けて、
カトリック・プロテスタント・正教会があるのはご存知ですね。
(「西方教会・東方教会」という分け方や、
西方教会でも聖公会やアナバプテストを分けるやり方等、
諸説ありますが・・・)
「煉獄」の教えがあるのは、実はカトリック教会だけなのです。
カトリックと並ぶ最も古い教会であるハリストス正教会にも、
「煉獄」の教えは存在しません。
(引用⇒日本正教会HPから)
カトリックでは「煉獄」という天国と地獄の中間状態を想定し、罪人がそこで苦痛を受けることによって罪が精算されるように教えますが、正教会では、神の憐れみとハリストス(キリスト)の贖罪を軽視するそのような考えを否定します。
(引用終)
プロテスタントでは当然、聖書に書いていないそんな教えは存在しません。
(「煉獄」の聖書的根拠として、
カトリックでは第二正典(旧約聖書続編※プロテスタントでは外典)の、
マカバイ記Ⅱ12:45を挙げています。
具体的に引用しましょう。
だが彼は、敬虔な心を抱いて眠りについた人々のために備えられているすばらしい恵みに目を留めていた。その思いはまことに宗教的、かつ敬虔なものであった。そういうわけで、彼は死者が罪から解かれるよう彼らのために贖いのいけにえを献げたのである。
(旧約聖書続編マカバイ記二12:45新共同訳)
実は、カトリック教会が煉獄を正当化する聖書的根拠は、これしかないのです。
膨大な聖書の中のたった1、2行・・・
根拠薄弱すぎると言わざろうえません。)

聖書から少し考えてみましょう。
十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。
(新約聖書ルカによる福音書23:39〜43新共同訳)
十字架上で悔い改めた罪人に対して、
イエス様は「お前は改心したが、煉獄で苦しんで罪を償ってから、
天国に来ることになるぞ」と言いましたか?
イエス様を信じた時に、罪は赦されたのです!
新約聖書の「ヘブライ人への手紙」では、
キリストの救いの完全さについて、次のように書かれています。
それでまた、この方(イエス・キリスト)は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります。
(新約聖書ヘブライ人への手紙7:25新共同訳)
なぜなら、キリストは唯一の献げ物によって、聖なる者とされた人たちを永遠に完全な者となさったからです。
(新約聖書ヘブライ人への手紙10:14新共同訳)
煉獄の教えは聖書的に根拠薄弱なのは既に指摘した通りですが、
キリストの救いの完全さは、新約聖書の中核とも言える思想であり、
また、旧約聖書に預言された救いの成就とも言えます。

キリストの救いが、人間の善行によって左右される程度のものなら、
私達が救われるのは絶望的でしょう。
神様は不完全な救いと不完全な世界を作った、欠陥商品製造者、ということになります。
(プラトンの『ティマイオス』に出てくる
「デミウルゴス(造物主)」のような存在・・・)

煉獄の教えを違う角度から見てみましょう。
いったい、誰にとってメリットがある教えなのでしょうか?
端的に言えば、中世において、
「敬虔さ」ゆえにキリストの無条件の救いが信じられなくなり、
罪の「借金」を自力で返す場が必要になったわけです。
そこで聖書中に何か合致できそうなところを探して、
「煉獄」を作り上げ、死後の苦しみを強調して、
(「先祖供養しないと死後苦しむ」に似ています。)
「免償」なる制度を作り、そこでお金儲けしたわけです。
(贖宥状によって儲かったからこそ、カトリック教会が、
あの立派なサン・ピエトロ大聖堂を建てられたわけです・・・)
つまり、死後の世界という目に見えないもので、
信者を脅して、教会に従順ならしめ、金づるを離さないシステムなのです。
教会にとって、実に都合のいい教義といえます。
そこに「否!」といったのが、マルチン・ルターであり、
宗教改革だったわけです。

ちょっと話がずれますが・・・
ある人と親しくなり、一緒に食事をしませんかと誘うとします。
会計の時、気持よく「私が(全部)持ちます」と相手に言ったところ、
頑なに拒否された経験はありませんか?
(ちなみに、私はワリカンが大嫌いです。大人数で行った場合は別ですが。)
何度言っても、それぞれが食べた分だけ払おう、ということになります。
内心では、結構気分を害します。

キリストの救いも同じではないでしょうか?
神様が完全な救いを提供しておられるのに、
頑なに、自分の善行や祈りによる救いに固守する・・・
また、キリストの救いは不完全だから、煉獄が必要だと主張する・・・
神様の全き愛を信じないことこそ、大きな罪なのです!

煉獄の教えの誤りをもう1つ述べるとしましょう。
使徒信条には、「(主は)生者と死者を裁くために(再び)来られます。」
「からだの復活」というのも書かれています。
つまり、煉獄⇒天国の世界観には、「再臨」という視点が欠如しているのです。

ダンテの『神曲』の「煉獄篇」や、
マーラーが未完の「交響曲第10番」で描こうとした、
「煉獄」なる世界・・・
芸術的・ファンタジーとしては興味ふかいものですが、
聖書信仰からは異質なものであり、排除されるべき「場所」といえます。

結論を述べましょう。
煉獄は、キリストの完全な救いを信じえないカトリック教徒にのみ、
「心理的に」必要である・・・
(実際、21世紀のカトリック教会では、
もはや煉獄を強調する教えになってはいませんが・・・)
私たちは、キリストの完全な救いを信じます!

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