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2013年2月の15件の記事

2013年2月24日 (日)

2013年2月の「朝まで生テレビ」〜「激論!体罰・いじめ 戦後教育を問う!」(2013年2月22日深夜放送)

「朝まで生テレビ」で教育問題について討議する、
というので、録画して視聴しました。
2013年2月22日深夜(2月23日早朝)の放送です。
収録時間は全3時間でしたが、CMを削除したら2時間40分でした。

司会・パネリストは以下のとおりでした。
番組HPから引用)
番組進行:渡辺宜嗣(テレビ朝日アナウンサー)、
     村上祐子(テレビ朝日アナウンサー)
司会: 田原 総一朗

パネリスト:
馳浩(自民党・衆院議員、元文部科学副大臣)
鈴木寛(民主党・参議院議員、元文部科学副大臣)
東浩紀(早稲田大学教授、批評家)
乙武洋匡(作家、元小学校教諭)
香山リカ(精神科医、立教大学教授)
坂根シルック(東京農工大大学院特任助教、フィンランド出身)
高橋史朗(明星大学教授、元埼玉県教育委員長)
玉木正之(スポーツ評論家、筑波大学大学院非常勤講師)
寺脇研(京都造形芸術大学教授、元文部科学官僚)
藤原和博(東京学芸大学客員教授、元杉並区和田中学校校長)
八木秀次(高崎経済大学教授、教育再生実行会議委員)

(引用終)

番組ではいじめや体罰・教育委員会のあり方について論じていました。
ただ、体罰の定義と線引きについてかなり長々と論じたのは、
少しウンザリしました。
もっと論じるべきところがいろいろあるはずなのに・・・

番組のテーマ展開を流れにそって語るよりも、
司会・パネリストの存在感と説得力についてコメントしていきます。
(それぞれ、5点満点で☆をつけていきます。)

司会・田原氏:時折はいい視点をパネリストに提供していますが、
たいていは、話の腰を折るぐらいの役割しか果たしていません。
「日本人は総括ができない」という持論を展開して、
後述の玉木氏に「ジャーナリズムが機能していないから」
と逆襲されたのは大きな失点でした
(ジャーナリズムの問題を日本人一般の問題にすり替えようとして、
ジャーナリズムの過ちを認めようとしませんでした。)
(存在感☆☆☆☆ 説得力☆☆)
※以下、存在感=存、説得力=説と略記

パネリスト(敬称略):
馳浩(自民党・衆院議員、元文部科学副大臣)
影が薄く、後半になるとほとんど発言0。
(存☆ 説☆)

鈴木寛(民主党・参議院議員、元文部科学副大臣)
自民党の馳氏と比べると雄弁でした。
田原氏からツッコミが入ると感情的に対応したのはマイナス。
「ナナメの関係」というキーワードで、
「子供は社会で育てるもの」という社会主義的思想を強調していました。
(存☆☆☆☆ 説☆☆☆)

東浩紀(早稲田大学教授、批評家)
独特の視点で、香山氏を追い詰めていたのは見事でした。
(存☆☆☆ 説☆☆☆☆)

乙武洋匡(作家、元小学校教諭)
公立学校教員経験者として、非常に適切なコメントをしていました。
「今のままなら、道徳教育は必要ないのでは」という実感は共感しました。
(存☆☆☆☆ 説☆☆☆☆☆)

香山リカ(精神科医、立教大学教授)
いじめのない学校・社会のあり方、という理想論にこだわりがありそう。
日本社会・日の丸・君が代を否定するような発言は大いにマイナス。
(存☆☆☆ 説☆☆)

坂根シルック(東京農工大大学院特任助教、フィンランド出身)
日本とフィンランドとの学校文化の違いを通して、
日本の学校のあり方を告発していましたが、
言い過ぎの面もあったのでは、と思いました。
(存☆☆ 説☆☆)

高橋史朗(明星大学教授、元埼玉県教育委員長)
「親学」の推進で知られる論客。
もう少し発言が多くてもよかったのでは?
(存☆☆ 説☆☆☆☆)

玉木正之(スポーツ評論家、筑波大学大学院非常勤講師)
日本のスポーツ文化、特に高校のスポーツ指導のあり方に、
根本的な疑問を投げかけていました。
司会の田原氏から、「日本人はどうして総括ができないのだろう?」
と振られた時に、
「ジャーナリズムが機能していないから」と切り返したのには拍手喝采!
(存☆☆☆ 説☆☆☆☆)

寺脇研(京都造形芸術大学教授、元文部科学官僚)
「ミスターゆとり教育」ですね・・・
香山氏と一緒に日本社会を否定するような発言をしたのは大きなマイナス。
ある意味、憎まれ役なわけですが、
どんな問いかけが来ても冷静に応答するところはさすがに元官僚だと思いました。
議論展開では、後述の藤原氏と並んで最も巧みでした。
(存☆☆☆☆☆ 説☆☆☆☆)

藤原和博(東京学芸大学客員教授、元杉並区和田中学校校長)
東京都の民間人校長第一号で、「和田中のよのなか科」が有名ですね。
公立校でもここまでやれるぞ、という実践例と、
「心のノート」の問題点を暴いたのはポイントが高いです。
寺脇氏と並んでパネリスト全体をリードする役目を果たしていました。
(存☆☆☆☆☆ 説☆☆☆☆☆)

八木秀次(高崎経済大学教授、教育再生実行会議委員)
もう少し発言を多くした方がよかったと思います。
寺脇氏や香山氏を見下すような目線の姿が何度も映されていたのは、
印象を悪くしていたと思います。
寺脇氏にもっと論争を仕掛けるなどすればよかったのに・・・
(存☆☆☆ 説☆☆☆)


教育問題を論じる際に、これらのパネリストに欠けていたのは、
「家庭教育(躾)の問題」という視点でした。
学校現場や教育委員会の隠蔽体質、
子どもたちの自尊感情・愛国心の低さを論じながら、
それをすべて学校や教育行政に還元するのは視界が狭いのではないでしょうか?

会場に聴衆としていた現場教師や学生らは、
そもそも「体罰」は何であるか、というのをよくわからずに、
自分の基準で「体罰」かそうでないかをコメントしていました。
不勉強が明らかになってしまいました・・・

乙武氏が、「日本のマスコミは現場教師の失態ばかりを報じ、
よい面を報道しない」というような発言をしていたのは同感でした。

道徳教育・愛国心についてはかなり意見がわかれていたし、
司会の田原氏も矛盾するような発言をしていたのは、
それこそ「総括がない」ようなものに思えました。

こういう討論番組は、リアルタイムで見るのもそれなりにオモシロイですが、
録画して、時折発言に対して自分なりのコメントや反論を入れながら見ると、
理解が深まるかもしれませんね。

2013年2月22日 (金)

雑誌「教室ツーウェイ」2013年3月号を読んで〜教育界の自浄努力の限界は、政治力で突破するしかない!

当ブログにしばしばコメントをくださる、
ZAPPERさんのブログ「情熱空間」にて紹介されていた、
教育雑誌「教室ツーウェイ」2013年3月号を購入して読みました。
激震前夜(ブログ名:情熱空間
釧路市議会での、市議会議員による市教委への質問について特集されています。
「教科書を年度内に終わることができない」惨状と、
「教科書をきちんと使わずに独自のプリントをわざわざ作って授業する」実情を、
問題視したわけです。
(2012年6月6日の釧路市議会)
釧路市議会と釧路市での実情についてだけでも、
7頁費やされています。
(本文全88頁中の7頁ですから、約8%!)

教室ツーウェイ 2013年 03月号

※出版元の明治図書での購入はコチラ⇒http://www.meijitosho.co.jp/detail/20441

教員はもちろんのこと、教育問題(特に北海道)に関心がある方は、
ぜひ購入してお読みください。

教師には教科書の使用義務があります。
(教科書を持参し、教科書内容全部の授業をし、
教科書に対応した授業をすること)
また、教え残し(「積み残し」とも言います)は、
児童生徒の教育を受ける権利の侵害です。

先日(今月に入ってから)、
札幌市のある小学生(中学年)と話をした際、
「算数の教科書はどこまで進んでいる?」と聞いてみました。
すると、算数の下巻、全120頁近くある中で、
2月に入っているのにもかかわらず、
60頁ぐらいまでしか進んでいない、と答えてくれました。
(どんな教え方をしているかまではあえて聞きませんでしたが・・・)
本来であれば、
算数教科書の下巻は10月から使用開始(通常は・・・)ですから、
当然、3月間近なら、もう教科書の終わりに差し掛かっているべきでしょう。
3月は卒業式練習でかなり授業が潰れるはずです。
そんな中で、どうやって教科書を終わらせるのでしょうか?
結局、例題だけやって終わりか、練習問題は全て宿題か、
あるいは、諦めてしまうのか・・・
(そもそも、教科書を終わらせる気などないのかもしれませんが・・・)
「教科書が厚くなったから」「多忙だから」云々の理由を挙げて、
結局、未消化部分を次年度か、学習塾・家庭教師に丸投げにするのでしょうね・・・
ちなみに、同じ子に国語の教科書の進捗状況も聞きましたが、
やはり、半分程度までしか進んでいないそうです。
(国語の教科書は読んでオシマイ、でも構わないのかもしれませんが・・・)

国語・社会・理科はなんとか遅れを挽回できますが、
算数はかなり厳しいものがあります。
それに、前年度からの教え残し(たとえば九九の暗記)が重なると、
ますますわからなくなり、算数嫌いを続々と生み出すことになります。

現場では「算数の問題解決型授業」や「学び合い」などの効果のない教え方や、
教科書を無視するような教え方がはびこっています。
まるで狂信的なカルトそのものではないでしょうか?

教育委員会の不祥事隠し(いじめや体罰の隠蔽)や、
学校の不祥事隠しが問題になる中、
学校は未だに「聖域」であり続けています。
もはや学校現場の自浄努力に期待するには限界があります。
だからこそ、政治の力を通して、教育に介入する必要があるのです!
我々有権者・納税者も、もっと教育に関心をもつべきなのです!

参考記事です。
積み残しは時の経過で解消されない [時事ネタ](ブログ名:ぜいりしブログ
(引用)
 だから例えば「九九が苦手で」何て言って勉強を先延ばしにしたまま進級すると「先延ばしにしても進級できた」と言う変な成功体験が身に付いてしまうので良くないんじゃなかろうか?特に飛ばした学習内容は成長や時の経過によっても解消されず積み残しのままになっていますし、九九なら九九が判っていると言う前提でその先の算数の授業は進んでいくのだからただ単純に算数(数学)が嫌いな人になるだけじゃないの?学習なんぞは結局体に叩き込む事だから判らなきゃ丸暗記して使ってればその内身に付くんだけどね。

 ですから始業時刻を過ぎてから登校するとか登校拒否とかは将来来るべき社会人デビューに対して致命的な積み残しをする事になるのだからそれを教育の現場なり親なりが容認すると言う事は子供の将来を考えると「機会平等」の学習機会を奪う事だし「結果平等」のスタートラインにすら付かせないと言う行為じゃないかと思うんですが如何なもんでしょ?
(引用終)
※「九九」だけでなく、
遅刻や登校拒否といった生活面での「積み残し」もあるのですね・・・

2013年2月21日 (木)

アレルギー死を出してまでも「食育」は推進するべきものなのか?〜NHK・クローズアップ現代「続発するアレルギー事故 学校給食で何が?」(2013年2月21日放送)

給食は子どもたちにとって、学校での楽しみの一つです。
しかし、楽しいはずの給食が、重篤なアレルギー症状や、
場合によっては死をもたらすものとなるのであれば、
たまったものではありません。
2013年2月21日放送のNHK・クローズアップ現代では、
続発するアレルギー事故 学校給食で何が?」と題して、
昨年12月(2012年)に東京・調布市で起きた、
給食のチヂミにごく少量(1グラム未満だそうです)含まれていた、
粉チーズによる児童のショック死の経緯と、
学校・給食センターでの食物アレルギー対策について報じていました。

番組HPから、放送内容を転載します。
(引用)
昨年12月、調布市の小学校で粉チーズ入りのチヂミを食べた「食物アレルギー」による死亡事故が発生した。学校でのアレルギー事故は年々増加し、今や年間300件に上っている。ここ数年、国は、健康的な食生活を学習する「食育」の一環として、アレルギーがある子どもへの給食の対応を求めてきた。しかし、アレルギーによるリスクを防ぐ具体的な方策は学校に任されており、専用調理室の整備やリスク情報の共有は必ずしも十分とは言えないのが実情だ。調布市の事故の経緯と教育現場のアレルギー対策の模索を通じて、給食のあり方について考える。
(引用終)
⇒番組スタッフのブログ記事「給食アレルギー事故

番組では、学校でのアレルギー事故が微増していることと、
平成二十年(2008)年に改正された学校給食法によって、
食育を推進するために、食物アレルギーを持つ子にも配慮の上、
学校給食での対応が求められるようになったことに触れていました。
法改正・施行後にかえって事故が増えているのは問題です。

続いて、調布市の食物アレルギーによる死亡事故について、
検証していました。
確かに、この事件は、「おかわり」に対応した現場教師の不注意による、
痛ましいものです。
しかし一方、ヒューマン・エラーは発生しうるわけですから、
現場教師だけを責めるのは酷というものです。
エピペン」という補助治療剤(注射)を打つタイミングが遅かった、
といわれても、教師は医療従事者でないわけですから、
どのタイミングで打つのか、事前に打ち合わせや研修が必要でしょう。
食物アレルギーで亡くなった児童のご遺族の心痛は察して余りありますが、
他方、対応にあたった現場教師の方々も気の毒だと思いました。

番組では、食物アレルギーを防ぐための学校での取り組みとして、
2つの例を挙げていました。
一つは、アレルギー物質(小麦など)を他の食材に切り替えるものです。
小麦粉を米粉に、牛乳を豆乳に変えるなどです。
こちらはかなりの設備投資と食材のコストアップというデメリットもあります。
もう一つは、学校・学級でのアレルギー理解教育(アレルギー症状がある子への理解)により、
弁当を食べたり他の子と違うものを食べても孤立しないような配慮をすることです。

番組の最後では、
ゲストの宇理須 厚雄さん(藤田保健衛生大学医学部教授)が、
現場教師はエピペンを打つことができるよう研修が必要、といった発言をしていました。

番組を観ての私の素朴な疑問としては・・・
食物アレルギーでショック死するケースだってあるのに、
そこまでして「食育」が必要なのだろうか?
弁当でなぜいけないのか?
皆が同じもの(=給食)を食べる必要があるのか?
アレルギーのない子に対して、アレルギーのある子と同じものを食べろ、
と強制するのは(結局、給食は選択の余地がないですよね・・・)いいのか?
それで「食育」になるのか?
また、現場教師に「エピペン」を打つ研修をさせるまでやるべきなのか?

私は学校給食の「まずさ」で、結構好き嫌いが多くなったし、
昔の時代なので、
「残さず食べろ」(食べるまで休み時間なし・・・)と強制されたから、
給食にはいい思い出があまりありません。
さすがに現代では、「残さず食べろ」はないでしょうけど・・・

学校での食物アレルギー対策として、
アレルギー理解教育は必要なことだと思います。
米粉を使うたぐいは???と思いました。

皆が同じものを食べることを強制する給食制度。
日本の「横並び」を是とする元なのかな・・・
一方、生活保護世帯などでは、学校給食が命綱となっている、
という面もあるので、廃止すべきだ、とは私は思いません。
給食でもいいし、弁当でもいい、という選択の余地が認められるべき、と考えます。
(特に放射能汚染食材の危険がある昨今・・・)

以下はご参考まで・・・
幕内秀夫著『変な給食

給食で死ぬ!!―いじめ・非行・暴力が給食を変えたらなくなり、
優秀校になった長野・真田町の奇跡!!

「給食で死ぬ!!長野県真田町の奇跡」ダイジェスト

2013年2月19日 (火)

妻にストライキを起こされる前に・・・NHKBSプレミアム「たべものがたり・彼女のこんだて帖(2)」(2013年2月17日放送)を観て

たまたま観た番組でしたが、世の夫たちにはちょっとショックかも?
NHKBSプレミアムで2013年2月17日(日)に放送された、
たべものがたり・彼女のこんだて帖(2)」。
ドラマとトークで魅せる“新感覚の料理番組”」(番組HPから)
ドラマだと思っていたら、いきなりトーク番組になり、
またドラマに戻り・・・

ドラマの中で、妻役の人が、
食事を作っても夫から感謝されないことなど、
日頃の不満がたまって、家事ストライキ宣言を夫あてにメールで送ります。
家事ストライキ」なる言葉、
ワタクシには大変脅威に感じました\(;゚∇゚)/

私の妻にこの番組を観た感想をきくと・・・
やはり、食事を作って「おいしい!」とか言ってもらえないと、
とてもがっかりするそうです。
私は妻が食事を作るたびに「おいしいよ〜」とか、
「ありがとう!」などの言葉を口にしています。
(時々忘れますよ・・・とのイタイ指摘を妻から受けてしまいました・・・)
「ストライキ」されないように、いつも愛と感謝を注ぐことが大切ですね。

そのように夫も、自分の体のように妻を愛さなくてはなりません。
妻を愛する人は、自分自身を愛しているのです。

(新約聖書エフェソの信徒への手紙5:28新共同訳)

ドラマの原作本、とのことです。

角田光代著:『彼女のこんだて帖』 (講談社文庫)

2013年2月18日 (月)

NNNドキュメント’13「口は悪いが腕はいい…自閉症の子を救う男わが子に起きた奇跡」(2013年2月18日放送)

自閉症児とその保護者への「福音」となるのでしょうか?
2013年2月17日深夜(18日)放送の、
日本テレビ系の「NNNドキュメント’13」、
口は悪いが腕はいい…自閉症の子を救う男わが子に起きた奇跡
という放送を視聴しました。
番組HPから、放送内容を転載します。
(引用)
わが子が自閉症と宣告された母親の苦悩を希望へと導く臨床心理士がいる。歯に衣着せぬ言動と奇抜な風貌で国内外を飛び回る“出張型心理カウンセラー”奥田健次(41)氏。番組ではわが子の将来を案じて思い悩む母親と、知的障害を伴い言葉の発達が困難と思われた男児が、わずか数ヶ月で驚きの成長を見せる姿を追う。その一方で奥田の大胆な手法に戸惑う家族も…。子どもの問題行動に向き合った瞬間に独自のひらめきで解決策を見出し、確かな変化をもたらす奥田の手法。その根底にあるものは数多くの臨床実績と、「障害は的確なアプローチによって改善する可能性がある」という信念だ。そして、奥田が幼少期に受けた暴力…。その体験を乗り越え、自閉症の子どもたちに情熱を注ぐ姿に密着する。
(引用終)

番組では、奥田氏がタイに出張して自閉症児とその保護者を指導
(奥田氏は「セッション」と呼んでいます。)している光景から始まります。
好きなものを取られると癇癪を起こす自閉症児。
癇癪を起こせば要求が通る、ということを「学習」してしまっているから、
その誤った「学習」を、別な形に置き換える
(番組では、ハイタッチすることで要求を伝えるように置き換える)・・・
通常なら、泣き止ませることとか目に見えるその場しのぎの対処法か、
あるいは「ひたすら愛情を注ぐ」などの精神論で終わりがちですが、
行動分析学」を応用したやり方によって、少しずつですが、
目に見える成果が上がっているのを見ることができました。
番組の最後で、ほとんどしゃべらなかった自閉症児が、
「セッション」を受けて適切なフォローを受け続けた結果、
五十音表を読んだり、親とコミュニケーションが取れるようになった姿には、
感動を覚えました。

私見では、奥田氏のやり方は、動物のしつけ・調教を思わせました。
それもそのはず。
「行動分析学」は、大学で心理学を学ぶときに必ず出てくる、
スキナー箱」を考案したアメリカの心理学者、
スキナー(Burrhus Frederic Skinner, 1904.3.20 - 1990.8.18)によるものです。

自閉症児にとっては、ただ叱られ続けるのも、
悪いことをとがめられず甘やかされるのも、どちらも社会性を育成できません。
ヒトは、躾(「身」を「美」しくするから「躾」!すばらしい字ですね。)がなければ、
動物と大差ありません。
「人間」となるには、社会性を身につける必要があります。
自閉症等の発達障がいを抱える子にとっては、
やっていい事、やっていけない事がわかる、というのは大きな事です。
奥田氏の「セッション」はかなり有効なものだと思いました。

ただ、奥田氏の「セッション」は結構高額なようです。
50分で3万5千円〜5万円+遠方の場合は交通費、とのこと。
それでも、冒頭のタイでの「セッション」を受ける母親は、
「我が子と心中しようか」と思いつめるまで至っていた中、
奥田氏の指導で光を見出したようでした。
自閉症児の生涯を考えれば、安いと思うか、高いと思うか、
妥当な金額と考えるかは、それぞれあるでしょうけどね・・・

教育現場での応用も紹介されていました。
教室に入るのをいやがり暴れる自閉症児を、
奥田氏の「セッション」によって劇的に改善した例は目を見張るものがありました。

番組では奥田氏の生い立ちや自身の障がいについても語られていました。
ヘンリー・ナウエンの書名を借りれば、
奥田氏自身も『傷ついた癒し人』なのでしょうね・・・
義父からの虐待とそれを避けるための不登校、家出・・・
転機となったのが、ドイツからの宣教師との関わりだった、とのことです。
(ここにも福音の光が・・・)

傷ついた癒し人―苦悩する現代社会と牧会者

この番組、BS日テレで2013年2月24日(日)に再放送しますよ。
見逃した方はぜひどうぞ!

奥田氏自身のブログ記事も紹介します。
NNNドキュメント放送後のお問い合わせについて
(ブログ名:奥田健次オフィシャルブログ

奥田氏の著者をいくつか紹介します。
番組を見てから私も一冊Amazonで買い求めてしまいました・・・


叱りゼロで「自分からやる子」に育てる本


子育てプリンシプル

※私はとりあえずこの本を注文しました。

メリットの法則――行動分析学・実践編 (集英社新書)


自閉症児のための明るい療育相談室ー親と教師のための楽しいABA講座

2013年2月16日 (土)

学校の週6日制復活に賛成?反対?

私の小中高時代は、土曜日も授業がありました。
(つまり週6日制でした。)
とはいえ、土曜日は午前中の3時間授業でしたが・・・
2002年度からの完全学校週5日制になって10年以上経ち、
下村博文文部科学相のもと、学校の週6日制が復活しようとしています。
みなさんは賛成でしょうか、反対でしょうか?

週6日制復活賛成の意見(下村博文文部科学相の見解)としては、
・学力低下に歯止めをかけるため。
・学習指導要領の増加分などをこなし、現場に余裕をもたせるため。
(特別活動の時間ができる等)
・保護者の中には週6日制を望む意見も多い。
というのがあります。

一方、反対意見としては、次のようなものがあげられるでしょう。
・週5日を週6日(しかも半日)にしただけで、学力向上の効果があるのか?
・社会全体が週休2日制をとろうとしているのに、
教育の世界だけ逆行することになる。
・家庭の負担が大きい。
etc・・・

私の意見としては、週6日制の復活には反対です。
教師と家庭の負担が大きいからです。
(労働者の権利として週休2日を勝ち取っているのに、
あえて後退するのは時代への逆行です。
また、週休2日制の会社に勤める一般家庭にとっても、
せっかくの休日なのに、子供を学校に送るために早起きするなど、
負担が考えられます。
家族で共に過ごす時間、というのは、どんな道徳教育よりもすばらしいのでは?)
一方、現在の学力低下状況をなんとかしたいとも考えています。

ゆとり教育だから学力が下がった、これは確かにそのとおりです。
教員の資質が下がり、家庭の教育力が下がった。これもその通りです。
では、授業時間を増やせば学力が上がる、という単純な結論になるのでしょうか?
私は否と考えます。

たとえば運動会や学習発表会(学芸会)などの学校行事は、
練習のためにかなりの授業時間を潰しています。
ふくしま国語塾」主宰の福嶋隆史氏の
》》》 小学校教育が危ない! 《《《No.28 2006/10/11
によると、運動会にかける授業時間はのべ40時間(校時)にもなるそうです。
(学校によってはたぶんプラスマイナス10時間程度あるでしょうが・・・)
ちなみに道徳の年間授業時間は35時間です。
運動会すべてが無駄だとは言いませんが、
あまりにも時間をかけすぎているのではないでしょうか?
学習発表会もあわせれば年80時間程度、
たいして「教育効果」のない学校行事のために費やされてしまいます。
私なら、運動会は単純に走ったり、綱引きや玉入れをその場でやって終わりとし、
(準備期間・練習期間は合わせて1週間以内)
学習発表会は廃止か、
本当の意味での「学習」したことを発表する場とすることを提案します。
(掛け算九九や詩文の暗唱大会、音楽の時間で習った範囲での器楽合奏等・・・)
運動会・学習発表会の廃止又は縮小だけでも、たぶん年60時間は浮くはずです。
その他に無駄な学校行事や、総合的な学習の時間をさらに削減して、
国語や算数・数学などの主要教科の時間を増やせば、
週6日制の復活をしなくても十分対応できるはずです。
(土曜日分3時間×年40週と考えれば、
授業時間の増加分は年120時間です。)
学校行事は削りたくないけど、
どうしても土曜日分の120時間を増加させるべき、というなら、
平日の授業時間を増やすことにより対応した方がいいのではないでしょうか?
あるいは、都道府県単位の住民投票の上で、
週5日制か週6日制を選択できるようにしては?

それでもやはり週6日制を復活させるのであれば、
教員の休暇はどうなるのでしょうか?
休暇の削減、ということについては労働者の権利の侵害です。
給料はそのまま、残業手当や休日出勤の手当もなしで、
「教員は聖職者だからつべこべ言わず働け!」というはひどすぎます。
(他の職業と違って、休日を平日に振り替えることができないのです・・・)
教員だって人間なのですから、土日ゆっくり休むことによって、
月曜日から充実して働くことができるのではないでしょうか?

どうしても週6日制を復活させたい場合の教職員対応としては・・・
・土曜日出勤分は通常の給与とは別に、その都度休日出勤扱いとし、
別途休日出勤手当を設ける。
・夏休み・冬休みの長期休業(連続各2週間程度)を、
有給休暇とは別に与える。
(教員は夏季休業(お盆休み)3日間と、
冬季休業(年末年始)6日間が与えられているとはいえ、
長期休暇を取るには有給を使っています。)

学校の週6日制復活に賛成か、反対か?
参考になるWEB記事を2つ紹介します。
「学校週6日制」なぜ復活!? - 渡辺敦司 2013年02月14日 15:00
尾木ママ「それで学力上がるのか」 今井氏「特別活動の時間が」 学校週6日制に賛否- 産経新聞(2013年2月12日08時00分)
さて、みなさんはどう考えますか?

2013年2月15日 (金)

社会全体が弱い者いじめをしているようなものなのに、道徳を教育できるのか?〜「いじめ対策で道徳の教科化提言へ」に思う

いじめ対策で道徳の教科化提言へ」というニュースを読みました。
現在、道徳の時間といえば、せいぜいNHKの道徳番組を見て終わり、
というのが多く、
教師も一部の人を除けばあまり力を入れたくない、というのが本音のようです。
「道徳の強制は戦前の『修身』の復活につながる」などと主張する、
教員組合の影響も大きいです。
(道徳の時間は、
「総合的な学習の時間」同様、なくなっても痛痒を覚えないものです。)

これに対して、いじめ対策と、規範意識を高める、という名目で、
政府の教育再生実行会議において、道徳を教科化しようとしているようです。
(引用)
いじめ対策で道徳の教科化提言へ
2013年2月15日(金)21時5分配信

政府は15日、教育改革の司令塔となる「教育再生実行会議」の第2回会合を官邸で開き、いじめ対策として、規範意識を醸成するため、小中学校の道徳の教科化を提言することで一致した。会合後に記者会見した鎌田薫座長(早稲田大総長)は「教科にすべきだという意見が大勢を占めた。それを踏まえて取りまとめる」と述べた。自民党は衆院選の公約に道徳教育の推進を掲げており、“安倍カラー”が強く打ち出された形だ。
(引用終)

いじめ対策は確かに必要だと私も思いますが・・・
一方で、生活保護の削減や税金の負担増(特に消費税増税!)など、
社会全体で、政府が主導して「弱い者いじめ」をしているように思えます。
「アベノミクス」ともてはやされてはいますが、基本的には金持ち志向です。
経済格差がそのまま学力格差につながるのというのが常識であれば、
経済弱者が身分制度並に這い上がることが許されない世の中を作るのは、
さらなる「いじめ」や差別を拡げるだけではないでしょうか?

道徳を教えれば、道徳をテストして点数をつけたりすれば、
いじめがなくなる、というのは幻想にすぎません。

そもそも学校が人としての生き方を教えるところなのでしょうか?
しつけや基本的な道徳を身につけるところは、
学校ではなく、家庭ではないでしょうか?
家庭が本来果たすべき責任を学校に押し付けるから、
問題の根はいつまでも解決しないのではないでしょうか?

先日、こんな記事を読みました。
ドイツの教師 校外で煙草吸う生徒目撃しても注意しない理由
2013.02.10 16:00

記事から引用します。
(引用)
 体罰問題が繰り返されで跡を絶たないのは、子どもの教育をなんでも学校に委ねる風潮も、土壌にあるのはではないか。
「ドイツでは校門から一歩出れば学校の管轄外。煙草を吸っている生徒を目撃しても教師は注意しません」
(中略)「ドイツでは遅くとも1980年代前半には、体罰が法律で完全に禁止されていました。基本、子供の生活態度の管理をする担当は学校ではない、というのがドイツの共通したスタンスです」
 サンドラさんによると、ドイツで「問題行為」(授業中に騒ぐなどの行為。髪の毛を染めるような身だしなみや学校外で起こした問題ではない)を起こした生徒には、まず「口頭」で注意される。その「注意」が3回たまると、校長から生徒の家に「問題行動を起こしたことへの注意」が書面で送られる。そしてこの書面が3通たまったら退学、という。
「ドイツでは教師の家庭訪問もありません。学校と家庭は厳格に区別されています」(サンドラさん)

(引用終)

学校は教科をしっかりと教え、人としての生き方は家庭に委ねる・・・
親は自分の生きざまを通して子供をしつける必要がありますから、
学校で偽善的な道徳をテストしたりするよりも、よほど世の中がよくなるのでは?
私は道徳の教科化には懐疑的ですし、
しつけは学校ではなく家庭ですべきと考えます。
もし学校で教えるならば、
日本国憲法で規定されている基本的人権の尊重と、
異文化・宗教の違いに対する寛容の精神ぐらいにとどめるべきではないでしょうか。

2013年2月14日 (木)

2013年のバレンタインデー(St. Valentine's day at home 2013)

2月14日といえばバレンタインデー(St. Valentine's day)。
元はキリスト教的背景があった祭でしたが、今や恋人たちの祝祭日ですね。
日本では女性が恋人や職場の男性へチョコを贈る日となってしまいましたが、
我が家では、欧米の習慣に倣い、夫である私から妻へのプレゼントをしました。
花束とチョコケーキを買って帰り、
家に着いてからは妻の前で片膝をついて花束を手渡しました。
なお、妻も私のためにハート型のスコーンを焼いて待っていてくれましたよ(*´v゚*)ゞ
写真はその花束とケーキ、スコーンです。


20130214_valentines_day2


20130214_valentines_day


チョコレート会社にとっては稼ぎ時ですが、
もうそろそろ、心が伴わない「義理チョコ」なる習慣は廃止した方がいいのでは?
また、女性が男性に贈るというのも、国際基準に合わせて、
男性が女性に贈る、あるいは相互に贈り合うという習慣に改めた方がいいのでは?
私はそう思います。

愛情はバレンタインデーだけに表すのではなく、
毎日がバレンタインデーになるようなのが一番いいですね。
(以前、記事を書いています。
Each day is Valentine’s day~バレンタインデーに寄せて

おまけとして・・・聖書の言葉です。
夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のために御自分をお与えになったように、妻を愛しなさい。そのように夫も、自分の体のように妻を愛さなくてはなりません。妻を愛する人は、自分自身を愛しているのです。いずれにせよ、あなたがたも、それぞれ、妻を自分のように愛しなさい。妻は夫を敬いなさい。
(新約聖書エフェソの信徒への手紙5:25、28、33新共同訳)

2013年2月13日 (水)

おすすめ記事『【解答乱麻】TOSS代表・向山洋一 子供を安心して進級させるために』(MSN産経ニュース2013年2月9日掲載)

【解答乱麻】TOSS代表・向山洋一 子供を安心して進級させるために
という記事を読みました。
2013年2月9日付のMSN産経ニュース掲載のものです。

学校の3学期はあっという間に過ぎていきますね。
2月といえば、折り返し地点というよりは、
既にラストスパート体制に入るところで、ゴールは間近です。
(実際、3月になると、
卒業式練習などの行事でまともな授業が出来ないことが多くなります。)
そういう中で、向山氏は、教員よりも保護者達に直接訴えています。
(引用)
 年度末にあたり、保護者の方に、算数の学習の様子を点検することをおすすめする。

 ポイントは、次の通りである。

1.教科書のすべての例題、練習問題、テスト問題が、算数ノートにやってあるかをチェックする。

2.やってある問題には、赤鉛筆で丸やバツがつけてあるか見る。

3.バツの問題は、別の所に正しくやり直しているか見る。

 以上のことは、学校の算数の学習の基本である。
(引用終)

要約して言えば、「保護者が算数のやり残しをチェックした方がいい」
ということですね。
再び向山氏の言葉を引用します。
(引用)
 子供の進級にあたって大切な点を一つだけ言えといわれたら、迷うことなく「算数の学習」をあげる。

 算数が分からなくなって、落ちこぼれていった子は多い。

 算数以外の教科は、短い期間で追いつくことも可能だが、算数だけは短期間で追いつけない。毎日毎日の授業が大切なのである。

 算数の学習が大丈夫というのは、教科書のすべての問題ができるようになっているということである。

 算数の授業をきちんとしてくれる先生なら、ノートは6冊目か7冊目になっているし、教科書の終わり近くまでいっているはずである。

 ところが、ちゃんとやってない先生も多い。宿題にして、授業をしていないのだ。算数の教科書のすべての問題は、授業として、教室で教えるべきなのにである。
(中略)
 教科書を使わないで1問を1時間かけて授業をして、教科書の問題を宿題にしている教室は多い。

 特に、学力テストで全国の下位にいる地域に多い。

 逆に学力テスト全国トップクラスの秋田、福井などでは、教科書を大切にした授業がすすめられている。
(引用終)

算数・数学嫌いを増産している嫌悪すべき指導法である「算数の問題解決型授業」や、
学び合い」。
1問で1時間使っていたら、薄っぺらい教科書だってなかなか終わりません。
どうしてこんなひどい指導法・授業を「研究授業」と称して称賛するのか、
現場の先生方の感覚がわかりません。
教科書を使って教えるというナショナル・スタンダードを忌避したいのであれば、
公立の教員を退職して、自ら学習塾でも開いてやればいいのです。
(「算数の問題解決型授業」で教えてみればいいのです、
効果があがらないのですぐ潰れるのがオチですが・・・)

向山氏が指摘している通り、
他の教科(国・社・理)は後からでも遅れは回復できます。
しかし算数だけは遅れを挽回するのが難しいですし、
後々の中・高における数学の躓きの元にもなります。
(数学ができない理由を調べてみると、
案外、小学校の算数がわからないから躓いている、というのが多いのです。
九九がアヤシイ、分数の計算がわからない・・・)
現場の教師の自浄努力に期待できない地域柄(たとえば北海道)もありますから、
保護者としては、我が子のノートをチェックするなどして、
自己防衛するしかないのでしょうか・・・
学校評価として、教科書をきちんと教えているか、
という評価項目を設けることを義務化するなど、
外からの「黒船」がない限り、現状打破は難しいかもしれませんね。

小学校での基礎・基本はやはり読み書き計算です。
社会のどこに行っても使います。
最低限の学力の保障がされなければ、
子どもたちの未来は閉ざされたままです。
だからこそ、教科書のやり残しは厳しくチェックされるべきものなのです。

2013年2月12日 (火)

NHK・クローズアップ現代「“体罰”なぜ繰り返されるのか」(2013年2月12日放送)

日本の教育界を震撼させた、
大阪市立桜宮高校での”体罰”と、それを苦にしての自殺事件。
既にいろいろな形でマスメディア報道されていますね。
2013年2月12日のクローズアップ現代では、
「“体罰”なぜ繰り返されるのか」と題して、
桜宮高校での実態と、高校側・教育委員会の怠慢と共に、
智弁和歌山高の監督の「改心」(?)も取り上げていました。
暴力でないと「指導」できないのか、根本的な問いを投げかける好内容でした。

番組HPから、放送内容を転載します。
(引用)
大阪市立桜宮高校のバスケットボール部で顧問の教師に体罰を受けた男子生徒が自殺した問題。他の部活での体罰も確認され、体罰を容認する雰囲気があったこと、隠ぺいがあった疑いなどが問われている。どうして、自殺した生徒は追い詰められていったのか。なぜ、自殺に至るほどの体罰を防げなかったのか。真相を追求するため、市の緊急調査が行われ、学校や市教委の改革を迫られる事態となっている。また、この事件をきっかけに、教師や保護者の間で「なぜ体罰が繰り返されるのか」「指導をする上で体罰が必要なのか」を考える動きも各地で広がっている。スポーツ強豪校で起きた体罰による自殺問題、その波紋を追う。
(引用終)

既になされている報道やこの番組を視聴した限り、
桜宮高の顧問教師がしていた事は、「体罰」などではなく、
立派な暴行行為です。
通常の職場でこんな事をしたら(営業ノルマを上げるためにビンタする?)、
裁判で訴えられても当然な事ですが、
こと、教育という「聖域」ならば、不法・非道なことでも許されてしまうのが異常です。
怪しげな宗教団体と大差ないわけです。
(除霊とか称して暴行を振るうような類・・・)
番組の中でも紹介されていましたが、
スポーツ指導者を対象にしたアンケートで、
「士気をあげるため」に”体罰”をふるったことがある、
という回答が結構多かったのには閉口しました。
勝つために暴力で従わせる、というのは、
教育の範疇を超えて、もはや軍隊ではないですか?

教員組合は、「学力向上は過度な競争と序列化を招く。」とか、
そういう反対運動をしていますが、
それならば、スポーツだって同じではないでしょうか?
スポーツで勝つために暴力を振るうというのこそ、
「過度な競争と序列化」を維持しているようなものです。
某◯教組は、学力向上に対してではなく、
過度なスポーツ指導に対して「反対!」と声を挙げないのでしょうか・・・

番組のゲストとして、
早稲田大学スポーツ科学学術院院長の友添秀則さんがコメントしていましたが、
なんとも歯切れの悪い感じでした。

高校野球の「甲子園」を頂点に、
部活動では、未だに「根性」がはびこり、
勝つためには手段を選ばない指導法がまかり通っています。
部活動至上主義は、教育上よくないですし、
学力低下を招くだけではないでしょうか?

番組内容から外れた意見となりますが・・・
中・高の教員が部活動を指導するのは、
原則禁止又は制限をつけてはいかがなのでしょうか?
本業(教科を教えること)を差し置いて、
休日返上で部活動指導に勤しむ姿は本来、異常ではないでしょうか?
部活動と生活指導を兼ねるという考え自体がおかしいものと考えます。
スポーツの指導は地域等の専門的な指導員に任せ、
教員は教科を教えることに専念すべきではないでしょうか?
学校は部活動をするためにあるのではなく、
あくまで、勉強をするところです。
おまけがメインになっているのが間違いなのです。

番組のスタッフブログでは、
どうすれば体罰はなくせるのか」という問いかけがなされています。

そもそも「罰」というのは、
何か悪いことをした「報い」として与えられるものでしょう。
「体罰」というオブラートに包まれた言い方よりも、
明らかに「暴行」と直言し、法の介入を求めるレベルである、
という認識がされていません。
NHKも高校野球で視聴率を稼いでいるから、
あまり強いことは言えないのかもしれませんが・・・
我々が、スポーツや教育だからといって、
法を踏みにじるような事を黙認しているから、
悲劇は絶えないのでsyのでしょうね・・・

2013年2月 9日 (土)

第64回さっぽろ雪まつりの写真(2013年2月6日&9日撮影)

第64回さっぽろ雪まつりは2013年2月5日から11日まで開催しています。
今年も雪まつりに行ってきました。
写真を50枚以上撮った中のいくつかを紹介します。
写真撮影日は2月6日と9日です。

大通5丁目会場。豊平館。
夜になると「プロジェクション・マッピング」で楽しませてくれましたが・・・
2月9日の主催者発表によると、
あまりの来場者の多さに、2月10日以降は、
プロジェクション・マッピングを中止することになったそうです。


20130206yukimatsuri1

なお、豊平館雪像のプロジェクション・マッピング動画はコチラ↓



大氷像 中正紀念堂(台湾)(毎日氷の広場)
20130206yukimatsuri2


ここから先は市民雪像です。
タイトルは・・・言わなくてもわかりますね・・・
20130206yukimatsuri3


20130206yukimatsuri5


20130206yukimatsuri4


大氷像 氷の国~白き翼のプリンセス~(道新 氷の広場)
20130206yukimatsuri6

こちらもプロジェクション・マッピング。
アウディのブースです。
タイヤが回転しているように見えるのがスゴイ!

20130206yukimatsuri7

こちらも動画があります。
メイキングも含みます。
Audi Booth at 64th Sapporo Snow Festival Making Movie

ここからはススキノ会場。
探偵はBARにいる」ので、
やはり氷のテーブルにはいませんでした・・・
20130209susukino1

探偵はBARにいる 通常版 [DVD]

※余談ですが、妻とこの話をした後、
大通駅近くのTSUTAYAに行って、この映画を借りようとしたら、
10本以上あるレンタルDVDが全部貸出中でした(;д;)

氷のOnちゃん。
HTBのマスコットキャラですが、今や全国的な知名度ですね。
ちなみに、この一角に、
道内地上波のマスコットキャラクターの氷像が勢揃いでした。
20130209susukino2


氷像だけでなく、こういうコーナーもありましたよ。
20130209susukino3

2013年2月 8日 (金)

宿題を出す先生、出さない先生、どちらがいい先生?〜学力をつけるのは授業か、宿題か?

宿題をよく出す教師と、あえて出さない教師、
どちらが教育的に考えて良い教師なのでしょうか?
ふくしま国語塾・福嶋​隆史の教育情報局No.50
というメールマガジンを読んで、考えさせられました。
(最近、氏はNHKEテレの「テストの花道」にも出演してましたよ。)

このメルマガでは、フランスでの宿題廃止論争を紹介してから、
著者の意見として、宿題廃止に賛成を表明した後、
日本の代表的な教育者の一人、陰山英男氏の意見を紹介しています。
少し長くなりますが、メルマガで紹介されているリンク先から引用します。
(引用元→「陰山英男の必ず成績が上がるメルマガ〜教育最前線
サンプルの「No.7」)

(引用)
 先生の話に戻しますと、良い先生とは、どんな教科、どんな勉強も「面白く」
できる先生です。つまり、面白く思わせて、基礎の力をつけるための「意欲をも
たせる」ことのできる先生です。『授業はエンターテインメント』、そう思って
いる先生は良い先生です。

 もっというと、授業とは「意欲=やる気」を育てるものです。何度も言います
が、『授業はエンターテインメント』です。授業で、その教科を面白く思わせて
好きにさせ、勉強するための意欲を育てるのが授業の本来の目的です。

 では、実際に学力をつけるのは何なのか? それは「宿題」です。宿題を出さ
ない塾はないでしょう? 例えば、非常に授業のうまい公文の先生なんて聞いた
ことないですよね?(笑)公文は、毎日、家でプリントをやらせます。宿題を家
でやってくる。それで力がつくのです。つまり、学力をつけるのは授業ではなく
て、あくまで宿題なのです。

 ですから、先生のレベルを判断するには、その先生が出す宿題を見れば一発で
わかります。授業がエンターテインメントとなっているかどうかを、保護者が見
る機会はなかなかありませんが、宿題をチェックすればその先生の力量が分かる
のです。

 宿題を出さない先生は最低です。「僕は学力をつける気はありませーん」と言
っているようなものです。即刻クレームを入れてください。ドリルをそのままコ
ピーして出すような先生は……うーん、まあまあですね。手作りの宿題をしつこ
く出す先生は(そういう先生はすでに信頼されている先生だと思いますが)OK!
合格の先生です。手書きの算数プリントを作っている先生はそれだけでマルです。

(引用終)※下線は筆者による。

陰山氏は、
学力をつけるのは授業ではなくて、あくまで宿題なのです
宿題を出さない先生は最低です」と述べ、
福嶋氏は真っ向から反対してその逆を述べています。
さて、どちらの言い分が妥当なのでしょうか?
一般の感覚からすると、宿題を出す先生の方が良い先生のように思えますが・・・

宿題廃止論の福嶋氏は、教師が出す宿題を4つに分類しています。
(詳しくは、福嶋氏の「小学校教育が危ない!」の
No.7 宿題は、出すべきか? 出さざるべきか?」をご一読ください。)
その中で問題になるのが、本来授業で消化すべき内容(計算や漢字)を、
家庭でやらせる、というものです。
算数の問題解決型授業で、1時間に1問をあれこれ「練り上げ」やっていたら、
当然、計算練習の時間が無くなる訳です。
ツケは家庭に・・・
児童生徒がきちんとやっているならばマシですが、
たいていは「やっつけ仕事」になってしまうようです。
漢字に至っては、一生懸命間違ったものを覚えてしまう・・・
だからこそ、授業でやるべきものをきちんとやり、
宿題は原則出すべきではない、というのが氏の主張です。

TOSS代表の向山洋一氏も、宿題を出すことには否定的です。
様々な著書の中で述べています。
授業の中で力をつけるのであって、宿題で力をつけるのではない、という意見です。
また、教師の自作プリントを「がらくたの山」とまで喝破しています。
(『プロ教師が拓いた教育技術の基礎基本』(明治図書))
陰山氏の「授業はエンターテイメント」、「学力をつけるのは宿題」、
手書きの算数プリントを作っている先生はそれだけでマル」といった発言は、
向山氏からすればナンセンスな訳です。
(ついでに言えば、向山氏は陰山氏の「百マス計算」にも否定的です。)

プロ教師が拓いた教育技術の基礎基本


私としては、授業内容がしっかりと定着しているなら、
少なくとも小学校では宿題はいらないと考えています。
家庭での学習習慣が身に付かない、という反論もあるでしょう。
しかし、イヤイヤやるようなものなら身につかないはずです。
学校での勉強が楽しいから、家でも自発的に勉強するというのが理想です。
たとえそうならなくても、基礎基本が身についているなら十分ではないでしょうか?

余談ですが、こういう記事を読みました。
学校教師のトンデモ実態&発言!塾任せ、使い込み、授業放棄、生徒数水増し…
東京都の公立中学校教師のこんな発言、皆さんはどう思いますか?
(引用)
「授業がわからない、成績が上がらないのは学校のせいではないですよ。塾に行かせないからです」
(中略)
「英語の代理の先生ねぇ~。たしかに教え方はヘタですよ。でも、そういう人間もいますから、我慢してください。わからないとこは塾にでも行ってください」
「補習? ほかの生徒との差別化はできないですから、塾に行かせてください」

(引用終)
こんな発言を平然と言えるような教員はさっさと辞めて後進に道を譲るのが、
国益といえるでしょう。税金のムダです。

2013年2月 4日 (月)

発達障がい者と大学教育〜NHKEテレ・ハートネットTV カキコミ!深層リサーチ「大学生の発達障害」(1)(2013年2月4日放送)

発達障がい者の大学教育について、
製作者の意図とは違った形で、
色々と疑問を投げかけた番組でした。

NHKEテレの「ハートネットTV」で、
2013年2月4日に、大学生の発達障がいについての番組を放映していました。
放送内容を番組HPから転載します。
(引用)
従来の取材では伝えて来なかった「知られざる社会の側面」を、ネット上で当事者と細い糸でつながることで明らかにするシリーズ『カキコミ!深層リサーチ』。2月のテーマは「大学生の発達障害」。
今、全国の大学・短大・高等専門学校の中で障害のある学生は1万236人。そのうち発達障害は1453人で、「発達障害」というカテゴリを設けて調査が始まった2006年・127人と比べると10倍以上に増えています。医師の診断はないものの支援を必要とする学生はさらに多くいると見込まれていて、彼らが学びやすい環境をどう作っていくか、大きな課題となっています。
また、何の支援も受けられず、学習や学校生活、また就職活動がうまくいかない状態が続くと、うつや不安障害などを引き起こし、留年や休学、また不登校やひきこもりの状態が長期化するなどという深刻なケースもあるといいます。
当事者たちにはどんな“生きづらさ”があるのか、また彼らが大学生活で自分の力を発揮し、将来の目標に向かって進んでいくためにはどうしたらよいのか、学生たちや学校関係者、また社会に出た大人たちなど幅広い人たちの声から考えていきます。

(引用終)

2005年4月に発達障害者支援法が制定され、
大学など高等教育機関においても、
発達障害学生に対して適切な教育上の配慮を
行うことが求められるようになりました。

とはいえ、番組を観た一般人の感想としては・・・
そもそも、「レポートが書けない」、
「人とコミュニケーションがとれない」、
「履修計画が作れない」、
「授業は理解できてもレポートの提出期限が守れない」、
「教室や席が毎回変わると混乱する」
「単位が取れない」等の問題は、
学ぶ以前の問題ではないかと思いました。
(発達障がいと診断されていない一般人ならアウトですよね?)
義務教育段階の小中学生なら、学ぶ権利が保障されていますが、
大学教育は、任意のものです。
大学で学ぶという義務はないわけです。
大変言い難くて申し訳ないですが、
大学生活に適応できなくて「不登校」や鬱・引きこもりになるぐらいなら、
退学するしかないと思います。
(通信制の大学に切り替えて、スクーリング時だけ通学する、といった方法でも、
大卒の資格は得られますし、必要な学びはできるはずです。)
大学に行くだけが人生の道ではないからです。
学ぶ保障はされるべきなのでしょうが、
身体のハンディキャップへの配慮と異なるものなので、
一般学生との公平感を損ねるように思いました。
(あえてそれでも受け入れるべき、なのかもしれませんが・・・)

番組では、発達障がい者の受け入れで先進的な富山大学の取り組みも紹介していました。
学び方の多様性をとるのか、
それとも、大学教育の質を上げるべきなのか・・・
大学の価値のインフレ化を改めて考えさせられました。

以前、この問題(発達障がいの大学生、大学の質の低下)
について記事を書いています。
よろしければお読みください。
「五十音順」という語がわからない大学生

大学における発達障がい者の問題については、いくつか本が出ていますので、
参考までに紹介しておきます。

キャンパスの中のアスペルガー症候群 (こころライブラリー)


大学生の発達障害 (こころライブラリー イラスト版)

2013年2月 3日 (日)

NHKEテレ・ETV特集「音で描く賢治の宇宙~冨田勲×初音ミク 異次元コラボ~」(2013年2月3日放送)

2013年2月3日放送の、NHKEテレ・ETV特集では、
音で描く賢治の宇宙~冨田勲×初音ミク 異次元コラボ~」と題して、
2012年11月23日に初演された、
イーハトーヴ交響曲」の初演の様子を中心に、
冨田勲さん自身の生涯、そして初音ミクがついに交響曲に登場するまでを、
実に興味深くまとめていました。

デジタルな初音ミクがアナログな指揮に合わせて歌い、踊る!
パッと観ただけではたやすいようですが、
実際はかなり細かい調整が必要で、
そのためにキーボード奏者が一人必要になったとのことです。
従来は既にできた曲に合わせてミクの画像をつければいいだけだったのが、
この作品では、指揮者の指示に合わせてテンポを変えて歌い踊るわけですから、
すごい進歩ですね〜

80歳を過ぎてなお、
前人未到の新しい分野に挑戦した冨田さんの偉業に感嘆する1時間でした。

放送された範囲内での「イーハトーヴ交響曲」を聴いた感想としては、
親しみやすい曲だと思いました。
特に第4楽章「風の又三郎」、第5楽章「銀河鉄道の夜」のところは、
幻想的な内容にふさわしいものに仕上がっていました。
難解な「ゲンダイオンガク」ではない、
心に響く音楽だったようですね。

既にCDが発売されています。
せっかくすばらしい特集を放送したのだから、
ぜひNHKで全曲のテレビ放送をしてほしいと願っています。

イーハトーヴ交響曲 [Hybrid SACD]

2013年2月 1日 (金)

2013年1月のアクセス数ベスト10記事一覧

2013年1月のアクセス数ベスト10記事は以下のとおりです:
(※トップページを除く)
ベスト3までは記事リンクをつけています。

一位.ウコンは肝臓に悪い?~NHK・ためしてガッテン「肝臓の健康を守れSP」
(2011年6月29日放送)

二位.公立学校で習熟度別授業の導入はプラスか、マイナスか?
~読売新聞北海道版・連載「学力危機」第1部・札幌の格差 (10)を読んで

三位.「学びあい」という美名の下の教育の堕落~
NHKEテレ・ETV特集「輝け二十八の瞳 ~学び合い 支えあう教室~」
(2012年2月5日放送)

四位.死なないお粥と究極のお粥?~
NHK・ためしてガッテン「門外不出!料亭おかゆ 秘技・奥義一挙大公開 」
(2011年7月20日放送)

五位.退職すると訴訟?!社畜から奴隷へ?ブラック企業の恐怖・・・
~NHK・クローズアップ現代「やめさせてくれない~急増する退職トラブル~」
(2012年4月26日放送)

六位.目で聴く?アリス=紗良・オットのグリーグ・ピアノ協奏曲〜
NHKBSプレミアム・特選 オーケストラ・ライブ
「NHK音楽祭2012 ロリン・マゼール指揮 N響」(2013年1月13日放送)

七位.XPでいちばん早いブラウザは?(2011年4月時点)
八位.18歳で選挙権という希望?~NHK・クローズアップ現代
「18歳は大人か!? ~ゆれる成人年齢引き下げ論議~」(2012年4月11日放送)

九位. NHK・クローズアップ現代「大人がハマる“数学ブーム”の謎」
(2011年7月27日放送)

九位.BS朝日・三ツ星エンタメ!小倉・住吉のおスミつき
「諏訪内晶子×ヴァイオリン」(2013年1月14日放送)

十位.小学校の外国語活動は本当に必要なのか?
~NHK・クローズアップ現代「教壇に立つのはだれ?
~小学校・英語必修化の波紋~」(2011年5月23日放送)

ベスト1は相変わらずアクセス数1000件超えで、総アクセス数は1200以上でした。
九位は同数でした。
先月も二位、三位、十位に教育ネタがベスト10入りしてたのは光栄です。
今月もご愛読よろしくお願いします。

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