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2013年1月22日 (火)

書評:笹森建美著『武士道とキリスト教』(新潮新書)

先日、紀伊国屋書店の新書コーナーを散策していると、
この本のタイトルと帯が目に飛び込んできました。
武士道とキリスト教
武士道は
愛することと
見つけたり
牧師にして小野派一刀流第17代宗家が説く、混迷を生きる心得。


武士道とキリスト教


帯の写真には、刀を持った和服の眼光鋭い老人の背後に十字架が・・・
これは面白そうな本かも?と思い、さっそく手に取り、
結局即買ってしまいました。
(帯の写真の拡大はコチラ⇒

帯の言葉は、もちろん『葉隠』のパロディというべきものです。
武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり
著者は日本キリスト教団の牧師であり、小野派一刀流第17代宗家です。
他の肩書きは、
「大長刀直元流、居合神無想林崎流宗家も受け継ぎ、
日本古武道協会常任理事を務める。」とのこと。
新潮社のHPから転載)

武士道とキリスト教というのは、相容れないもの、と考えられがちです。
戦いの道と平和の道・・・
しかし、日本の武士道を世界に知らしめた名著『武士道』を書いたのは、
クリスチャン(クエーカー=フレンド教会)である新渡戸稲造でしたし、
もう一人の代表的な日本人クリスチャンである内村鑑三の信仰も、
武士道色が色濃く反映されたものです。


武士道(岩波文庫)


本書では、武士道とキリスト教の接点を、日本キリスト教史を振り返りつつ、
広い視点で論じています。
また、著者の家系は明治以来の日本のキリスト教史
及び教育史の展開に深く関わりがあります。
単なる家族史にとどまらないところが実に興味深かったです。

本書から武士道について、あるいは武士道とキリスト教の関わりについては、
かなり有益な考察を得ることができるでしょう。
「切腹」・「殉死」(殉教)と自殺の違いの考察などは、
「なるほど〜」と思いました。
また、キリスト教の重要な神学概念の一つである「原罪」を、
仏教の「業」(ごう)という言葉に置き換えてもいいいのでは?
(本書P.141)という主張も興味深かったです。
(信仰的には、
六章の「キリスト教は「切腹」を認めるか、武士道に「愛」はあるか」
(P.123〜153)のところが最も興味深く読めたところでした。)
武士道という視点からのごく簡単なキリスト教入門になっていると思います。
(あえて難点を言えば、キリスト教信仰の中心である、
「キリストの復活」⇒「罪からの開放」といったところは、
まったく触れられていません。
しかし伝道が目的の本ではないので、「無いものねだり」ですね・・・)

本書で展開される著者の主な主張は、
武道、いわゆる武士道とキリスト教
-日本におけるキリスト教宣教の一課題として-

という小論文としてネット上で読むことができます。

「武士道とキリスト教」という論点で、
著者とかなり似ている視点で取り上げているサイトも紹介しておきますね。
武士道とキリスト教 
内村鑑三や新渡戸稲造など、明治のクリスチャンたちが
武士道をきわめて高く評価した理由

本書を通して、日本のキリスト教界にはびこる日本伝統文化の軽視が、
少しでも払拭されるといいなと願っています。
クリスチャンの方に特におすすめします。

(引用)
 キリスト教は単なる知識や教養ではなく、人の生き死にをみつめるための「道」です。そして決して西洋だけではなく、全人類のためのものなのです。この基本が理解されれば、必ず日本人もキリスト教信仰に触れることができると考えています。
 一方で、日本人の信者を含むキリスト教側でも、日本、あるいは東洋の精神や武士道の教えについて十分に理解ができているとは思いません。「原罪」は日本語で言えば「業」に近いと述べましたが、こうした訳語を含めて、もっと日本の機微を学んでいかなければと反省しています。
 その両者の結びつきのきっかけに、この書が役立てばと願ってやみません。繰り返しになりますが、キリスト教は全世界に呼び掛けている清潔な、品ある信仰です、先入観を捨ててそのものに触れるならば、日本人こそが良きキリスト者になれると信じているのです。さらに欧米一辺倒のキリスト教ではなく、日本の土壌で潤ったキリスト教と、日本の武士道の精神が全世界に広がれば、秩序と公正、そして安寧が全世界に確立されると確信しています。

(P。184〜185「おわりに」からの引用終)

日本のキリスト教界(プロテスタント・カトリック問わず)の錯誤は、
アメリカや韓国、あるいはヨーロッパで成功した例を、
そのまま日本に持ち込んで、
「だから日本(文化)はダメだ」と叫び続けているところです。
反日であることがあたかもキリスト教的と勘違いしているわけです。
根がなければ、しっかりと枝を張ることはできませんね・・・

日本化されたキリスト教、というよりは「キリスト道」。
日本文化への深い敬意と、深い聖書理解・・・
おそらく、「キリストの幕屋」をもう少しソフトにしたようなものが、
理想的な日本的キリスト教(道)なのでしょうね・・・

一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。
だが、死ねば、多くの実を結ぶ。

(新約聖書ヨハネによる福音書12:24新共同訳から)

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