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2012年8月14日 (火)

「いじめ=犯罪では子どもや教員萎縮」という人権感覚と、全国学力テストの骨抜き化

2012年8月13日の読売新聞掲載記事から。
中学教諭「いじめ=犯罪では子どもや教員萎縮」
(引用)
 大津市立中学2年の男子生徒の自殺問題を巡り、いじめや自殺について考える教育シンポジウムが12日、大津市打出浜の市勤労福祉センターで開かれ、教職員や保護者ら計約160人が参加、「いじめは犯罪か」について議論が白熱した。

 全教滋賀教職員組合などが主催。福井雅英・北海道教育大教授をコーディネーターに中学教諭や保護者、弁護士らが意見交換した。

 中学教諭は「いじめイコール犯罪とすると、子どもや教員が萎縮するのではないか」と発言。これに対し、「強い者が弱い者をいじめるのは犯罪だ」「いじめを犯罪ととらえることが重要で、前科がつかないレベルで対処すればいい」など反対意見が相次いだ。
(引用終)

読んで違和感を覚えました。
そもそも、あの大津市で教育者らが「いじめは犯罪か」という問いかけをする自体、
当事者意識の欠如の表れではないでしょうか?
「万引きは犯罪か?」とか「未成年者の喫煙は犯罪か?」いう問いみたいなものです。
また、暴行事件や恐喝事件のような、明らかに犯罪といえるものまで、
「いじめ」とひっくるめるから、余計混乱するわけです。
身体的な暴行を伴うようなもの、金銭を脅し取るような行為は即、犯罪です。
児童生徒だからといって、許されるものではありません。
教師の集まりなら、まず言葉の定義をきちんとすべきでしょう。

記事の中で最も愕然としたのは、
中学教諭は「いじめイコール犯罪とすると、子どもや教員が萎縮するのではないか」と発言。」のところです。
子どもや教員が萎縮」する???
いじめっ子(というよりは犯罪者)はのびのびしていて、
被害者は萎縮する、という倒錯した世界を容認するようなものです。
それに、「教員が萎縮」?
毅然とした対応が求められる中、何たる事なかれ主義の発言でしょうか・・・
教師の人権感覚を疑いたくなります。
メイン主催者の「全教滋賀教職員組合」は、
いじめ被害に苦しむ児童生徒の味方ではなく、
事なかれ主義教師の強~い味方なのでしょうね・・・
教え子を戦場に送るな!」よりも、
最も身近な問題である「教え子を犯罪者・犯罪被害者にするな」を叫んでほしいものです。

教員組合(的思考)が教育現場にマイナスをもたらしているものとして、
いじめ問題の他に、全国学力テストの骨抜き化が挙げられます。
全国学力テスト 日教組が無能を暴露したくないため骨抜きに- NEWSポストセブン(2012年8月14日07時00分)

(引用)
 日教組が実現させた政策の象徴が「全国学力テスト」の“骨抜き”だろう。

 「学力低下」に対処すべく、自民党政権は2007年に「全国学力テスト」を復活させた。ところが、当初予定された悉皆調査(全員が受験する調査)は、民主党政権によって、サンプリング調査に変更されてしまった。

 全員がテストを受け、自治体ごとや学校別、クラス別の成績データを公表すれば、生徒・保護者の学校選択の多様化、不適格教員の把握に繋がると期待された。しかし、「学力の把握はサンプリングで十分」という日教組の主張に沿うものに政策が歪められてしまった。

 学校やクラスごとの成績が明らかになって困るのは、指導力不足を知られたくない教員、学校経営や行政管理を問われたくない校長や教育委員会の役人である。つまり、自分たちの無能を暴露するような政策は許せないのだ。

 また、児童生徒の学力低下と同様に喫緊の課題となっている「教員の指導力低下」にも同じことが起きた。2006年に安倍政権が不適格教員の排除を目的に創設を掲げ、その後の自公政権で導入された教員免許更新制度は、政権交代とともに見直しが打ち出され、“お蔵入り”にされる方向だ。

 教員から教育委員会までが、日教組的な思想を共有する巨大な一つの利権集団化し、その利権を死守するために政治家に圧力をかけるのが日教組という構図である。

 大津市のいじめ自殺問題では、いじめと自殺の因果関係を認めようとしない学校や教育委員会に国民の批判が集中するなか、輿石氏が7月19日の会見で、「学校が悪い、先生が悪い、教育委員会が悪い、親が悪いと言っている場合じゃない」と発言した。「誰の責任も追及しませんよ」というメッセージである。こういった人物が政権中枢にいることも、政治集団としての日教組があげた“成果”の一つだと言えるだろう。

 また、日教組の政治力は、組合や教委に批判的な改革を断行しようとする候補にネガティブ・キャンペーンを張る形でも機能する。昨年11月の大阪市長選で改革を掲げた橋下徹氏の対立候補を、袂を分かったはずの日教組と全教(日教組から分裂した共産党系の教員組合)が揃って支援していたのはその典型である。
(引用終)

「日教組的思考」では、子どもの学ぶ権利・安全を守る権利が保証されません。
守るのは教師の権利ばかり・・・
日本を蝕むガンのようなものですね・・・

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