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2011年10月23日 (日)

「代受苦」と十字架~瀬戸内寂聴さんの青空説法から

今朝(2011年10月23日)、テレビをつけていたら、NHKBSプレミアムで、
きらり!東北の秋「毎日 寂聴 青空説法~岩手県 陸前高田市~」
という15分番組が放映されていました。
この番組の前に、クラシックの番組をやっており、
そのままつけっぱなしにしていたので、たまたま観た番組でした。
(わざわざ仏教の番組は観ません。)

番組の最初の方は全然観ていません。
(教会に行く支度をしていたので・・・)
番組の終わり頃(残り5分程度・・・)、ふと目にしました。
この番組は・・・(番組HPから引用します。)
(引用)
東日本大震災時、病に伏せていた瀬戸内寂聴さんは、東北の惨状に衝撃を受けるあまり、思わずベッドから立ち上がっていたと言います。番組では、9~10月に東北を訪れる瀬戸内寂聴さんの旅に同行し、各地で開く青空説法や、現地の人々との交流を取材。被災地の人に届けられる、そのユーモアあふれる温かいことばから、生きるヒントが見えてきます。

訪ねる場所:岩手県二戸市・天台寺、岩手県陸前高田市、宮城県石巻市、福島県福島市など
(引用終)

私が観たシーンは・・・
東日本大震災で、娘さん(おそらく20~40代)が行方不明になっている、
60代くらいの女性の訴え。
行方不明=死、という現実を未だに受け入れることができない。
孫(行方不明になっている人の子)も同様。
それに対して、寂聴さんは、
一言で言えば「明らめる(「諦める」ではなく・・・)」ことを説いていました。
さらに続いて、その場に集まった人すべてに対して、
「今回の震災で亡くなった人たちは、
あなた方の代わりに苦しみを受けてくれたのです。
仏教には「代受苦」という言葉があります。
仏様の誓願にもあります。
神様・仏様のような存在が、代わりに苦しんでくださることです。
だからこそ、感謝をこめて、亡くなった方々を供養しましょう。
命を大切にしましょう。」
というような説法をしていました。
(※正確な引用ではありません。不正確ならゴメンナサイ・・・)
番組の最後に、「代受苦」という字が大きく映し出され、
意味も書いていました。「今日のまとめ」みたいなものなのでしょう。
思わず私は「代受苦」という語を付箋紙にメモしました。
仏教の話ながら、感銘を受けました。

代受苦」という語を調べると、
獄苦代受(ごっくだいじゅ、Skt:Duhkhaudvahana)とは、仏や菩薩が衆生の地獄(のような)苦しみを代わりに受けることをいう。代受苦、大悲代受苦ともいう。
特に、地蔵菩薩はその徳相を表すとされる。他人の代わりに苦しみを受けることで、菩薩の大慈悲心についていう。

(ウィキペディアから転載)
また、こういう記事も読みました。
東日本大震災以後、まともなCMが流れない中、
連日のように流されたACのCMで、誰もが耳にした詩・・・
(引用)
こだまでしょうか(平成23年3月20日)
 「遊ぼう」っていうと
 「遊ぼう」っていう。

 「馬鹿」っていうと
 「馬鹿」っていう。

 「もう遊ばない」っていうと
 「遊ばない」っていう。

 そうして、あとで
 さみしくなって、

 「ごめんね」っていうと
 「ごめんね」っていう。

 こだまでしょうか、
 いいえ、誰でも。
『金子みすゞ全集』(JULA出版局)
 東北から関東にかけて、大きな地震にみまわれました。これを読まれる方の中にも、直接、間接に、非常なる悲しみを受けておられる方がいらっしゃることでしょう。

 民放では、「こだまでしょうか」が、繰り返し流されています。今、悲しみ、苦しみを受けていらっしゃる方々のお心にとどいて、少しでも励ましになってくれることを心より願っています。

 仏教には、「代受苦者」(だいじゅくしゃ)ということばがあるそうです。

 私が受けたかもしれない苦しみを、代わりに受けてくださった人、ということでしょう。永観堂の法主さまからお聴きした時、深く心にしみました。

 自分のこととして受けとめ、出来ることを少しでも始めていきましょう。そして、なにより、こういう時だからこそ、私たち一人ひとりが、きちんと日々を過ごすことで、しっかりとこだまし合いたいと強く思います。

金子みすゞ記念館 矢崎節夫
(引用終)
(※引用元は、「金子みすゞ記念館」HPの「コラム」「こだまでしょうか」から)
(「代受苦者」という語について、東日本大震災以降に書かれたブログ記事としては、
子どもを亡くした親の会 たんぽぽの会」の
代受苦者(だいじゅくしゃ)」という記事もオススメです。)

代受苦(者)」という語とその意味を聞いて、
私はキリストの十字架を思い起こしました。
十字架の意味・意義が、「身代わりの死」だからです。
「(キリストは)十字架にかかって、
自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。
わたしたちが、罪に対して死んで、
義によって生きるようになるためです。
そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。

(新約聖書ペトロの手紙Ⅰ2:24新共同訳)
新約聖書の書簡で、
十字架」、「十字架の血」、という語が出てくるところは、
まさにキリストの「代受苦」を指し示します。

なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。
(新約聖書コリントの信徒への手紙Ⅱ5:14~15新共同訳)
だからこそ、日々感謝して生きていきたいものですね。

「♪キリストにはかえられません、
世の宝もまた富も、
このおかたがわたしに
代わって死んだゆえです。

世の楽しみよ、去れ、
世のほまれよ、行け。
キリストにはかえられません、
世のなにものも。

(「キリストにはかえられません」讃美歌21・522番の1番)

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コメント

福益さん、コメントありがとうございます。
(コメント返しが遅れてごめんなさい・・・)
教会に再び行くことができましたか?
継続して教会に通うことができたらいいですね。
神様の祝福と平安が豊かにありますように・・・

私も代受苦という言葉を耳にしたとき「はっ!!」と思いました。それは今までキリストが磔刑に処せられていた意味が分からず悶々としていたのです。それでしばらく教会へ行くこともストップしてましたが30日には久しぶりに行こうかと思ってます。
ありがとうございました。
福益

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