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2011年8月18日 (木)

おすすめWEB記事~「食品安全委員会が初公表した規制値の今後の目安 生涯100ミリシーベルトの意味をよく考えてみよう ――福島原発震災 チェルノブイリの教訓(14)」(ダイヤモンド・オンライン)

最近は連日の猛暑、猛暑の報道ばかり。
放射能汚染の問題は少しトーンダウン気味なのでは?
そう思う方は、ぜひ今回紹介しますおすすめ記事を読んでみてください。
ダイヤモンド・オンラインの好連載、「福島原発震災 チェルノブイリの教訓」の14回目です。
食品安全委員会が初公表した規制値の今後の目安
生涯100ミリシーベルトの意味をよく考えてみよう
――福島原発震災 チェルノブイリの教訓(14)

著者は坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]氏です。

この記事の前半は、食品安全委員会の規制値に関する報道の解説です。
後半の方は、放射能の専門家と称する人々への批判です。
記事から引用します。

(引用)
 食品安全委員会の評価書案を見ればわかるように、可能な限り早く1mSvへ近づける方策を考えるべきであり、工程表を作成したほうがよい。

 さて、ここで議論を混乱させているのが放射線専門家集団である。

 筆者がここまで書いてきた計数は、ICRPや日本医学放射線学会が書いている計数でもある(★注②)。ところが、専門家によってはまったく違うことを発言している。

 多くの放射線専門家の反論は以下のようなものだ。

① 放射線防護の制度上、一般公衆の1mSv/yはそのとおりだが、健康への放射線影響を考えると、1mSv/yは危険水準ではない
② 確定的影響が出現する累積100mSvまでは何も問題ない
③ 放射線の健康リスクを厳しくみるのはいいが、他のリスク、たとえば避難の経済的リスク、転地した場合の精神衛生上のリスクなどを総合的に考えて判断すべきだ

 ざっとこんな具合だ。①は当たり前で、そんなことは分かっている。制度上の上限を議論しているのだ。②は、正しくは「わからない」だが、ここでさまざまな自説を開陳する専門家が多い。

 問題は③で、要するに国民はリスクと便益(ベネフィット)を総合的に考えることができないから、1mSvという非常に低い水準を危険だと捉えてしまう。国民には専門的な議論は理解できない、困ったものだ、というのである。

 国民は放射線専門家が想像しているほど馬鹿ではない。資本主義市場経済はリスクとリターンに支配されており、社会人ならばだれでもそのように行動している。学者は違うかもしれないが。

 専門家がわかっていないのは、原発事故による放射能汚染とは、まったくベネフィットのないリスクであり、通常の社会生活におけるリスクに、上から覆いかぶさったとんでもなく馬鹿げたリスクだということだ。

 ICRPが1mSv/yという厳しい数値を置いているのは、一般公衆にとってリターンが何もないリスクだからだ(原発作業者の限度量をはるかに高くしているのは給料というリターンがあるからである)。

 自然災害もリターンのないリスクだが、原発事故は天災ではない。事故の想定を甘く見ていた専門家の責任である。

「クルマを運転して事故にあうリスクがあるのに、人々はクルマを運転している。それに比べればこの程度の放射線リスクはたいしたことない」と、ある専門家が発言しているのを聞いて驚いた。クルマを運転するのはリスクがあるが、それ以上のリターンがあるからに決まっている。

 さすがに最近は、電気のベネフィットがあるだろう、という専門家はいなくなってきた。これまで「原発は絶対安全」といってきたわけだから、本来リスクフリーだったのである。

 こんな発言もどこかで読んだぞ。

「だれでも飛行機に乗る。その際、リスクの高い航空会社を避ける。最後はリスクを取って搭乗する。放射線リスクと避難の経済的リスクを総合的に考えるのは同じことだ。」

 飛行機に乗ることと原発事故の放射線リスクを比較すること自体バカバカしいが、市民が放射線リスクと他のリスクを比較しないのは、放射線リスクにはリターンが何もないので、リスクのポートフォリオをつくることができないからだ。
(引用終)

放射能の専門家なる人々の詭弁に弄されないよう、私たちも賢くならねば・・・
本題に戻りましょう。
この記事では、
東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授の国会発言のポイントも書いています。

(引用)
児玉龍彦教授 発言のポイント

① 福島原発から放出された放射性物質の総量がわからない。未公表のままなのはおかしい
② 熱量からの推計放出量は広島原発の29.6個分、ウラン換算で20個分
③ 原発からの放射性汚染物は原爆からのものよりも長く、多く残存することになる
④ 食品、土壌、水の検査に最新鋭のイメージング測定器を投入し、抜本的に検査を改善すること。日本の科学技術力で可能なことで、まだまったく行われていないことに、私は満身の怒りを表明する
⑤ 内部被曝では、ミリシーベルトに換算しても無意味。例えばセシウムは尿管上皮や膀胱に集まるため、集積点を計測しなければ意味がない
⑥ 放射線が特定の遺伝子を損傷し、20-30年後にガンを発生させることがわかってきている。疫学調査で統計学的に解明できるまでに20年とすれば、間に合わない。
⑦ 学問論争(筆者注・専門家の意見の相違)に対して厚生労働委員会(政治家)が結論を出す必要はない。国民の健康を守るために何ができるか考えて。広島原爆の20倍という膨大なセシウム137が飛散している事態に対して、積極的な対応を願いたい
⑧ 住民が戻る気になるのは、行政が測定し、除染している地域だ。何もやらずに「安全だ」といわれても信頼できない。数値ではなくて、最新の技術で測定し、最新の技術で除染に全力をあげる自治体が安心なのだ

 児玉教授の発言で驚いた点は、まず⑤と⑥で、内部被曝の影響を分子生物学のレベルで検証していることだ。遠い将来に疫学調査を始めてから統計学的優位性を検証する、という考え方が陳腐に思えた。

 次に、⑦である。何ミリシーベルトまでは安全、というような議論も馬鹿馬鹿しくなる。分子レベルの観察こそ重要だとわかった。

 最後に⑧。住民が本当に安心できるのは、「さまざまなリスクを総合的に判断せよ」と言う経済学を知らない放射線専門家の助言ではなくて、行政が最新鋭の技術で計測・除染する地域こそ安心だという指摘である。児玉教授の発言は、多くの人々の目を見開かせてくれたのである。
(引用終)

放射能汚染の情報が小出し、後出しになって少しずつ明らかにはなってきていますね。
いかに、「ただちに健康に影響がない」とか、前述の専門家なる人々の発言が無責任だったか・・・

今私たちにできるのは、まず正しい情報を知ることですね・・・

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