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2011年2月11日 (金)

紐帯、洗足、結びの帯としての愛・・・

2月11日(10日深夜)放送の、NHK「恋する日本語」を見ていると、
紐帯」という言葉が最後に出てきました。
「ちゅうたい(じゅうたい)」と読みます。
意味は・・・

[1] ひもとおび。転じて、物と物、人と人とを結びつける役割を果たす大事なもの。
[2] 特に、社会の構成員を結びつけている、血縁・地縁・利害などのさまざまな条件。

(大辞林より)

[1]の意味から、すぐさま新約聖書の名言が脳裏に浮かび上がってきました。
愛は結びの帯として完全なものです。
(新約聖書 コロサイ人への手紙3:14新改訳)
(新共同訳では、「愛は、すべてを完成させるきずなです。」となっていますが、
この箇所は新改訳の方が好きです。)

神様と私達を結びつける最大の「紐帯」は、イエス様の十字架ですね。
イエス様と弟子達との「紐帯」は・・・
ヨハネ福音書13章にある、「弟子の足を洗う」(洗足)はその一つです。

ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、
イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、
あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。

(新約聖書ヨハネによる福音書13:8新共同訳)
ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、
あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。

(同13:14新共同訳)

足を洗うのは、当時は奴隷の役割であって、主人がすることではありませんでした。
弟子達の汚い足を洗ってくださるほどに、低くなってくださったイエス様・・・
キリストを信じている、と言いながら、私達も、ペトロと大差ない事を言っているのかもしれません。
「わたしのこんな罪は、決して赦されるものではありません。」
「家庭・職場の問題は、どれだけ努力しても無駄でした。」
いろいろな困難や問題というのは、神様と私達の「紐帯」になるかもしれないのに・・・

仏教では、「結縁」(けちえん)という言葉があります。
1 仏語。
①仏・菩薩(ぼさつ)が世の人を救うために手をさしのべて縁を結ぶこと。けつえん。
②世の人が仏法と縁を結ぶこと。仏法に触れることによって未来の成仏・得道の可能性を得ること。けつえん。
2 関係ができること。特に親類になること。けつえん。

(デジタル大辞泉)
奈良・薬師寺といえば、国宝の薬師三尊像が有名ですね。
中央に座す薬師如来は、病気を通して「結縁」するそうです。

「結縁」は仏語ですが、キリスト教用語に取り入れていいと思います。
困難や問題は、神様との「紐帯」、「結縁」の機会・・・

現代日本は「無縁社会」化しつつある、とも言われます。
助けを求めることをしないために、寂しく孤独死していく人が年々増えているようです。
「迷惑をかけないように」生きようとして、死んだ後に大迷惑をかけるよりは、
むしろ、「人は迷惑をかけながら生きている」と考えた方が、気が楽になるかもしれませんね。
絶対者との関係もさることながら、人と人との結びつきも大事です。

ロバート・シュラー牧師が、マタイ5章の「八つの幸い」を解説した本で、
心の貧しい人は幸いである」を、
助けを呼ぶだけで、救われる」と説いています。
何かが欠けているあなたは、幸せである」とも言い換えています。
(『「お金もち」よりも幸せになれる方法』(PHP研究所・2001年)→現在、絶版のようです。)

紐と帯、夫と妻、親と子、職場の仲間、近所の人たち・・・そして神と人・・・
結び合うことで、喜びや力が生まれてきます。

今回の記事、「結び」はこの言葉にします。
愛は結びの帯として完全なものです。
(新約聖書 コロサイ人への手紙3:14新改訳)

原作本です。

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