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2011年2月28日 (月)

NHK「名曲探偵アマデウス」・チャイコフスキー「交響曲第6番『悲愴』」

今回の「名曲探偵」は、再放送で、
チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』でした。
見た記憶があるような、ないような・・・
(ディープ内藤が出てくる#14からところどころ観始め、
#25のマーラー・交響曲第5番からは、全部観ていると思います。)
事件ファイル#4なので、放送初期のものですね。
現在の、コメディ・バラエティ路線との違いを感じました。
もちろん・・・現在の方が洗練されていて、断然好きです。
構成・演技ともに少しぎこちなさを感じさせました。
それと、N響がイマイチ・・・
特に第1楽章の、静けさから疾風怒濤になるところあたりは、
「安全運転」という感じでしたね。

番組も、そういう試行錯誤の積み重ねで、現在の面白さにたどり着いたわけですから、
貴重な記録といえましょう。
(響さんがロシア語の辞書を調べていた・・・知的な秘書?
今の、食欲と恋にしか興味が無いキャラとちょっと違いますね・・・
あと、玉川大学の野本由紀夫准教授も、まだテレビ慣れしていないような感じでした。
現在の方が、洗練されていますね。)

依頼主が、「君に贈る」と書かれたチャイコフスキーの『悲愴』の総譜を持ち込んできたところから、
話は始まります。
私は「2週続けてチャイコフスキーで、2週連続作曲者の同性愛ネタかな?」と前半思いましたが、
安全な領域で、「事件」は円満解決でした。
ホッとしたともいえるし、意外性がないかな、とも思えました。
番組初期では、現在のような「オチ」がついていなかったようですね。
演奏だけで終ってしまうのも、ちょっと残念でした。

チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』。
私は・・・たまに聴きますが、それほど好きな曲ではありません。
『悲愴』よりは、交響曲第5番の方が好きですね。

この曲を一番最初に聴いたのは、確かカラヤン指揮ウィーン・フィルのCDでした。
カラヤン晩年の録音ですね。
なよなよ、メソメソ、感傷的な・・・というチャイコフスキー像を表すには、
「最も優れた」演奏といえます(皮肉な意味で)。

私にとって、本当にこの曲の真価に開眼したのは、
ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルのDG盤です。
初めて聴いたときは、衝撃的でした。
前述の、第1楽章で静けさから疾風怒濤になるところは、
後頭部をいきなり強打されたような・・・とでも表現するしかありません。
実に豪快、力強く、かつ繊細さがあります。
感傷的なチャイコフスキー像を見事に打ち壊し、
男泣きするような、真のチャイコフスキー像を垣間見ることとなりました。
以来、『悲愴』はムラヴィンスキーのDG盤1種類で十分満足です。
(残念ながら、何度も聴けば、衝撃だって薄くなってしまうものです。
慣れてしまうものなんですね・・・)

チャイコフスキーの『悲愴』といえば、もう一つ思い出すのが、
この曲を全編に使った映画、『アンナ・カレーニナ』です。
『アンナ・カレーニナ』は何度も映画化されていますが、
紹介したいのは、ソフィ・マルソー主演のものです。
トルストイの長大な小説を2時間のメロドラマにしてしまうわけですから、
当然、中身は薄くなってしまいますが、
豪華な舞台と、『悲愴』の音楽が、映画を見事に彩っています。
「一線」を越えてしまったところに使われる、第一楽章の甘美な主題とか、
第2楽章の用いられ方など、見どころ、聴きどころが多いですよ。
(映画として成功しているかどうかは別として・・・)
パッケージに使われているシーンは、すごく官能的ですが、
後は・・・苦さがだんだん濃くなっていくだけです。
ちょうど、『悲愴』の第1楽章のように・・・
甘美なのはわずかで、あとは苦悩の嵐にもみくちゃにされてしまうだけ・・・
許されぬ恋、というものは、そんなものなのでしょう。

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