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2011年2月 5日 (土)

「預言カフェ」から考える聖書的預言の原則

先日書いた記事
チーズ工房アドナイ(興部町)と、「主の山に備えあり」(アドナイ・イルエ)」に、
クリスチャン女性のスズランさんからコメントをいただきました。
http://francesco-clara.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-4967.html

スズランさんはブログをお持ちですので(「スズランの日記」)、
記事をいろいろ拝読してみたところ、実に興味深いものがありました。
預言カフェ
http://suzuranblg.exblog.jp/14061256/
ステキな写真と共に、「賛否両論ある」と断った上で、
「預言カフェ」に肯定的な記事を書かれています。
私はこの記事で、東京に「預言カフェ」なるものが存在するのを初めて知りました・・・

「預言カフェ」は、プロテスタント聖霊派の「アライズ東京キリスト教会」が運営しています。
場所は東京都新宿区高田馬場です(正確な住所は、お店のブログで確認を・・・)。

興味をもったので、試しに「預言カフェ」で検索してみると、
たくさんのブログ記事が出てきます。
検索最上位は、もちろんお店のブログですが
(「預言カフェ」で検索してみてください。あえてリンク先は掲載しません。)、
第2位は(2月4日現在)、なんと「食べログ」の紹介記事でした・・・
珈琲専門店 預言カフェ
http://r.tabelog.com/tokyo/A1305/A130503/13092149/
たしかに、お店のブログ記事を読むと、
数量限定で「コピ・ルアック」を取り扱っている、というのは、珈琲専門店の名に恥じないですね。
(「コピ・ルアック」は、「幻のコーヒー」ともいわれる高級コーヒー。
私は映画「かもめ食堂」で初めて存在を知りました。
もちろん、飲んだことはアリマセン・・・)

いろいろな人が書いた「預言カフェ」についてのブログ記事をいくつか読んでみると・・・
クリスチャンの人よりも、どちらかというと、
スピリチュアル系大好きな人が多く記事を書いています。
例として、おそらくクリスチャンではない方の記事を2つ紹介します。
http://akumadesourou.livedoor.biz/archives/527002.html#
http://beautiesmind.com/yogencafe/
一般の人が、「預言カフェ」をどう見ているのか、参考になります。
コーヒーの注文と同時に、「預言もお願いします!」とオーダーするそうです・・・
マックで「スマイル」は無料なのと同様(?)、「預言」は無料とのこと。
ただし、預言は必ず録音する、というのが、お店の決まりだそうです。
お店で用意したカセットテープに録音する場合は、テープ代として、50円かかるそうです。

さて、ここから聖書的に、「預言カフェ」について少し考えてみたいと思います。
私自身、何年間か聖霊派の教会に所属していたことがありますので、
預言というものが聖書の時代だけではなく、今も存在していることを認めています。
(預言とは、未来の事を「」め「」うことではなく(それらも含まれる時がありますが)、
神様から「」かったコトバを「」う事です。神様から来る慰めの言葉なども含まれます。)

旧約の時代において、「預言」は、かなり重たいものでした。
「神はこう言われた」と預言者が語ったのであれば、
必ず実現するもの、とみなされました。
なぜなら、神様はウソをつくことはできないからです。
しかし残念ながら、偽預言者もたくさんいたようです。
(偽の預言については、列王記上13章や、ネヘミヤ記6章、エレミヤ書28章など参照。)
申命記18:20(新共同訳)にはこう書いています。
ただし、その預言者がわたしの命じていないことを、勝手にわたしの名によって語り、
あるいは、他の神々の名によって語るならば、その預言者は死なねばならない。

預言者の資格は大変厳しいものでした。

旧約聖書のヨエル書では、聖霊降臨後の有様を預言しています。
新約聖書でも引用されています。
その後
わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。
あなたたちの息子や娘は預言し
老人は夢を見、若者は幻を見る。
」(ヨエル書3:1新共同訳)

イエス様は復活されてから天に昇り、
信じる者たちに聖霊をお与えになりました。
聖霊の賜物の一つが、預言する賜物です。

預言の賜物について、新約聖書でもっともよくまとまっているのが、
コリントの信徒への手紙Ⅰの14章です。

興味深いのは、
新約聖書では預言に「神からのものでないものが含まれている」と認めていることです。
「(礼拝において)預言する者も、ふたりか三人が話し、ほかの者はそれを吟味しなさい。
(Ⅰコリント14:29新改訳)
新共同訳では、「吟味」というところが、「検討」となっています。
つまり、「預言者」が預言したとしても、絶対的にすぐに従わなければならない、ということなのです。
たとえ預言した人がどんなに高名な「神の器」だとしても・・・

預言カフェでなされる預言がどの程度のものなのか、体験していないので、
私としては、使徒言行録5:38~39にならって、判断は差し控えます。
「・・・ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、
神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。
もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ。

(使徒言行録5:38~39新共同訳。ガマリエルの言葉)
ただ、一方的に「これがあなたへの神の言葉です。」と言われた場合、
まともなクリスチャンなら、きちんと「吟味検討)」すべきでしょう。
そうでなければ、神社のおみくじや占い師の言葉となんら変わらなくなりますので・・・

吟味の方法は、主に3つあります。
まずは聖書の御言葉です。
普段から御言葉に親しんでいれば、神様は何を望まれているのかよくわかりますので、
見分けることができます。
次に祈りです。祈りは神様とのコミュニケーションです。
普段から神様と「会話」しているなら、
ちょうど自分の配偶者や子が何を望んでいるのかよくわかるように、
神様の御心がわかるようになります。
最後に、実際にそれが起きる(起きた)か、という事です。
たとえば、「あなたはアメリカに行きなさい」という預言が仮にあったとします。
聖書と祈りによって内的な促しがありました。
しかし、お金も休暇もない・・・この場合、「御心でない」と判断した方がいいものです。
神様は、言葉を濫用されません。
そのように、わたし(=神様)の口から出るわたしの言葉も
むなしくは、わたしのもとに戻らない。
それはわたしの望むことを成し遂げ
わたしが与えた使命を必ず果たす。

(イザヤ書55:11新共同訳)
そのほか、夢や幻、不思議な出来事、
教会の指導者の意見や、先輩クリスチャンの意見なども、
預言の吟味に役立つはずです。

一番いいのは、よほどでない限り、個人的な「預言」を求めないことかもしれません。
「これがあなたへの神の言葉です。」と第三者に言われるよりも、
神様が直接的に、私やあなたに日々語りかけている言葉に感覚を研ぎ澄ます・・・
神様は今日もいろいろな形で呼びかけておられますよ・・・
もっとも一般的な方法は、聖書の言葉を通しての語りかけです。

あと、預言や癒しなど、聖霊の賜物を行使する際、
お金を取るのは、すべて「ニセモノ」と考えて間違いありません。
イエス様は弟子達に、
病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、
悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。

(マタイによる福音書10:8新共同訳)と命じています。
幸い、東京の預言カフェでは、預言そのものにはお金をとらないようですね・・・
そのほか「預言」のニセモノの見抜き方としては…
「○○年△△月××日に世の終わりが来る」のたぐいはすべてニセモノです。
キリストでさえ知らないことを、どうしてただの人間が知っているのでしょうかね?
その日、その時(=世の終わり)は、だれも知らない。
天使たちも子(=神の御子キリスト)も知らない。
ただ、父だけがご存じである。
」(マタイ24:36新共同訳)

ちなみに、東京の預言カフェとは全く無関係なのですが、
札幌でも「預言カフェ」が存在するようですね。
検索してみて初めて知りました。
こちらは、HPで見る限り、信仰的にはかなりアヤシイ気がしますが・・・
(「札幌 預言カフェ」で検索するとトップに出てきます。
少なくとも、クリスチャンにはおすすめできません。
「預言」までセット販売していますし、
高額なセミナーへの勧誘があるようです・・・)

最後に、福音宣教という観点での預言カフェを考えてみましょう。
キリスト教の外にいる、特に占い好きな女性やスピリチュアルにハマっている人にとっては、
預言カフェはすぐれた宣教アプローチなのかもしれませんね。
キリスト教会に行っても、霊的世界の事はサッパリわからず、
ムズカシイ神学論ばかりで、砂をかむような思いをしている人はたくさんいます。
霊的な体験がなければ、教会だって、結局、カルチャースクールと大差ないものかもしれません。
万の言葉よりも、1つの奇蹟によって、心の壁が打ち崩されることが多いのです。
カトリック・プロテスタント問わず、もっと霊的な世界に開かれたものであってほしいものです。
(ただし、バランスは大切ですね・・・
霊的方面ばっかりで、聖書と祈りがおろそかになったり、
聖書と祈りはしっかりしているけど、霊的な事柄は否定する・・・
あるいは、信仰熱心なのはいいけれども、「愛」を忘れてしまう・・・
どれも大切なのです。)

※2011年10月23日追記
紀伊国屋書店で、預言カフェをやっている方の本を見つけました。
吉田万代著『預言CAFE』
パラパラと立ち読みしてはみましたが・・・


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