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2011年1月 6日 (木)

書評:ガエタノ・コンプリ著『キリストと聖骸布』(文庫ぎんが堂)

今回の記事で、ブログ記事数700本目です!
神様に感謝!
そして、読んでくださる皆様にも感謝です!


記念すべき700回目は、やはり信仰的な記事で飾りたいです。
そこで、今回は、ガエタノ・コンプリ著『キリストと聖骸布』(文庫ぎんが堂)を紹介します。
これは、紀伊国屋書店の文庫コーナーをぶらりと散歩していた時に見つけた本です。

著者のガエタノ・コンプリ氏は、カトリックの神父です。
昔、カトリックの伝道番組「心のともしび」に出演していたのを見たことがあります。
その人が、トリノの聖骸布を長年研究したいたというのは、今回初めて知りました。

トリノの聖骸布は、あらゆる角度から可能な限りの科学的な研究がされています。
無神論者でも聖骸布の価値を認める人がいる一方、
聖職者であってもオカルトのたぐいと決め付けて、最初から否定する人もいるそうです。
日本の新聞報道では、炭素14による年代測定で、「ニセモノ」という断定がされて以来、
久しく記事を見たことがないです。
しかし、それで決着がついたのか・・・

著者は冒頭、「はじめに」というところで、こう書いています。
本書を読んでくださる皆さんに申し上げます。聖骸布には先入観なしに挑戦してください。
聖骸布は、信仰の問題ではありません。
」(P.4から引用)
テレビに出てくる大槻教授並みに疑いの目で見てもいいかもしれません。
まずは、ぜひ本書を読んでみてください。
第一級のサスペンス・推理小説のように、状況証拠が次々と現われては否定されます。
最後に残るのは・・・

著者は非常に冷静に、さまざまな状況証拠を分析していきます。
どこにも、熱狂の影はありません。
穏やかで、理性的に、聖骸布の出自と、「聖骸布の人」は誰かを結論づけています。
こういうラテン的な明晰さ、私は結構好きです。

聖骸布はあくまで信仰の問題ではありません。
しかし、もし明確に、キリストのご遺体を包んだ布だとすれば、
キリスト教最大・最高の奇蹟である、「キリストの復活」を証言するものとなります。

私は、聖骸布の存在によって、「キリストの復活」を信じたわけではありません。
世界中の多くのクリスチャンも、聖骸布の存在如何ではなく、
「今、生きておられるキリスト」を体験したからこそ、信じているわけです。
ある意味、聖骸布が本物であろうと、ニセモノであろうと、
信仰自体には影響を与えることはありません。
そう、復活されたイエス様は、トマス(合理主義者の祖先?)に、
わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。
(ヨハネ20:29新共同訳)とおっしゃりました。
現代の我々にも、同じことを語られるでしょう。
しかし、合理主義者にとっても信じられるように、聖骸布を遺されたのかもしれませんね・・・

【送料無料】キリストと聖骸布

キリストの復活について、知的に(でも気楽に)もっと探求してみたい方なら、
次の本もおすすめです。
ビジネス書の著者として有名な、オグ・マンディーノの小説、
『キリスト・コミッション』(ダイヤモンド社)です。
400ページ以上もあるこの本ですが、
私は夜が明けるまで一気に引き込まれて読みましたよ。
(この本については、またの機会に・・・)

キリスト・コミッション

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コメント

レスありがとうございます。私は聖フランシスコが好きで、最初に訪ねたのがカトリックの教会でした。詳細は省きますが、洗礼までにはいたりませんでした。

今日のブログにもあったようですが、ルターの信仰義認を強調しすぎるネット上の人に悪影響を受け、神道出身の私は、「信仰のみ」がどうにもがまんできず、プロテスタントでも洗礼を受けず、心と行いを重視する異端とされる派で洗礼を受け、一人で聖餐式を毎日行っていました。

霊的に改善しないで停滞していましたが、ジョンウエスレーの「人は信仰のみによって救われる。しかし我々にはその信仰が足りない」という言葉にいたく共感し、近所のプロテスタント教会で洗礼を受けました。プロテスタントの教会も行いを伴わない信仰のみを強調するところは少数派ではないかと思います。

最近は、教会に所属することで、霊的にも守られ、成長している気がしています。そんな感じで現在に至っていますが、カトリックもプロテスタントもそれぞれ長所・短所があるのでエキュメニカルな感じでこのままいこうかと思っています。

たまにのぞかせていただきます。では。

アンドゥ十二様、コメントありがとうございます。壮大なご計画をお持ちのようですね。
御心でしたら主が実現させてくださいますように・・・
神秘的なものに強く惹かれる方とお見受けします。
余計なおせっかいかもしれませんが、アンドゥ十二様は、
プロテスタントよりは、カトリックの方を選ばれた方が良いのでは、と思いました。
霊性とか、典礼とか、美術とか、神秘体験とか、
どちらかというとカトリックの方が圧倒的に豊富です。
ベネディクト修道院に行って喜んでいるならば、「どっちつかず」よりも、
自分の進むべき道をきちんと定めた方がいいのでは、と思います。
この地上でカトリックかプロテスタントかは、神様の目にとってはある意味、
どうでもいいことです。
しかし、しっかりとキリストに結ばれた信仰生活をする必要はありますよね。
それを保証するのが、教会であり、秘蹟であり、教会の礼拝様式ともいえます。
教会の伝統に沿った礼拝をささげるのは、安心できますし、心強いものですよ。
ご参考になれば幸いです。

石川様、長文コメントありがとうございます。
『キリストと聖骸布』読者としての実感がこもった、すばらしい感想ですね。
科学万能のこの時代だからこそ、聖骸布は、
キリスト復活の確かな証拠になるかもしれませんね・・・

はじめまして。伝道用にCEV聖書で検索していたら、こちらにたどり着き、聖骸布の記載があったので、思わず書き込みしました。

私は、ハリウッド調のイエス様の映画をみるとどうもストレスがたまり、いつか映画をつくりたいと思っているものです。聖骸布を使用することは啓示があったのですが、それ以降のヴィジョンがまだ与えられず、現在は待機している状態です。投稿者の名前からリンクされるURLもよろしければ見てください。

私はプロテスタントですが、ベネディクト修道院で教会の祈りを教えてもらい、特にダニエル書補遺の3人の若者の詠唱がすきです。朝晩30分くらい教会の祈りに沿って祈っています。

もし、私が映画を作るとき、音楽的な提案とかありますか。それでは。

 10年位前、聖骸布に出会ってから、すごく不思議な物と思いつつ、どこか曖昧模糊としてわからないという思いも強くあったと思います。しかしこの本を読んで今まで知らなかった歴史(一般的な西洋史も含め)、これまでの研究の成果がよくわかり、初めて聖骸布がどんなものかよくわかりました。たまたまX'mas夜ヒストリー・チャンネルでこれまでの歴史、研究者達の成果、疑問等、の紹介・説明をしながら、アメリカ人のコンピュータ・グラフィックの専門家が、ほんの僅かな凹凸から、聖骸布の人(キリスト)の3次元の顔の再現に初めてチャレンジするという番組を見ました。その番組内容が本に書いてあったこととちょうど重なり、とても興味深く視聴できました。この本のおかげだったと思います。
 科学が進歩すれば、するだけ、それだけわからないこと、神秘もさらにふえ、自然(の一部)を征服したと思っても、しっぺ返し、扱う人間の問題、困難もふえているような今、炭素14法により年代測定した研究者の中から、再検討の意向がでてくればいいのにと思いつつ、、、聖骸布は不思議そのもの、キリスト以外にあり得ないと思います。‘思います’という心のどこか数パーセントに万が一の逃げをつくっている自分を見つけ、科学が100パーセント保証(炭素14の再鑑定)してくれないとそうですと断言できない自分に、トーマスと同じ自分がいることに、もどかしさを覚えます。
 しかし、不思議そのもの、それが本当によくわかる素晴らしい本です。しかもいつでも簡単に手にとって読める素晴らしい本です。

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