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2010年12月26日 (日)

旧約聖書のヨセフ物語と、映画「ショーシャンクの空に」~希望の物語

最近、書店で、
平野耕一牧師著の『世界中で語り継がれている希望物語』(鳥影社)という本を見つけ、
購入しました。

この本は、「希望」をテーマに、
旧約聖書のアブラハムからモーセ、ヨシュアの物語について書かれたものです。
その中で、映画『ショーシャンクの空に』について、何度か言及しています。
その「はじめに」というところには、このような一文があります。


 ハリウッド映画の名作と言われた『ショーシャンクの空に』は、この本の中に登場する聖書のヨセフ物語に非常に似ています。このビデオはレンタルで一年間以上も米国第一位を続けました。
 作者のスティーブン・キングは、米国でもっとも巧みに物語を展開させる作家として知られ、その作品は三十五本も映画化されました。その彼自身が聖書をよく調べていることを認めています。

(同書P.2から引用)
 

実は、まだこの映画を観たことがなかったので、
とても興味を持ち、DVDを借りてクリスマスの夜に妻と一緒に観ました。
冒頭から、物語に引き込まれるような、見事なストーリー展開でした。
いろいろな伏線が、小道具が、最後の大脱獄に見事に結びついています。
観終わった後は、すっかり打ちのめされてしまったような感覚でした。
傑作、という名に値する作品といえましょう。

DVD

Blu-ray


映画の感想については、
たくさんの人がブログやAmazonのカスタマーレビュー(100件以上)などで書いています。
今回は、旧約聖書のヨセフ物語との関連と、「希望」というテーマで書くことにします。

平野耕一牧師の『世界中で語り継がれている希望物語』P.162~163では、
旧約聖書のヨセフの入獄体験と関連した話として、
ショーシャンクの空に』のエピソードを書いていますので、引用します。


希望の特質 21 希望は消すことのできない音楽

 ヨセフの人生は、十七歳までお坊ちゃまをやって、十年くらい奴隷をやって、その後三年間は監獄生活です。さすがのヨセフも、その心は当然、恨みと憎しみと苦みで満たされたであろうと想像します。ところが、そうはならないのです。それでもヨセフは希望をもち続けるのですね。希望という音楽はヨセフの心から消え去ることがありませんでした。

 作家スティーブン・キング原作が『ショーシャンクの空に』として一九九四年に映画化されました。主人公のアンディは、妻とその愛人を殺害した容疑で捕らわれ、無罪の訴えも空しく、終身刑の宣告を受け、ショーシャンク刑務所へ送りこまれます。
 アンディは終身刑でも、自由な人生を取り戻す希望をもち、それを捨てませんでした。そして銀行家だった手腕を生かし、警察署長や看守の納税書を無料で作成してやり、その見返りとして、刑務所の中に図書館を作ります。また、出獄する者たちのために、教育を始め、高校卒業資格が取得できるようなサービスを自主的に始めます。
 アンディは友だちになったレッドに話します。
 「看守たちがどんないやがらせを行い、いじめようとも、俺の心の中には、彼らが消し去ることができないメロディーが鳴っている。」
 「その音楽の名前は何ていうのだい。」
 「希望だよ。希望と言う音楽は、誰にも消し去ることはできないのだ。」
 「希望は危険なものだ。ここで希望をもった奴らをたくさん見てきたよ。彼らはみな発狂した。」
 「それでも、俺は希望を選ぶよ。」
 やがて、二十年の監獄生活から、アンディは脱出に成功します。豪雨が降りしきる真夜中、脱出した彼は空に向かって両手を突き上げ、雄たけびを挙げます。自由になった喜びを爆発させた感動的なシーンでした。

 妻を殺したという濡れ衣を着せられて終身刑を言い渡され、看守からいじめ抜かれても、アンディの心に鳴り響く希望の音楽は、誰も消すことが出来なかったのです。
(同書P.162~163から引用)


「希望」についてアンディとレッドが語るこのエピソード、
映画の中でも印象的なものの一つです。

平野牧師は、映画『ショーシャンクの空に』のエピソードを語ったすぐ後(上記のすぐ後)、
旧約聖書のヨセフの話に戻ります。


 ヨセフは監獄にいても、いつか夢が実現するという希望を捨てなかった。だから、監獄の中でも立派にふるまい、できることは何でもやった。意図したわけではなかったが、監獄長の信頼を勝ち得ていた。恐らく、囚人たちの信頼も勝ち得ていたに違いない。彼は思いやりをもって囚人たちに使えていたのだ。
 監獄長は、その監獄にいるすべての囚人をヨセフの手に委ねた。ヨセフは監獄でもすべてのことを管理するようになった。彼はここでも、天才的な管理能力を発揮したのだ。

(同書P.163~164から引用)


映画『ショーシャンクの空に』の主人公アンディと、旧約聖書のヨセフの入獄体験が、
重なり合って見えますね。

ヨセフは兄弟たちに奴隷としてエジプトに売られ、
侍従長ポティファルに引き取られ、そこで管理する能力(神様からの祝福)を発揮して、
主人の全財産を管理するまでになりますが、
ポティファルの妻に言い寄られたのを拒んだが故、
無実の罪で牢に入れられてしまいます。
牢獄においても、神様の祝福により管理する能力を発揮し、ついには、
監守長は監獄にいる囚人を皆、ヨセフの手にゆだね、獄中の人のすることはすべてヨセフが取りしきるようになった。監守長は、ヨセフの手にゆだねたことには、一切目を配らなくてもよかった。主がヨセフと共におられ、ヨセフがすることを主がうまく計らわれたからである。
(旧約聖書 創世記39:22~23新共同訳)という状況になりました。

目に見える状況は絶望的でも、希望を失わない、というのが、大きな力になります。
アウシュヴィッツ強制収容所での悲惨と苦悩を描いた、
ヴィクトール・フランクルの名著『夜と霧』(みすず書房)の隠れたテーマは、
「希望を持ち続けることの大切さ」です。
強制収容所で希望を失った者は、自ら自暴自棄な行動を取り、死に急ぐことになりました。
ほんのわずかな希望でも、もち続けることが、自分を大切にすることにつながります。

ヨセフの苦悩(兄弟に裏切られ、奴隷として売られることや、入獄体験など)について、
詩編105:16~18には、こういう記述があります。

主はこの地に飢饉を呼び
パンの備えをことごとく絶やされたが
あらかじめひとりの人を遣わしておかれた。奴隷として売られたヨセフ。
主は、人々が彼を卑しめて足枷をはめ
首に鉄の枷をはめることを許された
主の仰せが彼を火で練り清め
御言葉が実現するときまで。

(詩編105:16~18新共同訳)


「今、なぜこんなに苦しいのだろう」、と時々思うことがありますよね。
苦悩の意味は、そのときにはわからないことがほとんどです。
しかし、「神がすべてのことを働かせて益としてくださる」(ローマ8:28新改訳)ことを信じ、
感謝していまあるがままを受け止めるとき、
神様は次のステップをたぶん用意されているはずです。

希望はわたしたちを欺くことがありません。
わたしたちに与えられた聖霊によって、
神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。

(新約聖書ローマの信徒への手紙5:5新共同訳)

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