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2010年11月30日 (火)

児童中心主義教育の行く末~教育不祥事ニュースから

最近、教師が授業において、児童に変な課題を与えて問題になる、
というのが新聞で何件か取り上げられていました。
国語の授業において、「殺される前に殺せ」と点字翻訳させたり、
道徳の授業において、脅迫文を作らせたり・・・
(いずれも、山梨県での出来事です。)
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20101129-OYT8T00630.htm
この手のニュースをまとめた記事として、
キス、殺せ、毒クッキー…トンデモ先生が続々!教育界の混乱とは」という記事が、
11月29日に出ていました。
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/fuji-zak20101129017/1.htm

私は、別にそれらの教師達を糾弾したいがために今回取り上げたわけではありません。
点字翻訳と脅迫文のものに共通する、
児童の興味を引くため」という動機を問題にしたいのです。
(そもそも、殺人事件をネタに視聴率を稼いでいるマスコミが、
自らの害悪を反省しないで、糾弾している自体、滑稽ですね。脚下照顧!)

現在のゆとり教育では、
児童の興味・関心等に基づく学習や創意工夫を生かした教育活動」というのが重視されています。
(その最たるものは、「総合的な学習の時間」です。)
この「児童の興味・関心等に基づく教育」という観点から言えば、
あえて言えば、先ほどの点字翻訳と脅迫文の授業は、「大成功!」ではないでしょうか。
(もちろん、これは皮肉な意味です・・・)
児童どころか、保護者や一般市民の「興味・関心等」を引き起こしたのですから・・・

児童中心主義の行き着く先は、結局「児童にウケる!」だけです。
教師はお笑い芸人並みになるしかありません。
本当に、このような低レベルな教育でいいのでしょうか?
教師が一方的に知識を注入し続けるだけの教育に戻れば解決、とは思いませんが、
あまりにも行き過ぎた児童中心主義は問題です。

新聞沙汰になるようなレベルではなく、もっと一般的なものを考えてみましょう。
教師は、教科書をきちんと教えると、「管理教育だ」などと反発することが多いようです。
本当は、きちんと教科書を教えること「すら」できない場合が多いのに・・・
それで、わざわざ教科書をポスター大まで拡大コピーして、
児童・生徒には「教科書をしまうように」などと言い、
黒板を掲示物で埋めてしまいます。
そうやって、問題解決型授業をやったりするわけです。
時間のムダと、エコに反することのように思います。
これも、「児童の興味・関心等に基づく教育」というわけです。
「児童の興味・関心等」よりも、「教育効果」をもっと考えてもらいたいです。

ところで、山梨県といえば、日教組王国といえるところですね。
日教組と民主党の某大物議員との結びつきは、
わが北海道の北教組並みのようです。
それはともかくとして、教員組合が強いところは、
ヘンな教育がまかりとおりやすいのかもしれませんね。
山梨県の日教組問題については、
山梨の教育問題アラカルト」というブログがありますので、
興味がある方は、ぜひご自分で検索してみてください。
また、「山梨県 日教組」等のキーワードで検索すると、
いろいろと、問題が出るわ、出るわ・・・
最近、「自衛隊の政治的中立」について、お達しが出たそうですが、
それなら、教育の分野において、もっと厳しく取り締まるべきです。
(最後は横道にそれてしまいましたね。)

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