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2010年11月18日 (木)

ひどい水泳教室のたとえ~小学校算数科における問題解決型授業の弊害

たとえ話をひとつ・・・


ある学校の先生(A先生、としましょう)が、水泳の授業をしました。
クラスの子たちは、
水が苦手で、顔を水につけるのもイヤ、という子もいれば、
泳ぎ方を少し知っている子もいました。
もちろん、スイミングスクールできちんと泳ぎを習っている子も結構います。
そういう中で、A先生は、「大切なのは自分で泳ぐ力だ」と言って、
水に慣れ親しむ事も教えず、ましてや泳ぎ方などは「自分で考えろ」と言って教えず、
とにかく、25m泳ぐ事を要求しました。
最初の30分ぐらいは、ひたすらデタラメでもいいからといって泳がせていました。
スイミングスクールに通っている子にとっては、簡単でつまらないものでしたが、
顔を水につけるのが怖い子などは泣き喚く始末。
ふざけて遊びだす子もいれば、溺れかける子もちらほら現われました。
(かろうじて、水難事故は発生しなかった、としましょう・・・)
水泳の授業の終わりに、
A先生はスイミングスクールに通う何人かの子にみんなの手本として泳がせ、
「ほら、こんな風に泳げばいいんだ!」といって、授業を終えました。
泳げる子にとっては簡単すぎるし、泳げない子は結局何も進歩がありませんでした・・・


この話は私が作った完全なるフィクションですが、何が問題なのでしょう?
まず、泳ぐ基礎というものや、
段階(ステップ)を経てさらに次の技能を習得させる、ということ怠っています。
さらには、安全に対する配慮もありませんね。
たまたま大事にいたらない(と仮定しただけですが)からよかったものの、
下手すれば水死する子が出てもおかしくありません。
教師の役割は、水が怖い子から水への恐怖心を取り除くことと、
初歩の「けのび」や「背浮き」などを教えること、
少し泳げる子はもっと泳げるようなアドバイスをすることですね。

では、小学校の算数ではどうでしょうか?
ちょっとまわりくどいたとえでしたが、
実はこのたとえ話、
小学校の算数科で教師たちがよく行っている「問題解決型授業」の戯画です。
算数科の問題解決型授業は、百害あって一理なしのひどい授業方法です。
水泳で言えば、生徒を溺れ死なすことさえあるような教え方です。
本来、大学生向きの授業形態のものを、小学生でやらせているわけです。
5mも泳げない児童に、水泳の北島選手のように泳いでみろ、というようなものです。
(ここから先は「たとえ」ではなく、実際上の問題です。)
基礎をきちんと習得させることなく、ただ「自分で考えろ」ばかり・・・
教科書にきちんと書いてあることを、あえて教科書を見せず、
1~2問で1校時(45分)をまるまる使ってしまう。
授業中に練習問題をする時間は無く、宿題にまわされてしまう。
塾に通っている子には簡単すぎる問題でも、
わからない子には全然わからないまま、授業が終ってしまいます。
子どもが算数を好きになる教え方ではなく、かえって算数嫌いを増やします。
教師がきちんと学校で基礎を教えないから、
塾に通うか、進研ゼミとかをやっていないと、学校の授業についていけません。
経済的に厳しい家庭の子は、「私、バカだから・・・」と諦めてしまいます。
(授業の具体例は、私の過去記事をどうぞ・・・)
http://francesco-clara.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-17ba.html

水泳教室で、子どもが危ない目に遭わされたなら、
親は訴訟も辞さないでしょう。
それなら、即、死にはつながりませんが、多くの子どもに緩慢な社会的な死をもたらす、
低学力という「危険」に晒している、算数の問題解決型授業をやっている教師はどうでしょう?
小学生程度の基礎的な算数の計算でつまづいている原因が、
このような問題解決型授業をやっている教師だとして、
塾等に行かないとわからないようであれば、
損害賠償を求めてもいいくらいなのではないでしょうか。
低学力は、すぐには問題化しないものの、
後々で、国全体に大きな影響を及ぼすことになるでしょう。
貧富の差の拡大、社会不安の増大、失業者や生活保護者の増加とか・・・
そこまで行かなくとも、中学生の数学で躓いている原因が、
実は小学生の四則や分数の計算だったりする事はよくあります。

パソコンはどんなにCPUのスペックがよくても、
基本的なソフト(WORDとかEXCELとか・・・)がなければ、何もできないようなものです。
計算力や漢字の読み書きという基礎・基本は、
まさにパソコンにソフトをインストールするようなものです。
「そんなの、検索能力(これが文科省の言う「生きる力」?)さえあれば、
別に文章ソフトや表計算ソフトはいらない」というのは、無理ですね。
基礎・基本の徹底が、子ども達へ真の「生きる力」の基の一つとなります。

今回の記事は、いつも読んでいるブログ「Meiko Aikoku Blog」の
見えない小学校の授業」という記事に触発されて書いてみました。
その記事からちょっとだけ引用しますと・・・

聞くところによると、小3生の子が「僕は、九九ができるんだよ!」と自慢するので、「なぜ、そんなあたり前のことで自慢をするのか?」と驚いてその子に聞いてみたら、「だって、クラスの半分はできないもん!」との返事だったとか。
信じたくない。
信じたくないけど、事実でしょうねそれ。

ぜひ、その記事も読んでみてください。
http://blog.livedoor.jp/meiko_aikoku_blog/archives/51617425.html
なお、札幌では小学生でも塾に行くのはごく当たり前のことになっています。
私が直接知っている例では、学校では問題解決型授業を行っているので、
塾とか公文式とか進研ゼミなどを使用しないと、勉強がわからないようです。
塾通いは、地方都市では、まだまだ抵抗感があるのですね・・・
ますます大都市と地方都市の学力差が広がるばかり・・・

高校無償化とか、そういうものも結構ですが、
一部教師のデタラメな教え方をなんとかしてほしいものです。
あるニュースによると、税金のほかに、教育費が世帯年収の37%にものぼるそうです。
教育費の高騰の一因は、公教育に対する不信からなのでしょう。
有権者として、決して見過ごせないものですね。

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コメント

ゴロ様、貴重なコメントありがとうございます。ゴロ様の「公立学校の現状」ブログは実に鋭い視点があり、停止状態にあるのはもったいないな~という気がしてなりません。ぜひ気が向いたらまたブログを再開してほしいです。

東京などの大都市圏であれば、私立小学校・私立中学校が結構あり、教育熱も高いです。選択肢があります。しかし、札幌圏を除く北海道全域など日本の地方都市の多く、ましてや町村などでは、選択の余地はなく、私立の小中学校などほとんど望みようがない場合が多いでしょう。「孟母三遷」できるような経済力がある人なら別でしょうが・・・
それゆえ、公立小・中学校教師の授業力向上以外に、低学力対策をとることができないといえます。私としては、教師たたきをするつもりはありません。北海道などでは、「公立学校はダメだ」と叫んでも、逃げようがないからです。
良心的な教師の方々や保護者の方々、政治に興味を持つ人々などに、あるべき教育方法について、地道に静かに呼びかけていくしかないと考えています。

こんにちは、以前、こちらで紹介していただいた公立学校現状ブログ管理人のゴロです。

てんしちゃん様のおっしゃられる通り、教師たちは考えろと言うばかりで何もしません。

小学校のうちは、その考えるための基礎を学びにきているというのに、基礎を教えません。基礎訓練をしません。

水になじめていない子供がどうやって泳ぎ方を考える事ができるのか。

教師には教育が分からないようですね。分かる気すらないようにも思えます。

おもしろい記事でした。今後もブログの方頑張ってくださいね。

zapperさん、コメントありがとうございます。今回の記事のヒントを与えていただき感謝します。釧路での教育向上の働き、大変敬服しております。ぜひがんばってくださいね。

御紹介、ありがとうございます。
小学校の、ひどい授業の実際を調査しようと思うのですが、通塾率が低すぎて調査すら間々なりません。都会では、トンデモ授業に危機感を抱いた親御さんは、塾なり通信教材に頼るものですが、教育意識の低い地域ではそういった動きが見られません。おっしゃるように、低レベルでいいかげんな学校教育が、地域間格差に拍車をかけていると言えそうですね…

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