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2010年10月20日 (水)

「愛国」から「幸福」へ~政治、経済、教育・・・(※旅行記ではありません)

「愛国」から「幸福」へ・・・
といっても、旅行記ではありません。
「愛国心」の方の「愛国」です。

近頃は、「愛国」から「幸福」ではなく、
「売国」から「亡国」へ、
絶望の線路をひた走っているように思えます。
尖閣問題だけではありません。
産業の空洞化は深刻です。
日本の最大の資源である、「人」と「技術」が、
どんどん海外に流出して、
国内の雇用が減り、技術力が減り、社会不安が拡がっています。
「安い、安い」・・・「節約、節約」で、
日本製のものを日本人が買わなくなったら、
ますます日本の産業がダメになります。
企業は生き残りのために、生産拠点を海外に移していますが、
"made in Japan"のブランド価値を貶めています。
中国や韓国の人にとって、
"made in Japan"が価値あるものでなくなるのは、時間の問題でしょう。
輸出依存型の経済だからこそ、野蛮な隣国の顔色を伺って何も言えなくなるのです。

精神科医の和田秀樹氏のブログで興味深い記事がありましたので一部引用します。
(10月14日の記事「国家の見栄」から)

憂国ということだが、明治時代の偉人のことを調べてみると、彼らが国を守るということと同時に、外国に馬鹿にされないことを強く意識したのがよくわかる。
だから、軍事レベルを上がるだけでなく、教育レベルを上げ、豊かな国にしたいというのが悲願だった。
やはり自分の国の人間が外国に売り飛ばされるような貧困が残るのは恥ずかしいと思っていたようだ。
また外国にバカにされないいちばん大切な手段は教育レベルの高さだということもよくわかっていた。
今の「愛国」者たちは、貧困や教育の問題を放っておいて、日の丸と君が代と自衛隊と核と北朝鮮征伐がすべてのようにしか聞こえない。
国王や皇帝への崇拝を強い、金をなるべく軍備に使い、逆に国民を愚民化していき、貧富の格差が大きいというのは一般的にはバカにされることである。
北朝鮮がこれに一番近く、最初の項目がないのがアメリカだ。
アメリカというのは、世界の覇権国家になったが、世界に尊敬される国だったといえるだろうか?
日本の見本は、もう少し世界に尊敬される国にしないといけない。

(元記事は以下です。)
http://ameblo.jp/wadahideki/day-20101014.html

「愛国」の視点から言うと、教育は非常に問題ですね。
聖徳太子は知っているけど、中曽根康弘氏は知らないとか、
戦前の日本は非常に悪で、ダメな国であるとか・・・
(戦前なら何でも悪、戦後も謝り続けるしかない恥ずかしい国・・・)
こういう歴史観を持っている限り、日本の国を良くしようなんて思えるはずがありません。
また、「人のためになる」、「人をよろこばせる」、
「国をよくしたい」といった職業観・人生観を伝えることができない教育も問題です。

真の「愛国」とは、和田秀樹氏が指摘しているとおり、
教育レベルが高くなり、
内需拡大等によりできるだけ多くの国民が幸福になれるような社会を築くことでしょう。
それが、「愛国」から「幸福」への細いけれども確実な線路です。
貧困や教育の問題を放っておいて、日の丸と君が代と自衛隊と核と北朝鮮征伐がすべて
の「愛国」は、かえって「亡国」に突き進むようなものです。

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