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2010年10月11日 (月)

映画「ピノキオ」に隠された神学~附:ヨナ書からの教会学校説教案

旧約聖書の十二小預言書の一つ、ヨナ書は、
映画「ピノキオ」の原作の一つとして知られています。
ピノキオやゼベットじいさん達が鯨の腹に呑み込まれてしまう元ネタが、
実はヨナ書だからです。
さて、主は巨大な魚に命じて、ヨナを呑み込ませられた。
ヨナは三日三晩魚の腹の中にいた。

(旧約聖書 ヨナ書2:1新共同訳)
この箇所は、イエス様も引用されましたね(マタイ12:38~40)。

教会学校で、このヨナ書の話をする予定でした。
(都合により、中止となってしまいましたが・・・)
ヨナ書と「ピノキオ」との関係から、
説教の際に、少し「ピノキオ」のDVDを見せたら、と考えました。
そこで、「ピノキオ」のDVDをレンタルしました。

「ピノキオ」は過去に2回ぐらいDVDとTV放映で観たことがありますが、
今回観た版は、「プラチナ・エディション」とのことでした。
画像が圧倒的に鮮明で、その美しさにすっかり魅了されました。
(経年劣化や細かい傷など、かなり修正されているようです。)
とても1940年の作品とは思えないほど!
絵が動くオドロキ、美しさは、
フルCGで描かれた昨今のアニメよりもすばらしいとさえ思いました。

ヨナ書の元ネタの鯨のシーンだけ使えばいい、と思っていましたが、
作品全体を見ると、驚くばかりにキリスト教神学の要点が詰まっていることに気づきました。
神学用語を羅列してみると・・・
三位一体、創造、堕落、罪、回心、贖罪、復活、新生・・・
子ども向けと思ってあなどってはいけません!

「三位一体」はどこに出ているか、というと、
=ゼベットじいさん(創造者、放蕩息子を待ち続ける父)、
=妖精(奇蹟を行い、命を与える。聖霊を与える。)、
聖霊=ピノキオの良心であるジミニー・クリケット。
ここから「創造」も出てきますね。
「ピノキオ」は、ある意味、私たちそのものです。

ピノキオが学校に行こうとする際に、ゼベットじいさんがりんごを持たせるシーンがあります。
創世記3章の「知恵の実」を指し示しているように思えました。
その後、ピノキオは誘惑や堕落の道へとどんどん進んでしまいますね。
これが「堕落」です。
ピノキオや町の不良少年たちがロバに変身させられるシーンがありますが、
(この映画の中でどうも観るのがツライ場面です。)
聖書そしてキリスト教文化圏においてロバは、
「ばか者、とんま、のろま、頑迷な人物」という意味を持ちます。
(聖書では、たとえば詩篇33:9など)
ロバへの変身シーンは、
犯罪者として刑務所に入れられることの隠喩かもしれません。
具体的な違反と並んで、欲望に引かれてしまう姿は、「」を表します。

回心、贖罪」は、
ピノキオがジミニーと一緒に父であるゼベットじいさんを捜し求め、
鯨の腹にまで入り、助け出すところでしょう。
ピノキオは一度溺れ死んでしまいます。
耳はロバのまま、つまり「罪」を背負って・・・
(この部分では、ピノキオは私たち人間存在というよりは、
キリストの役目に近いです。私たちの罪を背負って十字架で死なれた主イエス・・・)

復活、新生」は、死んでしまったピノキオが、
生身の人間の子として新しい命をいただき、甦るところです。
私たちも、「罪に死に、キリストに生きる」なら、
「神の子」として永遠の命に生きることができます。

こう考察してみると、「ピノキオ」を単にヨナ書の元ネタとして紹介するよりも、
むしろ、ヨナ書をスタート地点に、「ピノキオ」から、
伝道的な説教を組み立てた方がいいと考えました。

以下が、教会学校で使おうと思っていた説教案です。
(結局、お蔵入りになってしまいましたが・・・)


(いつもの通り、「聖書のおはなし」を使う。「ヨナと大きな魚」のところを読む。)
(特に何も説明せず、いきなり「ピノキオ」を見せる。
「ピノキオって、知っている?」などと問いかける。
子どもの反応→どうして「ピノキオ」を見せるのか、という疑問。)
(鯨のシーンを見せてから)
今日の聖書のお話は、ヨナのお話でしたね。ヨナは大きな魚に呑み込まれてしまいますね。
そういえば、「ピノキオ」の中にも、まったく同じシーンがありましたね。
実は、「ピノキオ」のその場面は、ヨナ書が原作なのです。

ところで、みなさんは「ピノキオ」の話を知っていますか?(反応を見る。)
(ピノキオの話をざっと説明する)
ある意味、ピノキオというのは、私たちの姿のようです。
神様がすばらしいものとして私たちを創られましたが、
神様から離れてしまい、自分中心の生き方となってしまいました。
しかし、「悪い子」となってしまったピノキオを、作ったゼベットじいさんは、見捨てたでしょうか?
いや、海の底までも、探しにいきました。
そのように、神様は私たちを探し求めておられます。
私たちをこよなく愛しておられるからです。
私たちは、本当の「神の子」になるためには、何をしなければいけないでしょうか?
神様の方へ向き直し、罪を認め、イエス様を信じることです。
神の愛を信じることです。
私たちも、神様に背を向け続けるのではなく、
神様を求めて生きていきたいものですね。

聖書のおはなし

ピノキオ プラチナ・エディション

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