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2010年8月15日 (日)

20世紀という狂気~書評:池上彰著『そうだったのか!現代史』(集英社文庫)

8月15日は終戦記念日、ということで、
戦争と平和を考える1冊を紹介します。
池上彰氏の『そうだったのか!現代史』(集英社文庫)です。
20世紀後半の世界の歴史を概観するのにちょうどいい本です。
わかりやすく、現代史の主要な出来事をポイントをしぼって、
丁寧に解説しています。
社会人のみならず、生徒・学生にも読んでもらいたいものです。
たとえば、中東問題のところは、
イスラエル=悪、パレスチナ=正義のような理解をされがちですが
(残念ながら、そういう誤解・偏見を広げているのが、
テレビやキリスト教系の団体であることがしばしばです・・・)
この本では公平な立場で、事実を解きほぐしているのは評価できます。
下手な歴史の教科書を読むより、何倍もおもしろいですよ。

20世紀後半だけを扱ったこの本を読んでの感想を端的に言えば、
2つあります。
1つ目は、混沌とした事実をきちんと整理してわかりやすく解説してくれていること。
2つ目は、・・・
人間は、なんと愚かで、残虐無比なのだろうか、ということです。

20世紀といえば、一体何を連想しますか?
確かに、科学技術はかつてないほどに進歩しました。
しかし、人の心は・・・
人類史上、最悪の100年だったのではないでしょうか?
チャップリンは、第2次世界大戦後に作った
「殺人狂時代」という映画の中で、名セリフを残しています。
一人を殺せば犯罪者だが、百万人を殺せば英雄だ。
そういう意味での「英雄」が何人も現れました世紀でした。
スターリン、ヒトラー、毛沢東、ポル・ポト・・・
いずれも、「理想社会の建設」の夢を抱いて、
結果的に、無数の市民を殺してしまいました。
「神抜きで」、いわば「バベルの塔」を建てようとしたわけです。

主を畏れることは知恵の初め 聖なる方を知ることは分別の初め。
(旧約聖書 筬言9:10新共同訳)
神様を畏れない、人間が絶対、という世の中は、
どれほど恐ろしいものか、歴史が証明しています。
ドストエフスキーは、小説『悪霊』において、
無神論の行き着く先を示唆しています。

私たちに、何ができるでしょうか?
それは、まず事実・真実を知ることです。
歴史を知ることは、未来を予測することにつながります。

歴史教育について思う事をおまけとして書いておきます。
日本の歴史教育は、ご丁寧に、先史時代や縄文時代から始まります。
そして、1年が終わる頃になっても、現代の歴史までたどり着けないことがほとんどです。
現代の歴史を知ることなしに終わってしまうことになります。
しかし、現代を読み解くのに、縄文式土器や弥生式土器は、
知らなくてもいいのでは、とさえ思います。
江戸時代末期ぐらいから始めて、近代~現代をじっくり学んだ方が、
よりよい日本を考える人を増やすことにつながるのではないでしょうか。
(江戸時代より前は、興味ある人が独自に学ぶぐらいで十分なのでは?)
フランスやアメリカなどでは、歴史教育といえば、ここ100年
それと、戦後60年以上も経っているのだから、
もう少し公平に、客観的に、自国の歴史を正当に評価すべきでしょう。
自虐史観では、健全な国民感情は育ちません。
一方的に「戦前」を断罪するのではなく、
特定の主観に満ちた歴史観を押し付けるのではなく、
児童・生徒が比較検討しながら賛否両論を出せるようなものが望ましいと考えます。
自国の歴史にもっと敬意と自信を持てるような歴史教育を望みます。


そうだったのか! 現代史 (集英社文庫)



そうだったのか! 現代史 (集英社文庫)


著者:池上 彰




そうだったのか! 現代史 (集英社文庫)

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