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2010年8月の35件の記事

2010年8月31日 (火)

Amazonのカスタマーレビューへのコメントへの疑問

最近私が当ブログにおいて紹介したある本(教育関係)について、
Amazon.co.jp(以下「アマゾン」)でカスタマーレビューを書いてみました。
(あえて、どの本とは言いませんが・・・)
私にとっては、「アマゾン」での初めてのカスタマーレビューでした。
(楽天ブックスでは、10冊ぐらい書いています。)

私のカスタマーレビューがその本に対して初めて書かれたものでした。
ブログに書いた記事の3分の1ぐらいの、簡潔なものです。
私は実際にその本を買ってきちんと読みました。

何日かたって、別な人によるカスタマーレビューがつきました。
私のカスタマーレビューの3倍以上の長さですが、
本当に、この人はきちんとその本を読んでるのか、
なんとなく疑問を感じるような内容で、
自己主張したいだけのものと思えましたし、
教育についてエラそうな事を書いている割には、
本当に教育についてどれだけ知っているのか・・・
とはいえ、別にそれはその人の意見ですし、
私には関係ない話でした。

ところが、そのカスタマーレビューを書いた人が、
私の書いたカスタマーレビューに対して、
論争をしかけるようなコメントを書いてきました。
私は「アマゾン」のサイトをよく見るとはいえ、
使い方については素人同然でした。
そもそも、カスタマーレビューへのコメント欄があることさえ、
気にしてもいませんでした。

そもそも、「アマゾン」のカスタマーレビュー内で論争ができるような仕組み自体、
おかしいのでは、と思いました。
コメントに対して、ブログなどと同じく、
答えることができますが、果たして、必要があるのか・・・
書かれているカスタマーレビューが、
参考になるか、ならないかだけで十分なのでは?

「アマゾン」のカスタマーレビューとそのコメントについて、
いろいろと調べてみると、
「アマゾン」のカスタマーレビュー自体に大いに問題があることがわかりました。
まず、「アマゾン」でその商品を買っていない人でも、
カスタマーレビューを書くことができる、という自体、
大変おかしいものです。
楽天ブックスでは、購入者以外はレビューを書くことができません。
悪意ある人が、不当に商品価値を低くさせることだってできます。
勝間和代さんが、自身のブログの中で、この問題について書いています。
(今年の8月13日の記事です。)
調べると、「アマゾン」のカスタマーレビューの問題について書かれた記事は多数ありました。
商品に関係ない自己主張や中傷だって、そのまま載せられていることがあります。

結論から言えば、私はそのコメントを無視することに決めました。
余計な論争をすることになりそうだからです。
ついでに、これから当ブログ内で本を紹介する時は、
できるだけ楽天ブックスの方を使おうと考えています。

2010年8月30日 (月)

厄介者の活用~ACジャパンの北海道地域TVCM「見方を変えれば、味方に変わる。」

先日、美唄の雪冷房の話題を記事に書きました。
厄介者の大雪が、雪冷房として資源化されている、というものです。
(「美唄の挑戦~アルテピアッツァ美唄と雪冷房」(2010年8月25日))
http://francesco-clara.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-6f68.html
ここから、今回のタイトルにある「厄介者の活用」という題で、
ホタテの貝殻などとあわせて、そのうち記事を書こうとしていました。
そんな中、つい最近、ACジャパンのTVCMで、
雪冷房とホタテ貝殻の活用が出ていました。
やられた、しまった・・・

まずは、下記URLで、そのCMをぜひ御覧になってください。
http://www.ad-c.or.jp/campaign/self_area/01/index.html

見方を変えれば、味方に変わる。
すばらしいキャッチフレーズですね!

雪冷房とホタテはさておき、
道内では、今までさまざまな「厄介者」が、「観光資源」へと変えられました。
代表例が、釧路湿原と小樽運河です。
釧路湿原は、国立公園化される前は、
地元の人から「谷地(やち)」と呼ばれ、
価値がない土地だと思われており、
開発にとっての「厄介者」でした。
今や、観光客は、釧路市そのものよりも、
手付かずの大自然である釧路湿原(や阿寒湖・摩周湖方面)を観たいがために、
釧路市を訪れるわけです。
小樽運河も、今でこそ小樽観光になくてはならない存在ですが、
一時は全面埋め立て寸前だったそうです。
この2つとも、見事に変貌を遂げましたね。

道東の厄介者であるエゾシカだって、食肉化が進めば立派な「資源」になりますし、
ヒグマでさえ、観光客の安全対策さえしっかりしていれば、
知床でのように、またとない観光資源となります。
冬には漁が出来なくなる原因である流氷も、今や貴重な観光資源ですね。

ヒグマや流氷といったメジャーな存在だけでなく、
これといって観光資源がないと思われるところでさえ、
見方を変えれば、都会では想像もつかないようなすばらしい場所となります。
私の知っている例としては、道東の浦幌町の取組などは、
郷土愛にあふれたすばらしいものです。
http://www.urahoro-style.jp/
あと、様々な精神障がいを抱える人たちが集まっている、
浦河町の「べてるの家」は、全国的にも有名です。
日高昆布を全国に売り込むことすら行い、
地域にとって大きな経済効果をあげているほどです。

見方を変えれば、味方に変わる。
あきらめないことと、発想の転換が大事ですね。
札幌や東京といった大都市に憧れるばかりではなく、
地域にある資源を見いだしていくこと、地域を愛することが必要です。

(2011年3月18日追記)
大震災の影響で、この記事のアクセス数が急に伸びました。
検索内容で多かったのは、「CMに出ている女性の名は?」でした。
高田秋(しゅう)という札幌のモデルさんだそうです。
Yahoo!知恵袋でわかりました(カンニング?)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1157837286
もうちょっと知りたい方は以下を・・・
http://www.modea.co.jp/models/takada.html

2010年8月29日 (日)

シェマ(聞け、イスラエルよ)(申命記6:4~5)【自作曲】

聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。
あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、
あなたの神、主を愛しなさい。
(旧約聖書 申命記6:4~5新共同訳)

イエス様は、ある律法学者から、
あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょう。」と質問された時、
この御言葉を引用されました。
(新約聖書 マルコによる福音書12:28~30新共同訳)
「シェマ」とは、「聞け、イスラエルよ。」の「聞け」のヘブライ語です。
ユダヤ人にとって、律法の中で最も神聖な箇所と考えられているところです。
この節の後の8~9節には、
更に、これをしるしとして自分の手に結び、覚えとして額に付け、
あなたの家の戸口の柱にも門にも書き記しなさい。
(申命記6:8~9新共同訳)とあり、
敬虔なユダヤ人たちは、文字通りこれを実行しています。
(装着すると日本の山伏や天狗の頭部とよく似たような姿になる、
「テフィリン」という、聖書の御言葉が入った経札(箱状)を額につけ、
それとつながった紐を手に巻いて祈るそうです。
詳しくは、図解と解説が載っている下記HPを御覧下さい。)
http://www.ne.jp/asahi/home/osarukun/zatuwa53-2.htm

今回は、この箇所への作曲を紹介します。
テキストは、冒頭に引用しています。
ロ短調の力強い厳かな曲です。
この御言葉への作曲は、この曲も含めて4曲与えられています。
2曲が新共同訳、2曲がバルバロ訳です。

ぶ厚い聖書も要約すれば、
「神を愛し、人を愛せよ。」となります。
その「神を愛し」の部分はとても大切ですね。
ぜひ、この御言葉(申命記6:4~5)を心に深く刻み込みましょう!

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
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2010年8月28日 (土)

書評:和田秀樹著『テレビの大罪』(新潮新書)

『テレビの大罪』・・・ずいぶん刺激的なタイトルですね。
和田秀樹氏の『テレビの大罪』は、勇気ある告発の書です。
裸の王様に、裸だと告げた少年のような存在といえましょう。

氏が指摘する『テレビの大罪』とは、7つじゃなくて8つ(の章が)あります。
(カトリックでいう「七つの大罪」はあとで触れます。)

1.「ウエスト58cm幻想」の大罪
→過度なダイエットによる拒食症での死亡や、不妊症などの増加。
2.「正義」とは被害者と一緒に騒ぐことではない
「被害者が神様」が新たな被害を生む
3.「命を大切に」報道が医療を潰す
→医療事故を過度に報道すること
4.元ヤンキーに教育を語らせる愚
→「ごくせん」などにみられる不良礼賛、まじめに勉強する価値観の否定
5.画面の中に「地方」は存在しない
→テレビの報道は東京目線ばかり
6.自殺報道が自殺をつくる
→興味本位の自殺報道が新たな自殺者を生み出す
7.高齢者は日本に存在しないという姿勢
→若者向けの低レベルな内容の番組が多すぎる
8.テレビを精神分析する
→白か黒か、善か悪かといった単純化の構図
(いずれも、同書P.6~8目次から引用)

極論もありますが、いかに「テレビ教」、「マスコミ教」に洗脳されているか、
よくわかります。
聖書の言葉を借りれば、テレビは、
ものの見えない案内人、あなたたちはぶよ一匹さえも漉して除くが、
らくだは飲み込んでいる。
(新約聖書 マタイによる福音書23:24新共同訳)といった偽善者といえましょう。

テレビ抜きの生活は考えにくいですが、
テレビで伝えられている情報を鵜呑みにしてはいけない、
たとえNHKであっても・・・
改めて、それを実感しました。
情報リテラシーを考える好著です。
ぜひご一読を!

ところで、カトリックでは、「7つの大罪」というのがあります。
怠惰、嫉妬、大食、貪欲、色欲、激怒、傲慢です。
2008年には、ヴァチカンが、「新たな7つの大罪」なるものを発表していました。
すなわち、
・遺伝子改造
・人体実験
・環境汚染
・社会的不公正
・人を貧乏にさせる事
・鼻持ちならない程金持ちになる事
・麻薬中毒
とのことです。
日本人なら誰しも知らず知らず、このうちの3つぐらいは該当しますね・・・

テレビの大罪 (新潮新書)

テレビの大罪 (新潮新書)

著者:和田 秀樹

テレビの大罪 (新潮新書)

2010年8月27日 (金)

書評:田原総一朗著『緊急提言!デジタル教育は日本を滅ぼす』(ポプラ社)

題名につられて買ってしまいました。大失敗・・・
教育工学について調べる必要があり、
今月上旬(中旬?)にこの本の新聞広告が大きく出ていたときから、
かなり期待していたものです。
ソフトバンク社長の孫正義氏らが推進する
「デジタル教科書」の問題が大きく取り上げられていると思ったのですが・・・
しかし、題名にある「デジタル教育」は、本の最初と最後にちょっと出てくるだけ。
題名と中身がまったく乖離しています。
羊頭狗肉、針小棒大、泰山鳴動鼠一匹、といったところでしょうか。
そういう意味で、タイトルから期待して購入すると、失望します。

著者の教育観にも疑問を持ちました。
私は教育の基本はコミュニケーションではないかとの思いを持っている。」(P.28から引用)
確かに、コミュニケーション能力は、学校においても重要です。
しかし、学校の教育はそれだけでしょうか。
掛け算の九九とか、漢字の読み書きといった基礎・基本のことは、
この本では触れられていません。
学力低下の問題は看過されています。
『正解』と『間違い』だけを教えるのなら、学校はいらない。」(P.48見出し)
確かにおっしゃるとおりかもしれませんが・・・
著者は頭がいい人だから、そんなことは当たり前すぎて、
問題にならないのでしょうね。
現実の複雑な問題を解くヒントは、基礎・基本の積み重ねにあります。
読み書き計算という基礎・基本抜きで、「問題解決」ばかりやろうとするのは、
水泳で25m泳げない子に、いきなりドーバー海峡を泳いで渡れ、というようなものです。

あと、隂山英男氏の有名な「百ます計算」や、
藤原和博氏の「よのなか科」を手放しで賞賛して、
「日本のあるべき教育像」のように紹介しているところは、
教育観の底の浅さを感じました。
(もちろん、これらの教育実践は、ある程度評価されるべきものです。
ただ、これを全国一斉にやれるかどうか、やっていいか、というのは、話が別です。)

あえて、この本でよいところをさがせば・・・
中曽根首相(当時)から始まった臨教審から、
ゆとり教育の導入までの政治史を概観できるところでしょうか。
小渕首相(当時)や寺脇研氏、
隂山英男氏へ直接話を聞いているところも貴重な資料です。
日本の教育費がかかりすぎることについても触れているところは評価できます。

この本、「田原総一朗、教育を語る」とか、
「田原総一朗の教育論」といったタイトルなら、
中身にもある程度まで納得できたかもしれません。
(たぶん、買わなかったと思いますが・・・)
著者が説く、コミュニケーションの重要性と、
携帯の発達で退化しつつある若者のコミュニケーション能力低下を危惧するところは、
読む価値があります。

私はデジタル教科書の早急な導入には反対です。
モデル校で十分な検証をした上で、
紙媒体(教科書とノート、筆記具)と同等か、それ以上の学習効果があるなら、
国家プロジェクトとして導入してもいいかもしれませんが・・・
手は第二の脳である、とよく言われます。
子供達の健全な脳の発達には、電子機器よりも、
アナログな紙と鉛筆の方がいいと考えます。
そろばんももっと見直されるべきです。

この記事を書く前に、
他の人でこの本についてブログ記事や書評を書いていないか調べると、
マンガ家・小説家のすがやみつる氏(「ゲームセンターあらし」で有名)が、
8月27日付で記事を書いているのを見つけました。
(「すがやみつる ブログ」で検索してみてください。)

本論から話がずれますが、すがやみつる氏は、
50歳すぎてから、早稲田大学に入学し、現在、大学院在籍中なのですね。
学ぶ意志があれば、何歳からでも学び直すことができるという良い見本ですね。

緊急提言! デジタル教育は日本を滅ぼす

緊急提言! デジタル教育は日本を滅ぼす

著者:田原総一朗

緊急提言! デジタル教育は日本を滅ぼす

イエス様、あなただけを(原曲:『悲愴ソナタ』第2楽章)【自作詞・編曲】

昨日の朝、この曲をふと思い出しました。

今回紹介するのは、
ベートーヴェンのピアノソナタ第8番『悲愴』の第2楽章に、
自作詞をつけたものです。

テキストは以下のとおりです。


イエス様、あなただけを
たえず愛してゆきます

イエス様はともにおられる
私の救い主、ハレルヤ


伴奏部分は原曲のピアノソナタをそのまま使っています。

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
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2010年8月26日 (木)

NHKニュース・おはよう日本・8月26日放送から~教育に関するニュース2題

8月26日のNHK・おはよう日本では、
教育に関する2つのニュースが放送されていました。
1つは、NHK教育で放送された「ハーバード白熱教室」で話題になった、
マイケル・サンデル教授が来日して、東大で講義した、というもの。
新聞各誌でも取り上げられていました。
もう1つは、広がる教育格差に対して、
高校生が日本の貧困を考えつつ、
貧困家庭の子を対象に無料で勉強を教えるなど、
できることを模索する決起大会の様子についてでした。
サンデル教授の講義主題は「正義(Justice)」、
もう一方の教育格差と貧困の問題も、「正義(Justice)」です。

高校生の取り組みは、賞賛に値します。
しかし一方、どうして学校で、
教育格差を縮めるような取り組みができないのでしょうか?
また、お金がかかりすぎる日本の教育制度そのものにも問題があります。
貧困家庭をサポートするような、奨学金とか、寄付制度など、
真にやる気のある子を応援する社会的な仕組みがない限り、
経済格差がそのままある種の身分制度になってしまう恐れがあります。
自由競争社会に、アメリカのような寄付の文化が根付かない限り、
絶望的な格差社会になって、ますます自殺者や社会不安が広がるでしょう。

「日本を救う!教育格差を突き崩す!
学生ボランティアによる日本の子ども支援チーム[ガクボラ]」
というプロジェクトで、上記の取り組みをやっています。
主体は「キッズドア」という団体です。 
ぜひ一度、ごらんください。
http://www.kidsdoor.net/gakubora/index.html

サンデル教授の番組「ハーバード白熱教室」は、少しだけTVで見ました。
日本の大学の講義のような、教授が一方的にしゃべって終わり、
というものではなく、まさに現代のソクラテスのようでした。
双方向の対話による、魅力的な授業でした。
サンデル教授の著書『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)は
哲学書としては異例な売れ行きのようですね。
書店の立ち読みで確認すると、今年5月発売で、
8月時点で既に43刷でした。すごい!
この本はなかなかおもしろそうなので、
そのうち買って読んでみたいと思います。

哲学書などの硬い本が売れるような時代なのですね・・・
『ニーチェの言葉』とか、ドラッカーの『マネジメント』とか・・・
ハウツー本のようなお手軽なものではなく、
もっと本質的な生き方を問う時代がやっと到来したのかもしれませんね。

2010年8月25日 (水)

美唄の挑戦~アルテピアッツァ美唄と雪冷房

先日、美唄市に行く機会がありました。
美唄市といえば、旭川方面に行く時の通過地点に過ぎませんでした。
(ゴメンナサイ・・・)
写真は、アルテピアッツァ美唄で撮影したものです。

Bibai0

Bibai1

アルテピアッツァ美唄については、公式HPから引用します。
アルテピアッツァ美唄は、閉山になった炭鉱の学校跡地に、美唄市と、地元出身の彫刻家・安田侃によって、現在も創られている、野外彫刻公園です。
http://www.kan-yasuda.co.jp/arte.html

人口約2万6千人の都市なのに、こういう文化施設があるのはすばらしいですね。
とても不思議な空間になっていました。
ちなみに、札幌駅南口にある不思議な彫刻(石の真ん中が空いているもの)は、
実は安田侃氏によるものです。

美唄駅前は、さびれた様子がないのは好感がもてました。

先日8月19日に新聞各社で、美唄市での雪冷房のニュースが報道されていました。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/news/20100819-OYT8T00005.htm?from=os2
スキー場ならいざしらず、平地にとってはやっかいものである豪雪を、
資源化しようという試みはすばらしいですね。
世界初の雪冷房マンションまであるそうですよ。
http://pucchi.net/hokkaido/snow/life16.php
私は今回の美唄市訪問で雪冷房の実際も体験してきましたよ。
心地よい涼しさでした。

美唄といえば、
最近は美唄焼き鳥と焼きそば(秘密のケンミンショーで紹介)が有名ですね。
今回は、美唄焼き鳥ではなく、もう一つの名物である「とりめし」を食べました。
結構おいしかったですよ。
ドライブインしらかば茶屋というところです。
ちょうど道路拡張のため、8月22日から一時閉店になるとのことでした。
ライダーなどが結構来ていましたよ。
一時閉店の前に行くことができてよかったです。

美唄情報を知るには、美唄ファンポータル「PiPa」というサイトがあります。
美唄の観光やおいしいもの情報がいろいろありますよ。
http://www.pipaoi.jp/

美唄市は人口減とか問題が様々ありますが、
地元を愛する人たちが希望を失わずに、
マイナスをプラスに変える挑戦を続けています。

2010年8月24日 (火)

なんでもマニュアル化する時代の子供達~「せいかつの図鑑」の大ヒットを考える

毎週日曜の朝、教会へ行く前に、
TBS系(北海道ではHBC)の「がっちりマンデー」という番組を観ています。
8月22日の放送では、
「2010年ヒット番付を大胆予想!?
今話題の最新ヒット商品が続々登場!!」
という題で、今年話題になっているヒット商品をいくつか紹介していました。
ヒット商品の中の一つとして、
小学館の『せいかつの図鑑』という本が出ていました。

Amazonの本の紹介から、内容を転載します。
(本書の特徴)
学校・家庭でことさら教えないが、実はできていない、衣食住での事項を取り上げ、図鑑にしました。
写真、イラストで楽しく覚えられ、学力に直結していく「段取り力」を身につけられます。

(内容紹介)
今どきの子どもに欠如している「生きるためのノウハウ」を写真、イラストで具体的に教える図鑑。
リボン結び、卵割り、掃き掃除等、学校・家庭でことさら教えないが、実はできていない、衣食住での事項を取り上げます。

(ぜひ、Amazonサイトで、『せいかつの図鑑』を検索してみてください。)
※下記で紹介していますが、買っていないので無印です。

せいかつの図鑑 (小学館の図鑑 プレNEO図鑑) (小学館の子ども図鑑プレNEO)

せいかつの図鑑 (小学館の図鑑 プレNEO図鑑) (小学館の子ども図鑑プレNEO)

著者:流田 直

せいかつの図鑑 (小学館の図鑑 プレNEO図鑑) (小学館の子ども図鑑プレNEO)

この本、なんと11万部の売り上げがあるそうです(放送時点で)。
「ぞうきんの絞り方」、「ちょうちょ結び」、「和式トイレの使い方」・・・

ここまで、親切丁寧にマニュアル化しないと、
子どもはわからないのでしょうか?
親や教師など、まわりの大人が教えられないのでしょうか?

以前、新小1になるお子さんを持つ人から、
こんな話を聞いたことがあります。
「娘は和式トイレを怖がっている。今度小学校にあがるが、
そこの小学校では、和式トイレしかない。
トイレトレーニングをする必要がある。」
私はこれを聞いて、絶句してしまいました。

本来、一番身近な大人である親が教え、
子供達は見よう見まねで、試行錯誤しながら覚えていくことによって、
少しずつ成長がなされるものではないでしょうか。
こういうマニュアル本が重宝がられる時代は果たしていいものなのでしょうか。
文部科学省が期待するような「生きる力」は、ますます低下していますね。
少なくとも、こういう本は、子どもに預けっぱなしではいけないと思います。
どうしても買いたいなら、
自信のない親が密かに勉強用に買う程度でいいのでは、と思います。

2010年8月23日 (月)

伝道の強力ツールになるかも?~The Search-道を探して-

先日、久々にキリスト教の書店に行きました。
(キリスト教関係の本は、
できる限り一般の書店で買った方がいいと考えていますので、
最近はキリスト教書店にはあまり行きません。
キリスト教関係の本が、
キリスト教書店という狭い枠組みでひっそりと流通するよりも、
一般の書店で広く流通する方が、福音伝道効果があるのでは、
と考えているからです。)

店頭で、山積みになっていたマンガがありました。
日本キャンパス・クルセード・フォー・クライスト(JCCC)が発行している、
The Search-道を探して-」という小冊子です。
1冊50円という安さです。
「四つの法則」をマンガ化したものです。

家に帰ってから、じっくり読んでみました。
買ったのは私でしたが、妻の方が先に読んでしまいました。
妻は内容のわかりやすさと説得力を絶賛していました。

従来、JCCCの定番伝道ツールといえば、
「四つの法則」(四則)でした。
「四則」は理屈っぽいし、時代にあわせてリニューアルする必要があったと思います。
また、日本の文化背景を考慮に入れていなかったようにも思えます。
(アメリカとか韓国ならいざしらず・・・)
マンガ版「四則」である「The Search-道を探して-」は、
福音の真理を曲げずに、「四則」を生き生きとしたものにしており、
日本文化の背景もきちんと考慮しています。
絵柄も好感がもてます。
全ページフルカラーです。
悩みを抱えて教会に来る人が多い日本の教会で、
これから必須アイテムになるのでは、とも思いました。

私がすばらしい、と思ったのは、27ページです。
神は唯一であり、神と人との仲介者も、
人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。
この方は、すべての人の贖いとして御自分を献げられました。
・・・」
(新約聖書 テモテへの手紙Ⅰ2:5、6新共同訳)
わたし(=主イエス)は道であり、真理であり、命である。
わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。

(新約聖書 ヨハネによる福音書14:6新共同訳)
といった御言葉を、簡潔ながら見事に視覚化しているからです。

JCCCのHPで、サンプルページが紹介されていますので、
ぜひ御覧になってください。
http://www.japanccc.org/_search/sample/1

2010年8月22日 (日)

あなたがたの上に聖霊が降ると(1)(使徒1:8)【自作曲】

あなたがたの上に聖霊が降ると、
あなたがたは力を受ける。
そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリヤの全土で、
また、地の果てに至るまで、わたし(=イエス様)の証人となる。
(新約聖書 使徒言行録1:8新共同訳)
聖霊降臨祭の時にふさわしい御言葉ですね。

今回は、ちょっと時期はずれながら、
聖霊降臨の約束の御言葉への作曲を紹介します。
テキストは、上記の箇所です。
なお、曲中、「あなたがた」のところでは、「わたしたち」と、
わたし(=主イエス様)」のところに、「主イエス」と言い換えて歌えるようにしています。
聖霊様の力強い御業に感謝します!

ここでの「エルサレム」、「ユダヤとサマリヤの全土」、「地の果て」を、
今日的に解釈してみるなら・・・
エルサレム」とは自分の教会、
ユダヤとサマリヤの全土」は、他の教会や、
キリスト教に興味関心を持っているような人、
地の果て」は、全くキリスト教に縁のないような人々をさすのでは・・・

聖霊様と共に歩み、聖霊様の力を受けるなら、
自分でも想像もしなかったような、
大胆な証しを、必要に応じて行うことができます。
必要な知恵と力は、その都度与えられます。
(もちろん、その時に備えて、日頃から祈り、聖書に親しむ努力は必要ですが・・・)
キリスト教信仰を充実させるのは、神学研究など机上の学問ではなく、
聖霊様を知り、体験し、理解し、従うことです。
わたしたちは、霊(=聖霊様)の導きに従って生きているなら、
霊の導きに従ってまた前進しましょう。
(新約聖書 ガラテヤの信徒への手紙5:25新共同訳)
ハレルヤ!

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2010年8月21日 (土)

ハレルヤ・カノン【編曲】~原曲:パッヘルベルのカノン

今回は、「パッヘルベルのカノン」に、
ひたすら「ハレルヤ」という歌詞をつけて歌う曲を紹介します。
題して、「ハレルヤ・カノン」です。

原曲の構成は、ヴァイオリンが3パートと通奏低音といったものです。
これを、ソプラノ3パート(3名)とバス1パート(1名)という想定で編曲しました。
原曲のヴァイオリンパートでは、人間の声では歌えない声域もあるので、
その辺は適宜1オクターブ下げるなどの処置をした以外は、
ほぼ原曲どおりです。

このソプラノパート、まともに楽譜どおり歌えたら、
超人的なテクニックの持ち主といえるでしょうね。
(編曲者として心苦しい限りです・・・)

BGMとしてもぜひ使ってみてください。

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2010年8月20日 (金)

主の祈り(カトリック・聖公会共通)(19)【自作曲】

「主の祈り」シリーズです。

今回は、カトリック・聖公会共通の「主の祈り」への作曲の、
第19番目を紹介します。
変ニ長調のおだやかでやさしい雰囲気の曲です。

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2010年8月19日 (木)

駅前は「マチ」の顔

あなたは美男美女とします。
イケメン、絶世の美女といえども、
もし、ほっぺたにごはん粒がついたまま出かけたり、
あるいは、髪がボサボサでヨレヨレの服を着て、
出かけたら、ほかの人はどう思うでしょうか?
言うまでもない結果ですね・・
顔や髪が汚れたまま、ぐちゃぐちゃなら、
せっかくの美形も台なしですね。
それでは、「マチ」の顔である、「駅前」はどうでしょうか?
お化粧もせず、シャッターが閉まったままで、
みっともないような光景が広がっていたり、
あるいは、サラ金の広告看板ばかりだったり・・・
さいはての駅に下り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき
(石川啄木が明治41年に釧路駅で詠んだ一首)
今だったら、こうなるかも・・・
「さいはての駅に下り立ち シャッター街 さびしき町にあゆみ入りにき」
道内は観光資源が豊富ですが、
せっかくの「イケメン」も、シャッター街などで損しているのではないでしょうか。

今年は、出張などで道内の各都市などに行く機会がありました。
小樽、苫小牧、旭川、帯広、北見、釧路、江別・・・
(道内人口トップ10以内のところだけを列記しました。)

駅前が立派だと、マチの活気を感じます。
一方、駅前が寂れていると、「このマチは斜陽だな・・・」と感じてしまいます。

最近、北見と帯広に行く機会がありました。
駅前は北見しんきんのビルが異様に立派ですが、
その足元はシャッター街でした。
駅の隣にあった東急百貨店が閉店し、
2007年からは、「コミュニティプラザ パラボ」として再出発しています。
デパートが無くなったのは、都市から文化が減ってしまうことになりますね。
一方、帯広は駅前が道東一立派なのでは、と思います。
隣の市(といっても、100㎞以上ありますが・・・)である釧路市よりも
人口が少ないにもかかわらず、マチの勢いを感じます。

釧路市は年に1度以上訪れる機会があります。
駅前が空洞化現象を起こしているので、
既に釧路駅は市の中心ではありません。
数年前までは、サラ金店の看板ばかり目立ち、
釧路駅を出ると、石川啄木気分でした・・・
最近は、ホテルが立ち並ぶようになりましたね。

旭川、苫小牧、小樽の駅前はまあまあです。
小樽は景観を大切にしていますね。
苫小牧は静かなマチという印象が強いです。

見苦しいシャッター街をなくすような、行政努力と、
志のある経営者が必要ですね。
マチの顔である駅前を大切にしてほしいものです。

ところで、札幌も、現在では駅前に閉店されたままのデパートがあります。
早くどこかの企業が買い取ってほしいものです・・・

2010年8月18日 (水)

NHK・恋する日本語(2010年8月18日放送)

静かで、穏やかな、不思議なドラマでした。
8月18日にNHK総合で放送された、
「恋する日本語」というドラマは、
古くて美しい日本語を通して、
主人公の心が癒されていく、という、味がある物語でした。
BGMもやわらかで、心地よい雰囲気を醸し出していました。
単発ドラマで終わってしまうのはもったいない感じがしました。

現代の日本人はだんだん語彙が貧弱になってきていますね。
なんでも「カワイイ」、「うざい」、「キモイ」・・・これって「ヤバイ」ですよね・・・
上品な日本語が喜ばれる時代になってほしいものです。
手遅れでしょうか・・・



2010年8月17日 (火)

NHK・色つきの悪夢 「カラーでよみがえる第二次世界大戦」&ホロコーストを生きのびて~シンドラーとユダヤ人 真実の物語~

先週の金曜日(8月13日)の夜に、NHK総合で、
『色つきの悪夢 「カラーでよみがえる第二次世界大戦」』という番組が放映されていました。
私は外出先で少しだけ見ました。
第二次世界大戦の白黒映像を、最新の技術でカラー化したものです。
たったそれだけで、ずいぶんと現実感ある映像となっていたのは驚きでした。
フランスと日本の共同制作で、
フランスでは高視聴率だったそうです。
日本でもこのような映像が、戦争と平和を考える8月に放映された事は、
大変意義あるものと思いました。

NHKの夏の「戦争と平和」関連番組としては、
「ホロコーストを生きのびて~シンドラーとユダヤ人 真実の物語~」もすばらしい番組でした。
映画「シンドラーのリスト」のダイジェスト版みたいな内容になっていました。

ところで、映画「シンドラーのリスト」では、最後のシーンの他に、
途中で、一瞬だけカラーになるシーンがありましたね。
主人公のシンドラーが、ユダヤ人たちの苦しみを自分の苦しみとした、
象徴的なシーンでした。

先ほどの「色つきの悪夢・・・」も、
白黒映像に色がつく、たったそれだけで、
人々の恐怖、苦悩がまざまざと感じられるものになりました。
映像の持つ力ですね。

2010年8月16日 (月)

言葉のプレゼント

Yahoo!Japanを見ていると、
「みんなのアンテナ~月曜家族相談室第27回」というコーナーで、
おもしろい質問と、ベストアンサーがありました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1043149605?fr=top_mantenna
質問の要旨は、
「おそらく40代ぐらいの男性からの質問。
男性の妻は、もうすぐ40歳。
最近子育てサークルの中で、
ある男性(20~30代ぐらい?)から、「きれいな人」と言われた。
「生まれて初めて!」と妻は喜んでいる。
お世辞にすぎないような言葉に喜んでいる妻に対して、
どうすればいいか?」というものです。
それに対して、ベストアンサーは
(これも要旨を述べると)、
「夫から『きれいだね』と言われたことがないなんて、
あなたの妻はかわいそうね。
質問者こそ、夫として問題があるのでは?」
という、キビシイものでした。

日本では、「釣った魚に餌をやらない」男性が多いようです。
かつては日本男性の「専売特許」のようでしたが、
最近では、女性も男性に倣って(?)、お互いに褒め合うことをしない、
そうして愛が冷めていくことが多いのかもしれません。
結婚する前はあんなに魅力的だったのに・・・
(魅力に慣れっこになっただけなのです。)

愛することは、一度きりのことではなく、
日々、更新が必要なものです。
「愛しているよ」、「大好きだよ」とか、
「今日もかわいいね」、といった愛情のこもった言葉のシャワーが、
特に女性には必要です。
男性にとっても、「自分が必要とされている」、「頼られている」というような
実感が必要です。
ほんのささやかな心づかいが、愛を長持ちさせる秘訣ではないでしょうか。

質問者サンは、自分の非に気づき、
うれしい「プレゼント」も楽しめたとか・・・
みなさんは、いかがですか?

あなたがたも、それぞれ、
妻を自分のように愛しなさい。
妻は夫を敬いなさい。
(新約聖書 エフェソの信徒への手紙5:33新共同訳)

悲しみが結晶した音楽~グレツキ・交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」

8月14日深夜(8月15日午前)0:20~2:20に、
NHK総合で、
「戦地からの手紙~あなたは知っていますか~」という番組をやっていました。
私はたまたま最初の部分だけ観ました。
冒頭で、聴いたことがある神聖な響きがする曲が流れていました。
そう、それは、ポーランドの作曲家、
ヘンリク・グレツキの交響曲第3番の第2楽章冒頭でした。

A_maiden_at_prayer_2

上の写真は、「祈る花嫁」という題の写真です。
19世紀末に撮影されたものです。
この写真の顔と祈る手の部分だけをアップしたものが、
グレツキの交響曲第3番のCDジャケットに使われていました。

ポーランド系の団体がいくつかCDを出していますが、
本命は、ドーン・アップショウのソプラノ、
デイヴィッド・ジンマン指揮ロンドン・シンフォニエッタによる
1991年録音のものです。

この曲は1976年に作曲されたもので、
クラシックのジャンル分けによると、「現代音楽」に分類されます。
難解で、チンプンカンプン・・・
しかしこの曲は、イギリスのあるFM局で第2楽章がオンエアされてから、
大ヒットし、1993年にはヨーロッパで30万枚の打ち上げとなりました。
日本でも少し話題になりました。
決して難解な曲ではありません。
残念ながら、日本では今は輸入盤でしか手に入らないようですが・・・

私はこの曲の第2楽章を聴くたびに、
心を揺さぶられずにはいられません。

第2楽章の歌詞対訳には、次のように書かれています。

お母さま、どうか泣かないでください。
天のいと清らかな女王さま、
どうかいつもわたしを助けてくださるよう。
アヴェ・マリア。
(ナチス・ドイツ秘密警察の本部があったザコパネの「パレス」で、
第3独房の第3壁に刻み込まれた祈り。
その下に、ヘレナ・ヴァンダ・ブワジュシャクヴナの署名があり、
18歳、1944年9月25日より投獄される、と書かれている)

(沼野充義訳~同曲CDから引用)

その第2楽章は、まるで別世界から聞こえるような、
神聖な響きから始まります。
そして、歌が始まると、地獄の底からうめくような、苦しみのメロディになります。
途中、沈黙の後、冒頭の聖なる響きが戻ってきます。
肉体から解き放たれた魂が、天から呼びかけているような、
不思議な美しさと安らぎに満ちた曲です。

第1楽章はもすばらしいです。
低くうごめくようなメロディが徐々に増幅していって、
音の帯を形成していきます。
曲の頂点として、聖母マリアが御子の十字架の苦しみを見つめている時の
心境を想像したと思われる歌詞が歌われます。
そのあと、ちょうど山を下るように、だんだん出発点目指して
音楽は収縮していきます。

悲しみが結晶化したような、美しくも実に重たい曲です。
ぜひ機会があれば聴いてみてくださいね。

2010年8月15日 (日)

20世紀という狂気~書評:池上彰著『そうだったのか!現代史』(集英社文庫)

8月15日は終戦記念日、ということで、
戦争と平和を考える1冊を紹介します。
池上彰氏の『そうだったのか!現代史』(集英社文庫)です。
20世紀後半の世界の歴史を概観するのにちょうどいい本です。
わかりやすく、現代史の主要な出来事をポイントをしぼって、
丁寧に解説しています。
社会人のみならず、生徒・学生にも読んでもらいたいものです。
たとえば、中東問題のところは、
イスラエル=悪、パレスチナ=正義のような理解をされがちですが
(残念ながら、そういう誤解・偏見を広げているのが、
テレビやキリスト教系の団体であることがしばしばです・・・)
この本では公平な立場で、事実を解きほぐしているのは評価できます。
下手な歴史の教科書を読むより、何倍もおもしろいですよ。

20世紀後半だけを扱ったこの本を読んでの感想を端的に言えば、
2つあります。
1つ目は、混沌とした事実をきちんと整理してわかりやすく解説してくれていること。
2つ目は、・・・
人間は、なんと愚かで、残虐無比なのだろうか、ということです。

20世紀といえば、一体何を連想しますか?
確かに、科学技術はかつてないほどに進歩しました。
しかし、人の心は・・・
人類史上、最悪の100年だったのではないでしょうか?
チャップリンは、第2次世界大戦後に作った
「殺人狂時代」という映画の中で、名セリフを残しています。
一人を殺せば犯罪者だが、百万人を殺せば英雄だ。
そういう意味での「英雄」が何人も現れました世紀でした。
スターリン、ヒトラー、毛沢東、ポル・ポト・・・
いずれも、「理想社会の建設」の夢を抱いて、
結果的に、無数の市民を殺してしまいました。
「神抜きで」、いわば「バベルの塔」を建てようとしたわけです。

主を畏れることは知恵の初め 聖なる方を知ることは分別の初め。
(旧約聖書 筬言9:10新共同訳)
神様を畏れない、人間が絶対、という世の中は、
どれほど恐ろしいものか、歴史が証明しています。
ドストエフスキーは、小説『悪霊』において、
無神論の行き着く先を示唆しています。

私たちに、何ができるでしょうか?
それは、まず事実・真実を知ることです。
歴史を知ることは、未来を予測することにつながります。

歴史教育について思う事をおまけとして書いておきます。
日本の歴史教育は、ご丁寧に、先史時代や縄文時代から始まります。
そして、1年が終わる頃になっても、現代の歴史までたどり着けないことがほとんどです。
現代の歴史を知ることなしに終わってしまうことになります。
しかし、現代を読み解くのに、縄文式土器や弥生式土器は、
知らなくてもいいのでは、とさえ思います。
江戸時代末期ぐらいから始めて、近代~現代をじっくり学んだ方が、
よりよい日本を考える人を増やすことにつながるのではないでしょうか。
(江戸時代より前は、興味ある人が独自に学ぶぐらいで十分なのでは?)
フランスやアメリカなどでは、歴史教育といえば、ここ100年
それと、戦後60年以上も経っているのだから、
もう少し公平に、客観的に、自国の歴史を正当に評価すべきでしょう。
自虐史観では、健全な国民感情は育ちません。
一方的に「戦前」を断罪するのではなく、
特定の主観に満ちた歴史観を押し付けるのではなく、
児童・生徒が比較検討しながら賛否両論を出せるようなものが望ましいと考えます。
自国の歴史にもっと敬意と自信を持てるような歴史教育を望みます。


そうだったのか! 現代史 (集英社文庫)



そうだったのか! 現代史 (集英社文庫)


著者:池上 彰




そうだったのか! 現代史 (集英社文庫)

2010年8月14日 (土)

NHK・「全駅停車!銀河鉄道999ぜんぶみせます」(8月9日~13日放送)

8月9日~13日に、NHKBS2で、
「全駅停車!銀河鉄道999ぜんぶみせます」という番組をやっていました。
テレビ版全113話のうちから、人気あるエピソード30話を選んで放送し、
その他の話も予告編だけは全話放送する、という画期的な企画でした。
最終日の13日には、映画版も放送していました。
1日あたり4時間×5日間、計20時間の放送ですから、
さすがに全部は観ることはできませんでしたが、
主要な話はある程度観ていました。

テレビ版のを、各駅停車のような形で、予告編をすべて放映する、
という発想はNHKでしかできない発想でしたね。

銀河鉄道999の再放送は観たことがありませんので、
ごく一部のエピソードしか覚えていませんでした。
今回改めて予告編の数々を駆け足で観てみると、
この物語はなんと奥が深いのだろう、と思わされました。

貧困、差別、欲望、命の尊さ、生と死、愛と別れ・・・
人間の高貴さと愚かさをSFという形でよくここまで描けたものだと、
その想像力のすばらしさに驚嘆しました。
画面は古くなっても、内容は古くなっていません。
万華鏡のように、人生の諸相を映し出しています。
今のアニメとは大違いですね。
(大人になることを拒否して、心地よい「学園」から旅立とうとしないのが、
今のアニメの主流ではないでしょうか。)

映画版を観るのは今回で3回目です。
原作より鉄郎君がカッコイイのと、
ハーロック、エメラスダスといった他の人気キャラが共演するのが魅力的です。
エンディングの「銀河鉄道999」は名曲ですね。
(近年のEXILEによるカバーもすばらしいです。)
アニメ版のオープニング、エンディングも共に名曲です。

原作のマンガは、小学生の時に全巻読みました。
姉がとても好きだったので、「おさがり」のような形でした。
想像力の翼を広げるすばらしい作品でした。

よくぞこの企画をやってくれた!とNHKに感謝です。
番組公式HPは、ぜひ検索してみてくださいね。

ちなみに、ワタクシ、鉄道に乗るのは大好きですが、
いわゆる「テツ」ではありません。

人生は長い、長い旅ですね。しかも、片道切符です・・・
「♪ひとはだれでも しあわせさがす
 旅人のようなもの
 希望の星に めぐりあうまで
 歩きつづけるだろう
 きっといつかは 君も出会うさ
 青い小鳥に 」
(「銀河鉄道999」から引用~
作詞:橋本淳 作曲:平尾昌晃 編曲:青木望)

2010年8月13日 (金)

書評:坂本光司著『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)

以前、テレビ東京系の番組「カンブリア宮殿」で、
日本理化学工業という会社を特集していました。
(2008年11月3日放送)
日本理化学工業は学校のチョークなどを生産する会社で、
従業員74名のうち54人が知的障がい者、という障がい者雇用の先駆的存在です。
番組を見終わった後、深い感動に包まれたのを記憶しています。

今回紹介する本は、
坂本光司氏のロングセラー、
『日本でいちばん大切にしたい会社』です。
この本では上記の日本理化学工業の他、
寒天メーカーの伊那食品工業、
義肢装具メーカーの中村ブレイス、
北海道を代表する製菓会社の柳月、
静岡県の杉山フルーツの5社が取り上げられています。

実は、先日この5社に入っているある会社を訪問することになりました。
(あえてどことは書きませんが・・・)
以前からこの本の存在は知っていましたが、
あえて買って読むことはありませんでした。
必要に迫られて、列車の中でこの本を読みました。

「はじめに」というところで、著者はまず企業が陥りがちな5つの言い訳を否定します。
それは、
「景気や政策が悪い」、
「業種・業態が悪い」、
「規模が小さい」、
「ロケーションが悪い」、
「大企業・大型店が悪い」です。
これらは「被害者意識に凝り固まった他力本願タイプ」として、
バッサリ切り捨てられます。
(同書P.4から引用)

これに対して、著者は会社経営には
「五人に対する使命と責任」があると説きます。
それは、
1.社員とその家族を幸せにする
2.外注先・下請企業の社員を幸せにする
3.顧客を幸せにする
4.地域社会を幸せにし、活性化させる
5.自然に生まれる株主の幸せ
とあります(同書第1部から抜粋)。
『「多くの人を満足させること」こと、それが会社の使命』だ、
とも説いています。(同書P.35から引用)

その実例として、上記の5社を取り上げています。

この5社、どれもすばらしい企業ですが、
一番感動的なのはやはり日本理化学工業の章です。
こんなすばらしい企業が日本にあるなんて!
涙なしには読めない記事が書かれています。

幸福とは、①人に愛されること、②人にほめられること、③人の役に立つこと、④人に必要とされることです。そのうち②人にほめられること、③人の役に立つこと、そして④人に必要とされることは、施設(※障がい者の施設)では得られないでしょう。この三つの幸福は、働くことによって得られるのです。
(同書P.49から引用)
日本理化学工業の現会長、大山泰弘氏が障がい者採用を始めた頃、
ある法事の席で一緒になった禅寺のお坊さんが、
こう教えてくれたそうです。
「(中略)だから、どんな障がい者の方でも、働きたいという気持ちがあるんですよ。施設のなかでのんびり楽しく、自宅でのんびり楽しく、テレビだけ見るのが幸せではないんです。真の幸せは働くことなんです。
(同書P.50から引用)
「『それなら、そういう場を提供することこそ、会社にできることなのではないか。企業の存在価値であり社会的使命なのではないか。』それをきっかけに、以来五〇年間、日本理化学工業は積極的に障がい者を雇用し続けることになったのです。」(同書P.51から引用)

日本理化学工業のところは、特に多くの人に読んでもらいたいところです。
学校の道徳の授業にも使えそうです。

日本理化学工業のHPは、以下のとおりです。
http://www.rikagaku.co.jp/index.htm
「カンブリア宮殿」における放送は、以下でごらんください。
本の要点が書かれています。
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/list/list20081103.html

なお、北海道からは、お菓子の柳月が選ばれていますね。
柳月のお菓子は結構好きです。
この本の続編では、
同じく北海道から富士メガネが選ばれていることは、
北海道の誇りといえますね。
ちなみに、私は数年前から眼鏡をかけていますが、
富士メガネの眼鏡ですよ。
サービスがとてもいい会社です。

日本でいちばん大切にしたい会社

日本でいちばん大切にしたい会社

著者:坂本 光司

日本でいちばん大切にしたい会社

2010年8月12日 (木)

「おばけ」の生き方は楽しいか?~「ゲゲゲの鬼太郎」主題歌から読み解く現代社会

真夏なので、「おばけ」の話をしましょう・・・
「おばけ」といっても、心霊スポットとか、墓場にいるわけではありません。
実は、案外身近なところに、ひっそりといるものです・・・

最近はやりの「おばけ」、というか「妖怪」は、いろいろ出没していますね。
113歳のミイラとか、125歳で公園に住んでいる(はずの)おばけとか・・・
あるいは、「しつけ」と称してむごい虐待をする鬼父・鬼母とか・・・
こういう「おばけ」、「妖怪」についても語りたいところですが、
今回はもっと正統派の「おばけ」について論じてみましょう。

日本の妖怪ブームのきっかけは、
水木しげるさんによる「ゲゲゲの鬼太郎」ですね。
「ゲゲゲの鬼太郎」の主題歌には、こんな一節があります。

朝は寝床でグーグーグー
たのしいな たのしいな おばけにゃ学校も
しけんも なんにもない」(1番から)

おばけにゃ会社も 仕事もなんにもない」(2番から)
(「ゲゲゲの鬼太郎」作詞:水木しげる 作曲:いずみたく)

この歌詞を読むと、何か気づきませんか?
そう、現代の「おばけ」とは、
ひきこもりやニート、そして大量の失業者たちです。

日本では、現在推計160万人のひきこもりと、
344万人の失業者がいます。
(ひきこもりの数は、「NPO法人全国ひきこもりKHJ親の会」HPから、
失業者の数は、総務省「労働力調査」2010年6月によります。)
合計500万の「おばけ」が、日本にいるわけです・・・

ひきこもりになると、よく、昼夜逆転の生活になると言われます。
だから、「朝は寝床でグーグーグー」というわけです。
そして、「学校も、しけんも、会社も、仕事も、なんにもない」生活になってしまうわけです。
人間として「なんにもない」・・・
社会からすると、いないのと同じような存在、まさに「おばけ」です。

会社勤めの人からすると、
朝は好きなだけ寝ていられる生活にうらやましさを覚えないでしょうか?
確かに、2、3日ならいいでしょう。
しかし、毎日だったら、どうでしょうか?
自分の存在の無意味さ、無価値さに打ちのめされてしまいます。
昼まで寝ていても、誰からも文句を言われない。
これは、自分で自分を辱めているようなものです。

人には生命の奥底から湧いてくる五つの深い願いがある。
それは、
生きること、
愛すること、
愛されること、
みとめられること、
何ものかの役に立ちたいことである。
(谷口雅春著『聖経 真理の吟唱』P.98から引用)

認められたい、人の役に立ちたい、という切なる願いが、
実現されないのは、人としてつらいものがあります。

「おばけ」は「おばけ」の生活を楽しんでいるうちはまだマシですが、
「おばけ」をやめたくなる時がそのうちきます。
そのとき、「早く人間になりたい!」(別な妖怪話ですね・・・)と願っても、
教育がなかったり、スキルやキャリアがないため、
さらに「おばけ」生活を強いられてしまうことが多いのではないでしょうか。

「おばけ」を減らすこと、可能な限り発生させないためには、
どうすればいいのでしょうか。
お祓いや塩をまいても効果がありません。
塩の代わりに子供手当をまいても同様です(?)
幼いころからの保護者との関係、学校教育、
病院や職業訓練など、社会的な取り組みによって、
発生はある程度防ぐことができるかもしれませんね。
特に有効なのは、「教育」の力でしょう。

「ゲゲゲの鬼太郎」主題歌3番では、
おばけは死なない 病気も なんにもない」と歌われています。
しかし、現実世界の「おばけ」たちは、病気になるし、
自ら死を選ぶことさえあります。
リアル「おばけ」になってしまうのでしょうか・・・

「おばけ」の生活は、決して「たのしいな たのしいな」といったものではありません。
むしろ、「苦しいな、苦しいな」か「むなしいな、むなしいな」の方がぴったりです。
インターネット世界を徘徊してまわるのが精いっぱい、といったところでしょうか。
家族にとっても、「おばけ」の存在は苦しいものです。

NHKでは、「ひきこもり情報」という特集サイトを設けています。
興味・関心のある方はぜひご覧ください。
http://www.nhk.or.jp/fnet/hikikomori/index.html
本文中でとりあげた、「NPO法人全国ひきこもりKHJ親の会」のHPは以下です。
http://www.khj-h.com/index.htm

ところで、NHKの「ゲゲゲの女房」の人気はすごいものですね。
最近では、我が家の朝の定番となっています。
近年の朝ドラでは1番すばらしいものかもしれません。

2010年8月11日 (水)

NHK・アメリカ魂のふるさと「信仰と福音のまち~ノース・カロライナ州 シャーロット」(8月10日放送)

夕方になんとなくテレビを観ていると、
NHKBS2で、
アメリカ魂のふるさと「信仰と福音のまち~ノース・カロライナ州 シャーロット」
という10分間の番組が放送されていました。
アメリカのノース・カロライナ州シャーロットと、
シャーロット出身の著名人である、ビリー・グラハム牧師の業績について、
コンパクトにまとめられていました。

NHKで、福音派やビリー・グラハム牧師について放送される、というのは、
たとえ短時間の放送とはいえ、画期的なことではないでしょうか。
「ボーン・アゲイン」という言葉や、
キリスト教専門のラジオ局についても紹介されていました。

福音派=保守的、と少し否定的なニュアンスで語られるのは致し方ないとはいえ、
NHKでこういう主題を取り上げてもらったことは、うれしかったです。
目立たない地味な扱いだとしても・・・
だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、
とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、
わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。
(新約聖書 フィリピの信徒への手紙1:18新共同訳)

2010年8月10日 (火)

フィンランド式教育を考える2冊~『フィンランド・メソッド超「読解力」』&『欲張り過ぎるニッポンの教育』

先日、必要があって書店の保育書コーナーで本を探していました。
(フレーベルについての本を探していました)
幼児教育では、「モンテッソーリ教育」とか、
かなりオカルト系の「シュタイナー教育」とかと並んで、
フィンランド式の教育の本も並んでいました。
フィンランド式教育は、
いわゆる「オルタナティブな教育」の一つとして考えられているのでしょうか。

あと、教育書コーナーを闊歩していると、
国語教育の専門誌が(相当マイナーな雑誌みたいです・・・)、
フィンランド式の教育を批判していました。
「オレたちの教育がイチバン!」とでも言わんばかりに・・・

フィンランドの教育制度を、手放しで絶賛すること、
あるいはよく検討もせず反対すること、どちらも避けたいものです。

今回紹介する2冊は、全然違う著者によるものですが、
2冊あわせて読むことにより、賛否両論がわかります。

1冊目は、早稲田大学教授の田中博之氏による、
『フィンランド・メソッド超「読解力」』(経済界)です。
副題は、「6つのステップで伸びる『言葉の力』」です。
フィンランド式の教育を、学校のみならずビジネスにも応用させよう、
という意欲的な新書です。
コミュニケーション能力の向上、という面では役に立ちます。
また、教育への応用も期待できます。
「論理力・表現力」、「コミュニケーション力」、「創造力」、
「責任力」、「自信力」、「評価力」で新たな自分を開拓できる!

と帯にうたっているとおりです。
フィンランド式の教育のプラス面を知り、ビジネスや生活に生かすことができる1冊です。

2冊目は、フィンランド式教育の本、というよりは、
「ゆとり教育」に至るまでの日本の教育改革について論じた、
苅谷剛彦氏と増田ユリヤ氏の共著、
『欲ばり過ぎるニッポンの教育』(講談社現代新書)です。
この中で、フィンランド式教育を日本でそのまま実現させることは、
制度上不可能であり、むしろ、「ゆとり教育」以前の日本の教育制度の方が、
実は優れていたのではないか、ということが具体的な資料に基づいて論じられています。
また、「総合的な学習の時間」も、否定的な見解が述べられています。
(教師が皆優秀である、というありえない仮定のもとに成り立っているものだからです。)
私としては、とても参考になりました。
教育は、「あれもこれも」と1+1+1+・・・=・・・というものでは、
かえって効果を減じてしまう、というのは、「なるほど!」と思わされました。
日本もフィンランド式の教育を見習うべき、という意見に冷や水をかけるような1冊です。
冷静な立場で、日本の教育制度を考察するのに最適な本、とも言えましょう。

安易に、外国の新理論に振り回されない方がいいのかもしれませんね。


フィンランド・メソッド超「読解力」―6つのステップで伸びる「言葉の力」 (リュウ・ブックス アステ新書)



フィンランド・メソッド超「読解力」―6つのステップで伸びる「言葉の力」 (リュウ・ブックス アステ新書)


著者:田中 博之




フィンランド・メソッド超「読解力」―6つのステップで伸びる「言葉の力」 (リュウ・ブックス アステ新書)


欲ばり過ぎるニッポンの教育 (講談社現代新書)



欲ばり過ぎるニッポンの教育 (講談社現代新書)


著者:苅谷 剛彦,増田 ユリヤ




欲ばり過ぎるニッポンの教育 (講談社現代新書)

2010年8月 9日 (月)

ダビデとゴリアト~信仰によって乗り越えよう!(教会学校説教案)

教会学校において、サムエル記上17章の、
「ダビデとゴリアト」の話をしました。

例のごとく、『聖書のおはなし』という本を使って、
その部分の話をし、その後、説教をしました。
その話の要点を書きます。

ちょっとその前に・・・
正直言って、今回の話は、あまり余計な事を言わず、
おはなしを読んで終わりにしたかった箇所です。
というのも、聖書本文を読むと、
ダビデは走り寄って、そのペリシテ人の剣を取り、
さやから引き抜いてとどめを刺し、首を切り落とした。(以下省略)」
(旧約聖書サムエル記上17:51新共同訳)
という、勇ましくも残酷なシーンをどう解釈するか、
について語らねばならないからです。
せっかく、「十戒」を教えるようになったのに、
聖書の登場人物自ら、殺人を犯しているのでは、
道徳的に好ましくありません。
聖書は道徳の本ではありませんが、
幼い頃は「正義」と「愛」を特に学んでほしいと考えています。

『聖書のおはなし』では、ダビデがゴリアトの額に石をぶつけた、
までしか書いていません。
それ以上は、子どもには残虐すぎます。

「おはなし」に書いていない、註解的なコメントとしては、
・「ゴリアテ」は、映画「天空の城ラピュタ」で、飛行戦艦の名前として出てくる。
(新共同訳では「ゴリアト」ですが、口語訳では「ゴリアテ」です。
どちらかというと、こちらの方が一般的では。
新改訳では、「ゴリヤテ」です。)
・ゴリアトは、2メートル半か3メートルぐらいの大男だった。
(聖書によると、「六アンマ半」=約293㎝)
などを話しました。

今回の説教は、こんな感じでした:


「今回は、ダビデとゴリアトの話を学んだね。
みんなは、『こんなの絶対ムリ!』とか思ったことないかな?
あるいは、『こんな人には絶対勝てそうもない・・・』とか思ったことはない?
(あまり反応がでない・・・)
それじゃあ、いじめられそうになったら、どうする?
あるいは、先生から宿題を山のように出されたら?
(「逃げる!」とか、「宿題を先生に突き返す!」などの意見)
今日の話は、羊飼いの少年であるダビデが、
見るからに恐ろしい大男であるゴリアトに挑んで勝った話ですね。
どう考えても、勝ちそうもない戦いでしたが、
ダビデは、神様への信仰によって勝利しました。
この話から何が言えるか、というと、
一見、とても乗り越えられそうもないような事であっても、
逃げたくなるようなことがあっても、
神様への信仰によって、乗り越えられるんだ!ということです。
(ここで、「信仰って、何?」という問いかけが子どもからありました。
本人は、ふざけて言っただけなのかもしれませんが、
実にいい問いかけだと思いました。)
『信仰』って、何だと思う?
(ホワイトボードに「信仰」という漢字を書く)
信仰とは、神様を信じて生活することです。
「信仰」という字は、「信」じて「仰」ぐ、と書きます。
(「仰ぐ」という単語がわからない子がいたので、「仰ぐ」の説明)
神様を信じ、神様を仰ぎ見ること、これが「信仰」です。
(今回は、ここで話を終えました・・・)


実は、前述のとおり、今回はあまり説教準備せずに望みましたが、
子どもからの問いかけが、話を深めたと思います。
神様に感謝!

「信仰」とは何か、ということについて、
子供向けに語りましたが、
一般向けなら、「神様を信じ、人を愛する生活をすること」
とか説明するでしょう。

同じ主題を、別な観点から説教できますね。
たとえば、「勇敢」とか、「殺してはならない」とか、
あるいは、「ダビデの生涯」とか、いろいろな「料理法」があるはずです。
参考になれば幸いです。

2010年8月 8日 (日)

映画「劒岳 点の記」

昨年6月公開の映画、「劒岳 点の記」が早くもTV放映されていました。
映画館で観たいな~と思っていながら、結局行かずじまいだったので、
今回の放送はありがたかったです。

残念ながら、前半(21時台)はあまり観ることができませんでしたが、
後半から観ることができました。
途中から観ても、ある程度は内容を把握できました。

全体的に、地味な感じの映画で、
妻は「ドキュメンタリー映画みたい」と言っていました。
映画、というよりは、NHKの「プロジェクトX」みたいな感じに近いかも・・・
しかし、CGに頼らない、命がけの撮影は、
淡々としていながら、実に味のある仕上がりになっていたと思います。
映画の原作となった実話を、いろいろ検索しながら、TVを観ていました。
知れば知るほど、映画そのものと、実話は興味深いものがありました。
特に印象に残ったのは、
物語の中心である測量隊と、日本山岳会の代表同士が対話するところで、
「何のために山に登るのですか?」と問われる場面です。
想像を絶するような困難の中、何度も死にそうな目に遭う・・・
それでも、山に挑み続けるのはどうしてなのか?
仕事に対する使命感のすばらしさ、崇高さが表れていました。


命が
いちばんだと思っていたころ
生きるのが苦しかった
いのちより
大切なものが
あると知った日
生きているのが
嬉しかった


これは、星野富弘さんの有名な詩の一つです。
「命が一番大切」とされる価値観の中で、
意外にも、命が粗末にされていませんか。
犬死は尊いものではありませんが、
時には命よりも大切なものがある、ということを、
現代では忘れがちですね。
この映画は、単に登山映画、というものよりも、
職業観を考えるいい作品ではないでしょうか。

お手軽CGに頼らない映画構成や、
長期間ロケに耐えた俳優たちやスタッフの方々に対して脱帽です。

映画音楽として、ヴィヴァルディの「四季」(主に「冬」)や、
アルビノーニのアダージョ(正確にいえば、これはバロック音楽とは言えませんが・・・)、
マルチェッロのオーボエ協奏曲、ヘンデルのサラバンド・・・
これらのバロック音楽が地味に、渋く使われていたのも好感が持てました。
(多少、違和感がありましたが・・・)
機会があれば、また観てみたい作品です。

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2010年8月 7日 (土)

コミック版「サマーウォーズ」

去年の8月に公開された映画「サマーウォーズ」が、
公開からほぼ1年で早くもTV放映されていましたね。
映画館で観た時はハラハラドキドキの連続でしたが、
TVで改めて観直すと、細かい伏線がよくわかりました。
少し冷めた目で、映画全体の構成をよく見渡すことができました。
冷めた目で観ていても、この作品のすばらしさは失われることはありませんね。
映画については既に昨年10月に記事を書いていますので、
よろしければ下記をご覧ください。
http://francesco-clara.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-5301.html
TV放映版では、放送時間の都合でいろいろとカットされたシーンがあったのでは、
と思っています。
たとえば、高校野球の試合の話など・・・
TV放送版でよかったのは、字幕放送で観ていましたので、
終盤の「こいこい」のところなどはわかりやすかったことです。
(私は花札全然ダメです・・・)
地デジ視聴可能なところなら、データ放送で付加情報を見ることができたようです。
私も少し使いましたが、途中から面倒なのでやめました。

さて、今回紹介するのは、映画そのものではなく、
映画のコミカライズ版です。
この手のものは、あまり期待できないのが多いのですが、
杉基イクラさんによるコミック版は、
映画の持ち味を失わず、美しく丁寧に仕上げられています。
映画は特にOZ内のシーンがとてもカラフルなので、
モノクロのマンガではさすがに表現できませんが、
ストーリー展開等は映画と遜色なく楽しめます。
特に最終巻である3巻は感動モノですよ。
映画の後の後日譚がちょびっと描かれているところは、マンガならではです。

ところで、「サマーウォーズ」で検索してみると、
長野県上田市は「サマーウォーズの里」なのですね。
陣内家のモデルは、真田一族ゆかりの上田城とのこと。
長野県にはまだ行ったことがないので、いつか行ってみたいです。
・「サマーウォーズの里『信州上田』へようこそ
http://www.ueda-cb.gr.jp/s-wars/

サマーウォーズ (1) (角川コミックス・エース 245-1)

サマーウォーズ (1) (角川コミックス・エース 245-1)

著者:杉基 イクラ

サマーウォーズ (1) (角川コミックス・エース 245-1)

サマーウォーズ (2) (角川コミックス・エース 245-2)

サマーウォーズ (2) (角川コミックス・エース 245-2)

著者:杉基 イクラ

サマーウォーズ (2) (角川コミックス・エース 245-2)

サマーウォーズ (3) (角川コミックス・エース 245-3)

サマーウォーズ (3) (角川コミックス・エース 245-3)

著者:杉基 イクラ

サマーウォーズ (3) (角川コミックス・エース 245-3)

2010年8月 6日 (金)

書評:石田勝正著『抱かれる子どもはよい子に育つ』(PHP文庫)

表題から読むと、単なる子育て本、と一言で片づけられそうです。
しかし、実際は、人間の深い欲求である、「愛」と「存在感」について、
理論と実際からわかりやすく解き明かした、「愛の心理学」の本といえます。

一番読んでほしいのは、もちろん、現在妊娠中の方や子育て真っ最中の人です。
赤ちゃんの股関節脱臼を防ぐ「コアラ抱っこ」や、家庭の和を保つこと、
スキンシップの大切さや、産後うつの克服など、興味深い記事が満載です。
(産後うつに苦しむ人は意外に多いようですね。)
それだけにとどまらず、児童虐待のメカニズムや、どうして成人後に刺青を入れる人がいるのか、
自傷行為、大人になれない若者など、「存在感」をキーワードに、しくみを解き明かしているところが、
子育てに関係がない人でも興味深いところです。


自然の流れに逆らっている現代の育児法

もし、私たちの先祖が、次のような言葉を耳にしたら、どう思われるでしょうか。

「抱きぐせをつけるな」
「赤ちゃんをあまやかすな、過保護にするな」
「一人で寝かせて、自立を促せ」
「ゼロ歳児保育の施設を増やせ」
「子育てより、職業が生きがいだ」
「粉ミルクや離乳食缶詰を使えば、母親が楽だ」
「保育は子育ての終わった女性にゆだねよう」
「子育ては男女平等に」
「しつけは三歳までに」
・・・・・・などなど。

先祖たちが、このかわりはてた今日の育児環境をもし見聞きしたら、きっとひどくあきれかえってしまわれると思います。私たちの先祖は、自然に逆らわない育児をしてきました。そのおかげで、私たちは今、地上に生きていられるのです。先祖たちにとってこれらの言葉は、不自然な育児を奨励する、嘆かわしいものに聞こえるでしょう。
(同書P.20~21から引用)

上記の「ゼロ歳児保育の施設を増やせ」については、
最近、私は否定的な立場をとるようになりました。
保育所をいっぱい増やすと、女性は働きやすくなりますが、
その一方で、労働賃金は下がりますし、失業者はかえって増えるはずです。
(特に男性の失業が深刻です。)
あるべき政策としては、保育所を増やすよりも、
妊娠、出産から少なくとも子どもが3歳ぐらいまでは、女性が働かなくとも、
生活が十分に保障されているような社会を目指すべきではないでしょうか。
(そもそも、「待機児童」なるものがなくなります。)
そうすれば、余計な施設建設にお金を使わずとも、
消費が拡大しますし、雇用問題の改善(失業率の低下と賃上げ)にもつながり、
母子の関係にもいいはずです。
愛情を十分に受けて育つ子は、明るい日本を築いてくれるでしょう。
自殺も減るかもしれません。
もちろん、虐待親がなくなるわけはないですから、
行政が子どもの虐待防止に対してもっと介入できるようなシステムにすればよいでしょう。
(参考までに、武田邦彦教授のHP記事、
「幼児の死と日本の家族文化」、もぜひお読みください。)
http://takedanet.com/2010/08/post_8bc6.html


抱かれる子どもはよい子に育つ―こころをはぐくむ愛の心理学 (PHP文庫)



抱かれる子どもはよい子に育つ―こころをはぐくむ愛の心理学 (PHP文庫)


著者:石田 勝正




抱かれる子どもはよい子に育つ―こころをはぐくむ愛の心理学 (PHP文庫)

2010年8月 5日 (木)

詩篇23(07)【自作曲】

詩篇23シリーズ第7回目です。

今回のテキストは新改訳の詩篇23全体です。
ハ長調の素朴で牧歌的なイメージの曲です。
朗々と歌う、というよりも、草原でふと口ずさむような感じです。

5節の「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ」のところは、
ハ短調に転調します(50~57小節)。
」を前にした緊迫感、苦さを表しています。

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
下記からダウンロード願います。もちろん無償です。

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2010年8月 4日 (水)

「総合学習は『息抜き』?」~読売新聞2010年8月3日朝刊記事

読売新聞の8月3日朝刊・社会面に、気になる記事がありました。
「学力考 第3部  明日の授業5  「総合学習は『息抜き』?」というものです。
(読売新聞のサイトで記事が掲載されていないか調べましたが、
載っていないようです。)

記事は、2002年から導入されている「総合的な学習の時間」(以下、「総合」と略記)
についてのものです。
タイトルは、記事中にある東京の男子中学生のコメントからです。
総合の半分くらいは息抜きの時間。5段階評価もないから気楽。
(記事から引用)
記事の3分の2は、「総合」への否定的な面を、
残り3分の1で、肯定的な面を書いています。
ゆとり教育の目玉商品だったものが、今や現場のお荷物状態になっていることを、
的確にまとめています。

21世紀的な学習に必要なものは、
「知識を使いこなす力」であることは、疑いようがありません。
そういう意味で、「総合」そのものは、力がある教師が適切に取り扱うなら、
十分に意義があるものなのでしょう。
しかし、実態は、そんな教師はなかなかいないはずです。
(何百人、何千人、あるいは何万人かに1人くらいの教師だけでしょう・・・)
そもそも、「国際理解や情報、環境、福祉」といったテーマの例示だけで、
教科書がないのですから、教師にとってもかなり負担なのではないでしょうか。
「壁新聞作り」とかの、たいして教育的効果がないようなもので、
お茶を濁す程度の「実践」があふれているようです。
文部科学省でさえ、来年度からは「総合」の割当時間を削減する予定です。

記事の中では一応、「総合」に肯定的な実践例がきちんと書かれていますが、
よく考えると、別に「総合」でなくてもいいのでは、とさえ思います。
「理科」とかの「教科」でも十分教えられるのではないでしょうか。

フィンランド式の教育を本格的に導入するならいざ知らず、
今の日本の教育においては、「総合」は不要か、
どうしてもやりたいなら、「特別活動」の一部に組み入れる程度でいいのでは、
と考えます。
中途半端な「総合」よりも、基礎学力を保障する、
「読み書き計算」を重視した教育に戻してほしいものです。
「知識を使いこなす力」(応用力)は、しっかりとした基礎があってこそ発揮できます。
公教育への不信感が高まっている時だからこそ、
ゆとり教育の負の遺産、不良債権を「処理」してほしいものです。

少々古い本ですが、
苅谷剛彦氏の「なぜ教育論争は不毛なのか―学力論争を超えて (中公新書ラクレ88) 」と、
教育改革の幻想(ちくま新書)」は、
ゆとり教育に至った教育改革そのものを考えるのに非常にいい本です。
「ゆとり」か「詰め込み」か、という二者択一、観念論ではなく、
あくまでデータに基づいて論じていますので、
説得力があります。
「総合」についても考察されていますよ。

なぜ教育論争は不毛なのか―学力論争を超えて (中公新書ラクレ88)

なぜ教育論争は不毛なのか―学力論争を超えて (中公新書ラクレ88)

著者:苅谷 剛彦

なぜ教育論争は不毛なのか―学力論争を超えて (中公新書ラクレ88)

教育改革の幻想 (ちくま新書)

教育改革の幻想 (ちくま新書)

著者:苅谷 剛彦

教育改革の幻想 (ちくま新書)

2010年8月 3日 (火)

快挙!「道教委 初の服務調査~教職員299人法令違反疑い」(読売新聞2010年8月3日夕刊1面)

8月3日の読売新聞夕刊1面には、北海道の教育を憂える者にとっては、
少しうれしい(?)ニュースが載っていました。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/news/20100803-OYT8T00773.htm
道教委が、初めて(「初めて」というところが、今までいかに異常だったことか・・・)
服務規律の実態調査を行い、結果を取りまとめた、
という記事が出ていました。
(実際は、悲しい実態をさらけ出したものですが・・・)
今まではお手上げ状態だった北教組に対して、ようやく「違法だ」と言えたのですから、
大きな進歩といえましょう。
教委が、法令違反を繰り返す特に北教組の違法な活動に対して、
やっと「脅威」となった・・・
(猛暑お見舞い申し上げます・・・涼しい北海道から愛をこめて?)
法令違反は厳しく取り締まり、処分をしてほしいものです。
昔の有名なCM「覚醒剤やめますか、それとも、人間やめますか」をもじって、
北教組やめますか、それとも教師やめますか?」・・・

新聞記事では、北教組が道教委に対して抗議した内容も出ていました。
しかし、どう考えても、見当違いのおかしな抗議です。
労働組合の権利や教職員の人権を一切認めない違法なもので・・・」
以下省略です。
服務規律に納得できないのなら、教師をやめるべきでしょう。
児童・生徒にとっても、法令違反をするような教師は示しがつきません。
教師としての責務や使命よりも、教組活動を優先するとでも言いたいのでしょうか。
教師もコンプライアンス(法令遵守)が必要です。


参考までに、法的な根拠と適用について書いておきましょう。
「教職員の服務と研修」という、
京都府総合教育センターが作成したPDFファイルから引用しました。
http://www.kyoto-be.ne.jp/ed-center/ed04/PDFbook1/06H15-fukumu.pdf


職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、
若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に
関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行
為をしてはならない。
② 職員は、公選による公職の候補者となることができない。
③ 職員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問、その他これ
らと同様な役割をもつ構成員となることができない。
(国公法第102条)
教職員も国民の一人として思想の自由、表現の自由は保障されている。し
かし、教育公務員の政治活動については、公教育に携わる教員の職務の性格
上、他の地方公務員に比べ、強い制限が加えられている。
① 地方公務員については、職務の公正を維持し、人事行政の公正を図り、
地域住民に対する悪影響を避けるため、地公法第36条により一定の政治
的行為が禁止されている。
② 公立学校の教育公務員については、その職務と責任の特殊性にかんがみ、
地公法第36条は適用されず、国立学校の教育公務員と同様に、国公法第
102条及び同条に基づく人事院規則により、強い制限が加えられている。
③ 公務員の立候補及び選挙運動には、公選法による規制がある。
④ 義務教育の政治的中立性を確保するために、特定の政党を支持させる等
の教育の教唆及びせん動が禁止されている。
参考:教基法第8条、地公法第36条、教特法第21条の4、公選法第136条の
2、第137条、人事院規則14-7、中確法第3条

詩篇23(06)【自作曲】

久々に、詩篇23シリーズ第6回目です。
(約3ヶ月ぶりです・・・)

今回のテキストはカトリック訳の詩編23全体です。
明らかに、カトリックの「典礼聖歌」を意識したものです。
(詩篇23をテキストにした高田三郎の曲があります。→典礼聖歌123番)
典礼聖歌123番では、リフレインのところのみ
神→主、わたし→われらと変更されていますが、
私の作品ではテキストそのままです。

なお、楽譜中、全音符がありますが、これは4拍ではなく、
朗唱を行なうところです。
(プロテスタントの讃美歌ではほぼ見かけないものですね。)

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
下記からダウンロード願います。もちろん無償です。

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2010年8月 2日 (月)

主の祈り(カトリック・聖公会共通)(18)【自作曲】

「主の祈り」シリーズです。

今回は、カトリック・聖公会共通の「主の祈り」への作曲の、
第18番目を紹介します。
私の作品では愛情を表すことが多い、イ長調の曲です。
今年4月に与えられたものです。

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2010年8月 1日 (日)

NHK・若者たちに継承する音楽の未来~巨匠ブーレーズの情熱~(7月31日放送)

7月31日に、NHKハイビジョンで、
「若者たちに継承する音楽の未来~巨匠ブーレーズの情熱~」
という番組が放送されていました。
2009年のルツェルン音楽祭における、
名指揮者にして作曲家のブーレーズによる若者への指導の様子を記録したものです。
ブーレーズの作曲は、私には未だに良さがサッパリわかりません。
難解すぎるというか・・・
指揮においても、クールすぎる、という印象なので、
残念ながら、我が家にはブーレーズの指揮したCDは現在1枚もありません。
(以前、バルトークのピアノ協奏曲全曲を1枚のCDに収めたものを、
唯一、買ったことがあるくらいです。
手放したのは、ブーレーズの指揮に問題、というよりは、
どうもバルトークの作品が好きになれなかったからです。)

ただ、今回オーケストラの指導の様子や、
指揮者や作曲家への指導の様子などを見て、
「冷たい」感じの人、という固定概念が覆された感がありました。
85歳にもなりながら、背筋がピンと伸び、
心も非常に柔軟で、教えることに熱心、というイメージを抱きました。
(今後10年はまだまだ大丈夫そうな感じでした。)
前衛の旗手、というイメージの人が、ずいぶん丸くなったものだ、
と思わされました。
そういえば、近年はマーラーの交響曲を全曲録音したりしていますね。
円熟、という言葉がぴったりです。
これから、少しずつブーレーズの指揮した録音を聴いてみようかな、と思うようになりました。

詩篇117(33)【自作曲】

忘れた頃にやってくる、詩篇117シリーズです。

今回で、詩篇117シリーズは、33曲目です。
テキストは、カトリック訳です。
ニ長調のおだやかな曲で、シンコペーションを多用しています。

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
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