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2010年1月13日 (水)

人生とは「観光」である

ある方から、縁あって『光の泉』という雑誌をいただいています。
これは、「生長の家」の壮年層向け雑誌ですが、
毎回なかなか面白い記事がいくつかあります。
(自分の信じる宗教と違うから全否定、というのは、実に偏狭な考え方です。
無神論者が、「感謝するのは大切だ」というのは、間違っていますか?
そんなことありませんよね。
新約聖書にも、
「・・・すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、
すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、
また、徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。
(新約聖書 フィリピの信徒への手紙4:8新共同訳)とあります。
他宗教だからといって、悪魔呼ばわりするような熱心さこそ、
実は心に悪魔を宿しているのでは、と私は思います。
偏狭な考え方は、無用な争いを招くだけです。)

その『光の泉』2010年1月号に、
佐藤 伝さん、という方のインタビュー記事が載っていました。
著書がいろいろあるのですが、私は全然知りませんでした。
無条件の『ありがとう』が言える幸せ」という題で、
「当たり前に感謝する」ことの素晴らしさについて語っています。
そのインタビュー記事の最後の方に、
今回このブログ記事のタイトルに使ったコメントが出ていました。
引用します:

「 私は人生とは『観光』でいいと思っているんです。たとえばハワイに観光に行っている間はリラックスして、気分はわくわく、うきうきしていますよね。ばっかりて、まさに観光です。それが成田に帰ってくると、『ああ、明日から仕事か!』と言って普段のモードに逆戻りしてしまっている。でも、旅行をしている間だけが『観光』ではなくて、普段から『光』を『観』て、わくわくしながら感謝して生きたいと思うんです。
  じつは私たちは、この世に生かされているというだけで、無条件に百パーセント幸せなはずなんですね。幸せとは『なる』ものではなくて『感じる』ものです。『幸せだなぁ、ありがたいなぁ』と感じる時間が多い人ほど幸せな人であり、日常の当たり前のことに感謝できる人こそが、ほんとうに幸せな人なんですね。

(『光の泉』2010年1月号 P.15より引用。下線部は私による強調です。)

「人生は旅である」というのは、よく言われることです。
それに対して、「人生は『観光』である」という考え方は、初めて聞きました。

この記事で、佐藤 伝さんという人の考え方に興味を持ち、
代表作『「感謝の習慣」で人生はすべてうまくいく!』(PHP文庫)を読んでみました。
なかなか面白いことがいろいろと書かれていました。
立ち読み程度でも十分かもしれませんが、一応おすすめ、としておきます。

「人生は『観光』=『光』を『観』ること」・・・
「 命の泉はあなたにあり
  あなたの光に、わたしたちは光を見る。 」
(旧約聖書 詩編36:10新共同訳)
わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。
(新約聖書 ヨハネによる福音書8:12新共同訳)
わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは、
神は光であり、神には闇が全くないということです。
(新約聖書 ヨハネの手紙Ⅰ1:5新共同訳)

人生の「旅路」の目的は、まさにこの「光」を「観」るためにあります。
キリストの光の下に人生を眺めるとき、
「荒野」や「険しい山」、「死の谷」と見えるようなものでさえ、
すべては『観光』であったと悟ることができるはずです。
だからこそ、「どんなことにも感謝しなさい。
(新約聖書 テサロニケの信徒への手紙Ⅰ5:18新共同訳)という、
きわめて肯定的な人生観を持つことができるのです。


「感謝の習慣」で人生はすべてうまくいく! (PHP文庫 さ 41-1)



「感謝の習慣」で人生はすべてうまくいく! (PHP文庫 さ 41-1)


著者:佐藤 伝




「感謝の習慣」で人生はすべてうまくいく! (PHP文庫 さ 41-1)

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