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2010年1月の32件の記事

2010年1月31日 (日)

中学生の問い~信仰Q&A

先日、4名の中学生+1名の小学6年生を引率して、
市内の複数の教会を「巡礼」しました。
それぞれの教会を巡って、祈りをささげる、
一種のスタンプラリーみたいなものでした。

その中で、本来プログラムには無かったものですが、
ある教会で祈りが終った後、
私は中学生たち(正確には上記のとおりですが)に、
「信仰に関するどんな質問でもOKだよ」と言って、
子どもたちが普段思っている信仰上の疑問について自由に話させ、
それに対して、明確に答えました。
以下、中学生たちの主な問いと、それに対する私の答えを書きます。
(  )内が私の答えです。
(みなさんの中には、私の答えに疑問を持つ人がいるかもしれません。
別にそれはかまいません。
むしろ、「自分ならどう答えるか?」を考えてみた方が有益ですよ。)
中高生向けの信仰プログラムをしている人に参考になれば幸いです。

Q1
聖書では「神がこの世界を造った」と言っているが、
進化論や、「ビッグバン」説からすると、そうは言えないのでは?
(A1 進化論は、日本ではあたかも科学的事実の扱いだが、
米国や韓国では「創造論」もある。進化論自体、まだ仮説にすぎない。
「46億年前に地球が誕生」というのも、その長さを測る単位は、
ある種の仮説にすぎない。
「偶然に」宇宙ができた、というのは、
ゴミ箱をものすごい長い間かきまわしていたら、「偶然」テレビができた、
というのに等しい。そのほうが、よっぽど「信仰」である。
この宇宙には、創造主なる方がおられる。
明確な意図とデザインによって、万物は造られた。
世の中の「定説」というのは、意外と疑わしいものだ。
私は進化論否定の立場をとるが、
自分なりに、どちらが正しいのか、いろいろと調べてみた方がいい。)
※参考サイト
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/souzouka.htm

Q2
幽霊は存在するのか?
(霊的なものは、確かに存在すると思う。
ここにラジオがあれば、電波を受けて、音が鳴る。
同様に、ある種の人には、
普通の人には見たり聞いたりすることができないものを感じることがある。
ただ、あまり恐れる必要はない。
神様の力の方がもっと強い。
ある意味、本当に恐いのは、幽霊よりも人間である。
幽霊が呪い殺せるのはせいぜい1人か2人程度だが、
人間は、ボタン一つで何十万人も殺すことができる。)

Q3
広島に原爆を落とす前に、パイロットたちは「祈祷会」を開いていたそうだ。
こういう祈りは正しいのか?
(これは、キリスト教が悪いのではなく、戦争が悪いのである。
広島・長崎に原爆を投下したのは、一種の差別と人体実験ではないか。
その証拠に、第二次大戦中、米国では日系人だけが強制収容所に入れられるなど、
差別的な扱いを受けた。
当時の米国でははまだまだ黒人などへの差別がたくさんあった。
日本人を同じ人間と思っていなかった所業だ。)

Q4
占いを信じるか(これは私からの質問)
⇒いわゆる「クリスチャンホーム」でも、
占いが身近な所まで浸透している事実が露見しました。
何の罪悪感や嫌悪感も持っていない様子。
(未来が決定されていて、本当に面白いものだろうか?
たとえば、「占いによると、あなたは今日死にます。」と言われたらどうする?
どうにもならないだろう?
神様を信じるなら、失敗さえ、神様によってプラスと変えられる。
だから「運命」なんて恐れることはない。
人生に無駄なことはないよ。)

Q5
聖書の最初の方(注:創世記1章)を読むと、
人間が万物を支配せよ、と書かれている。
聖書は極めて人間中心的な世界観ではないのか?
(少なくとも、私たちは犬や猫ではなく、人間なので、
どうしても人間中心にならざろうえない。
人間は神様からこの地上の管理を任されている、
いわば、「管理人」にすぎない。
人間が好き勝手な事を何でもやっていい、ということではない。
人間は万物の霊長、地上の支配者だから、
好き勝手にやっていい、と考えるようになったのは、
産業の発達と、進化論の普及による。)

15分程度の時間ですが、すばらしい質問がこのように出ました。
中学生ともなれば、いろいろな事を考えているものです。
私としては、中学生たちが、このような問いを持っている、
そのこと自体がすばらしいと思いました。
問いを発した一人ひとりを私は称賛しましたよ。

従来の信仰教育では、一方的に知識を「詰め込んで」、
盲目的・無批判的にそれを受け入れることが「信仰的」とされていませんでしたか?
子どもたちが「お行儀よい姿」になることを目的とするのは、偽善の土壌です。
心を開いて、問いを抱いた「あるがままの姿」を、
神様の御前にさらけ出すことが、真の意味での信仰教育の第一歩です。

イエス様が弟子たちの汚い足を洗われたことを思い起こしましょう。
ペトロが、『わたしの足など、決して洗わないでください』と言うと、
イエスは、『もしわたしがあなたを洗わないなら、
あなたはわたしと何のかかわりもないことになる』と答えられた。
(新約聖書 ヨハネによる福音書13:8新共同訳)

たとえば自分が病気で医者にかかるとき、
医者には、「○○が痛いのです。」などと言いますよね。
それは、決して恥ずかしいことなんかではありませんよね。
病気を素直に認めることから、「治療」は始まります。
同様に「魂の名医」であるイエス様の前に行くとき、
偽善的な美辞麗句の祈りを捧げるよりも、
偽らない疑問をぶつけた方が、かえって真実の祈りになることがあります。
(詩篇の数多くが、そのような祈りですね。)
「足を洗われる」ような、自分の醜さや汚さ、過去の過ちさえも、
自分の存在のプラス面もマイナス面もひっくるめて
全部、受け入れられるような経験は、神様への大きな信頼につながります。
それとも、使徒ペトロが言ったように、
わたしの足など、決して洗わないでください
という状態に留まり続けますか?

ともあれ、私にとって、久々に心が燃えたひとときとなりました。
神様に感謝、感謝!

2010年1月30日 (土)

映画『ハッピーフライト』

『スウィングガールズ』の矢口史靖監督の作品なので、
期待して観ました。
前半はコメディ映画かな、と思いきや、
後半はかなりシリアスでした。

それにしても、1機の飛行機が目的地に到着するまで
(映画では、機体トラブルのため、目的地には到着できませんでしたが)、
こんなにもたくさんの人が関わっているんだ・・・というのが、
映画の一番の見所ではないでしょうか?
「主役」の機長やCAだけではなく、
整備士や地上勤務の職員、果ては鳥を追い払う人まで、
さまざまな役目の人がいて、安全に飛行できるのですね。
また、飛行機の乗客の様々な人間模様もおもしろいものです。
時間を30分ずつに分ければ、
小中学生の社会科教材としても使えそうですね。
次に空の旅をするときには、今までとは違う視点で、もっと楽しめそうです。

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2010年1月29日 (金)

残念なニュース2つ

今日は、残念なニュースが2つありました。
どちらも、新聞記事の扱いとしては、小さなものでしたが・・・

1つ目は、「漫画家の戸部けいこさん逝去」でした。享年52歳。
まだまだこれからの人でした・・・
戸部けいこさんの代表作、『光とともに・・・』は、現在14巻までで、
未完のまま終ってしまった形です。
「自閉症児の世界」を世間に認識させた貢献は計り知れないものがあります。
漫画が「世の光」の領域に達した作品といえるでしょう。

私自身、教員免許を取得するのに必要な、「介護体験」での、
特別支援学校(旧養護学校)での2日間の体験の前や、
障害児教育について学ぶ際に、この漫画の各巻を何度も読みました。
たくさんの難しい本を読むよりも参考になりましたよ。
確かに『光とともに・・・』はある意味最初からエンドレスな話です。
それにしても、残念でなりません。
ご冥福をお祈りします。


もう一つ、今度は全然違った意味での「残念な」ニュースです。
月刊デボーション誌『幸いな人』などを通して、
日本のプロテスタント福音派、聖霊派に大きな影響を与えてきた、
有名な牧師が、「準強姦容疑」で逮捕された、というものです。
記事については、以下を御覧ください。
http://blog.chiisana.org/?day=20100128
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100128/crm1001281441017-n1.htm
逮捕以前から、この話題については、ある程度知っていましたが、
夕方の民放のテレビニュースなどで、おどろおどろしい効果音付で報道されると、
さすがに胸が少し痛くなりました。
(私は、NHKニュースのように、報道には効果音はいらないと考えます。)
私も、以前『幸いな人』を使って2年ぐらいデボーションをしていたことがあります。
逮捕された牧師は、「聖徒」の代表の一人のような存在でした。

牧師先生や神父様がいつの間にか、某国の党幹事長のように、
誰も批判できない存在(ほとんど神の代理人)になるのは、
実は恐ろしいことだと思います。
「裸の王様」状態ですね。
これについて、ユーモアを交えた適切なブログ記事がありますので、
ぜひお読みください。
http://blog.chiisana.org/?day=20100125
(最近、「資格」の「資」の字についてのCMがあるのですね。
妻はそのCMを既に見たそうですが、私はまだ見たことがありません。)
それに触れて、聖職者と信徒とのあるべき関係を考察しています。

私は、聖職者との関係は、
「つかず離れず」ぐらいがちょうどいいのでは、と考えています。
みことばを解き明かす・聖礼典を正しく執り行う者として、
大いに尊敬すべきですが、
「聖職者依存症」になってはいけません。
だからわたしたちは・・・(中略)・・・キリストの教えの初歩を離れて、
成熟を目指して進みましょう。
(新約聖書 ヘブライ人への手紙6:1~2新共同訳)
成熟を目指す信仰、これが大切ですね。

光とともに… (1)

光とともに… (1)

著者:戸部 けいこ

光とともに… (1)

絶景!知床・斜里の山々

仕事で、道東の別海町、標津町などに行ってきました。
釧路駅でレンタカーを借りて、そこから一周約300km以上の長旅でした。
最も印象深い景色は、別海町から標津町へ抜ける、
根室湾沿いの国道244号線から見えた、
緑色の海の向こうにそびえる、
真っ白に染まった知床や斜里の山々でした。
美しい・・・
今まで北海道内で見た「絶景」の中でも、ベスト3以内に入るものでした。
サングラスの下に、少し涙を流しながら、感動に浸りつつ運転していました。
残念ながら、カメラを持っていなかったので、それをお見せすることはできません。
いえ、たとえいいカメラを持っていたとしても、
とうていその光景のすべてを一枚の写真におさめることはできないでしょう。
まさに、「筆舌に尽くしがたい」としか言いようのない景色でした。
妻にぜひ見せてあげたいなぁ・・・と強く思いました。
(ちなみに、携帯のカメラで、「一応」撮りましたが、
何の写真だかよくわからないものになっていました。
白い雲みたいものがぼんやりと見えるだけ・・・)

神様に感謝!

2010年1月28日 (木)

みことば殺「言」事件(マルコ4:19)

「被害者は、マルコ4:19(推定2000歳)、
死因は窒息死。容疑者は、クリスチャン某・・・」
なんのことやら。

実は、新約聖書のマルコ4章を、エマオ出版訳で読んでいたときに、
19節「みことばの息を詰まらせて」という表現が出てきたからです。
「みことばの息を詰まらせて」、というと、
何か「みことば」さんの首を絞めて殺すようなイメージを受けました。
この箇所は、「種蒔く人のたとえ」の解き明かしのところですね。

ちなみに、従来のマルコ4:19の訳は:
新共同訳:
この世の思い煩いや富の誘惑、その他いろいろな欲望が心に入り込み、
御言葉を覆いふさいで実らない。
新改訳:
世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望がはいり込んで、
みことばをふさぐので、実を結びません。
岩波書店訳:
この世の[ありとあらゆる]思い煩いや、富の誘惑や、
ほかの[さまざまな]ものごとへの欲望が入り込んで来て、
〈言葉〉を[まったく]窒息させてしまい
[〈言葉〉が]実を結ばなくなってしまうのだ。

そして、今回冒頭に取り上げた、エマオ出版訳です。
「しかし、この時代の色々な心遣い、豊かさからの惑わし、
その他の諸事についての欲望が入り込んできて、
みことばの息を詰まらせて、実を結ばなくならせる。

改めて、「みことばは生きている」ものである、ということを、
この訳を通して感じました。
単に、乾いた法律のようものではなく、
血の通った、生きた存在なのですね。
そう考えると、今まで数多く、「みことばの息を詰まらせて」、
みことばを殺してきたのか、恐ろしくなります・・・
少しでも多く、
みことばの実を結ばせる生き方をしていきたいものです。

というのは、神の言葉は生きており、力を発揮し、
どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、
関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、
心の思いや考えを見分けることができるからです。
(新約聖書 ヘブライ人への手紙4:12新共同訳)

2010年1月27日 (水)

キリストの光、心に灯そう【自作詞・自作曲】

今回は、「キリストの光、心に灯そう」という作品を紹介します。
前回に引き続き、自作の詞への作曲です。

詞は以下のとおりです。

キリストの光、心に灯そう

キリストの光、心に灯そう
暗い世を照らすため 主は来られた
私の心から あなたの心へ
愛の光を灯し続けよう
私のために あなたのために
主は命を与えられた
キリストは貧しく生まれ、蔑まれ、
十字架で死なれ、よみがえられた
キリストは世の光、まことの光
世界のすべての人を照らす


この詞と曲は、確か、以前所属していた教会での、
イベント用にと作られたものですが、
結局、採用されることはありませんでした。
(それで、呼びかけるような感じの歌詞になっています。)
今回なぜこれを紹介しようと思ったか、というと、
朝起きたときに、頭の中に流れてきたメロディだったからです。

クリスマスの時に、多くの教会で、キャンドルサービスを行いますね。
1本のろうそくから、別のろうそくへ。
そして、そこにいる全員のろうそくへ、光は拡がっていきます。
そのように、「キリストの光」が、1人から1人へ、
1人でも多くの人に拡がっていけばいいな、という願いがこめられています。

わたし(=イエス様)は世の光である。
わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、
命の光を持つ。
(新約聖書 ヨハネによる福音書8:12新共同訳)

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
下記からダウンロード願います。もちろん無償です。

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2010年1月26日 (火)

わたし賛歌【自作詞・自作曲】

自作の詞による自作曲を紹介します。
「わたし賛歌」という題です。
実は、このブログを開設した日に、詞だけを紹介していました。
http://francesco-clara.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-9713.html
しかし、曲については、その時発表していませんでしたので、
今回公開することにしました。
詞と曲はセットで、同時に与えられました。
テキスト等については、上記リンクをお読みください。

人は落ち込むと、「自分なんて・・・」、「私なんて・・・」と、
自分を卑しめてしまいがちです。
あるいは、「なんで私だけが・・・」とか・・・
自分を愛せなくなります。
しかし、ちょっと待ってください。
私が失敗しようと、ヘマしようと、変わらずに愛してくださる方がおられるのです。
それが天の父なる神様です。
わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。
(旧約聖書 イザヤ書43:4新改訳)
と、神様は語られました。
人が自分をどう見るか、よりも、神様が私をどう御覧になるかが問題です。
自分で自分を愛せなくなるときでも、神様は私を、あなたを、
尊いものとして愛してくださっているのです!
どれほどの愛なのか、
それは、御子であるイエス様さえも惜しまないほどの愛です。
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。
独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
(新約聖書 ヨハネによる福音書3:16新共同訳)

子どもの時を思い出してみてください。
ドブや川に落ちて、ひどく泥だらけになったりしたことはありませんか?
(私は、確か小学3年生のときに、ドブに落とされたことがあります。
ランドセルの中身まで濡れてしまったほどです。)
泥やドブにはまるのは不幸ですが、
だからといって、親が私を愛さなくなることにはなりませんよね?
汚れを洗い落とせばいいだけの話です。
同様に、罪や過ちは、イエス様によって、
洗いきよめていただけばいいのです。
神様は、罪や過ちにまみれた私やあなたを見るのではなく、
イエス様によって新しくされた、神の子としての私やあなたを見るのです。

失敗、という人生はありません。
私の人生そのものが、唯一無二の、神様の作品なのです。
私たちは神の作品であって、
良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。
神は、私たちが良い行ないに歩むように、
その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。
(新約聖書 エペソ(エフェソ)人への手紙2:10新改訳)

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
下記からダウンロード願います。もちろん無償です。

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2010年1月25日 (月)

主はわたしの力、わたしの歌(出エジプト記15:2~3)【自作曲】

今回は、出エジプト記からの自作曲を紹介します。
テキストは、旧約聖書 出エジプト記15:2~3新共同訳です。
2節の一部を変更しています。
(原文で「」となっているところ2ヶ所を、「主」と置き換えています。)
短調の力強い曲です。
神様の力強い守りと救いを讃美します!

このテキストへは、作曲は2曲与えられていますが、
この曲が代表です。
出エジプト記への作曲は、今のところ、この箇所への2曲だけです。

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
下記からダウンロード願います。もちろん無償です。

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2010年1月24日 (日)

NHK教育「こころの時代~宗教・人生」1月24日放送 「光明を探して」

日曜日の朝5時、といえば、
いつもはたいていまだ寝ているのですが、
今朝は4時から起きていました。

5時からは、
北海道ではHBCテレビで、
キリスト教の伝道番組「ライフ・ライン」が放送されています。
いつもこの番組は、ビデオ録画して、日曜日の夕方か夜に見ています。
裏番組で、NHK教育で、「こころの時代~宗教・人生」というのがやっています。
たまに、キリスト教関係の人が入ることもありますが、
仏教関係の方が出演することの方が多いので、原則見ていません。
しかし、今朝は、なぜかこちらの方を見てしまいました。

今日の番組の出演者は、書家の金澤 泰子さん、という方でした。
この方は、ダウン症の一人娘・翔子さんと共に、書道の世界で活躍している方です。
翔子さんがダウン症である、とわかってからしばらくは、
その現実をなかなか受け入れることができず、
娘と一緒に死のう、と思いつめていた時期さえあったそうです。
そういう中から、少しずつ現実を直視し、
少しずつ立ち上がっていく様子を語っておられました。
今では娘・翔子さんも、書家として認められつつあります。

番組の最後の方で、泰子さんが、
禍福は糾(あざな)える縄の如し」という言葉を引用して、
かつては災い・不幸としか思えなかった、娘のダウン症が、
今は幸福とさえ思えるようになったという、
心境の変化を語っておられたところが特に印象的でした。

最近の私は、字を書くことや書道に少しずつ関心を持ちつつあります。
そういう中で、番組中でいくつか紹介された、翔子さんの作品は、
ダイナミックさがあり、美しいと思いました。
彼女の作品を紹介しているHPがありますので、ぜひご覧ください。
http://noritake777.jp/kanazawa/shouko-index.html

禍福は糾える縄の如し
これに似ている聖書の表現を挙げるとしたら・・・
主はあなたをエジプトの国、奴隷の家から導きだし、
炎の蛇とさそりのいる、水のない渇いた、広くて恐ろしい荒れ野を行かせ、
硬い岩から水を湧き出させ、
あなたの先祖が味わったことのないマナを荒れ野で食べさせてくださった。
それは、あなたを苦しめて試し、ついには幸福にするためであった。
(旧約聖書 申命記8:16新共同訳)

「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、
万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」
(新約聖書 ローマの信徒への手紙8:28新共同訳)
神様の愛を信じて、闇から光を求めて、
一歩また一歩と踏み出してみましょう!

金澤 泰子さん&金澤 翔子さん関連のHPです。
http://www.kamashun.co.jp/topics/2010/01/post-2.html
http://blogs.yahoo.co.jp/sakitoryukichi/56703949.html
NHK「こころの時代~宗教・人生」の番組HPです。
http://www.nhk.or.jp/kokoro/future/index.html

なお、今日の放送は、2月1日(月)14:00~15:00に、
同じNHK教育で再放送があります。

余談ですが、友人に勧められて、妻と一緒に、
札幌市民ギャラリーでの「第41回 国際現代書道展」に行ってきました。
入場料無料なのに、なかなか見応えのあるものでした。

2010年1月23日 (土)

学校給食は必要なのか?~書評:幕内秀夫著『変な給食』

恥ずかしい話ですが、私は、食べ物の好き嫌いが多いです。
嫌いなものベスト3といえば・・・
1.納豆 2.ゆで卵・目玉焼き 3.マヨネーズ
です。
食わず嫌いが多い方です。
原因の大きなものとしては、
「学校給食で食べたらおいしくなかった」、
「学校給食の際無理やり食べさせられた」です。
学校給食、というと、いまだに苦い思い出が蘇ります。
(泣きながら、給食を食べていた、とか・・・・)

新聞の広告で、『変な給食』(幕内秀雄著 ブックマン社刊)という本が出ていました。
幕内秀雄氏の本は、以前、『粗食のすすめ』というのを読んだことがあります。
今回、タイトルのインパクトが強かったので、さっそく書店で立ち読みしてみました。
写真がメインの本です。
変な組み合わせの給食献立の写真が多数掲載されています。
(一番下に、その本の表紙が出ていますので、
どうしてそれが「変な」と言えるのかを考えてみるといいかもしれません。)
うどんと甘いパン、とか、必ず牛乳をつける、とか・・・
「栄養学的には」OKなのかもしれませんが、「食育」としてはNGなものばかりです。
また、この本を読んで初めて、「学校給食法」なる法律があったことを知りました。
私は、この本は立ち読みで十分だな、と思ったので、買いませんでしたが、
一読する価値はあると思います。

学校給食について検索してみると、「学校給食の歴史」というHPがありました。
http://www.juk2.sakura.ne.jp/rekisi.html
学校給食でパン食が多いのは、戦後まもなくの食糧難事情があったからなのでしょう。
しかし、いつまでも終戦直後の状況を、現在まで適用しているのは、
時代錯誤でしかないのでは、と思います。
そもそも、学校給食は必要なのでしょうか?
児童・生徒に選択の余地がないものではなく、
むしろ、児童・生徒が主体的に選択できるような、食堂方式の方がいいのでは、
とも思います。
あるいは、弁当を持ってきてもいい、とか、選択の余地があるものの方が望ましいです。
そうすれば、「いかに学校給食を残さず食べさせるか」とかは、
あまり考える必要がなくなります。
「変な給食」もなくなります。
(ただし、生活保護世帯の子どもへの配慮は、特別に必要になりますね。)
「昔からやっているから」給食を継続するのではなく、
いったん、固定観念を外して考えた方が、真実は見えるはずです。

パン食や牛乳を学校給食で普及させるのは、
占領国であったアメリカ合衆国の「陰謀」(国家戦略)でした。
見事に日本の食文化は崩壊し始めたわけです。

学校給食を続けるなら、妙な献立よりも、
渋くても、日本の伝統的な食事である、
ごはんとみそ汁を基本にした献立にした方がいいと思っています。

幕内秀夫氏のブログは、以下のとおりです。
http://blogs.yahoo.co.jp/makuuchi44


変な給食


(2012年1月25日追記)
新聞広告で、『変な給食』の続編を見かけました。
題して『もっと変な給食』・・・
興味のある方はどうぞ。


2010年1月22日 (金)

とうもろこし人形

Corndoll


これは、先日、新得の「共働学舎新得農場」に行った際、
妻へのおみやげに買った「とうもろこし人形」です。
とうもろこしの皮で作られています。
そこの中にある、
「夢生(むう)工房」というところで作っているものです。
共働学舎新得農場といえば、高級チーズで有名なところなので、
できればチーズをお土産に買いたかったのですが、
持ち歩きに問題があったので、この「とうもろこし人形」を買いました。
もともとは、顔の表情はありませんでしたが、
妻が書き入れました。
あと、人形のすぐ下のコースターも、妻の手製です。
かわいいでしょう?

2010年1月21日 (木)

「いま、旅にゆきます」

昨日の夕方から、出張で、道東方面に行ってきました。
今しがた帰宅したばかりです。

旅行日程がぎりぎりまで決まらず、
特急券・乗車券や宿泊場所も、当日あわてて予約、というような旅でした。
まさに、「いま、会いにゆきます」ならぬ、
「いま、旅にゆきます。」でした(^-^;
人との出会いや、景色の美しさなど、思い出に残る旅でした。
(そういう意味では、「いま、会いにゆきます」でもいいかもしれませんね。)
特に印象に残ったのは、
道東の鶴居村で、本物の「羊飼い」にお会いしたことでした。
(いただいた名刺の肩書に、本当に「羊飼い」と書いてあります。)
本州からわざわざ北海道に移り住んで、羊を飼う、という、
実にチャレンジ精神旺盛な方でした。
また、実際に羊を飼っているところをすぐ近くで見ることができましたよ。
なかなか得難い経験でした。

2010年1月20日 (水)

NHKアニメ「こばと。」第十四話

NHKBS2の「こばと。」を毎週楽しみに視聴しています。
(毎週火曜日20:00~20:25)
絵が美しく、ストーリー展開が癒し系です。
主人公、花戸小鳩によって、人々の傷ついた心が癒されると、
癒された心はコンペイトウのようなカケラになって、ビンの中に。
ビンの中がいっぱいになると、小鳩はどこか「行きたいところ」へ行けるようです。
(ストーリー展開等は、公式サイトをお読みください。)
NHK→
http://www9.nhk.or.jp/anime/kobato/
公式サイト→
http://www.kobato.tv/top.html

さて、1月19日の第十四話「・・・黄昏の探しもの。」についてです。
家出をしている少年との出会いの話です。
少年は、祖父の家で暮らしていますが、
祖父が厳しいので、「自分は嫌われている」と思い込み、家出します。
少年は、あとで祖父は自分を決して嫌っていない、
むしろ心配しているから、うるさいことを言っているのだ、ということに気づきます。

子供時代には、うるさいしつけは、確かに恐いし、いやになるものです。
私自身もそうでした。
しかし、私が今日こうしてあるのは、
両親や学校の先生、職場の上司などの「うるさがた」がたくさんいたからです。
子供時代や、入社したてのときに、
悪いことをしたり、怠けていたり、不注意だったら叱られたりするのは、必要です。
特に子供時代の時はなおさらです。
悪いことをしても、怠けていても叱責されない・・・・
子供本位にたてば、「天国」ですが、その道は地獄へ向かっています。

「愛」は、時には「愛」と見えないような姿で現れることが多いものです。
仏教のイメージを借用するなら、
いかにも「仏様」という姿が必ずしも「救い」に導くとは限らず、
かえって恐ろしい形相の「不動明王」みたいなものが、
救いに導くことも多いわけです。

聖書には、
鞭を控えるものは自分の子を憎む者。
子を愛する人は熱心に諭しを与える。
(旧約聖書 箴言13:24新共同訳)とあります。
また、
望みのあるうちに息子を諭せ。
死なせることを目指してはならない。
(旧約聖書 箴言19:18新共同訳)ともあります。

勉強や「しつけ」とかは、その時にはつらくとも、
後で必ず実を結ぶものです。

神様からの「訓練」もそのようなものですね。
およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、
悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛えられた人々に、
義という平和に満ちた実を結ばせるのです。
(新約聖書 ヘブライ人への手紙12:11新共同訳)

話がかなりそれましたね。
アニメの「こばと。」と、原作のコミックは、かなり違っています。
コミックもおすすめです。
アニメ版では、オープニングの、
坂本真綾さんが歌う「マジックナンバー」はなかなかステキな曲ですよ。

こばと。 1 (角川コミックス・エース 45-11)

こばと。 1 (角川コミックス・エース 45-11)

著者:CLAMP

こばと。 1 (角川コミックス・エース 45-11)

こばと。 (2) (角川コミックス・エース (KCA45-12))

こばと。 (2) (角川コミックス・エース (KCA45-12))

著者:CLAMP

こばと。 (2) (角川コミックス・エース (KCA45-12))

こばと。 (3) (角川コミックス・エース 45-13)

こばと。 (3) (角川コミックス・エース 45-13)

著者:CLAMP

こばと。 (3) (角川コミックス・エース 45-13)

こばと。 (4) (角川コミックス・エース 45-18)

こばと。 (4) (角川コミックス・エース 45-18)

著者:CLAMP

こばと。 (4) (角川コミックス・エース 45-18)

2010年1月19日 (火)

一人の価値

「一人しかいない」からやめる、のか、
「一人でもいる」から予定通り実行するのか・・・

中学生向けの信仰プログラムを、
同じ教派の他教会の方と一緒に企画しています。
市内の同じ教派の教会に先月から呼び掛けていました。
参加締め切りが近付く中、参加者数を代表者に確認してみました。
すると、なんと「0」とのことでした。
私はがっかりしました。
「やめたほうがいいのでは。」と私は思いました。
私なりの意見をまとめて、
同じ所属教会で、このプログラムに携わっている方にメールしました。

その後、すぐにその方から電話が来ました。
参加者は「0」ではなく、1人いる、とのことでした。
話しているうちに、「一人の価値」というものに改めて気づかされました。
「一人しかいない」と見るのか、
「一人でもいい」と見るのか・・・
その人の口を通して、神様が語りかけてくださった、といえます。

あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、
その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、
見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。
そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、
家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、
『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください。』と言うであろう。
(新約聖書 ルカによる福音書15:5~6新共同訳)
※あるいは、「5つのパンと2匹の魚」の奇跡でもいいですね。

私たちはしばしば、教会においても、「効率」とかを考えてしまいがちです。
(もちろん、無駄な経費の削減等は必要ですが・・・)
しかし、神様の「採算を度外視した」愛ゆえに、私のようなものでさえ、救われました。
だからこそ、「一人の価値」というものを、大切にしていきたいものですね。

2010年1月18日 (月)

映画『キサラギ』

BSジャパンで、『キサラギ』という映画を放送していました。
タイトルは聞いたことがありましたが、今まであまり興味がありませんでした。
裏番組の『マジック・キッチン』(NHKBS2)という映画を観る予定だったのですが、
私は他にやることがあったのでたいして観ていませんでしたし、
妻がいつの間にか、チャンネルを変えて、『キサラギ』を観ていました。
しかも、夢中になっていましたので、ついつい私も途中から観てしまいました。

舞台は都内のある場所。密室の中だけで物語は進みます。
どちらかというと、舞台演劇的な要素が非常に強い作品です。

1年前自殺したグラビアアイドル、如月ミキの命日に、
インターネットで知り合った5人の男性ファンが集い、思い出話を咲かせているうちに、
いつの間にか、「彼女は殺されたんだ」という説が出て、
犯人探しの推理をする、というコメディです。
「犯人」がコロコロ変わるところ、
そして意外なところで男たちの「素顔」が明かされるところが面白いです。
舞台は殺風景な室内から出ないし、服装は黒いスーツだけ。
セリフと演技、という役者の基本だけでしか勝負できません。
ごまかしがききません。
しかし、
主演の小栗旬、小出恵介、ユースケ・サンタマリア、
塚地武雅、香川照之の演技が絶品です。
脚本を書いた人は天才的だと思いました。
密度の濃い優れたエンターテイメント作品になっています。
ラストシーンの少し手前の、如月ミキが歌うシーンは大爆笑でした。
(歌ヘタ過ぎ~!&男たちの妙なダンス!)
私は映画が始まって1時間ぐらいたってから観始めたのですが、
途中からでも、十分に楽しめました。

一見、舞台演劇にした方がよさそう、とも思えますが、
やはり映画でなければ表現できないものが多くあります。
久々に、日本映画で素晴らしいと思えた1本でした。

公式HPは以下のとおりです。
http://www.kisaragi-movie.com/

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2010年1月17日 (日)

夢を持つ信仰

幻がなければ民は堕落する。」(旧約聖書 箴言29:18新共同訳)
だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、
持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。
(新約聖書 マタイによる福音書25:29新共同訳)

所属教会の、ある会合に出席しました。
正直言って、落胆しました。
積極的な意見は却下され、現状維持的な発言が優勢を占めました。
その代わり、その組織の本来業務でないようなことに対しては、
別な意味で、「積極的な」意見が出ました。

「教会生活」で疲れるなぁ・・・と思うことの一つが、
現状維持しか考えないような人たちとの会合・会議です。
(あとは、無遠慮に他人の職業を聞く人もそうです。
教会に来るのに、「職業が何であるか」は必要なのでしょうか?
自衛隊員や、風俗関係者とかは教会に来てはいけないのでしょうか?
訳あって失業中の人もいるはずです。
教会に来てまもない人が傷つく質問の一つだと思います。
私は、教会では、
相手が自分から「職業は○○です。」と言わない限り、
決して、職業を聞くことはしません。
大学教授だろうと、社長だろうと、ニートだろうと、
神様の前では平等だからです。)

その反対に、
教会で、積極的な考え方、行動力を持つ人と話したり、
一緒に何か取り組むのは、とてもすばらしい経験になります。
新たな力をその人からもらえます。
神様による「充電」のようなものですね。

「神の民」にふさわしいのは、たえまない自己研鑽と、
「水の上を歩くような」チャレンジ精神である、と私は思っています。
「夢」(幻、ヴィジョン)はぜひ必要です。

せっかく、神様からよいものをいただいていても、
現状維持しか考えないのであれば
(イエス様のたとえ話でいえば、「タラントを土に埋めていた人」(マタイ25章))、
まさに、「持っているものまでも取り上げられ」てしまいます。

互いに足を引っ張り合うのではなく、
互いに高め合う関係を、教会では築いていきたいですね。

だから、平和や互いの向上に役立つことを追い求めようではありませんか。
(新約聖書 ローマの信徒への手紙14:19新共同訳)

※夢が多すぎてもよくありませんね。
夢や空想が多いと饒舌になる。神を畏れ敬え。
(旧約聖書 コヘレトの言葉5:6新共同訳)

2010年1月16日 (土)

糠喜び

昨年12月に、加湿器を新しいものに買い換えました。
以前使っていたものは、安いスチーム式のものでした。
スチーム式なのに蒸気が出ず、効果が疑問でした。
その上、音もうるさかったし、電気代がかさんでいました。

今回買い替えたのは、サンヨーの気化式加湿器です。
(CFK-VWX05C-W)
電気代があまりかからず、しかも清潔、ということで選びました。

【即納特価品】【新型インフル99%抑制】SANYO 気化式加湿器 ウイルスウォッシャー (-14畳) ホワイト CFK-VWX05C-W

音が静かなので、寝る際にも重宝しています。

ところで、数日前に、電気代の検針票が来ました。
すると、先月よりも、電気代が1000円以上も安くなっていました。
加湿器を新しいものに代えた効果がさっそく現れました。やった~!

その翌々日に、2ヶ月に1度の水道代の検針票が届きました。
見てみると、前回よりも1000円程度高くなっていました。
1日2回はタンクの水(1回につき4.5ℓ)を入れ替えるためなのでしょう。
ということで、「電気代が下がった!」は、糠喜びに終わりました・・・

先日、NHKの「ためしてガッテン」で、
加湿器の効果的な使い方について特集していました。
見逃した方や興味のある方は、下記のHPをどうぞ。
http://cgi2.nhk.or.jp/gatten/archive/program.cgi?p_id=P20100106

2010年1月15日 (金)

世界を変えた思想

主人たち、同じように奴隷を扱いなさい。
彼らを脅すのはやめなさい。
あなたがたも知っているとおり、
彼らにもあなたがたにも同じ主人が天におられ、
人を分け隔てなさらないのです。
(新約聖書 エフェソの信徒への手紙6:9新共同訳)

ここを読んで、すぐに感動する人は、おそらく皆無に近いのでは、と思います。
なぜなら、現在「奴隷」は存在しないからです。
縁遠い古代世界の話、と片付けてしまいがちです。
(一部の国で今もなお、人身売買がなされているのを例外とすれば・・・
ただし、「罪の『奴隷』」はたくさんいますね。)

バークレーによる新約聖書註解のシリーズを以前から読んでいますが、
「エフェソの信徒への手紙」のところで、特に心に残ったのは、
6章のところの註解でした。
当時、奴隷は、人間とみなされていませんでした。
(かのアメリカ合衆国においても、150年くらい前までは、そうでしたね。)
物が壊れると廃棄処分をするように、「使えなくなった」奴隷は、
「処分」されていました。主人による理不尽な虐待は日常茶飯事でした。
ちょっとしたミスが、残酷な刑罰を招きました。
そういう実際の事例がいろいろと書かれていました。

そのような背景を頭に入れて、冒頭に掲げた聖句を読んでみると、
いかに「革命的な」発言なのか、驚くばかりです。
人を分け隔てなさらない」父なる神がおられる・・・
そこには、「主人」も「奴隷」もない。
神様の前での平等が宣言されています。

新約聖書があるから、今日の、「奴隷」が存在しない世界があります。
まさに、「世界を変えた思想」の一つです。
(もちろん、使徒パウロは「奴隷廃止」を訴えたわけではありませんが・・・)
確かに、正義の完全な実現には、相当な年数がかかりましたが、
真実はいつか星のように輝くものです。
そういう意味で、改めて、新約聖書とキリスト教のすばらしさを再認識しました。
神様の深い愛に感謝します。

2010年1月14日 (木)

書評:末次由紀『ちはやふる』

「今、かるたが熱い!」
そんなコメントが実にぴったりな、熱血かるたマンガです。

「マンガ大賞2009」、
宝島社「このマンガがすごい!」2009年オンナ編3位・2010年オンナ編1位など、
注目を集めている作品です。

このマンガのタイトルや、受賞のことはなんとなく知っていましたが、
つい最近まで、興味はなかったので、どんな内容かは知りませんでした。
子どもたちに、百人一首のかるたを教えるのに、
何かいいマンガなどはないかな、と思って調べているうちに、
このマンガに出会いました。

事情があって、1巻からではなく、3巻から読み始めました。
3巻では、主人公の千早が高校生になって、
かるた部を発足させるところから始まります。
淡い恋愛&友情の話を背景にしていますが、
注目すべきは、かるたのシーンの描写でしょう。
実に迫力があります。
「かるた」という、いかにも室内のゲーム、文化系部活の話なのに、
あたかも「キャプテン翼」や「スラムダンク」のような激しさです。
また、友情による力は、「キン肉マン」とかの系譜に連なりそうです。
女性向きマンガなのに、十分男性でも楽しめます。
「文化系格闘技」という感じです。
百人一首かるたの面白さ、激しさ、知的興奮をすばらしく描写しています。
また、読んでいるうちに、自分もやってみたい、と思う人が続出しそうです。
ルールや攻略法も覚えられます。

3巻の後で、1、2巻を読みました。
1巻の冒頭で、たぶん物語のクライマックスが既に書かれています。
物語は、そのシーンに向かって疾走するのでしょうね。
1、2巻を読むと、3巻の背景がよくわかりました。
友情のシーン(特に1巻)は感動します。
まだ3巻までしか読んでいませんが、今後も楽しめそうですし、
小学生にもすすめることができそうです。

ちなみに、タイトルは、百人一首からとられています。

ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは
(在原業平朝臣)

主人公・千早(ちはや)がこの札をとるのを得意にしています。
以前紹介した、荻野文子氏の本によると、
この歌の意味は、
神が奇跡を起こした時代にも聞いたことのない不思議さだ。
龍田川の水面(みなも)一面を鮮やかな紅色に絞(くく)り染めにするなんて・・・
それほどに美しいもみじの錦織りであるよ。
(荻野文子著『マドンナ先生古典を語る』(学研M文庫)P.278~279より)
とのことです。


ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)



ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)


著者:末次 由紀




ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)

ちはやふる (2) (Be・Loveコミックス)

ちはやふる (2) (Be・Loveコミックス)

著者:末次 由紀

ちはやふる (2) (Be・Loveコミックス)

ちはやふる (3) (Be・Loveコミックス)

ちはやふる (3) (Be・Loveコミックス)

著者:末次 由紀

ちはやふる (3) (Be・Loveコミックス)

2010年1月13日 (水)

人生とは「観光」である

ある方から、縁あって『光の泉』という雑誌をいただいています。
これは、「生長の家」の壮年層向け雑誌ですが、
毎回なかなか面白い記事がいくつかあります。
(自分の信じる宗教と違うから全否定、というのは、実に偏狭な考え方です。
無神論者が、「感謝するのは大切だ」というのは、間違っていますか?
そんなことありませんよね。
新約聖書にも、
「・・・すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、
すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、
また、徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。
(新約聖書 フィリピの信徒への手紙4:8新共同訳)とあります。
他宗教だからといって、悪魔呼ばわりするような熱心さこそ、
実は心に悪魔を宿しているのでは、と私は思います。
偏狭な考え方は、無用な争いを招くだけです。)

その『光の泉』2010年1月号に、
佐藤 伝さん、という方のインタビュー記事が載っていました。
著書がいろいろあるのですが、私は全然知りませんでした。
無条件の『ありがとう』が言える幸せ」という題で、
「当たり前に感謝する」ことの素晴らしさについて語っています。
そのインタビュー記事の最後の方に、
今回このブログ記事のタイトルに使ったコメントが出ていました。
引用します:

「 私は人生とは『観光』でいいと思っているんです。たとえばハワイに観光に行っている間はリラックスして、気分はわくわく、うきうきしていますよね。ばっかりて、まさに観光です。それが成田に帰ってくると、『ああ、明日から仕事か!』と言って普段のモードに逆戻りしてしまっている。でも、旅行をしている間だけが『観光』ではなくて、普段から『光』を『観』て、わくわくしながら感謝して生きたいと思うんです。
  じつは私たちは、この世に生かされているというだけで、無条件に百パーセント幸せなはずなんですね。幸せとは『なる』ものではなくて『感じる』ものです。『幸せだなぁ、ありがたいなぁ』と感じる時間が多い人ほど幸せな人であり、日常の当たり前のことに感謝できる人こそが、ほんとうに幸せな人なんですね。

(『光の泉』2010年1月号 P.15より引用。下線部は私による強調です。)

「人生は旅である」というのは、よく言われることです。
それに対して、「人生は『観光』である」という考え方は、初めて聞きました。

この記事で、佐藤 伝さんという人の考え方に興味を持ち、
代表作『「感謝の習慣」で人生はすべてうまくいく!』(PHP文庫)を読んでみました。
なかなか面白いことがいろいろと書かれていました。
立ち読み程度でも十分かもしれませんが、一応おすすめ、としておきます。

「人生は『観光』=『光』を『観』ること」・・・
「 命の泉はあなたにあり
  あなたの光に、わたしたちは光を見る。 」
(旧約聖書 詩編36:10新共同訳)
わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。
(新約聖書 ヨハネによる福音書8:12新共同訳)
わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは、
神は光であり、神には闇が全くないということです。
(新約聖書 ヨハネの手紙Ⅰ1:5新共同訳)

人生の「旅路」の目的は、まさにこの「光」を「観」るためにあります。
キリストの光の下に人生を眺めるとき、
「荒野」や「険しい山」、「死の谷」と見えるようなものでさえ、
すべては『観光』であったと悟ることができるはずです。
だからこそ、「どんなことにも感謝しなさい。
(新約聖書 テサロニケの信徒への手紙Ⅰ5:18新共同訳)という、
きわめて肯定的な人生観を持つことができるのです。


「感謝の習慣」で人生はすべてうまくいく! (PHP文庫 さ 41-1)



「感謝の習慣」で人生はすべてうまくいく! (PHP文庫 さ 41-1)


著者:佐藤 伝




「感謝の習慣」で人生はすべてうまくいく! (PHP文庫 さ 41-1)

2010年1月12日 (火)

病まなければ(詞:河野 進)【自作曲】

今回紹介しますのは、
河野進(1904~1990)の有名な詩『病まなければ』への作曲です。

とても有名な詩なので、たくさんのブログにも引用されていますが、
私のブログにおいても引用します。


病まなければ」 河野 進

病まなければ ささげ得ない祈りがある
病まなければ 信じ得ない奇跡がある
病まなければ 聞き得ない御言葉がある
病まなければ 近づき得ない聖所がある
病まなければ 仰ぎ得ない御顔がある
おお 病まなければ 私は人間でさえもあり得ない


(改めて、この詩が引用されているいろいろなブログ等を調べると、
漢字の使われ方や、最後のところが微妙に違っていることに気づきました。
上記では、「私は人間でさえもあり得ない」と終っていますが、
「私は人間でさえもありえなかった」というのもいくつもありました。
どちらがオリジナルなんでしょうね・・・?
以前紹介した、『あしあと』(詞:M・パワーズ)のように、
いつの間にか作者不詳になって、いろいろ手が加えられるほどに、
多くの人に愛されてきた、ということなのでしょう。
ちなみに、私が作曲の際に引用したサイトは、確か以下のとおりです。)
http://www.nsknet.or.jp/~kmg/yama.htm

キリストは御子であるにもかかわらず、
多くの苦しみによって従順を学ばれました。
(新約聖書 ヘブライ人への手紙5:8新共同訳)

神の御子であるイエス様でさえ、苦しみを通して、
従順を学ぶ必要があったわけです。
まして、私たちにはなおさらでしょう。

神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、
わたしたちも神からいただくこの慰めによって、
あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。
(新約聖書 コリントの信徒への手紙Ⅱ1:4新共同訳)

実際、苦しんだり、悩んだりしたことがなかったり、
それらの経験に乏しい人に、
今その渦中にいる人を慰めることなどできません。
せいぜい、気休めを言うだけでしょう。
だからこそ、苦しみや悩みの経験は、
後で、自分の中で宝となるかもしれません。
およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、
悲しいものと思われるのですが、
後になるとそれで鍛え上げられた人々に、
義という平和に満ちた実を結ばせるのです。
(新約聖書 ヘブライ人への手紙12:11新共同訳)

「-」(マイナス)という人間的な視点に、
神からの視点を足せば、「+」(プラス)になります。
自分にとって、「-」でしかなかった経験・認識が、
後で人の悩みの解決になる「+」へと昇華されるのは、
とてもうれしい経験となります。

私たちが苦しみにあってイエス様に信頼し、祈るのは、
イエス様自身、非常な苦しみにあわれた方だからです。
この大祭司(=イエス様)は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、
罪を犯されなかったが、あらゆる点において、
わたしたちと同様に試練に遭われたのです。
だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、
時宜にかなった助けをいただくために、
大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。
(新約聖書 ヘブライ人への手紙4:15~16新共同訳)

曲の紹介に戻ります。
この曲は、私の作品の中でも、特に美しいものの一つだと思っております。
多くの人の慰めに役立てば幸いです。

メロディ(midiファイル)と楽譜(PDFファイル)とは、
下記からダウンロード願います。もちろん無償です。

「20100112_yamanakereba_by_susumu_kouno.MID」をダウンロード

「20100112_yamanakereba_by_susumu_kouno.pdf」をダウンロード

2010年1月11日 (月)

もし試練がなかったら・・・

小さないのちを守る会」代表の水谷潔牧師による、
命と性の日記~日々是命、日々是性」というブログを、ほぼ毎日読んでいます。
興味深い記事が満載ですので、ぜひ読んでみてくださいね。
(水谷牧師は、
小さないのちを守る会」のサイトからのアクセスを希望しておられるので、
そのHPを紹介します。
できればこのサイトから、水谷牧師のブログへアクセスしてください。)
http://www.chiisana.org/

さて、先ほどのブログで、特に「なるほど!」と思わされたものがありますので、
紹介します。
(いつも、「なるほど!」と思わされるものばかりなのですが・・・)
2010年1月8日の記事です。
http://blog.chiisana.org/?day=20100108
リアルに妄想?試練の意味」というタイトルです。
もしも、試練がなかったら、自分はどうなってしまうだろうか、
ということを、「妄想」という形で書いています。
ぜひお読みください。
ユーモアを交えて、「試練」の意味を逆説的に教えてくれています。

よく、「神はなぜ試練をお与えになるのか?」というような、
神学的な問いが出されますが、
逆に「試練がなかったらどうなるのか?」というのは、
あまり考えないことですね。

ある有名な牧師がその説教の中で、
「自分は『試練よ来たれ』みたいな内容の歌詞がある讃美歌を歌うのは嫌だった。」
と告白していました。正直ですね。
実際、その牧師は病気で何度も手術を受けたことのある、
試練の多い人でした。
だからこそ、信仰の英雄気取りで試練礼賛をするのはごめんだったのでしょうね。
(試練の分、恵みも、とても多かった人だ、と私は思いました。)

私も自分から進んで、試練を求めたいとは全然思いません。
よく聖人伝等でそういう記事(試練を祈り求めた等)を読むと、
率直に言って、共感できません。
(なんとなく、それはマゾ趣味みたいなものでは、とさえ思います。)

それでも、私にも、ささやかながら、試練の日々がありました。
今後も、たぶんあるでしょう。
(昔のあるCMで、「悩みがあるから、人間だ」なんてセリフがありましたが・・・)
苦悩の日々があったからこそ、今の自分があるわけです。
「人生に無駄な出来事はない。」すべては見方によってプラスに変わります。
だからこそ、それらをお与えになった、神様の深い愛に感謝します。

「 主よ、あなたの裁きが正しいことを
    わたしは知っています。
  わたしを苦しめられたのは
    あなたのまことのゆえです。 」
(旧約聖書 詩編119:75新共同訳)

「 主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
  主はわたしを青草の原に休ませ
  憩いの水のほとりに伴い 
  魂を生き返らせてくださる。

  主は御名にふさわしく
     わたしを正しい道に導かれる。
  死の陰の谷を行くときも
     わたしは災いを恐れない。
  あなたがわたしと共にいてくださる。
  あなたの鞭、あなたの杖
  それがわたしを力づける。  」
(旧約聖書 詩編23:1~4新共同訳)

そればかりでなく、苦難をも誇りとします。
わたしたちは知っているのです、
苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。
希望はわたしたちを欺くことがありません。
わたしたちに与えられた聖霊によって、
神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。
(新約聖書 ローマの信徒への手紙5:3~5新共同訳)

皆様に神様の祝福と平安が豊かにありますように!

2010年1月10日 (日)

詩篇117(20)【自作曲】

詩篇117シリーズ第20番です。
テキストは前回と同じく、カトリック訳です。
愛を表すイ長調の曲です。

テキスト・楽譜と、メロディは、下記からダウンロード願います。

「20100110psalms117allno20.MID」をダウンロード

「20100110psalms117allno20.pdf」をダウンロード

消失しつつある高貴さ

1月9日の朝、たまたま「にじいろジーン」という番組を、少しだけ見ました。
スイスのチューリッヒの「ツウの情報」というコーナーの、
本当に最後の部分でした。
ちょうど、クイズをやっていました。

クイズでは、「日本の駅に普通あるが、チューリッヒ駅にないものは何か?」
という問題が出されていました。
正解は、「駅を仕切る壁がない」(だったでしょうか?)でした。
道路を横切って、いきなり列車に乗る事ができます。
その正解の発表の後、スイスの駅員さんの言葉が、
とても印象深かったです。
「どうして壁がないのですか?」と問われて、その駅員は、
スイス人に無賃乗車をする人はいない。」と答えていました。
(もちろん、中にはそういう人もいるようで、後で調べると、
無賃乗車が発覚した場合、罰金は80スイスフランだそうです。
1スイスフランは、現在のレートで約90円なので、7200円ぐらいですね。)

これを、現在の日本に置き換えてみたら、どうでしょうか?
日本人に無賃乗車をする人はいない。」などと、
誰が言い切れますか?
まだ近隣諸外国よりは治安がいい日本ですが、
「日本人」の質は、年々下がりつつある気がします。

一昨年から始まった、「年越し派遣村」の2年目についての報道を読むと、
東京都が就職活動費として、「派遣村」の入居者に、
2万円を払った後、200人近くがいつの間にか所在不明になっていた、
というのがありました。
(産経新聞の記事を御覧ください。)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100108/crm1001080946003-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100104/biz1001042246045-n1.htm
これらは結局、税金でまかなわれているわけです。
日本人も堕ちたものだな、と思わされます。
(格差社会の被害者だから、仕方がない、
と弁護することもできましょうが・・・)

「美徳」とか、「高貴」という言葉が消えかけている時代。
日本の危機とは、不況やデフレ、円高とか格差社会とかではなく、
「真・善・美」といった価値観や、「高貴さ」を否定し、
尊敬や感謝の念がない、精神的な貧困がはびこっていることです。
「恥の文化」がなくなりつつあります。
聖書の言葉を借りれば、
彼らの行き着くところは滅びです。
彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、
この世のことしか考えていません。
(新約聖書 フィリピの信徒への手紙3:19新共同訳)

日本人についての明るいニュースをもっと聞きたいですね。
先ず隗より始めよ」ですか。

イエス様は世の光(ヨハネ8:12)ですが、
イエス様を信じるわたしたちも、
小さいながら、世の光として召されています。
あなたがたは世の光である。
(新約聖書 マタイによる福音書5:14新共同訳)

2010年1月 9日 (土)

五色百人一首

「五色百人一首」をご存じですか?
普通の百人一首を、20枚一組として色分けしたものです。
TOSS(東京教育技術研究所)が開発・販売している、
非常に優れた教材です。
百人一首をまともにやったら、結構長い時間がかかりますし、
流麗な書体で書かれた文字は、子どもには読むのが難しいです。
(ちなみに、北海道では、百人一首は、下の句で取り合います。)
しかし、この「五色百人一首」なら、20枚なので、短時間で終わりますし、
読みやすく、とり易い絵札は、子どもたちにも親しみやすいものです。

私は今回、あるボランティア団体で、
小学生の子どもたちの勉強をみることになり、
そこで、小学4、5年生の子数人と、この「五色百人一首」をやってみました。
最初は、「少し難しいかな?」とも思いましたが、
子どもたちには大好評でした。
子どもたちをこんなに熱中させるとは、
改めて、百人一首のすごさを知りました。
(「TOSS五色百人一首協会」公式HPに載っている、
正式なルールではなく、一般的なカルタと同じような感じでやっただけですが・・・)

ところで、百人一首にある和歌と言えば、
いかにも「古典」という感じで、面白くないもの、というイメージがありませんか?
たとえば、次の歌はいかがでしょうか?

あひみてののちの心にくらぶれば
  昔はものを思はざりけり」(権中納言敦忠)
パッと意味がわかる人は、すばらしいですね。

この歌の解説を、大学受験の古文で定評のある、
荻野文子氏の著作から引用します:

『「あひみてののちの心にくらぶれば
  昔はものを思はざりけり」(権中納言敦忠)
(あなたとひとつに結ばれたのちの、このせつない気持ちにくらべると、
以前の物思いなど、しなかったも同然ですよ。)

 私の一番好きな歌。男の人が詠んだというのは驚きです。男性は朝にはきりりと仕事の顔で、きりかえがはやいものだと思っていました。
 ただ、この人はうわさに名高いプレイボーイでした。女心を知ったうえでの、計算しつくした”殺し文句”なのかもしれません。もし私がこの人の恋人だったら、うれしさ半分不安半分、悩んでしまうと思います。「昔は・・・」が私とのあいだのプラトニックだったころのことなのか、以前の女性関係のことなのか。
 もしも「昔の女への物思いとはくらべものにはなりません。」という意味なら、最高のほめ言葉にはちがいないけれどちょっと悲しい。昔をきれいさっぱりと忘れてしまうほど夢中ではないということですもの。まるでコレクションのように並べて比較されたみたい。明日はわが身かな・・・・なんて。そう、こういう疑いがちらちら頭をもたげる――ーそれが、からだを知った者の”悲しい性(さが)”そのものなのです。
(荻野文子著『マドンナ先生古典を語る』(学研M文庫)P.269~270より)
※現在、絶版のようです。私は荻野文子氏の古典を解説したエッセイによって、
日本の古典の面白さに目が開かれました。

このような解説があれば、まるでカップラーメンにお湯が注がれたように、
「干からびた」ように見える古典が、みずみずしく美味なものになりますね。

百人一首は、ゲームとしても面白いですが、
一つ一つの歌に、情念の世界があることに気づけば、
もっと奥深いもののになりますね。

向山洋一氏の著作によると、
この「五色百人一首」で、クラスが学級崩壊から立ち直った例がいくつもあるそうです。
教室にとっても非常に有効のようです。

この「五色百人一首」の購入は、
「TOSS五色百人一首協会」のサイトでどうぞ。
http://homepage2.nifty.com/chihaya/gosyoku/kyoukai.htm
http://homepage2.nifty.com/chihaya/gosyoku/kyoukai/syouhin.htm

五色百人一首をウェブ上で体験することができるサイトがあります。
http://homepage1.nifty.com/hokkaido-0/gosyoku/gamemenu.htm

2010年1月 8日 (金)

NHKドラマ「とめはねっ! 鈴里高校書道部」第1話

書道ブームが巻き起こりそうな予感です。

NHKの木曜ドラマ「とめはねっ! 鈴里高校書道部」第1回は、
なかなかおもしろかったです。
高校の部活動で、マンガ化、アニメ化、ドラマ化されるといえば、
体育会系がほとんどでした。
文化系の部活は、なかなか注目されませんでした。
しかし、ついに書道部がこのような形でドラマ化されるとは!

冒頭OP曲での、マンガキャラが実写キャラに変わる所から、
作品に対する敬意がとても感じられました。
特に、主人公2人とか、メガネっ子キャラとかは、
「そっくり!」か「かなり近い!」と思わされました。
望月結希を演じる朝倉あきさんは感心するほど原作キャラにそっくりです。

第1話では、原作のエピソードがだいたい活かされた展開となっており、
原作ファンにとっても、ある程度納得できる内容なのでは、と思いました。
書道で、「美味しんぼ」みたいな対決ができるというのは、
新鮮でした。
(ドラマでは、主人公たちのチームが、
「母」という漢字の書き順をいきなり間違えてしまう、というアクシデントを、
うまく乗り越えて、なんとか引き分けに持ち込むところで、
第1話がだいたい終わります。
ちなみに、私もつい最近になって、「母」という漢字の正しい書き順を知ったばかりです。
書き順というのは、私にとって今までは、どうでもよいものと思っていましたが、
正しく、きれいに字を書くために、合理的で必要なものであることを、
ようやくわかるようになりました。)

ドラマを見終えると、すぐさま筆で何か字を書いてみたくなりました。
我が家には現在、筆や硯や墨汁はないし、半紙もありませんが、
筆ペンはあったので、適当な紙に自分の名前などを書いてみました。
妻も同様に、久々に筆(ペン)を使って、
私たちの名字などを書いて楽しんでいました。

私の小学校時代からのコンプレックスの一つは、
字が汚いことでした(※過去形に注目!)。
小学生からつい最近まで、
「字が上手ですね。」、「字がうまいね」と言われたことは、一度もありません。
「字が汚い」、「読めない」などと言われ続けてきました。
(実際、自分が書いた字が、自分で読めないことが多々ありました。)
就職してからすぐ、上司に「君は字が汚いので、少なくとも数字の練習はしなさい。」
と言われ、勤務時間中に数字の練習をさせられたことさえあります。
しかし最近、小学生の勉強全般をみる機会が与えられ、
それを機に、一念発起して、小学校レベルの漢字の練習を始めました。
(2009年12月6日のブログに書いてあります。)
http://francesco-clara.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-1571.html
毛筆ではなく、硬筆においてですが、
漢字を丁寧に書く練習を毎日続けています。
すると、さっそく効果が表れました。
今までとは違う字を書く自分になりつつあります。
何人かの子どもから、「字がうまいね」と言われるようになりました。
私にとっては、感謝感激な言葉でした。

字が少しずつ上達していくと、
なんとなく、自分自身そのものにも、もっと自信が持てるようになります。
まさに、「字はその人を表す」と言えますね。
字を書くのは、つい最近まで苦痛でしたが、
今ではとても楽しいです。

番組HPでは、しばらくの間、マウスで書き初めが楽しめます。
結構面白いですよ。
番組HPは以下のとおりです:
http://www.nhk.or.jp/drama8/tomehane/
トップページには、ドラマの主人公2人が原作キャラと同じポーズで立っています。
ぜひ見比べてください。
(実は、原作1、2巻の表紙と同じポーズです。)

原作の方は、私はまだ1巻しか読んでいないですが、
こちらも面白いです。
今後の展開が楽しめそうです。
ドラマでは省略されているところがたくさんあり、
そこに書道の蘊蓄がいろいろと書かれてあり、興味深いです。

とめはねっ! 鈴里高校書道部 1 (1) (ヤングサンデーコミックス)

とめはねっ! 鈴里高校書道部 1 (1) (ヤングサンデーコミックス)

著者:河合 克敏

とめはねっ! 鈴里高校書道部 1 (1) (ヤングサンデーコミックス)

2010年1月 7日 (木)

詩篇117(19)【自作曲】

前回に引き続き、詩篇117シリーズです。
今回は第19番。
テキストは前回と同じく、カトリック訳です。
冒頭のリズムが独特です。

テキスト・楽譜と、メロディは、下記からダウンロード願います。

「20100107psalms117allno19.MID」をダウンロード

「20100107psalms117allno19.pdf」をダウンロード

2010年1月 6日 (水)

詩篇117(18)【自作曲】

昨年の11月下旬以来久々の詩篇117シリーズです。
(忘れた頃にやってくる?)
同時に、今年最初に紹介する曲です。

今回で、詩篇117シリーズは、18曲目です。
テキストは、カトリック訳です。
シンコペーションが特徴的な曲です。

テキスト・楽譜と、メロディは、下記からダウンロード願います。

「20100106psalms117allno18.MID」をダウンロード

「20100106psalms117allno18.pdf」をダウンロード

2010年1月 5日 (火)

書評:内藤誼人著『すごい!ホメ方』

書店で山積みにされていたのを見て、つい手に取った1冊です。

サブタイトルには、
「職場で、家庭で、恋愛で・・・相手を思うままに操る悪魔の心理術」
とあります。
(サブタイトルは、読み終わってからやっと知りました。)
「悪魔の」とか、「相手を思うままに操る」は余計なものですが、
人を動かす大きな原則である、「ほめる」技術について書かれています。
ホメるのが大切なことはわかるから、それでは、どうやってホメればいいの?
(『すごい!ホメ方』P.3より)という疑問に、丁寧に答えています。
効果的なホメ方、タイミングなどが具体的に書かれています。
とても読みやすく、明快な内容です。
対人関係をよくするために、大いに参考になる1冊です。
特に、若い人や子どもと多く接する機会がある人におすすめです。

この本の中で、特に印象に残ったのは、
一度ホメた人のことを絶対に陰口するな。」(同書P.26より)
という一文です。
その文のすぐ近くには、こういう言葉があります:
100回ホメても、1回の陰口で、すべてが台なしになってしまう
(同書P.27~28より)
私も、常に心がけていきたいものです。

聖書にも、上記の言葉と似たような言葉があります。
死んだ蠅は香料作りの香油を腐らせ、臭くする。
僅かな愚行は知恵や名誉より高くつく。
(旧約聖書 コヘレトの言葉10:1新共同訳)
口数が多ければ罪は避けえない。
唇を制すれば成功する。」(旧約聖書 箴言10:19新共同訳)
また、言葉の力については、こんな言葉もあります:
親切な言葉は蜜の滴り。
魂に甘く、骨を癒す。」(旧約聖書 箴言16:24新共同訳)

人をホメると、相手が喜ぶし、自分もうれしくなります。
ホメる言葉、祝福の言葉を雨のように撒き散らす人になりたいものですね。

すごい!ホメ方―職場で、家庭で、恋愛で…相手を思うままに操る悪魔の心理術 (廣済堂文庫)

すごい!ホメ方―職場で、家庭で、恋愛で…相手を思うままに操る悪魔の心理術 (廣済堂文庫)

著者:内藤 誼人

すごい!ホメ方―職場で、家庭で、恋愛で…相手を思うままに操る悪魔の心理術 (廣済堂文庫)

2010年1月 4日 (月)

NHK「7サミット 極限への挑戦」

生きている実感を求めて、彼は山に登ります。

1月4日放送のNHk番組「7サミット 極限への挑戦」を見ました。
栗城 史多(くりき のぶかず)さん、という20代の青年による、
世界7大陸の最高峰を「単独・無酸素」での登頂の記録でした。
彼は自分の登頂の様子を、インターネットで動画中継しました。

はっきり言って、「無謀な冒険」という感じがしました。
だからこそ、彼の挑戦に勇気づけられる人も多いのでしょう。
また、「単独で」登頂する、といっても、
実際には、ベースキャンプがしっかりしています。
その支えがあるからこそ、無茶が無茶でなくなるのでしょうね。
(ただ、プロの登山家でもやらないようなことをやっているので、
いつ死んでもおかしくないような状況なのでは、とも思いました。)

7大陸の最高峰の美しい映像とともに、
若き冒険家の挑戦の姿が清々しく感じられた番組でした。

番組HPは、一応ありますが、実にそっけないものです。
参考までに・・・
http://cgi4.nhk.or.jp/feature/index.cgi?p=PASxczjc&c=1

栗城 史多(くりき のぶかず)さんの公式HPは、以下のとおりです。
http://kurikiyama.tv/index.html

2010年1月 3日 (日)

NHKドラマ「行列48時間」

年末で一番面白かった番組は、
NHKドラマ「行列48時間」の一挙再放送でした。
12月29日深夜に1話~3話、
12月30日深夜に4話~6話、という放映でした。
本放送(2009年10月~)の時は、全然見ていませんでした。
今回の再放送は、なんとなく1話を見てしまったのですが、
ついつい話に引き込まれ、結局全話見てしまいました。

いかにも小市民的な男、宝福喜朗が、
本人の知らぬ間に大事件に巻き込まれてしまう、という物語です。
まるで、蜘蛛の巣のように、主人公の周りに、
次々とあやしい人物たちが織りなしていく複雑な群像劇。
メリーゴーランドに乗っていると思ったら、実はジェットコースターだった・・・
そんな感じの、実に秀逸なストーリー展開でした。
キャスト一人一人は、派手さはないものの、
堅実な演技はすばらしかったです。

この作品は、本放送の時のように、6週にわたって放送すると、
少し間延びした感じになるのではないでしょうか。
一気に見たほうが、緊迫感があるので、面白さが増します。

最終回の6回目で、謎めいた人物の秘密が全部明かされ、
意外な人物が実は裏切り者だったり、と最後まで息つく暇がありません。

番組HPは、以下のとおりです。
http://www.nhk.or.jp/kindora/48hours/

謹賀新年

あけましておめでとうございます。
今年もこのブログを読んでくださり、ありがとうございます。
皆さまに神様の祝福と平安が豊かにありますように!

主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
 主が御顔を向けてあなたを照らし
   あなたに恵みを与えられるように。
 主が御顔をあなたに向けて
   あなたに平安を賜るように。
(旧約聖書 民数記6:24~26新共同訳)

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