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2009年12月 4日 (金)

使徒パウロは結婚していたか?

先日、新約聖書の「コリントの信徒への手紙 Ⅰ」の7章を読んだ後、
その章へのウィリアム・バークレーの聖書註解を読みました。
するとそこには、意外なことが書かれていました。
これについては推測するしかないが、
パウロもかつて結婚したことがある、
ということはほぼ確実と思われる。」(同書P.82)
その根拠として、バークレーは、
①正統派のユダヤ教は結婚の義務を規定していたこと。
②パウロは回心以前、サンヘドリン(ユダヤの最高法院)の一員だったらしい。
(→使徒26:10)
サンヘドリンのメンバーは、既婚者であることが規則であったから。
と書き、使徒パウロがかつて結婚していた、と推測しました。

ただし、使徒言行録や書簡の中に、
一度もパウロ自身の結婚の話が出てこないので、
バークレーは、
①パウロは妻と死別した。
②パウロがキリスト者となってから、何らかの形で、妻と別れることになった。
(妻に逃げられた?)
と推測しています。

私にとっては、意外な説でした。
というのも、使徒パウロといえば、カトリックの司祭や修道者のように、
一生独身だった、という思い込みがあったからです。
どの教会においても、使徒パウロが結婚していたか否か、というのは、
聴いたことがありません。

しかし、そもそも、どうして、使徒パウロが結婚していたかもしれない、
という事が、あたかもスキャンダルみたいな扱いになるのでしょうか?
キリスト教の人物ではありませんが、お釈迦様だって、結婚して、
子どもまでいたのに、誰も別に、スキャンダル扱いはしませんよね。

結婚や性が、不浄や堕落である、という、
1960年代以前までのカトリック的世界観みたいな固定観念の見方が、
真実をゆがめて見えなくしていたのでしょう。

結婚や性欲を、悪や不浄と見るのは、
元来ユダヤ教・キリスト教にはなく、
古代ギリシャ哲学、とりわけグノーシス主義によります。
いつの間にか、そういう異質な思想が教会の中に浸透し、
結果、司祭の独身制度や結婚しない修道士・修道女が、
特別に尊い存在に祭り上げられることとなっていったわけです。
(司祭の独身制度は、歴史における必要悪だった、とは思いますが・・・
ただ、制度だから、いやいや・しぶしぶではなく、
自ら神と人々に仕えるために、あえて独身を選ぶ、というなら、
結婚しない生き方、というのもすばらしいと思います。
なお、ハリストス正教会では、司祭は2種類あるそうです。
生涯独身のままの司祭と、
妻帯者の司祭です。
ただし、司祭になってからの結婚は認められないようです。
これとは逆に、結婚していないと、正牧師として認められない、
という、プロテスタントの教派もあります。)

それはさておき、
パウロ書簡の中で、よく結婚式で読まれるところの一つが、
エフェソ(エペソ)5:21~31です。
ここで使徒パウロは、地上における男女の結婚を、
神と「神の民」との結婚になぞらえています。
つまり、結婚とは、神と「神の民」との結婚の神秘的なメタファーなのです。
これは、結婚経験者だからこそ、たどりつけた境地なのでは、と思います。

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