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2009年7月10日 (金)

詩篇122【自作曲】

前回は、詩篇121(01)を紹介しました。
今回から、詩篇120~134までで、章全体への作曲があるものを、
シリーズ化して紹介していきたいと思います。
詩篇120から、詩篇134までは、新共同訳では、
「都に上る歌」という見出しがついています。
私には、詩篇129、詩篇132を除いて、
作曲が与えられています。
(詩篇132は、部分的な作曲が与えられています。
詩篇は全部で150編ありますが、
そのうち、ごく一部にも作曲が与えられていないのは、
今のところ、詩篇129だけです。
それ以外は、どこか一節だけでも、何らかの形で、
作曲が与えられており、詩篇への作曲の総数は、
現在までに500曲以上になります。神様に感謝です!)

今回紹介するのは、詩篇122です。
これは、今のところ完成しているのは1曲だけです。
テキストは新共同訳を使用しています。
(これも短いですので、どうぞお読みください。)

新共同訳では、詩篇122:6は、
「エルサレムの平和を求めよう。」
と訳されています。
おだやかな、勧めの表現ですね。
しかし、新改訳では、
「エルサレムの平和のために祈れ。」
となっています。命令形ですね。

「エルサレムの平和のために祈れ。」
これは、神様からの命令だと、私は受け止めています。
また、創世記12章の有名なアブラハム(当時はアブラム)の召命のところでは、
「あなたを祝福する人をわたし(=神様)は祝福し
あなたを呪う者をわたしは呪う。
地上の氏族はすべて
あなたによって祝福に入る。」(旧約聖書 創世記12:3新共同訳)
という神様の約束が書かれています。
ここでいう「あなた」は、
直接的にはアブラハム個人ですが、
言うまでもなく、アブラハムの子孫であるユダヤ人全般があてはまります。
これは、単に聖書に書いてあるから、というだけでなく、
歴史によって、証明されています。
ユダヤ人を迫害する国家・団体は衰退するか、滅び、
ユダヤ人を祝福する国家・団体は繁栄しています。
歴史におけるイスラエル民族への祝福は、
聖書を観念論から解放します。
単なる机上の空論ではなく、現実(リアリティ)だからです。

しかし、残念なのは、今日でも、ユダヤ人国家であるイスラエルを、
正当に認めようとしない国家・宗教が多いことです。
イスラム教国ならまだしも、キリスト教会の多くが(特に日本では)、
反イスラエルなのは、非常に悲しむべきことです。
(だいたいそういう教会は、共産党まがいの主張をしています。
そして、肝心のキリストは、そこでは、力のないお方になっていて、
信仰は、単なる気休め的なものになりがちです。
教会が、政治運動の場になっています。)
イスラエルを否定することは、聖書を否定するようなものです。
神様の祝福の一つを失ってしまいます。
だから、私は毎日、イスラエル、ユダヤ人のために祈っています。
イスラエル、ユダヤ人を祝福する人は、神様から祝福されます。
(※だからといって、国家としてのイスラエルがすべて正しい、
ユダヤ人のすることは、すべて間違いがない、
などと言っているのではありません。念のため。)

私にとっては、カール・バルトやカール・ラーナーの神学を知らなくても、
いっこうに平気ですが、
ユダヤ的な考え方・ユダヤ人の歴史・文化を知らないことは、
自分の信仰にとって、大きなマイナスになります。

あなたも、「エルサレムの平和のために祈」る人になりませんか?
もう既にそうであるならば、実に幸いな人ですよ。

テキスト・楽譜と、メロディは、下記からダウンロード願います。

「20090710psalms122allno01.MID」をダウンロード


「20090710psalms122allno01.pdf」をダウンロード

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