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2009年7月13日 (月)

主の律法は完全で(詩篇19:8)【自作曲】

前回に引き続き、詩篇19からの自作曲を紹介します。
今回のテキストは、以下のとおりです。

「主の律法は完全で、
魂を生き返らせ
(生き返らせ)
主の定めは真実で、
無知な人に知恵を与える。

主の命令はまっすぐで、
心に喜びを与え
主の戒めは清らかで、
目に光を与える。
(与える。)

主への畏れは清く、
いつまでも続き
主の裁きはまことで、
ことごとく正しい。

金にまさり、多くの純金にまさって望ましく
蜜よりも、蜂の巣の滴りよりも甘い。

(主の律法は完全で、
魂を生き返らせ
(生き返らせ)
主の定めは真実で、
無知な人に知恵を与える。)」
(旧約聖書 詩編19:8~11新共同訳)

「律法」と聞くと、しばしば「重荷」、「負担」、「がんじがらめ」・・・
等の否定的なイメージの言葉を連想しがちですよね。
しまいには、イエス・キリストによって、
律法は廃棄されたので無用だ、とか・・・
(新改訳のローマ10:4では、「キリストが律法を終らせられたので」
と訳されていますが、
新共同訳では、「キリストは律法の目標であり」となっています。
私は後者が正しいと思っています。
なぜなら、イエス様ご自身、
「わたし(=イエス様)が来たのは律法や預言者を廃止するためだ、
と思ってはならない。
廃止するためではなく、完成するためである。
はっきり言っておく。
すべてのことが実現し、天地が消え失せるまで、
律法の文字から一点一画も消え去ることはない。」
(新約聖書 マタイによる福音書5:17~18新共同訳)
と述べられているからです。)
完全に、やっかいもの扱いですよね。
しかし、この曲では、主の律法・定め・命令は、楽しいもの、
心に喜びを与えるものとして表現されています。

実は、信仰深いユダヤ人にとっては、律法は喜びなのです。
実際、ユダヤ教の3大祭りの一つ、「スコット祭」の最後の日は、
「スィムハット・トーラー」(律法歓喜祭)という行事を行います。
この祭りについては、下記のサイトを御覧ください。
http://www.h3.dion.ne.jp/~ivrit/sukkot.htm
新約聖書でも、テモテへの手紙Ⅰ1:8では、律法を評価しています。
「しかし、わたしたちは、
律法は正しく用いるならば良いものであることを知っています。」(新共同訳)
(もちろん、救いの原則は、
イエス・キリストへの信仰によるのであって、
律法を行うことで救われるのではありません。)

聖書は、神様からのラブレターであり、同時に、ルールブックです。
ルールのないスポーツは、混乱と暴力を招きます。
ルールがあるからこそ、スポーツは楽しいのです。
同様に、神様からの明確な指針があればこそ、
人は安心して生きてゆけます。

「あなたの御言葉が見いだされたとき
わたしはそれをむさぼり食べました。
あなたの御言葉は、わたしのものとなり
わたしの心は喜び踊りました。
万軍の神、主よ。
わたしはあなたの御名をもって呼ばれている者です。」
(旧約聖書 エレミヤ書15:16新共同訳)
私にとっても、あなたにとっても、
聖書の言葉が喜びとなりますように・・・

テキスト・楽譜と、メロディは、下記からダウンロード願います。


「20090713psalms019008no01.MID」をダウンロード


「20090713psalms019008no01.pdf」をダウンロード

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