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2009年6月 9日 (火)

カインとアベル(創世記4章)

先日、妻と話しているうちに、創世記の「カインとアベル」の話が話題となりました。

妻と話しながら、私はふと気づきました。いや、気づかされました。
「・・・『カインとアベル』の話では、よく本文を読むと、
カインには神様は2回も声をかけられているが、
アベルには神様は語られていない!・・・」

信仰者の代表のような、アベルには、神様は語られず
(語られていたとしても、本文には記載されず)、
罪人の代表のような、カインに対して、神様は、2度も語りかけられるとは!
旧約聖書では、神様に語りかけられる、それだけで、非常な光栄です。
(現代でも、直接、御声を聴く、というのは、非常に稀だと思います。)

カインのような者でさえ、神様は決して見捨てられてはいなかった、ということに、
私は改めて神様の深い愛を感じました。
そして、本文を通して、罪への罰と、恵み、という、
「見えない十字架」が語られていることにも、
気がつくことができました。
すべては神様の恵みです。

神様は忍耐強く、心の「戸口に立って、たたいて」
(新約聖書 ヨハネの黙示録3:20新共同訳)おられます。
神様を心におむかえしませんか?

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